第219話 バイキング
ドシドシ
ギャアラギャアギャギャアラギャガアギャアラギャギャ
(パトリシアお嬢様、ナーティア。おはようございます。)
ビーチ椅子に優雅に座る小柄なパープル色の髪と瞳と薄紅に染まる小さな唇の令嬢に挨拶する。隣には盲目のように閉じた瞳と羊形の角を生やした黒眼竜ナーティアが行儀正しく佇んでいる。
「あら?。ライナ元気そうね。聞いたわよ。風車杯であのバザルニス神竜帝国大学の六騎特待生の一人夜叉のベローゼ・アルバーニャと鬼竜の武羅鬼竜、我怒羅を倒したって?。しかも龍を手からだすような芸当もしたと言うじゃない。流石は私の見込んだノーマル種のライナね。今からでも遅くないから家に来ない?。」
パトリシアお嬢様は俺に気兼ねすることなく再び自分の騎竜の勧誘にと誘う。
ギャアラギャアガアギャアラギャアガアギャアラギャアガアギャアラギャ
(いいえ。俺はアイシャお嬢様の騎竜としてやっていくのでお断りします。)
「そう、残念ね。気が向いたらいつでも言ってね。ナーティアも喜ぶから。」
「わっ、私は別に·····。」
ナーティアは狼狽えたように微かに頬を染めながら恥じらう。
ギャアラギャアガアギャアラギャア
(はい、気が向くことあればですけど。)
ライナは二人に社交辞令の挨拶をすませ再び甲板を歩む。
遠くに離れていくライナの背中を細目でパトリシアは眺める。
「ナーティア。ライナに注視してね。特に中央大陸の貴族の連中はノーマル種に対して冷淡で偏見の塊だから。」
「ライナ様の実力と戦績なら問題ないかと···。」
「甘いわねナーティア。商人としてよく人間を観察するから解るのだけれど。王都の貴族は特に見栄と自尊心でできているわ。ノーマル種が優れた戦績を積もうが評価されようが。その見栄と自尊心で塗り固められた連中は断固としてそれを認めようとはしない。ましてや下等、無能と劣等種と過小評価されているノーマル種は特にね。」
「シャンゼルク竜騎士校で何事も起こらなければよいのですが····。」
ナーティアはライナ達が他校との合同合宿を無事に終わること願う。
「残念だけど。十中八九トラブルが起こるわよ。女子の騎竜乗りだけでなく男子の竜騎士の学生もシャンゼルグ竜騎士校に在籍しているのだから。共学である故にノーマル種ライナを騎竜にするアイシャ・マーヴェラスは必ず注目を浴びる。そして必ずひと悶着が起こるでしょうね。商家の令嬢として個人的にフォローしたいのだけれど無理でしょうね。中央大陸を牛耳るヴォーミリオン商会でさえ王都にあるノーマル種に対する差別と偏見は止められなかったのだから···。」
「哀しいことですね····。」
実力もあり戦績につんでいるのに評価されないのは哀しいことである。ナーティアはそんなライナとその主人であるアイシャ・マーヴェラスを不憫に思える。
「まあ、あの非常識なライナのことだから何かしでかすんじゃない?。私はそれを面白くおかしく楽しみにしているのよ。ノーマル種の差別や偏見を吹き飛ばす何かを。あのノーマル種のライナならしでかすのではないか私はそう思うのだけど。どうかしら?。」
「そうですね····。ライナ様ならきっと。」
数々の困難をその予想外な行動で吹き飛ばし。乗り越えてきたライナなのだから。今度の他校の合宿も切り抜けそうな気がした。
ドシドシ
ライナの脚が船の先にある船首に運ぶ。船首には琥珀色の髪を靡かせ。雪のような色白の肌と膨らみを持つエルフのリスさんがいた。しかし船首の先っちょには何故だか相変わらず人化を嫌い。竜のまま透明なエナメル色の翼と角を持ち。青と白のコントラストの鱗を特徴とした妖精竜のナティが船首の先っちょで瞑想しながら何か黄昏れている。
俺は竜の脚を甲板の床を踏みながらエルフのリスさんに近づく。
「ナティ。そこにいると危ないですよ。」
どうやらリスさんは船首の先っちょに鎮座する妖精竜ナティを注意しているようである。
ギャアラギャアガアギャアギャ
(おはようございます。リスさん。)
「あっ、ライナさん。おはようございます。ルゥさんもおはよう。」
「るぅ~。」
エルフのリスさんはニッコリと微笑みながら挨拶する。背中でルゥが嬉しそうに白い獣耳をぴくぴくさせる。
「どうしたんですか?ナティ師匠は?」
ナティ師匠の行動に俺は竜首を傾げる。
「何か突然船首の先に駆け出して。ああやって銅像のようにポーズを決めこんでるのよ。悪い物でも食べたのかしら?。」
エルフのリスさんは相棒であるナティの奇行に心から心配しているようである。
ギャアラギャアガアギャ?
(俺が聞いてきましょうか?。。)
色々リスさんとナティ師匠にはお世話になっている。ここで恩返しをせねば。
「ありがとう。ナティのことお願いね。」
リスさんにお礼を言われ。俺は船首の先っちょでまるで銅像にようにポーズをとって黄昏れるナティ師匠に近づく。
脚の踏み場が船首の先っちょに近づくにつれ狭くなる。俺は段々と怖くなる。高所恐怖症ではないが断崖絶壁の場所のような所にいれば誰でも怖い。
「るぅ~~。」
ルゥも俺の背中で船の左右の境の真下に見える雲をみてぶるぶると震えている
ギャアラギャアガアギャア
(ナティ師匠。危ないですよ。)
俺は船首の先っちょに佇むナティに声をかける。
『黙ってなさい!よこしま竜。私は今は自分の世界にひたっているのです!。』
ナティ師匠の態度に俺は少しムッとしたが。気を取り直し再び聞き返す。
ギャアラギャアガギャ?
(何しているんですか?。)
『ロスベルセカセレノの真似です。』
ギャアラギャア····ギャアラギャ?
(ロスベルセカセ····えっ、何だって?。)
舌かみそうなんだけど····。
とても言いにくい言葉である。人名だろうか?。
ギャアラギャア?ギャアラギャアガアギャギャア
(誰ですか?。そのロスベルセカ何たらは。)
『ロスベルセカセルノよ!。悲恋のロスベルセカセルノ。知らないのですか!。』
ナティ師匠が言うにはロスベルセカセルノとは何でも飛行船で船乗りの見習いと身分違いの恋をした貴族の娘の話らしい。ロスベルセカセルノは旅行中に飛行船の船乗り見習いである青年と恋に落ちた。
しかしロスベルセカセルノの乗った船が邪竜に襲われ。船乗り見習いの青年は命をかけて彼女から邪竜を守り。飛行船から彼女だけ脱出させ。自分は船もろとも邪竜を巻き沿いにしながら墜落し死んだのである。ロスベルセカセルノが愛する青年を喪う悲恋の話である。騎竜船の船首の先っちょでロスベルセカセルノは後ろから青年に抱き締められ。愛を語りあう場面らしい。そんなロマンチックな場面をナティ師匠は真似しているようである。
ギャアギャアラギャアガアギャ?ギャアラギャアガアギャア?
(それって人間の話ですよね?。何で人化しないんですか?。)
二人の愛の語らいのロマンチックな場面なら人化すべきだと思うが。
『何で私が人間の姿にならなきゃいけないのですか!。ふざけないで欲しいです!。ふーふー。』
妖精竜ナティは鼻息を荒げ怒りに興奮する。
ええ~、好きな人間の悲恋話なのに。ここでも竜と人間に拘るの~~。
あまりにもナティ師匠の頭の硬さと強情さに俺はドン引きしてしまう。
ギャアギャ····ギャアラギャアガアギャアギャア
(左様ですか····。それでは俺はもうお暇します。)
これ以上気分を乗っているナティ師匠に邪魔するのは野暮であると俺は判断し。大人しく身を退く。
ナティ師匠は再び船首の先っちょで黄昏れ始める(一匹で)。
戻ると心配していたエルフのリスさんが俺に声をかけてきた。
「どうでした?。」
ギャアラギャアガアギャアギャアラギャア
(何かロスベルセカセルノの真似だそうです。)
「ロスベルセカセルノ······。確か人間の悲恋話の登場人物でしたね。エルフ族でも人気のあるお話です。」
ギャアラギャア······
(そうなんですか·····。)
エルフでも人気のある悲恋話らしい。
「ナティが大丈夫そうで良かったです。」
エルフのリスさんは微笑みながら豊かな白い膨らみの胸に手をおきホッと安堵する。
「大丈夫なんですかね。あれは·····。」
乙女チックというには不釣り合いな気がする。見た目は竜のまんまだし。
「まあ、ナティは人化するのは嫌いですけど。人間の物語は好きなんですよ。」
つまり面倒臭いということですね。解ります。
ナティ師匠は色々と本当に面倒臭い竜である。
ギャアギャアラギャアガアギャアギャアラギャア
(ではリスさん。俺は主人のもとに戻りますので。)
あれから充分時間がたったからアイシャお嬢様とキリネの間にももうほとぼりも冷めている頃だろう。
「そうですか。アイシャさんにも宜しくお伝え下さい。」
ギャア
(はい。)
ドシドシ
俺は令嬢生徒がバカンス気分を味わうプールへと戻る。
キャーーーー! キャーーーー!
『さあ!二人のどちらに勝敗の軍配が上がるのか!見物です!。』
キャーーーー!キャーーーー!
実況者のような令嬢生徒はマイクをとってさけんでいる。
いつの間にかプールの前に令嬢生徒達のギャラリーの人集りができあがっていた。
歓声を上がり盛り上がる。
「絶対敗けない!。」
「それはこっちの台詞だよ!。」
わーーーーーー!わーーーーーー!
·······························何だこれ?
いつの間にかアイシャお嬢様とキリネが水着姿でプールの上で浮き輪のような足場をふみしめながら尻相撲を始めていた
周りの令嬢生徒達は絶叫しながら盛りがっている。
どういう状況だよ。これ?。
俺は二人の予想外な行動に呆けながら見つめるルゥを背中に乗せたまま竜口をあんぐりと開けて。暫く絶句しながら固まっていた。
騎竜船客室
特別VIPルーム
「はい··はい···お父様。航行は順調です。明日にはお城に到着すると思います。」
シャルローゼは受話器のようなものを耳にあて。遠くの場所から連絡する相手に受け応えをする。
「はい、はい、ではお父様明日にはお城に参ります。」
受話器のような形をした魔法具を化粧台に置く。
「ふう~。」
シャルローゼはため息を吐き肩を落とす。
「王様の様子はどうだった?。」
シャルローゼと相部屋となったセランが問い掛ける。
「相変わらずよ。私が家に帰ることが待ち遠しいみたい。」
「まあ、仕方無いわね。ドラゴンウィークの連休だってお城に帰らなかったんでしょう?。」
「だからといってこんな豪華な部屋をとらなくたっていいでしょうに。」
シャルローゼの口から再び深いため息を吐く。
シャルローゼが充てられた客室は王である父親がヴォーミリオン商会の会長に直に依頼し用意した特別な客室である。
部屋での他の生徒との差別化されるのをシャルローゼはあまり好ましく思っていなかった。
「そういえばあの一年のアイシャ・マーヴェラス。合宿前に学園長、狂姫ラチェット・メルクライの猛特訓を受けてたみたいよ。」
「本当っ!?。」
シャルローゼは目を輝かせる。
狂姫の話題はシャルローゼにとって大好物である。彼女の生粋のファンである由縁である。
「ええ、かなりキツいシゴキみたいだったらしいわね。私が出航前に待ち合わせの校庭で彼女を見たときは両手が包帯ぐるぐる巻きのバンデージのようになってたわよ。あれ包帯の中相当な傷や腫れを負ってるんじゃない?」
「羨ましい······。私も学園長の猛特訓受けたかったわ。」
「ちょ、止めなさないよ!。狂姫の特訓なんて死人が出るという噂よ。貴女に何かあったら国際問題にもなるんだから。本当にやめてよねえ。」
本当に冗談では片付けられない。シャルローゼは次期シャンゼベルグの国王である。何かあったらただではすまない。親友としてだけでなく警護役としても任せられているセランがシャルローゼにもしもことがあったら確実に自分の首が飛ぶのだ。シャルローゼがレースで怪我負うことでさえもシャルローゼの父親であるオルドス国王を宥めるのに大変だったのだから。
バーン!
「セッラ~ン!。外で遊びに行こう!。プールの方でなんか面白いこと始めたみたいだよ。」
突然部屋の入口扉が乱暴に開かれる。そこから片翼のような両耳をパタパタさせながら少年が踊り出るように現れる。
「コラあー!。ウィンミー!。ノックぐらいしなさい!。」
礼儀知らずの自分の騎竜にセランは激しく叱咤する。
続いて角を生やす初老の紳士の姿をした絶帝竜カイギスが静かに部屋に入ってくる。
「お嬢様。ヴォーミリオン商会の会長が今晩甲板でバイキングを催すそうですが。どう致しますか?。」
「バイキングですか?。本来なら船内の会場でやるのですが·····。」
「船内に入れないノーマル種ライナの為のようです。」
「それは素晴らしい案ですね。ヴォーミリオン商会の会長の心遣いに感謝しないと。」
ノーマル種のライナが船倉竜舎に引きこもるような形となってシャルローゼは不憫と思っていたのだ。
「今宵は楽しいパーティーになりそうですね。」
担任教師客室
一年二年三年担当教師は一部屋広い三人部屋の客室にあてられていた。
「全く。いざ他校との合宿というときにバカンス気分にプールなどと。」
カーネギーは腕を組みながら口元がへの字に曲がり憤慨する。
「ま~ま~、かたいこと言わないの♥️。これから他校との合宿は緊張の連続となるのだから。その前に息抜きは必要よ。」
ヴェルギル・シャルドネのダイナマイトボディの胸がぷるんぷるんと揺れる。
「飴と····鞭··だよ。カーネギー。」
マスファリン片言の小さな声で発する。
「ま、それよりも懸念すべきところはそこではないな·····。」
カーネギー教官が頭を悩ませるのはこれから合宿で起こるであろうトラブルである。
「ノーマル種·······ライナ··だね。」
「貴女の生徒の騎竜であるノーマル種。大変よねえ~。王立シャンゼルク竜騎士校の生徒達はというか。王都全ての貴族がノーマル種見下しているのだから。」
「ああ、王都では大抵ノーマル種を家畜程度にしか思っていない。レース用の騎竜だと誰も思っていないからなあ。だから下等とみなされるノーマル種に関しては風当たりがかなり悪い。」
「困ったわよねえ~。」
ぷるんぷるん
「力を··示せば···いいと。いうような単純な····問題でも···ない。」
「ああ、そうだな····。シャンゼルグ竜騎士校の生徒と問題起こさないよう私達がしっかり目を光らせなくてわ。」
これから起こるであろうノーマル種の問題に三人のアルビナス女子学園の教官は対策をたてるのであった。
わいわい がやがや
テーブルに用意されたご馳走を令嬢生徒は楽しそうに皿に盛る。
甲板と手すり柱にはささやかな飾りがついていた。
騎竜船のバイキングを令嬢生徒達は楽しんでいる。
「はい、ライナ。」
うっほーーーー!
ガツガツ むしゃむしゃ
俺はアイシャお嬢様が用意してくれた皿の肉を平らげる。
いや~ヴォーミリオン商会会長が用意したバイキングの料理最高だな。
ガツガツ
ゴロゴロ
ん?
配膳カートを引くメイドの後ろ姿に俺は気付く。
ボインボイン
もう1人豊かな胸を弾ませるメイドにも見覚えがあった。
ギャア?ギャアラギャアガアギャアギャアラギャアガア?
(あれ?カーラさんとリリシャさん。何でいるんですか?。)
マーヴェラス家に仕えるメイド二人である。アイシャお嬢様の寮に来ては時折お世話をする。俺のお世話は一応赤毛のアンナさんがしてくれるので必要ないが。希にカーラさんが来て俺をなじりに冷やかしにくる。暇なら来ないで欲しいのだけど。
俺の声に気付いたメイドのカーラさんがくるりと方向転換して配膳カートを引きながら近づいてくる。リリシャさんも一緒に同行する。
「あれ?知らなかったの。ライナ。カーラとリリシャは既にこの船に同乗してたよ。」
ギャ?ギャア!?
(え?まじで!?。)
カーラさんとリリシャさんがヴォーミリオン商会の騎竜船ロアンディル号に同乗していたなんて初耳である。密航じゃないよなあ?。リリシャさんはともかくカーラさんならやりかねない。
「何の話をしているのですか?駄竜。」
カーラさんは怪訝そうな不愉快な顔を浮かべながら俺の前に近づく。隣に付き添うリリシャさんは相方の態度に申し訳なさそうにしている。
ギャアラギャアガアギャアラギャアガアギャアギャアラギャアガアギャアギャアギャアラギャアガアギャアラギャアガアギャア
(カーラさん。密航のような馬鹿な真似はやめて下さい。確かに家は貧乏でありますが。犯罪に手を染めるべきではありません。)
「何を言うかと思えば変な勘違いをしているみたいですね。駄竜。」
カーラさんは不快に眉を寄せる。
「ヴォーミリオン商会会長に頼みこんで乗せてもらったのですよ。」
ボインボイン
リリシャさんが同乗した経緯を説明する。
「三日間の船の雑用をするかわりにのせてもらっているのですよ。変な勘違いしないで貰いたい。駄竜。不愉快です。」
ふんと不機嫌にカーラさんは鼻をならす。
日頃の行いが悪いからでしょうがと口を出そものなら容赦なく俺に飛び蹴りを喰らわしてくるので大人しく黙っている。
わいわい
白い雲の平原を進む船は合宿の地へと向かう。令嬢達はひそかな晩餐の航行を楽しむ。
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