第128話 密談
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「れ、レイノリア誤解だよ。脚を悪くした騎竜をマーヴェラス領の牧場で見つけて。背負ってマーヴェラス家の邸まで送ったんだよ。プロスペリテという騎竜に用があるみたいだけど」
「プロスペリテ·····。」
レイノリアもプロスペリテという名に険しげに眉を寄せる。
「アイシャ、紅茶をどうぞ。」
「ありがとう。パール。」
アイシャお嬢様は椅子に座り。パールお嬢様から差し出された紅茶を飲む。
口に含みティーカップをテーブルに置く。
「そう言えばパール、不思議な騎竜が来たんだよ。銀晶竜のソーラというんだけど。銀晶竜って変わった竜種だね。東方大陸では聞かない名の竜だけど。」
アイシャお嬢様の言葉にパールお嬢様の真珠色の瞳が点になる。
「アイシャ、その来訪してきた騎竜って、銀晶竜と言ったの?。」
「そうだよ。」
パールお嬢様はケロッとした表情で答える。
パールお嬢様は緊張したように喉をゴクリと生唾を飲み込む。
「アイシャ、よく聞いて。その銀晶竜だけど。北方大陸に生息している竜よ。白銀竜並にレアな竜(ドラゴン)よ。」
「そうなの?。」
アイシャお嬢様は特に驚きもせず。マイペースな感じでパールお嬢様の話に聞き耳を立てていた。
「銀晶竜という竜種は最後の一頭しかいない絶滅危惧種なのよ。」
「えっ!?。」
!?
パールお嬢様の一言に俺とアイシャお嬢様は口を半開きのまま暫く固まる。
マーヴェラス邸内客間
「さて、何処でプロスペリテという名を知ったのですか?。プロスペリテという名は一部のものしか知らない騎竜の名です。」
マーヴェラス邸内の客間で神妙な面持ちでマーヴェラス伯爵は銀晶竜ソーラに質問する。
「プロスペリテが神足る竜の本名だと私は知っています。私はかなりの年月を生きた竜(ドラゴン)です。ですからプロスペリテとは旧い知り合いであり。旧友の間柄でした。」
ソーラの正直な対応にマーヴェラス伯爵は嘘偽りないと納得する。プロスペリテという神足る竜の本名は王族や七大貴族、一部の貴族、教会関係者の司祭や教皇しか知らぬことだ。
しかし長い年月を生きている竜(ドラゴン)なら知っていてもおかしくはない。
「そうですか···。銀晶竜と竜の名は聞いたことがあります。北方大陸に生息し。今は一頭しかいないとか。」
「私の竜種は絶滅危惧種に指定されています。私が最後の一頭です。」
銀晶竜ソーラの唇は力のない笑みを浮かべる。
銀晶竜ソーラはマーヴェラス伯爵に真剣な瑠璃色の竜瞳の眼差しを向ける。
「私が聞きたいのは貴方の娘に何故プロスペリテのことを話していないかです。アイシャという娘がこのマーヴェラス家の騎竜乗りであるならばプロスペリテという名を知らないのはおかしい。」
ソーラは思っていたマーヴェラス家の一族でありながらプロスペリテという騎竜の名を知らないことは有り得ないことである。何故なら代々マーヴェラス家の騎竜乗りは神足る竜プロスペリテを継承しているからだ。
マーヴェラス伯爵は静かに重い唇を開く。
「出来ればアイシャには救世の騎竜乗りの業を背負って欲しくなかったのです。アイシャが誕生する前はマーヴェラス家は十世代続いて男子しか生まれてきませんでした。本来なら騎竜乗りの家系の貴族は女子が生まれなければ家は潰れ。家系も絶えるはずだった。しかし神足る竜プロスペリテのおかげでマーヴェラス家は完全に無くなることはなかった。騎竜乗りがいなくてもマーヴェラス家の象徴たる神足る竜が存在するだけでマーヴェラス家は尊厳と威厳と誇りは保たれていたのです。」
マーヴェラス伯爵の話に銀晶竜ソーラは静かに聞いている。
「しかし転機が訪れました。私の代で神足る竜であるプロスペリテは寿命で亡くなってしまったのです。皮肉なことにその時ギルギディス家から嫁いだネフィスから私の子が誕生し。女の子と発覚したときでした。銀晶竜ソーラさん。貴女が来訪したのはプロスペリテが寿命で亡くなったのを知らなかったからですか?。それとも知っていて来訪したのですか?。私はそれが知りたい。」
マーヴェラス伯爵の悲痛に訴えに銀晶竜のソーラは一瞬躊躇いを覚えた。
しかし彼の望みの解答は自分は持ち合わせているのだと覚り神妙に唇が開く。
「知っていて来訪しました。」
「やはりそうですか····。」
マーヴェラス伯爵は力を抜けたように落胆し椅子に腰かける。
少し考え込むように両手を握りしめる。
「プロスペリテは復活するのでしょうか?。神足る竜には死は存在しない。何度でも蘇ると聞いております。もしやアイシャの代で。」
「それは解りません。神足る竜がいつ復活するかなど誰も存ぜぬこと。今なのかそれとも遥か先の世代なのか。」
「ああ、出来ればアイシャの代で復活しないで欲しい。もし復活することがあれば·····。」
マーヴェラス伯爵は顔を掌で覆う。
「もう片方も復活するでしょうね。これは世界が決めた誓約。2つの相反する選択を世界の意志は二匹の竜に委ねた。」
「私はアイシャには救世の騎竜乗りではなく。ただの騎竜乗りとして生涯を終えて欲しいのです。」
マーヴェラス伯爵は悲痛な顔で呻く
「大丈夫ですよ。プロスペリテは敗けることはありません。結して···。」
「そういうことではないのです。ソーラさん。」
マーヴェラス伯爵は強く首をふる。
ソーラはそんなマーヴェラス伯爵を不思議そうに見つめる。
「救世の騎竜乗りとなればアイシャは普通の暮らしが出来なくなるかもしれないのです。救世の騎竜乗りとなれば英雄や或いは救世主、聖女と敬愛され。そうなれば皆から一心に期待を受けます。神足る竜として乗り手になることが本当に幸せとは限らないのですよ。」
マーヴェラスはアイシャが神足る竜が復活し。救世の騎竜乗りとなれば色々な貴族や権力闘争に巻き込まれ。満足な騎竜乗りとして人生を歩むことができなくなる。それを危惧していたのだ。神足る竜を所有することで特別視される。子供の時からマーヴェラス伯爵はそれをしみじみ理解し体験していた。だからこそアイシャの父親であるマーヴェラス伯爵は同じ境遇を娘にも味わせたくなかったのである。
マーヴェラス伯爵の言葉に銀晶竜ソーラは長年の人間達との営みと歴史を見てきたことで納得する。
「人間とはさも面倒な生き物なのですね。私も長年人間の騎竜をしておりましたが。矢張権力や野心、策略、謀略などは絶えませんでしたよ。」
「アイシャが救世の騎竜乗りとなれば尚更ですよ。」
マーヴェラス伯爵は椅子に腰掛けたまま俯いている。
「一つ聞いて宜しいでしょうか?。」
「何でしょうか?。」
「貴女の娘アイシャの騎竜ノーマル種のライナのことですけど。」
「ああ、ライナですか。ライナのおかげてアイシャは無事に騎竜女学園に入学できました。感謝してもしきれないですよ。学園でもエンペラー種やレア種にも勝利したとか。本当に凄いですよね。」
マーヴェラス伯爵はまるで自分事のように誉め自慢し喜んでいる。
「レア種エンペラー種に勝利した····。」
銀晶竜ソーラは背中に乗せて送ってくれたノーマル種のことを考える。
少し見定める必要性がありますね···。
プロスペリテの精霊達があのノーマル種ライナに憑いていたことに少し興味を抱く。
もしアイシャ・マーヴェラスが救世の騎竜乗りとして生きていくことになっても。あのノーマル種が何かしら突破口になるのではないかと銀晶竜ソーラはそう想えたのだ。
最期迎える前に旧き友に逢いにきた一匹の騎竜は平凡なノーマル種の竜に僅かながらの光明の光を視る。
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