第70話 奪われる気持ち


びゅううううううううううーーーーー!。

ごぉおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーー!!。


風の精霊が集まり。気の練り込んだ竜の鉤爪の右手から風がまきあがる。周囲の風が呼応するかのようにライナの鉤爪の竜の掌に集束する。


「何なの!?。何が起こっているの?。」


パトリシアは周囲に突然起こった自然現象にただ呆然とする。


『有り得ません。ライナから風の精霊が集まっております。』

「何よそれ?。アイシャ・マーヴェラスの騎竜のノーマル種は精霊も扱えるというの?。そんなの有り得ないわ!。手順も踏まずに呼び出せるなんて妖精竜じゃあるまいし·····。」


ギャアああああーーーーー!!

「竜風掌(りゅうふうしょう)!!。」



ひゅううううううう

ライナの右手の鉤爪が大きく振りかざすと周囲の風が舞い上がり。幾つものつむじ風が振りかざす鉤爪の弧を描くように目の前に現れる。目の前に写し出される無数のナーティアの幻影を薙ぎ払う。


「きゃああああーーー!!。」


幾多のつむじ風が幻影と本物のナーティアとパトリシアお嬢様もろとも巻き上げ吹き飛ばす。。


「これは·······。」


俺の背に乗るパールお嬢様も真珠色の瞳を見開き。ぽかーんと口を開けたまま今の状況が理解できなかった。


俺はそのままゴール地点にむけて飛行する。

これでこの決闘はパールお嬢様の勝利に間違いない。

これで決闘で敗北して奪われた騎竜乗りの騎竜達も全て返ってくる。

俺はこのままゴール地点目指し岩壁の路上空を抜けようとする。

だが目の前には服がボロボロになって汚れたパトリシアお嬢様とそれを乗せた黒眼竜ナーティアの姿が目にはいる。

つむじ風に巻き込またパトリシアとナーティがどうやらレースコースのゴール地点の前まで吹き飛ばされていたようだ。このままゴール地点にむかうのではなく。何故か俺とパールお嬢様の目前で空中に止まっている

黒眼竜ナーティアは魔眼の瞳で此方の様子を伺う。

背に乗るパトリシアは焦り帯びたように挙動不審に震えている。


「の、ノーマル種ライナ、わ、私とと、取引致しましょう。私は貴方を高値買いましょう。貴方が私の騎竜になれば思う存分贅沢な生活を与えて差し上げましょう。」

·········


この期に及んで俺を引き込むことでこの決闘の敗北をなかったことにしたいのだろう。此方が押しているのに、それでもパトリシアは収集した騎竜のコレクションを手放したくないのだろう。ある意味意地汚さを通り越して憐れである。


ギャアガアギャアラギャギャアラギャガアギャアラギャガアギャ

「お断りします。パトリシアお嬢様、俺は貴女の騎竜にはなりません。」

「な、何故です!?。そ、そうです。どうやら貴方は人間の女性に興味をお持ちのようね。何なら貴方には沢山の綺麗な娘の世話係を付けましょう。」

「え?。」


背に乗るパールお嬢様が困惑げに俺の様子を窺う。


「·········。」


俺の習性を理解しているように見えて全然検討外れである。人間の女性は好きだが。それだけでは俺を靡かせることは不可能である。パトリシアお嬢様と黒眼竜ナーティアは俺が人間の女性に興味を抱いていることを理解しているが。その詳しい内容までは理解していないようである。


『ライナ、貴方が普通のノーマル種ではないことは解っていました····。』

「な、ナーティア?。」


突然主人を差し置いてナーティアが口をだしたことにパトリシアは大いに困惑する。


『貴方は何者ですか?。術式や儀式も行わず精霊を呼び寄せるなど妖精竜や精霊竜、神足る竜でしか出来ない所業です。』


黒眼竜ナーティアはどうやら俺が普通のノーマル種ではないと思っているようである。


ギャアガアギャアラギャガアギャアガアギャアラギャガアギャアラギャガアギャアラギャガアギャ?

「俺はノーマル種だよ。ただの平凡な。それよりナーティア。あんたにした約束を覚えているか?。」

『約束?。』

ギャアガアギャアラギャガアギャアラギャガアギャギャラギャガアギャアガアギャアガアギャアラギャ

「あんたは俺に完膚なきまでに倒すと言った。そして俺はナーティア、あんたの性根を叩き直すと言った。」


『·········。』


黒眼竜ナーティアと俺との間に一筋の風が吹く。


『······そうですね。確かにそういう口約束をしました。』


ナーティアは何かに覚るように深く頷く。


「な、ナーティア、何を言っているの?。何勝手に話を進めているの!?。」


ライナとナーティアの会話に主人である自分が蚊帳の外であることに激しく狼狽える。


ギャアラギャガアギャアラギャガアギャアラギャガアギャアガアギャアラギャガアギャアラギャ

「故に俺はあんたの性根を叩き直すことにする。あんたの主人であるパトリシアお嬢様含めて。」


「何を言っているの!?。何勝手に話しを進めているの?。勝手に話を進めないで!!。私が交渉するのよ!!。私が取引するの!!私が対話するの!!私が私が私が!!この場を仕切るのよ!!。」


パトリシアお嬢様はヒステリックにわめき散らす。

ナーティアはゆっくり竜の長首をあげる。背に乗るパトリシアお嬢様にまるで語りかけるように諭す。


『お嬢様······。最後まで何も言わずに申し訳ありませんでした。でも今ならはっきり言えます。お嬢様の行いは間違っております。』


黒眼竜ナーティアは初めて本心を主人であるパトリシアお嬢様に伝えた。

パトリシアお嬢様みるみる顔色が蒼白く染まる。小さなパープル色の薄紅の唇が悲痛に崩れる。


ギャアラギャガアギャアガアギャアラギャガアギャアラギャギャ!

「パトリシアお嬢様、あんたは奪われる気持ちをここで理解しろ!。」


「嫌よ!あれは私の物よ!。あれは私の騎竜達よ!私が交渉して!。私が策を立てて!。私のお金で!私の実力でやっと手に入れた物よ!。手放すなんて出来るわけないでしょう!!。」


あれほど優雅で気品のある佇まいのお嬢様であったが今は見る影もなく。今はただ我が儘に駄々を捏ねて泣きわめく幼い幼女のようである。

俺は右手の竜の掌に気を練り込む。

スッと目の前の黒眼竜ナーティアは瞼を閉じる。


ギャアガアギャ!

「これで終わりだ!。」


俺は翼を広げナーティア目掛けて突っ込む。


「嫌よ!。嫌嫌嫌、嫌あああああああーーーーー!!」


パトリシアお嬢様の絶叫共に鉤爪の掌を打ち込む。


ギャアああっ!!  

「竜波掌!!。」


ドッゴオオオーー!!!


気を打ち込まれた黒眼竜ナーティアはグラっと態勢を崩す。主人であるパトリシアと共に岩癖の路の奈落へとゆっくりと落ちていく。


パトリシアお嬢様の悲痛な叫びとともに漆黒の鱗に纏った竜は静かに岩壁の底へと消えていく。

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