第69話 竜風掌

いつからだろう。お嬢様が他人ものを欲しがり始めたのは。

始まりはお嬢様が幼い頃、ハーディル家と友人関係である貴族の令嬢とのお人形遊びから始まった。お嬢様はハーディル家の御友人である令嬢と楽しくお人形遊びしていた。だが私が目を離した隙にお嬢様は相手の令嬢の人形を奪ってしまった。お嬢様は友人令嬢の相手の持つお人形の方がより綺麗で可愛かったようで。相手の令嬢は人形を奪われ泣きわめていたが幼いお嬢様は謝ることもせず。相手の令嬢の親に対して金銭的交渉し親を引き込むことで相手の令嬢を黙らせた。私が問題があるのではないかとハーディル家の旦那様に進言したが。お嬢様の父親である旦那様は商家の貴族として素晴らしい素養だと逆に褒め称えた。才能を伸ばすためにも必要なことだとお嬢様の所業を許した。そしてお嬢様の悪癖はより非道くなった。交渉や金銭で相手を黙らせ相手の大切なものを次々と奪っていった。そしてそれはいつの間にかそれが騎竜乗りの騎竜まで及んだ。

だがお嬢様でも金銭でも交渉でも騎竜乗りの騎竜は手放さないことを知ったお嬢様は私に頼みごとを始めた。


「ねえ、ナーティア。私ね。あの騎竜乗りの騎竜が欲しいの。ナーティアは騎竜としてレア種で魔眼持ちで強いよね。だから私の為にも決闘してくれない。決闘すれば相手の貴族の騎竜乗りでも騎竜を手放してくれる筈だから。」


私は言葉につまった。

お嬢様は無垢な笑顔で健気なお願いをしてくる。

その円らなパープル色の瞳の内になまめかしさと妖美さと妖しさを秘めている。


「畏まりした······。」


私は断ることができなかった。お嬢様の行いを咎めることもせず。ただただお嬢様の笑顔を守りたくては私は正直に付き従った。

そしてそれを何年も容認していた。

私の本心を押し殺して······。


「ふざけないで!何なのあのノーマル種!?。何でナーティアの魔眼が効かないのよ!。どんな竜種でもナーティアの魔眼は抗えなかったわ。確かにナーティアの魔眼が通用しない騎竜もいたけれど。それでもそれは殆どがエンペラー種やレア種の上位種だったわ。ノーマル種に魔眼が通用しないスキル持ちでもないのに。なのに何故!?。」

『·······。』


パトリシアは動揺する姿をよそに後方からパールお嬢様を乗せたライナが岩壁の路を進み迫ってくる。


『致し方ありませんお嬢様。戦闘を行いましょう。』


ナーティアの進言に眉をつり上げパトリシアは大いに困惑する。


「はあ?何を言っているのナーティア!?。貴女があのアイシャ・マーヴェラスのノーマル種にまともに戦って勝てると思うの!?。」


レア種黒眼竜ナーティアの強みは相手を惑わし魅了させる魔眼にある。それが効かないとなれば戦闘において出す手札はそれほど多くはない。


『確かに私の魔眼の魅了はノーマル種のライナには効かないのかもしれません。しかし幻影が見えているということは魔眼は効いています。魅了出来なくとも相手を惑わすことぐらいは可能でしょう。』

「惑わすって?それであのアイシャ・マーヴェラスのノーマル種に対処できるの?。」


信頼におけるパトリシアの魔眼の持ちの騎竜だが。惑わすことぐらいであのアイシャ・マーヴェラスの騎竜ノーマル種のライナを退くことなんて不可能だと思った。エレメント種の炎竜やエンペラー種の至高竜と対等に戦えたとならばアイシャ・マーヴェラスの騎竜ノーマル種のライナはナーティアよりは戦闘能力は上である。


『大丈夫です。お嬢様、私の分身の幻影を作りだし。それをライナに戦わせ。私達は逃げに徹すれば善いのです。私の魔眼は強力です。幻影とて実際戦っているみたいに錯覚する筈です。それに私は無数に分身の幻影を作り出すことが可能です。ライナは私の分身の幻影と戦い。尚且つ本物の私達を探し出さなければなりません。その隙にゴール地点を抜ければお嬢様の勝利は間違いありません。』

「な、なるほどね。名案ね。流石は私の騎竜ね。」


パトリシアの焦りのいろも消え。変わりに勝利を確信したように勝ち誇った微笑を浮かべる。


『では始めます。』



ナーティアはスッと瞼を閉じる。

魔力を竜瞳に集中させ解き放つ。


『幻影多重身(イリュージョン・マルチプレックスバディ)』


カッ!!

見開かれた竜瞳に鈍い光が放たれる。

周囲の情景が歪む。


ギャギャガ!?

「なっ何だ!?」


前方の岩壁の路に裸体の女性が一瞬に消え。その代わりナーティアの竜の姿が無数に現れる。

おいおい、人間の裸の女性の幻影が効果がないからって。普通自分自身の幻影を何頭も作り出すかあ?。

俺はナーティアが一瞬自分の竜姿の身体に自信があるナルシストとではないかと勘繰ってしまう。


目の前に無数に現れる幻影のナーティアは俺の存在を認知したかのように向かってきた。


「ライナ、気を付けて!。黒眼竜ナーティアの攻撃は幻影でも通用するから。」


ぎゃっ!?

「何っ!?」


パールお嬢様の助言に俺のくちばしが大きく開き絶句する。


『シャドウニードル(暗闇の針)』


無数の自分の幻影を作り出したナーティアの

一頭が魔法陣を展開させ闇属性とおもわれる魔法を俺に放つ。


スッピィーーーーーンっ!!

透明感のある黒い針が物凄いスピードで俺の竜身に打ち込まれる。


ギャああ!!

「竜気掌!!。」


パン

気の練り込んだ竜の掌で打ち払う。


『ダークネイル(闇の釘)!。』


続いて針ではなく釘の形をした黒い塊が放たれる。それも俺は気の練り込んだ竜の掌で打ち払う。ナーティアの幻影である一頭一頭が幻影でありながら確実に俺に魔法を放っていた。そしていつの間にかレースコースである岩壁の路のゴール地点まで先頭を飛行するナーティア達の距離が縮んでいた。

つまり分身の幻影は陽動で本体はゴールを目指して飛行しているということか!。

ナーティアの作戦に俺はいち早く気付く。


不味いなあ~。このまま手をこまねいていれば確実に勝利を掴みとられる。

かといって目の前の飛行するナーティアの幻影の本体を探し出す時間などない。

レースでの戦闘を蹴落とすだけでなくこのような陽動や撹乱に使われる。

このままでは敗ける。黒眼竜ナーティアの洞察力はここまで優れていたとは。俺が全体攻撃のスキルや魔法を持っていないからこそできる戦法だろう。


     ・・・・・・・・・・


仕方ないアレをやるしかないか····。

妖精竜ナティナーティからみっちり精霊を呼び寄せる特訓を受けていた。

精霊を応用した気の技を完成させることに至り。俺はそれを発動させる。

バァサッ

俺は一旦飛行するのをやめる。


「ら、ライナ!どうしたの!?。何故!翼を止めたの!。」


背に乗るパールお嬢様は突然ライナの翼を止めたことに戸惑い困惑する。


俺は右鉤爪の竜の掌に気を練り込み。竜のくちばしから独特な呼吸法を行う。


ひゅうううううう こぁおおおおおーーー


まるで風が吹き荒れるような音がライナのドラゴンのくちばしから漏れる。

気の練り込んだ竜の掌から緑の光の粒子が集まり出す。


「流石はナーティアね。アイシャ・マーヴェラスの騎竜ノーマル種のライナもどうやらレースを諦めたみたいよ。」


後方で翼を止めたライナをパトリシアはレースを諦めたのだと勘違いしていた。

ナーティアは魔眼で後方にいるライナを有り得ない竜顔で直視し絶句する。


なっ!?。何故·····何故風の精霊が集まっているの?。

ノーマル種のライナの周りにはおびただしいほどの数の風の精霊が集まっていた。そんな異様な光景に黒眼竜ナーティアは言葉を失う。


ギシ

風の精霊が集まるライナの右の掌の鉤爪を研ぎ澄まし。そのまま大きく振りかざす。


ギャアああああーーーー!!

「竜風掌(りゅうふうしょう)!!」


ライナの振りかざした竜の爪の先から暴風が吹き荒がる。




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