第65話 お金よりも

パールは門戸の右手の魔方印が描かれた壁に立ち手をかざす。


パあぁっ

小型の魔方印は輝き出す。

ハーディル家の豪華な豪邸玄関扉から曲がりくねった見事な羊角を生やすメイド姿の女性が現れる。

盲目に閉じた瞳をしたハーディル家の騎竜は俺達の姿を捉えると動揺せずに坦々と業務をこなす。


「お待ちしておりました。」


ナーティアはパール・メルドリンが乗り込んでくることを察していたようである。

正式な商談の契約でも自分の騎竜を奪われたことには違いない。寧ろこんな状況がハーディル家にとって日常茶飯事なのかもしれない。


「パトリシア・ハーディルに話があります。逢わせて頂けますか?。」


普段温厚なパールお嬢様だが今の台詞の言葉一つ一つに冷たい圧が込められていた。


「畏まりました····。」


ナーティアは丁寧にに頭を下げる。

ガチャン

ハーディル家邸の門戸が開かれる


「あれ、何かなあ?。」


アイシャお嬢様が門戸を潜ろうとする手前邸の門戸から伸びる塀の一部に人だかりが集まっていた。

塀の前に立ち尽くすように集まる人は皆顔を上げ。仰ぐように塀の向こう側を見上げ立ち尽くしていた。


ギャア?ラギャアガアギャアラギャアガアギャ?

「本当だ?。一体何をやっているのだろう?。」


塀に集まる人だかりは全て女性だった。身なりからして職人や商人とは思えない。ドラグネスグローブを嵌めている者もいたので騎竜乗りだろうか?。


「お嬢様との決闘に敗れ。益として騎竜を奪われた騎竜乗り達でございます。ああやって自分たちの騎竜の様子を塀の外側から毎日見に来ているのです。」


ナーティアが坦々と疑問にこたえる。


「酷い!。」


アイシャお嬢様は悲痛に顔を歪ませる。

俺は竜の眉間の険しげに寄る。

パトリシア・ハーディルという令嬢あまり良い趣味はしていないなあ。騎竜収集を趣味にしているようだが。他者から奪うような形をとっている。ああやって騎竜を奪われた騎竜乗り達は塀の外から自分達の騎竜の様子を毎日確認しにきているのだろう。


あれがアイシャお嬢様だったらとおもうと···。

あまり考えたくない····。


邸には入らず広大な庭を通りすぎ。透明なガラス張りの温室に通される。

温室も竜のサイズが入るくらい広くデカかった。沢山の多種多様の植物と花壇が植えられるている。

その中央に優雅に白い椅子と机に腰をかけ。ティータイムを楽しむパープル色の髪と瞳をし。黒薔薇の形を模したドレスを着飾った小柄な身なりの令嬢パトリシア・ハーディルがいた。

パトリシア・ハーディルの座る温室の後方には力なく低く項垂れ生気を無くしたさっきの塀の騎竜乗り達の相棒と思われる騎竜達が並んでいた。

本当に良い趣味していないなあ。この令嬢·····。

騎竜が生気を喪うように落胆しているのは主人の騎竜乗りから奪われただけが理由ではなかった。ある程度騎竜は綺麗に大事に手入れされていたが。しかしレースに出場する騎竜特有の闘争心と言うか気迫というものがその温室に低く項垂れている騎竜達にはなかった。多分この騎竜達はレースに出場されず観賞用として。人化されないままパトリシア・ハーディルの邸に置かれているのだろう。主人から引き離され。尚且つ騎竜としての生きがいでもあるレース出場も叶わぬのだから。それは騎竜の存在意義を否定されたのも同然である。


「パトリシア・ハーディル!。私のレイノリアを返しなさい!!。」


パールお嬢様は食って掛かるように罵声を上げる。

パトリシアの幼さを帯びたすました顔が何も動じず流し目を送る。口にしたティーカップを静かに皿に置く。


「あら?、面妖なことを聞くのねえ。ロード種青宮玉竜レイノリアは私が正式な契約で譲り受けたものよ。」

「図々しいにも甚だしい!。お父様を騙して担保に騎竜を譲り受ける誓約書を書かせておいて。レイノリアを奪ったくせに!。お父様は誓約書はレイノリアではない普通のノーマル種の騎竜だと思い込んでいたのよ。」


ふうふうとパールお嬢様は息を荒げ興奮していた。普段はおしとやかではあるが今は自分の相棒の騎竜レイノリアを奪われ。怒りゲージが臨界点突破していた。


「重大な大きな商会の取引にノーマル種の騎竜を担保にするわけないじゃない。普通に考えてあり得ないわ。」


ノーマル種って取引する価値もないのかよ。俺はその場で微妙な竜顔を浮かべる。この異世界のノーマル種の相場が気になるなあ。でも正直知りたくもない気持ちもある。


「レイノリア様をお連れしました。」


温室まで案内していたナーティアがどうやらレイノリアを連れてきてくれたようだ。


「レイノリアっ!?。」


レイノリアの顔を見れてパアッとパールお嬢様の表情が明るくなる。


「お嬢様!?。それにアイシャお嬢様とライナまで····。」


主人がくるのを解っていたが。部外者でもあるアイシャお嬢様とライナが来ていることにレイノリアは困惑する。

パールお嬢様は所持していた手提げ袋から自分用のドラグネスグローブを取り出した。


嗚呼、手袋を投げつけるんだな。確か貴族同士の決闘で手袋を投げつける習慣が確かにあった。

俺はパールお嬢様行動に竜の顎を頷かせ納得する。


バッ

パールお嬢様は片手に手袋を投げつける。

パシッ パタ

投げつけたドラグネスグローブはパトリシアの小ぶりだが。それでも小柄な体格から相応以上のふっくらした膨らみの胸に当たるとパトリシアの膝の上にポトリと落ちる。

俺はその一部始終を竜瞳で凝視する。

そして困惑する。


『何故、胸に当てる?。』


「·····何の真似かしら?。」


すました小さなパトリシアの幼さを秘めた表情が厳しげに眉が寄る。


「パトリシア・ハーディル!。私、メルドリン家当主パール・メルドリンは貴女に決闘を申し付ける!。」


パールははち切れん溢れんばかりの胸で堂々胸を張り言い放つ。


「貴女の騎竜は契約で貰い受けた筈よ。騎竜の無い騎竜乗りがどうやって決闘するの?。」

「私の親友アイシャ・マーヴェラスにノーマル種ライナをレェンドラ(貸借竜)しました。」


レイノリアは眉を上げ驚きの表情を浮かべる。

ナーティアはじっとパールと主人であるパトリシアの二人の会話を聞き沈黙を保つ。


「なるほど。だから部外者であるアイシャ・マーヴェラスも一緒にいるのね。でも私が決闘を受けるメリットが無いわ。貴族の決闘はお互いの益を賭けての戦いよ。片方が益があってももう片方が益が無ければ成立しないわ。」

「それは·····。」


パールお嬢様は苦悶に表情が歪む。

決闘は互いの益が無ければ成立しない。この異世界の貴族特有の習わしなのだろう。パールお嬢様はレイノリアを取り返すことが目的だが。決闘を受けるパトリシア・ハーディルには何のメリットもない。パトリシア・ハーディルに決闘を受けさせるにはパトリシア・ハーディルが興味を引くメリットを与えなくてはいけない。パトリシア・ハーディルが興味を引き。欲するものが何かと考えるなら。やはり騎竜なのだろう···。だがパトリシア・ハーディルを欲しがるような騎竜などパールお嬢様にもアイシャお嬢様でさえ現状持ち合わせてはいないのだ。


「お金では駄目なの?。」


パールお嬢様は苦渋にその言葉を吐く


「お金なんてハーディル家にとって腐るほどあるわ。興味無いわね。」

「では宝石や家宝とかでは···。」


パトリシアは左右に頭を振る。


「私は欲しいものなら何でもお金で手に入るのよ。だから特に不便してないわ。でも、そうね······。」


パトリシアは舌舐めずるような流し目を俺に送る。

何だ?何で俺を見る?。

パトリシアは誘うような流し目を送られ俺は少し退くようにたじろぐ。


「私はアイシャ・マーヴェラスの騎竜ノーマル種のライナが欲しいわ。」

「なっ!。」


パールお嬢様は絶句する。


「ライナを······。」


アイシャお嬢様もパトリシアの言葉に目を見開き驚く。


え!?俺。俺みたいなノーマル種欲しいの?。俺みたいなノーマル種が欲しいなんて物好きだなあ。

ノーマル種が欲しいという貴族の令嬢なんて物好き以外何物でもない。あっ!でも七大貴族のキリネ・サウザンドから騎竜の誘いがあったなあ。月夜の遊泳飛行でキリネから騎竜に誘われたことを思い出す。


「そんなこと出来るわけ無いでしょう!」


パールお嬢様は激昂する。


「ならこの決闘は無効ね。私の益になると言えばアイシャ・マーヴェラスの騎竜ノーマル種のライナしかいないわ。エンペラー種を敗かすほどのノーマル種の騎竜よ。そんな希少な騎竜は滅多にいえ皆無と言えるほど手に入らないわ。」


パトリシアの決闘の条件にパールお嬢様は悔しそうに唇が歪む。


「解りました。パールの決闘にライナを賭けます!。」

「アイシャっ!!。」


アイシャお嬢様の発言にパールお嬢様は驚きを隠せなかった。

俺も驚いていた。


「本当に?良いのね?。」


アイシャの発言にパトリシアは表情を抑え。隠しているようにみえて発する声が浮き足立っていた。それほど俺(騎竜)が欲しいのだろうか?。


「但し!条件があります!。」

「条件?。」

「これはパールの決闘です。でも私の騎竜のノーマル種のライナを賭けるのです。パールに益があっても私にも益はありません。だからパールの決闘に私の益も与えるようにしてください!。私が貴女パトリシア・ハーディルと決闘する代わりに。」


アイシャの言葉にその場が一瞬し~んと静まり返る。

俺の竜口もアイシャお嬢様のあまりにも唐突な交渉にあんぐりと開いたまま閉じるのを忘れてしまう。

アイシャお嬢様がそんなことを言い出すとは。いつも一緒にいるけれど。段々と大人の女性に成長しているのだとしみじみと感じた。少し寂しい気もする。


「なるほどそれも一理あるわね。パールの決闘に貴女の騎竜を賭けるのだから。貴女に益がないのも不公平。良いでしょう。で、何が欲しいの?。やっぱりお金。」


確かに財政難であるマーヴェラス家復興の為にお金は必要だけど。アイシャお嬢様の性格にしてこんなことを言い出すのはお金の為でないことは明白である。長年の付き合いであるアイシャお嬢様とは無欲なほど純粋で思いやりのある娘なのだ。だから目的は察するなら······


「私の決闘の対価の益はパトリシア・ハーディル。貴女の全ての奪われた騎竜達の解放です!。」

「「「っっ!?。」」」


アイシャお嬢様が発っした決闘の交換条件に皆騒然と言葉を失う。




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