第19話 再起の少女

カーラはアイシャお嬢様の部屋の扉の前に立っていた。隣にはマーヴェラス伯爵と後ろにリリシャが控えている。


「カーラ、本当にやるのかね。」


父親であるマーヴェラス伯爵は


「はい、ここまで引きこもりのままでは埒があきません。強行手段にでます!。」

「し、しかし強引過ぎるのではないか?。もう少し穏便にすましても。」

「いいえ、これはアイシャお嬢様の為です。奥さまにも教育係りとして任せられていますから。」

「ネフィスか····。ネフィスが邸にいてくれればアイシャは直ぐに立ち直ったのだが。」


マーヴェラス伯爵は眉を寄せ悔やむ。ネフィスはアイシャの母親である。マーヴェラス家の象徴たる上位種の騎竜が寿命により亡くなり。マーヴェラス家は一気に没落の路を辿った。マーヴェラス家の貴族や家柄にとって最も象徴たる騎竜を喪いマーヴェラス家はどん底に落ちていった。私は立ち上がることもせずに全てのことにおいてあきらめかけていた。そんな私を彼女は失望したのか家を出ていってしまった。本当のことを言えば妻が出て言ったのは没落したからでも貧乏になったからでもない。それは方便で。実際ネフィスがこのマーヴェラス家を出ていった本当の理由は不甲斐ない私を見かねてことだと思う。ネフィスはリリシャとカーラに娘のことを託し家を出た。ネフィスの家は七大貴族の一つであり。ネフィスの実家に帰ればアイシャは貧しい暮らしをする筈もなかった。しかしネフィスはアイシャをマーヴェラス家に置いていった。それほど私に失望したのだろう。

アイシャがマーヴェラス家の為に運送屋として働くことも騎竜女学園の為にレース出場して戦績積みすることもなかったのだ。


カーラは娘の部屋の扉を何度も強くノックする。


「お嬢様、お嬢様、お出でくださいませ。いつまで部屋にこもりっきりになっているのですか!。お嬢様!お嬢様!。」


ドンドン

何度も強く扉を叩く。


「·······。」


扉の向こうは無言で返事はない。


「失礼!お嬢様、扉蹴破ります!。」


ドガッ

カーラがスカートをまくし上げブーツの履いた足を思いっきり木製の扉に叩きつける。

バキッ

年期の入った装飾を帯びた古びた木製の扉は見事半壊しながら開く。


「勝手に入ってこないでよ!!。」


アイシャはベッドの掛け布団を頭に覆い呻くように反発する。

アイシャの部屋にカーラが続いてマーヴェラス伯爵とリリシャが入ってくる。


「いつまでそうしているつもりですか?お嬢様。」


カーラはキリッとした視線をアイシャに注ぐ。


「しょうがないでしょう!。何をやっても駄目なんだよ。私頑張ったんだよ!。お家の為にレースの戦績も積んで頑張ったんだよ。それでも··それでも敵わなかった。上位種の騎竜に歯が立たなかった。もう無理なの!。騎竜女学園に入学するともできない!。パールとの約束も守れない!!。」


アイシャお嬢様の幼い顔がくしゃくしゃになり涙を溜め喚き叫ぶ。


「お嬢様···いえアイシャお嬢様、それはライナのせいということですか?。」

「······っ!?。」


アイシャは布団の覆うベッドの上で深く沈黙する。唇をきゅっと締め強くつぐむ。アイシャの発言はライナが上位種ではないから勝てないとそう捉えても可笑しくはなかった。ただアイシャはそんなつもりはなかった。大切な相棒で愛する騎竜が役立たずとは言える筈もない。

それでも無力であることは変わりなかった。『ライナのせいではない』そう断言できればどんなに良かったか。だが事実はそうじゃない。炎竜の騎竜乗りはノーマル種では上位種に勝てないという現実を突きつけられた。だからこそアイシャは口をつぐんだ。沈黙せざる得なかった。言葉を発せればそれはすべて愛する相棒の騎竜ライナのせいになるからである。


「アイシャお嬢様あの駄竜は一度もアイシャお嬢様に逢いにきませんでしたよねえ?。」

「それは私に愛想が尽きたから···、」


アイシャはネグリジェ姿で前髪の金髪を垂らし力なく俯く。


「あの駄竜がそんな軽薄な性格じゃありせんよ。私も最初アイシャお嬢様に一度も逢わず竜舎をいつも留守にして牧場で遊び呆けているかと思っていましたが·····。アイシャお嬢様、あの駄竜、ライナは諦めておりませんよ。何一つ、闘うことを諦めておりません。今でもアイシャお嬢様の為に強くなるために必至で修行しております。」

「ライナが?でも···。」


アイシャは一度顔を上げるがまた弱々しく俯く。


「無理ですか?無駄ですか?無謀ですか?ノーマル種がいくら強くなろうとも上位種には勝てない。そうお想いですか?。」

「それは····。」


アイシャは唇を歪ませ言い返せずにいる。


「お嬢様、ライナは強くなりました。変な竜にしごかれ。とてもあり得ない程変に強くなりました。」


アイシャは黙ったまま沈黙を保つ。


「·····。」

「納得できないようですね。では一度ライナの様子を観てはいかがですか?。あの駄竜の変貌ぶりを一度御覧になっては?。」


カーラのキリッとした顔が穏やかでにこやかな笑みを浮かべる。 


「ライナは私のこと嫌ってない?。」


アイシャは心配そうに上目遣いに問いかける


「あの駄竜がアイシャお嬢様のことを嫌う理由など何一つありませんよ。久し振りに逢いにいきましょう。」


カーラの誘いにアイシャはゆっくりと顔をあげる。


「解った····。」


アイシャはコックリとゆっくり頷きベッドから出る。

少女は久し振り自分の部屋の扉を開けた。


      ◇◇◇◇◇◇◇◇



ギャドラギャアガアラギャアギャアラギャアガアギャアギャドラギャアガアギャアギャドラギャアギャアガアギャドラ

「ライナ、集気法は色んな応用が効く。一時的肉体強化、物質、無機物、現象の破壊。そして活性化による爆発。気には二種類、自然界の気と体内から存在する体内エネルギーの気がある。集気法によって一時的な肉体強化された身体で物質、無機物、現象の破壊も可能だ。簡単に言えば気でも魔法という現象を破壊することが可能ということだ。」

ギャアガアギャ

「凄いですねえ。」


ライナは牧場の草原で感心したように竜首を上下に頷く。魔法まで気で破壊できるなら上位種の竜達の対抗策になる。上位種に対決するなら様々な魔法扱う竜もこれから現れてくるだろう。そういう相手に集気法の肉体強化は役に立つ。


「あれがライナ?。本当に変な竜といる。」


アイシャはメイドのカーラとリリシャ、父親であるマーヴェラス伯爵と一緒に牧場の納屋の物陰からライナの様子を窺っていた。

ライナの隣に黒丸眼鏡をかけた筋肉質の減んな竜が確かに何か教えているように見受けられる。


ギャアガアガアラギャアギャァ?

「活性化による爆発とは何ですか?。」


爆発とつくのだから何か爆発するのだろうか?。


ギャドラギャアガアギャドラギャアラギャアガアギャアラギャアガアギャアラギャアガアギャアラギャアガアギャアギャドラガアギャアギャアガアギャドガア

「集気法には自然界の気と人間本来持つ体内エネルギーの気がある。集気法によって自然界の気と体内の気が交じりあい。とあるトリガーによって爆発並に活性化する。これが活性化による爆発だ。」


俺は竜の首を傾げる。

今一ピンとこない。活性化の爆発がただ何か爆発する訳じゃないことは理解した。


ギャドララギャアガアギャアラギャアガアギャアラギャアギャドラギャアガアギャアラギャアギャアラギャアガアギャアラギャアギャドラガアギャア

「私は場合はトリガーはこのみなぎる筋肉だが。活性化のトリガーの発動条件は人それぞれだが今は竜だが。主に執着、執念、自分にとって好きなことだな。」


レッドモンドさんは筋肉をぷるぷる震わせながら説明する。


ガアギャア?

「好きなこと?。」


俺の好きなこと言えば当然二つの柔らかな膨らみであるおっぱいを背中に押し付けてもらえることである。その気の活性化の爆発とどう繋がるのか理解できない。好きなことで強くなれるならとっくに誰でも強くなれるだろうし。


ギャドラギャアガアギャアラギャアガアギャアラギャアガアギャアラギャアギャアラギャアガアギャアラギャアギャドラギャア

「活性化の爆発はいわば火事場の馬鹿力のようなものだ。本来使っていない筋肉と気を一気に放出するようなものである。この集気法に関しては経験で身につけるしかない。」

ギャアガア·····

「そうですか·····。」


活性化の爆発がどう言うものか解らないが今は頭のすみに置いていこう。


ギャドラギャアガアギャアラギャアギャドラギャ

「次は集気法で練り込んだ翼でいなしてみるといい。」

ガア

「はい。」


バサァッ

二枚の緑の翼を大きく高く広げる。


「何をしているのでしょうか?。」

「解らん·····。私も初めてライナの様子を観るが···。」


ライナの行動に陰に様子を観るメイドのリリシャとマーヴェラス伯爵は首を傾げ困惑する。


ライナの翼に黄色の粒子が集まり翼に集束する。アイシャ達には気は知覚できていなかった。魔力とまた異なる力をアイシャ達が知るよしもない。


バサァッ!

片翼を強く広げた。

ビゅぅーーーーーっ バキバキバキッ!!

緑の翼が大きく広げると突風が舞い上がる。

突風は牧場の木々をかまいたちのようになぎ払った。


「なっ!?。」

「えっ!?。」

「はっ!?。」


マーヴェラス伯爵とリリシャは口を開け絶句する。カーラも一度目撃しているに声を上げてしまった。


「これが····ライナの力。」


ライナの強くなった姿を見てアイシャはギュッと手のひらを握りしめる。


「何だあれは!?。あれがノーマル種がライナのしたことか?。」

「カーラ、何かライナがどんどん竜離れしてませんか?。」

「私もここまで変になるとは···。」


三人共言葉を失う。

アイシャはスッと立ち上がった。


「お父様、リリシャ、カーラ、ごめんなさい。心配おかけました。私もう迷いません。ライナと一緒にレースに勝ちます!。」


アイシャの青い瞳に生気が満ちる。



四年後・・・・


「ライナ、ここまできたね・・・・。」


ひゅ~~~

隣に寄り添う引き締まった身体の緑色の竜に声をかける。

ガア


声をかけた金髪の靡かせた少女は成長し顔から幼さが消え。少し成熟の色を醸し出す。胸もふっくらと見事な膨らみが出来上がっている。


一人の少女と一匹の緑色の竜は目の前に赤く染まった活火山であるファイアーマウンデー山を見上げる。

因縁の決着をつけるため一人と一匹は再び敗北した戦いの地へと赴いた。


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