4-9

「これはお姉ちゃん、戸部夏葉からの手紙です。立花先生、あなたは読みますか?」

「はい、もちろん読ませてもらいます。こうして、わざわざ遠くから届けに来てくれて、本当にありがとう」

 立花先生は、しっかりと両手で夏葉が残した手紙を受け取って、ほんの数秒間、ジッと受け取った手紙を見つめた後、「読むのは、家に帰ってからにさせてもらうわね」と、受け取った手紙をそのまま手さげの鞄に仕舞うのだった。

「さあ、遠坂さんも、夏花さんも、あまり長く引き留めてしまったら、帰るのが遅くなってしまうでしょうし、この辺りで別れましょう」

 喫茶店を出て、駅へと向かう。立花先生は僕達を駅まで送ってくれて、その道中、僕は前で夏葉について懐かしむような口調で話をしている立花先生と夏花の後ろ姿を眺めながら駅へと足を向けた。

「遠坂さん」

 別れ際、改札を通る前に、立花先生はこう言った。「また、こうして話をしましょう。その時は、是非泉さんも、もちろん夏花さんも一緒に」と。

 その言葉に対して、僕は「はい」とだけ返事をする。すると、立花先生は少しばかり表情に緊張の糸を張って、瞬きを二、三度するくらいの間、僕のことを見つめ、こう切り出すのだった。

「今日は、遠坂さんも、夏花さんも、本当にありがとう。遠坂さん、最後に一言だけ言わせてほしいことがあります。何を今更と、もう遅いかもしれませんが、それでも言わせてください。遠坂さん、あの時は本当に、申し訳ありませんでした」

立花先生は、深く頭を下げる。立花先生の言う、「あの時」というのは、きっと夏葉が亡くなったと立花先生が僕達に行った時のことを指しているのだろうと思った。でも、なんだか立花先生の言う「ごめんなさい」という言葉が、立花先生自身にも向けられているような、そんなように僕には感じられて、きっと、この「ごめんなさい」という言葉は、「夏葉が亡くなってしまうことを、ずっと黙っていたこと」や「夏葉が亡くなったと話をした後、何の力にもなることが出来なかったこと」だとか、そういうことに対する謝罪の意味もあるのかもしれないと、そう思った。だから、きっと立花先生は、そういうことを今でも悔やんでいるのだろうなと、そう思う。

 立花先生はそういう人なのだ。今日立花先生としっかり顔を合わせて話をして、改めて分かった。立花先生は、やはりあの、優しい笑顔の似合う人なのだ。

「僕は、夏葉と出会えてよかったと思っています。夏葉と話が出来て、短かったかもしれないけれど、一緒に時間を過ごすことが出来て、本当に良かったと、そう思います。それだけは絶対だと言い切りことができます」

思い返せば、「夏葉さんが亡くなりました」と、教室で言われたあの日以降、立花先生はあまり笑わなくなった。笑みを浮かべたとしても、それは無理やり作ったような笑みで、僕が中学一年生、二年生であった時に見た立花先生の笑顔とは、全く別物だった。卒業式の日に撮ったクラス写真に写る立花先生の笑顔も、そういう無理やり作られた笑顔だった。

 どうして今まで気が付かなかったのだろう。立花先生だって、夏葉が亡くなって悲しくない訳がないだろう。それどころか、「あの時こうしていれば」という後悔の数は、きっと僕よりも立花先生の方がより多くあったと思う。もしかしたら、その後悔の一つの中に、「夏葉が島の、あの学校に転校するのに反対していればよかったかもしれない」というものがあるのかもしれない。

 でも、それは違う。少なくとも僕にとって、立花先生の選択は間違いではなかった。僕は、立花先生がそうしてくれたから、あの島で夏葉と出会うことが出来たのだから。

 だから僕は、そのままそっくり立花先生に伝えた。「ありがとう」と、感謝を言うのは僕の方だと。立花先生が夏葉の転校に賛成して、その後も夏葉を陰で支えてくれたから、僕は夏葉とあの島で出会い、大切で、楽しかったと思える日々を過ごすことが出来たと。そしてそれは、夏葉も同じだっただろうと。

 最後に一言だけ、そういえばいつの日か、夏葉が言っていたことを思い出して、それを立花先生に伝えた。

「立花先生の優しい笑い方が好きだと、夏葉は言っていました」と。

 その後、僕と夏花は、立花先生と「また会いましょう」と、そう約束を交わして僕達は帰路に就く。別れ際に見た立花先生の顔には、昔僕がよく目にしていた笑顔が浮かんでいて、夏葉が好きだと言った通り、僕も、立花先生にはああいう笑顔を浮かべていて欲しいなと、そんな事を思った。

「お姉ちゃんがいたクラスの担任の先生が、立花先生で良かったと思います」

「うん。僕も、立花先生が担任の先生で良かったって思うよ」

 駅のホーム。僕は夏花と共に、電車を待つ。

 陽はまだ高いけれど、家に着く頃にはきっと陽は暮れていることだろう。

「明日、少しだけ時間をくれるかな。僕も読もうと思うんだ。夏葉からの手紙を」

「奇遇ですね。私も、ちょうど同じことを考えていました」

 ホームに電車がやって来て、僕と夏花はその電車に乗り込む。

 もうじき夏が終わるなと、そんな事を思った。

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