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 偶然、とは言い難いが、夏花の実家、つまり夏葉が島に来る前に住んでいた家は、今僕が一人暮らしをしているアパートから比較的近い場所にあるということが分かった。

そのことがなぜ偶然とは言い難いのかというと、僕が望んでそうしたからだ。どこの高校を受験するか考えた時、以前夏葉から聞いた、かつて彼女が住んでいた場所のことを思い出した。

島に高校はない。かといって僕に地元と呼ぶことの出来る場所は無く、祖父母が亡くなったからといって両親と共に過ごすようになるわけでもない。行きたい場所もなかった僕は、結局その夏葉がかつて住んでいたという地域にある高校に通うことを決めたのだ。もしかしたら、夏葉がかつて暮らしていた場所に行けば彼女に再び出会えるかもしれないと、馬鹿々々しいことを本気で考えていた。

 夏葉がかつて暮らしていた場所は、彼女から聞いていた通り静かで落ち着いた街だった。不便を感じさせない程度には栄えていて、少し自転車を走らせれば自然と触れ合うことが出来る。そんな場所にかれこれ一年半いるが、当たり前のように夏葉と出会うこともなく、高校生活も別段華やかなものでもなく、どこかフワフワとした歩調で季節は一巡し、二度目の夏を迎えた。

「…………」

 結局、帰って来てしまったなと、暗くなったアパートの天井を眺めながら思う。島からこの街に帰って来るまでの間、途中まで夏花と一緒にいたのだが、何一つ言葉を交わすことなく今日は別れた。夏花は僕のアパートがある最寄り駅から二駅ほど離れた場所で下車した。彼女は電車から降りた後、一度だけ振り返り小さく頭を下げ、ホームを去って行った。

 少しだけ、妙な光景だと心の隅で思った。彼女は夏葉ではないのに、どうしたって彼女を見ていると夏葉の姿がちらつくのだ。ただ、ちらつくだけで、少しすると、彼女は夏葉ではないのだと分かり、それがどうしようもなく辛く、虚しかった。

 夏葉からの手紙を、僕はひとまず受け取りはしたが、でも読めるわけもなく、封を開けることなくそのまま机の引き出しの、奥の方に仕舞った。

 明日、僕は改めて夏花と待ち合わせをし、そして夏葉のお墓に行くことになった。お墓参りをした後、どこか落ち着くことの出来る喫茶店で、島に居た頃の夏葉の話を彼女にすることになっている。

 島へ行く前は、こんなことになるなんて思いもしなかった。そもそも、僕は夏葉に双子の妹がいるなんて知らなかった。夏葉はあまり自分のことを話してはくれなかった。僕が島に来る前の夏葉に関することを知っているのは、せいぜいどこに住んでいたかくらいで、それ以外はあまり知らない。

 夏葉と一緒に居た時は、夏葉が島に来る前のことをあまり話したがらないことに何ら疑問を思わなかったけれど、夏葉が死んでしまい、夏葉についてあまり知らない事に気が付いた途端、どうして夏葉は自分のことをあまり話したがらなかったのだろうかと、疑問に思うようになった。

 他にも、夏葉について聞きたいことは沢山ある。どうして彼女は何も言わずに死んでいってしまったのか。どうしてあの島の、あんな小さな学校に転校してきたのか。夏葉があの島に来る前、どんな風に日々を過ごしていたのか。彼女は最期、何を思っていたのか。どうして手紙なんてものを残して、でもそれを隠すように外には出さなかったのか。

 少し考えただけでも、これほど浮かんでくる。

「…………」

 やはり僕は、どうしたって夏葉のことを忘れることが出来ないでいるじゃないかと、そんな事を心の内で呟いて、ジッと暗い天井を見つめたまま、夏葉と過ごした日々のことを、いつものように思い出す。ふと、僕は明日、夏葉のお墓を前にしてどう思うのだろうかと、微睡む頭の中でそんな事を考えたのを最後にその日は終わった。

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