第580話カエルの英雄のカエル




 ※マヤメ&トテラ視点

 (スミカお気に入りの魔物。キュートードの桃ちゃんに助けられた直後)




「ん、ト、テラ…… こっち、来る、お願い……」 


 掠れた声でトテラの名を呼ぶマヤメ。

 桃ちゃんに助けられとは言え、受けた傷は癒えてはいない。


 左右の上腕と両太腿には、ヒトカタの腕が貫通した跡が。

 それと、急速にエナジーを奪われたためか、意識が朦朧とし、体が思うように動けないでいた。



「はぁ、はぁ、な、なに? マヤメちゃん」


 一方、トテラは、息を切らせながらマヤメの元に辿り着く。

 麻痺の抜けていない体を、ズリズリと引き摺るようにして。



「マ、ヤの、ここからアイテム、出して……」


 首と目線だけを動かし、自身の下半身を指し示す。


「はぁ、はぁ、アイ、テム?」  

「ん、マヤは動、けない…… だ、から、トテラに頼む」

「わ、わかったよ。でも大丈夫なの?」


 ヒトカタから受けた傷を、痛々し気に眺める。


「ん、痛い、けど問題、ない。だから急いで……」

「え? 本当にこの中にあるの?」


 マヤメの下腹部を、マジマジと見つめる。

 そこから出したのを何度か見ているが、未だ疑心暗鬼だった。


「ん、そこ、ある」

「で、でも何のアイテム?」

「ん、マヤの穴塞ぐのと、トテラの麻痺、治す。手を入れれば取れる」

「わ、わかった。でもまだ痺れてて、ちょっと手元狂うかも……」


 マヤメの顔を見ながら、慎重に手を入れる。


 スポッ


「んんっ!」

「え?」

「んっ! ち、違う。そこおへそ。もっと下」

「わ、わかった……」


 ゴソゴソゴソ………… ぷに


「ん、んんっ!」

「こ、今度はなにっ!」


 ビクンと体が跳ねた、マヤメの顔を恐る恐る覗き見る。  


「んっ! 今度は下にいき過ぎっ! 上に戻って」

「わ、わかったっ! 上だねっ!」


 ズボッ


「ん、くうっ!?」

「あ、あったこれだねっ!」


 手に触れた二つのアイテムを引き抜く。 


「これはポーションかな? それとこっちのは…… ん? どうしたの?」


 反応の薄い、マヤメの顔を不思議そうに眺める。

 気のせいでなければ、目も虚ろで、顔も赤く、呼吸も乱れていた。



「はぁ、はぁ…… ん、な、なんでもない。少し変な感じしただけ。それよりも早く使う。じゃないと危険」


 誤魔化すように首を振り、ヒトカタを捕食した桃ちゃんを見る。


「危険? でもあのカエルが、あの人形食べてくれたでしょ? そのおかげで、アタシたちは――――」


 ――――助かったんだよね?


 マヤメの視線を追いながら、トテラはそう告げたかったが、次の瞬間、目の前で起きた惨劇に、言葉を失う事となった。




『ゲロ?』


 ズボッ! 


 唐突に、白い何かが、桃ちゃんの背中から生えてくる。


『ッ!?』


 ザシュッ!


 続いて、白い刃のようなものが、脇腹を切り裂き、飛び出してきた。



『ゲ、ロ……』


 それでも桃ちゃんは堪える。

 強く目を閉じ、手足を踏ん張り、全身を震わせながら。



 ズボッ! ×4


『…………ゲ、ロ』


 更に、背中や脇腹の他に、無数の何かが体内から突き出しても。



「あ、れって?」

「んっ! きっと中で人型が暴れてるっ!」

「そそ、そうだよねっ! でもこれどうしたらいいのっ!」


 手に持つ二つのアイテムと、苦しむ桃ちゃんを見て慌てる。



「んっ! トテラはすぐにポーションをっ! マヤにはリペアパッドを―― んっ、モモっ! もういい、もういいから吐き出すっ!」


『ケ、ロ…………』


 ハラリと花弁が1枚落ちる。


 マヤメの言葉が届いている筈だが、それでも桃ちゃんは堪える。

 人型を捕食したまま、体内から貫かれる、激痛と戦っている。

  

 無数にあった桃色の花弁は、既に残り2枚。


 キュートードの頭には、特徴的な大きな花が咲いている。

 水辺にひっそりと咲く、スイレンのように可憐で鮮やかな花が。


 その花が全て散る時、それは―――― 



『ケ、ロ……』


 桃ちゃんは思い出す。

 自分の故郷であり、広大で自然豊かなシクロ湿原を。


 そこで多くの仲間たちと過ごしていた。

 食料にも環境にも恵まれ、平和で安穏な日々を送っていた。


 そう。蝶の英雄と呼ばれる、あの"異世界人”と出会うまでは――――



※※※※※※



 忘れもしないあの日は…………



『………………かわいい――――』

『ケロ?…………』


 この一言から始まった。

 自分の姿を一目見て、こんな反応をした人間は初めてだった。



『かわいい…… これ食べるかな?』

『ケロっ!』  


 更にエサまでくれた。

 人族が食しているであろう、美味しい食べ物を。



『…………ケロ?』


 どうやらこの人間の目には、自分は魔物として映ってはいないようだった。

 怖がる素振りも、警戒する様子も、全く無いように思えた。



 ひょい


『お、結構軽いね。あ、手もホワホワしてて可愛いっ!』

『ケロッ!?』


 こんな人間は初めてだった。


 自分を抱き上げ、目を輝かせて、笑顔を浮かべる人間なんて知らない。

 魔物や食材ではなく、一匹の生きものとして扱う人間なんて。



 その後、空を飛び、故郷を離れ、人間の街にも始めて行った。

 


『ケロロッ♪――――』


 空から見る景色は、故郷の湿原より大きかった。

 初めて訪れた街や村は、見るもの全てが華やかで、ワクワクしたのを覚えている。



 何も知らなかった。


 こんなにも世界は広く、美しく、面白いもので溢れていたなんて。

 故郷であのまま過ごしていたら、一生知る由もなかった。


 あの人間は教えてくれた。

 

 大海だと思っていたのは、狭い狭い井戸の中なんだと。

 井戸の底から見ていた景色は、この世界のほんの一欠片なんだって。



※※※※※※



『ゲ、ロ……』


 だから堪える。

 生き物として可愛がり、世界を見せてくれた、あの人に恩を返すために。


『ゲ、ロッ…………』


 だから耐える。

 あの英雄は、何度も戦い、いつも仲間を救っていたから。



 ハラリ



『…………』


 頭の花弁が残り1枚になる。

 この最後の花が散る時、それはこの命が終わりを告げる時。


 だけど自分信じている。

 こんな時だからこそ、きっとあの英雄が来てくれる事を。


 それに自分は知っている。

 あの英雄は、カエルの英雄とも呼ばれていた事も。




「んっ! 動くっ! これならっ!」

「アタシも治ったっ! カエルちゃん、今助けに行くからっ!」


 マヤメとトテラが回復し、瀕死の桃ちゃんに元に急ぐ。

 体にいくつもの傷を負い、それでもヒトカタを閉じ込めたままの。



 パンッ



「んっ!?」

「あっ!」


 が、突如、桃ちゃんの身体の一部が破裂する。

 それと同時に、そこからヒトカタが飛び出し、最後の花弁がフワリと揺れ、



「んっ! モモっ!」

「あああ、カエルちゃんっ!」


 二人の絶叫が洞窟内に響き渡った。



『ケ、ロ…………』


 トサッ


 とうとう力尽き、桃ちゃんはゆっくりと倒れ込む。

 全身に無数の穴を開け、今まさに命が尽きようとしていた。



「んっ!」

「えっ!?」


『『――――ウソチゴ……』』

『『――――ウソチゴ……』』


 そして、そんな桃ちゃんの前には、ヒトカタが立っていた。

 しかも一体だったはずが、何故か二体に増えていた。



「……逃げる」

「え?」

「すぐ逃げるっ!」

「わ、わかったっ!」


 その光景を目の当たりし、マヤメはすぐさま撤退を決める。

 一体でも強敵なのに、二体同時など相手に出来る筈がないと。


 

「で、でも、あのカエルちゃんはっ!」

「ん、わかってるっ! けど、ダメっ!」


 無理やりトテラの手を握り、マヤメは走り出す。

 桃ちゃんを救いたいが、このままだと全滅すると判断したからだ。


 ところが、


「んっ!」

「わわっ!」


 走り出した直後、マヤメの脚がもつれ、そのまま地面に倒れ込んでしまう。



「あ、もしかして、マヤメちゃん……」

「ん、まだ直ってない」


 絶望的だった。

 一体でも敵わなかった相手が、更にもう一体。


 しかもマヤメの脚は、完全には直っていなかった。

 あの短時間では、傷を塞いだだけで、走るにはもう少し時間が必要だった。



『『!ッ――――ソ”、チゴ……』』

『『!ッ――――ソ”、チゴ……』』


 そんな二人を好機とばかりに、再度襲い来るヒトカタ。

 四肢を鋭利な触手に変化させ、喜声を上げながら飛び掛かってきた。



『んっ! まだエナジーも回復してないっ! だから潜影シャドーダイブも使えないっ!』


 不吉な単語が脳裏をよぎる。

 絶望を意味する、全滅と言う二文字が。


 このままだと、誰一人生き残れず、きっとそれが現実になると。



「ん、でもっ!」


 けど、自分にもできる事がわかった。

 たった今、それを目の前で見せられたから。


 数多いる魔物の中でも、最弱な魔物として分類され、凡そ食材の価値しかない、あのな魔物が、命を賭して、教えてくれたから。



「ん、トテラ逃げるっ!」

「え?」

「ここはマヤが時間稼ぐっ!」


 迫りくるヒトカタを前に、マヤメはトテラの前に出る。

 片膝を付き、愛用のナイフを2本構えて。


 これは贖罪。


 澄香の大切な者を死なせてしまった償い。

 何も出来ず、見捨ててしまった、自分への戒め。


 しかも、ここでトテラまで失っては、澄香にもマスターにも、きっと……

 


『ん、く……』


 ナイフを持つ手が震え、地面を踏んでる感覚がない。

 貫かれた腕も脚も、回復にはもう少しの時間を要する。



『ん、でもやる。動けないマヤは足手纏い。だからせめて時間だけでも』

 

 ザンッ


 正面からきた触手を薙ぎ払い、


 スパンッ


 頭上から来た二本目を、掬い上げるように切断する。


 次に、左右から襲い掛かってきた触手を、


「んっ!」


 ザザンッ


 返す刃で、二本まとめて断ち切る。


 カラン


「ん」


 が、それと同時に両手のナイフを手放してしまう。



「ん、く、もう握力が…… でも」


 震える手でナイフを拾い、そのまま口で咥える。


 ザンッ  

 

 そして、振り向き様に、トテラを狙った触手を切り裂く。



 だが、決死の反撃はここまでだった。


 バサッ


「っ!?」


 業を煮やしたヒトカタ2体が、白い羽根を生やし、1体は空中から。

 もう1体は、触手を更に増やし、真正面から仕掛けてきた。



「んっ! もう、これ以上は、捌き、切れない――――」


 満身創痍のマヤメに、容赦なくヒトカタが迫る。

 戦う術を失くし、ただただ見上げるだけの。



「マヤメちゃんっ!」  

 

 パンッ


 そんなマヤメを守るように、トテラが触手の1本を蹴り弾く。


「こ、のっ!」


 パパンッ


 続けて襲ってきた、3本の触手を瞬く間に弾くが、


 ヒュンッ ×20


「えっ!?」


 再生しながら、更に数を増やした触手の前には、


「う、わっ!」  

「んっ! トテラっ!」  


 為す術もなく、圧倒的物量が二人を襲うが、



 ――――ザンッ


「ん」

「え?」


 突如、目の前まで迫った触手が掻き消えた。


 ――――ドガンッ


 次いで、宙にいたヒトカタが、暗闇の中に消えていった。



 その代わり、マヤメとトテラの前には――――


 タン


「ふぅ、ギリギリだったけど、なんとか間に合ったみたいだね? ここからは全部私に任せて」


「澄香っ!?」

「あ、スミカちゃんっ!」


 ここにいる筈のない、黒い羽根を揺らしながら、蝶の英雄が舞い降りてきた。



 しかも…………


『ケロロ――♪』


 いつものサイズに戻った、元気な桃ちゃんを肩に乗せて。


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