第579話常識外VS非常識




 ※スミカ視点

 (一人地上に残り、ヒトカタと戦闘中)




 カパッ



『『――ョジ』』


「遅いっ!」


 パンッ


 消化液を吐き出す前に、首から上が爆散した白い人型。

 重さを5tプラスした、なんちゃってトンファーの一撃を喰らって。


 いくら”起こり"が読めないと言っても、流石にこの距離で見逃すわけがない。

 変化を目視した後でも、十二分に対処できる。



「よっ!」


 ザシュッ ×10 


 そして顔面が再生する前に、背後に回り込み、斬り付ける。

 無防備な背中に向かい、二刀の短剣で滅多切りにする。


 

『思った通り、動きも反応も前と違う。このまま背後を取っている限り、脅威となる攻撃はなさそうだけど――――』


 正面で戦えば、恐らくあの消化液が飛んでくる。

 だからこの場合は、背後から仕掛けるのが正解


 あの時、分身と一緒に浴びた地面は、一瞬で溶解され、瞬く間に穴が開いた。

 その後、周囲の砂が流れ込み、すぐさま塞がったが、あらためて危険なものだと再認識した。



『それにしても、なんで桃ちゃんはここを離れたの? いなくなったって事は、だと思うけど……』


 私だけが知っている、桃ちゃんの事実。

 寝食もお風呂も一緒だったからこそ、ようやく気付けた能力。


 それは桃ちゃんが、索敵能力に優れている事だった。


 しかも、この目の前にいる、の可能性が高い。



 アシの森での初遭遇時や、メーサの胎内での2度目の邂逅、そして今回も、私より先に気が付き、鳴き声を上げる事で、人型の接近を教えてくれていた。


 だからそうなんだろう。

 桃ちゃんがここを離れたって事は、確実にそういう事だろうと。


 私がいる地上だけではなく、マヤメたちがいる地下にも、人型が現れているんだと。



『だとしたら、さっさとコイツを倒して、みんなの元に急がないと。きっと地下にはコイツの"半分”がいるはずだから』


 そう考えれば辻褄が合う。

 今の人型は、気配と共に、体積が半分になっているから。  



『分身だか、分裂だか知らないけど、そもそも変形するんだから、もう一々驚かないよ。それよりもどうやって、地下に行ったかだけど――――』


 胴体を斬り付けながら、人型の背後をチラ見する。

 今はその痕跡はないが、あの消化液を浴び、穴が開いた地面を。  



 パカッ


「ってっ! しつこいっ!」


 パンッ!


 再生を終えた人型の頭部を再度吹き飛ばす。

 背後に回り込んだはずが、後頭部に穴が開き、そこから吐き出そうとした。



「ち、この様子だと、前も後も関係ないって事か。なんなら胴体からでも出そうだし…… だったら――――」


 人型に寄りかかるように、頭をトンと付ける。

 私の身長だと、ちょうど胸の高さくらいだ。

 

 


『『?…………ダ、ンナ"――』』

「………………」


 そんな私の行動に、困惑する人型。

 動きを止め、体が硬直したのを僅かに


 傍から見れば、愚かで迂闊な行為に映るだろう。

 何を仕掛けてくるかわからない相手に、自ら密着しているのだから。 



「でも、この距離なら――――」


 前後も、ましてや上下も左右も関係ない。

 密着する事で、相手の行動を察知する、最適な距離だ。



 そしてこの距離こそが、私の持つSPスキルの『蝶瞰覚』を、最大限に発揮できる最良な距離だ。 




==============



 【蝶瞰覚】(ちょうかんかく)


 相手に密着することで、心音や呼吸、筋肉の動きから振動を感じ取り、行動を先読みできる、スミカのプレイヤースキル。


 更にその追加効果として、相手と自分の動きを脳内でイメージ化し、疑似的な鳥瞰ちょうかん(宙から見下ろしたような視点)を可能にする。




==============



 その結果――――




「――――右腕振り下ろす」


 スパンッ!


『『?!ッ』』


「次、左腕で私の脚を掴む」


 グシャ!


『『!ッググ』』


「次は頭を引いての頭突き」


 パンッ!


『『!!ッ――――』』


「そして、一度後退してからの――――」


 ス――――


『『?!?!ッ』』 


「地面の中に伸ばしていた、鋭い右脚での突き上げ」


 ザンッ!  


『『!?!?!?!ッッッッ――――』』  


 振ろ降ろしてきた人型の右腕を切断し、その死角を突いた左腕を潰す。次に、間髪入れず来た頭突きを拳で破壊し、距離を取る人型に密着したまま、背後から伸びてきた触手を薙ぎ払う。



『ふぅ~、やっぱり消耗が激しい』


 ゆっくりと息を吐き出し、少しだけ集中を解く。


 もう一つのSPスキル(脊髄反射)は、無意識化からくる、人体の反射行動を利用するが、この『蝶瞰覚』はその真逆で、極限の集中力を要する。


 僅かな振動から部位を、微かな音から方角を、些細な違和感から距離を感知し、最後は直感で攻撃を繰り出す。


 このスキルを使えば、相手が動いた瞬間=それが相手へのカウンターになる。

 だがその反面、敵に密着し、無防備を晒す事で、著しく精神力を消耗する。 




『ふぅ、でもここからがこのスキルの真骨頂。相手の動きを感知できるって事は、相手の弱点や隙、無防備なを補完できる――――』


 脳内でイメージする。 

 相手と自分をドール人形に見立てて。


 ドールが腕を上げれば脇腹が、脚を上げれば膝が、体を捻れば鳩尾が、頭を下げればこめかみが、それぞれに弱点に視える。


 まるで観戦者の様に。 

 自分と相手の戦いを、第三者が外から観戦しているように。 


 そう、今の私には――――



 ザシュッ!

 

 串刺しせんと、右脇腹から生えてきた二―ドルを、短剣で切断すると同時に、


 ザクッ!


「――――――」


 ガラ空きになった左脇腹を、お返しとばかりに槍で貫く。



『『!ッ――――ァァァァア』』


 ブンッ


 次に、再生した両腕で、私を掴みにかかるが、


 ザンッ ×2

 ドガッ ×2


 動いた瞬間に両腕を切断し、開いた背中と腰にスキルでの打撃を加える。



『…………ふぅ』


 そう。今の私には、上下も含めて、全方位の状況が疑似的に視えている。

 動きを感知することによって、まるで俯瞰的に視えているみたいに。


 これが『蝶瞰覚』の真髄にして真骨頂。

 カウンターで迎撃すると同時に、死角となる部位に追撃が出来る。


 そして、このスキルを使用すれば、相手が単体、あるいは、形のあるモノならば、ずっと私のターンに持ち込む事が出来るが、




『『………グ、コノ、―――』』


 一気呵成に攻め込むつもりが、ここで人型に変化が訪れた。



「え?」


 今までの逆さ言葉や言語化不能なノイズではなく、



『『――――ソン、ナ、ヨワソウナ、ムシ、ナノニ』』


 片言ではあるが、理解できる言語で話し始めた。



「…………な、に?」


『『モ、ウ、オマエ、トハタタカハ、ナイ』』


「……戦わない? なんで?」


 一歩後ろに引き、顔を見上げる。



『『ゴ、チソウナノニ、タダ、イタイ、ダケダ』』


「痛い? あ、そう…… だったらどうするの?」


 唐突な流れに一瞬戸惑うが、会話が可能ならばと話を続ける。



『『モウヒトリ、ノワタシ、ガ、コノ、シタニ、ゴチソウ、ミツ、ケタ』』


「もう一人の私? それとご馳走って?」


『『ニン、ギョウト、ケモノ…… ソレ、トマモノ』』


「人形と獣と…… 魔物?」


 人形と獣は恐らくマヤメとトテラの事だろう。

 だとしたら、最後の魔物はきっと桃ちゃんだ。



『……やっぱり、地下にもいるのは間違いないな。で、桃ちゃんが、二人に危険を知らせにいったって事か』


 ここまでは、凡そ想像できた。

 桃ちゃんがいなくなった理由も、この人型が弱体化した訳も。


 そもそもメーサの胎内で戦った時とはまるで別人だ。

 動きも反応速度も、膂力も適応力も不気味さも。



『けど、地下にいるのが、コイツと同じ強さとは限らない。二人が簡単にやられるわけはないけど……』


 でも急ぐ必要はある。

 強さを分断しているとは言え、マヤメとトテラには相性が悪い。


 単に強いってだけの魔物なら、あの二人で対処できるが、この人型及び、ジェムの魔物たちはそんな単純な強さではない。


 端的に言えば『非常識』。

 想像や想定を超える『無常識』。

 

 そんな存在を相手にするには、私のような『常識外』が必要。

 万を超える経験則からくる、あらゆる事象にも対処できる『異常識』の存在が。



「そう。色々教えてくれてありがとう。で、最後に聞いておくけど、名前は?」


『『ナマ、エ?』』


「なんて呼ばれてたか」


『『ヒ、ヒトカタ、ダ』』


「ヒトカタ、ね。覚えておくよ。それじゃ、今度はこれで潰すから、覚悟しときなよ。逃げられると思うなら、一応逃げてもいいけど」


『『ッ!?』』


 黒に視覚化した巨大な壁を、前後左右と頭上に展開する。

 大きさは凡そ10メートルの立方体だ。



『さあ、どうする? 私と戦うのが嫌なら、きっと動くはず』


 ヒトカタの足元に視線を向ける。 

 唯一、スキルで塞がれていない安全地帯を。 


 私と戦って"イタイ”と言ったヒトカタ。

 それで証明された事がある。


 このヒトカタには痛覚があり、感情がある。

 更に付け足せば、私に重度の忌避感を覚えている。


 それはそうだろう。


 ご馳走だと思っていた、ただの獲物に、二度も手痛い反撃を喰らい、触れる事も、一矢報いる事も出来ずに、戦わないとまで言っているのだから。



 だとしたら、ヒトカタの取る行動は一つ。

 私から逃げて、地下のヒトカタと合流し、マヤメたちを襲う事。


 その為には――――



 ギュン ×5


 四方、そして頭上に展開していたスキルを、私たちに向けて射出する。

 暴風や砂嵐をものともせず、巨大な黒壁がヒトカタと私に迫る。



『『ッ!? ジョビ、ジョババ――――』』


「っ!?」


 激突する瞬間、ヒトカタが慌てて、あの消化液を吐き出す。

 目の前の私ではなく、自身の足元に向かって。


 ちなみに私は『通過』を使ったので潰されることはなかった。



「…………上手くいった」


 その結果、ヒトカタの姿は忽然と消えていた。

 地下へと逃走するために、唯一残された、足元に穴を開けて。

 


「よし」


 タンッ


 穴を閉じてしまう前に、急いで飛び込む。

 溶かされて一瞬だけ開いた、マヤメたちのいる、地下への入り口に。

 



――――――――――




 一方その頃、地下でヒトカタに襲われ、桃ちゃんに助けられたマヤメたちは……



「んっ! トテラそこじゃないっ! もっと下っ!」 

「ここ?」


 ゴソゴソ


「んんっ! そ、そこも違うっ!」

「え? それじゃここ?」

「んっ! そこおへそっ! もっと下っ!」

「わ、わかった……」


 ゴソゴソ…… プニ


「ん、んんっ!」

「こ、今度はなにっ!」


 ビクンッ、と跳ねる様に声を上げた、マヤメを恐る恐る見るトテラ。


「んっ! 今度は下にいき過ぎっ! 上に戻ってっ!」

「わ、わかったっ!」


 スミカが地下に降りた、ちょうどその頃、何故かトテラがマヤメのパンツに手を入れ、怪しげな行為に及んでいた。




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