第581話激おこスミカと紅い太刀




「んっ! 澄香っ! どうして――――」


 再度、窮地を救ってくれた、いつもの後ろ姿に驚く。 

 一体どうやって、自分たちの元まで辿り着けたのかと。



「今はちょっと待って。説明は後でするから。それよりも二人はよく踏ん張ったね? 本当に遅くなってごめんね?」


 そっと振り向き、柔らかい笑顔で答える。 



「ん、でも、そのせいで、マヤはモモを――――」


 スミカに褒められ、嬉しいはずが俯いてしまう。

 自分たちの代わりに、桃ちゃんが犠牲になったからと。



『…………ケロ?』


「んっ!?」


 が、聞き覚えのある声を耳にし、慌てて顔を上げる。

 そこには、スミカの肩の上で、小首を傾げる桃ちゃんがいた。



「あ、桃ちゃんは大丈夫だよ。かなり危なかったけど、ギリギリ回復が間に合ったから」


『ケロ♪』


「んっ! それは良かった。でも、マヤのせいでモモが――――」


「おっと、”タラレバ"の話は無しだよ? 私が間に合って、桃ちゃんが助かった。それでいいでしょう?」 


 マヤメは恐らく自責に苛まれているのだろう。


 私が間に合い、助かったのは結果で、そうでなければ、あのまま桃ちゃんは助からず、それは自分の責任だって。



「ん、でも……」


「それはもういいから。それにマヤメたちだって、かなり危なかったんでしょ? 無理して動いたから、傷の修復も、エナジーの補給も、全然追い付いてないみたいだし…… ま、トテラは薄汚れてるだけだけど」


 両肩と両太腿に貼られている、リペアパッドが痛々しく見える。

 それと顔色が悪い事から、エナジーの補給も十分ではない事がわかる。



「――――――」


 その隣では、口を半開きにし、茫然自失といった様子のトテラ。

 ペタンと地面に座り込んで、長耳をウネウネさせていた。


 どうやらまだ混乱しているようだ。


 それはそうだろう。絶命したと思った桃ちゃんが生きていて、ここにいる筈のない、私がいるのだから。


 なんか耳の動きが、触手みたいで気持ち悪いんだけど。 



「え? 汚れてだけって、ア、アタシも――――」

「む、でも、そうでもしないと全員やられてた。それにトテラも頑張ったっ!」


 傷口を手で抑え、トテラの活躍をアピールするマヤメ。


 ちょっとだけ口がへの字なのと、いつもよりジト目なのと、かなり語尾が強いのは、トテラの事を貶したと思われたのだろう。



「ま、最後のは冗談だよ。見たところ、体力は回復しているようだけど、表情に疲れが残ってるからね? それに、私のあげた服も靴もボロボロになってるし」


「ん、だからトテラも頑張った」


「いや、それ今聞いたから。しかもマヤメがドヤ顔するところじゃないでしょ?」


 一転して、表情を綻ばせ、笑顔を浮かべるマヤメに突っ込む。

 どうやらまた一層、トテラとは仲良くなれたらしい。


 絶望的な状況を、2度も潜り抜けたからこその、深い友情なんだと思う。



「でもみんな無事で安心したよ」


「ん」

「うんっ!」


「桃ちゃんも頑張ってくれたみたいだし」


『ケロロ――ッ!』



「だからこそ許せない――――」


「ん?」

「?」


 クルと振り返り、暗闇を凝視する。

 その視線が向かう先は、二体のヒトカタが消えていった方向だった。



「――――アイツだけは絶対に許せない。二人と桃ちゃんを傷付け、ましてや死ぬ間際まで追い込んだ、あの憎憎にくにくしい存在が――――」



「澄…… 香?」

「ひっ!?」


 スミカの横顔を見た瞬間、マヤメとトテラは凍り付く。

 比喩ではなく、スミカの全身から、凍てつくほどの殺気を感じたからだった。


 まるで自分たちの周囲だけ、絶対零度になったかのように。

 息を吸った瞬間、肺だけではなく、全ての細胞が凍死するかのように。



「「………………」」


 そんなスミカの豹変ぶりに、マヤメとトテラは動けないでいた。

 呼吸も鼓動も一切忘れて、ただただ祈り、ただただ安堵していた。

 

 その怒りの矛先が、自分たちに向くことがない様に。

 その怒りの矛先が、自分たちに向いていない事に。



 ヒタ、ヒタ――――


『『………………』』


 二体のヒトカタがゆっくりと歩いてくる。

 ゆらゆらと体を揺らし、薄暗い闇の中から。



「……さっさと元に戻りなよ。分裂した半身じゃ、もう勝てないってわかったよね? それは2体になっても、結果は同じだから」


『『………………』』  

 

 スミカの言葉を理解したのか、無言のまま1体に戻るヒトカタ。

 その感情は読めないが、どことなく、怯えているようにも見える。



「そう、それでいいんだよ。『Safety安全 device装置 release解除』――」


 タン 


 『sept


 キュ、ン――――


 直後、スミカの姿が掻き消える。

 何かを呟き、一歩踏み出した瞬間には、ヒトカタの前に現れていた。



「あれ? 消え――――」

「ん、あっちっ!」


    

 その動きはまるで、ヒトカタとの距離を、切り取ったかのような速さだった。

 一歩先がすでに、スミカの間合いだと、錯覚を起こさせるほどの。



 

==========

 


 『Safety device release』(安全装置解除)


 本来は『Emergency Evacuation』(通称E.E)と呼ばれる特殊スキル。

 緊急脱出用として、俊敏のパラメーターを大幅に底上げできる。

 副作用として、使用中は体力を大幅に消費し続ける。


 それを独自にアレンジし、攻撃に特化させたもの。

 を、飛躍的に


 最大10段階まで調整可能だが、体力の他に、身体や精神にダメージを負う。


 

==========




 ズバンッ! 

 

『ッ!?』


 ヒトカタの身体が、肩口から真っ二つになる。

 透明スキルではなく、ただの手刀を受けて。



 ブワ――――ッ!


「んっ!?」

「きゃっ!」


 その余波で、足元の岩盤に切れ込みが入り、風圧が離れていた二人にも届く。

 


 ザンッ


 次いで、上半身と下半身が分かれ、6分割されたヒトカタが宙を舞う。

 


 ザザンッ


 更に手刀を振り下ろす。 

 片手ではなく、両手を鋭利な刃物に変えて。



「す、凄い……」

「あ、あれ、どうなってんのっ!」



 スミカの手が消えた瞬間に、白い肉片が宙を舞う。

 50以上に分割された、ヒトカタだったものが。



『ん、く、これでもまだ足りない。きっとまた再生する。それに、みんなの受けた痛みは、こんなものじゃないっ!』


 全身を襲う負荷に耐え、ギリと歯を食いしばる。

 

 瞼の裏に浮かぶのは、体中を貫かれ、絶命寸前だった桃ちゃんと、戦う気力を失くしても尚、トテラを守ろうとするマヤメの姿。   

 

 憎い。

 そして忌々いまいましい。


 何度も私たちの前に現れ、幾度もみんなを苦しめる、敵そのものが。

 強力な刺客を送り込み、自分たちは高みの見物を決める、元プレイヤーの存在が。



「だから今度こそ確実にっ! そしてアイツらを――――」



 ――――もう、そのぐらいにしてもらおうか?――――



 ズンッ  



「っ!?」


 手刀を振り下ろす瞬間に、足元に巨大な剣が突き刺さる。 

 どこからともなく聞こえた、凛とした声と同時に。



「赤い…… カタナ?」


 それは剣ではなく、凡そ私の身長ほどある、太刀のようだった。

 持ち手に楕円形の穴が開き、刀身以外の全てが深紅の。 



 スパンッ



 突如、クルクルと弧を描き、、黒い何かが、マヤメたちと私の間にポトリと落ちる。

 


「ん、澄香っ!」

「え?」


「ちっ!」


 それは私の足首だった。



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