第573話SSとある紳士の大いなる野望
メーサと激闘の後、スミカたちが小休止している、ちょどその頃。
そのスミカが本拠地としている、ここコムケの街では――――
「ここだよっ! 着いたよっ! おじちゃんっ!」
後ろの同行者に振り返り、満面の笑顔で手を振るユーアがいた。
「ぐふ、ぐふふ、ここが天使ちゃんが暮らすお家なんだね? 随分とヘンテコな建物だけど」
それに対し、ボソボソと答えたのは黄色マスク。
目の前の建物を見上げ、些か面食らっている様子だ。
「はあ? ヘンテコってなによっ! これはスミ姉が建ててくれて、ナジメが直してくれているのよっ! それよりもユーアや子供たちに変な事したら、アタシの魔法で消し炭にしてやるんだからっ!」
そんな二人の後ろでは、ラブナが金切り声を上げていた。
同行者の黄色マスクに指を付きつけ、物騒な事を叫んでいた。
現在、三人がいるのは、街の喧騒から少し離れた、改築中の孤児院だった。
道中もきれいに整地され、街灯や外壁なども新たに整備されていた。
「もうっ! ラブナちゃんっ! 人に指を差しちゃいけないって、前にビエ婆ちゃんに言われたでしょ? それにおじちゃんは、孤児院を手伝いに来てくれたんだよ?」
憤るラブナを注意し、黄色マスクを庇うように立つユーア。
因みにビエ婆ちゃんとは、スラムの元長老で、今はこの孤児院の院長を任されている。
「えっ!? ア、アタシが悪いのっ! だ、だって、この黄色マスクって、ずっとユーアを変な目で見てたのよ? それに一日おきだからって、何もここで働かせなくっても…… ごにょごにょ」
思いがけない角度から叱責され、一気に落ち込むラブナ。
ユーアの剣幕に押され、最後の方は小声になっていた。
「変な目?…… ん~、おじちゃんの目は普通だよ?」
ヒョコっと背伸びして、黄色マスクの目を覗き込む。
「ちょ、そうじゃなくって、この白ブタは――――」
「ぐふ、ぐふ、ぐふふ、て、天使ちゃんの極上の上目遣い頂きました。それとラブナちゃんの罵倒ご馳走様でした~」
そんな二人のやり取りを見て、怪しげな反応をする黄色マスク。
合掌しながら頭を下げ、にちゃりとした笑顔を見せる。
「ほ、ほらっ! 今の見たでしょっ! コイツなんかおかしいってっ! ここで働かせるのは絶対に危険だってっ!」
「う~ん、でもおじちゃんは悪い人じゃないよ? 男の人と一緒の方が、みんなが街へ行くのも安心だし。それにビエ婆ちゃんも助かるんだよ? お布団干す時とか、お買い物とか、重いもの持ってくれるし」
「そ、そんなのアタシが連れてってあげるわよっ! 買い物だってこれ使えばいいしっ!」
ローブのポケットから、マジックポーチを取り出す。
「うん、でもボクたちはいつも孤児院にいるわけじゃないよ? 冒険者のお仕事だってあるし、メルウちゃんのお店にもお手伝いにいくし。それにマジックポーチはあまり人前で使わないでって、ニスマジさんが言ってたよ? 盗まれたら危ないからって」
小さい子を宥めるように、ゆっくりした口調で説明するユーア。
「うっ、でもだからって、なんで敵だったこの男を…… いくらナジメやニスマジさんの許可取ったからって、こんな変態肉ダルマ――――」
「ぐふ、あのさ、ちょっといいかな?」
軽く手を挙げ、二人の話に割って入る黄色マスク。
「なによっ!」
「あ、あのさ、僕の事を、お兄ちゃん。って呼んでくれるかい? それがダメならお兄さまでも、兄貴でも、おにぃでもいいけど、ぐふふ」
「はあっ!? なんでよっ!」
「だって僕、おじちゃんって言われる程おじちゃんって歳じゃないんだよね。ならお兄ちゃんの方が合っていると思うんだよね? ぐふ、ぐふふふ」
大きな肩を揺らしながら、ユーアとラブナにそう提案する。
「はあっ!? なんで他人のアンタなんか――――」
「うん、わかったよ。ならボクは――――」
ガチャ
「あ、あの~、ユーアさまとラブナさまは、一体誰とお話してるのですか?」
建屋の中にまで騒ぎが聞こえたのであろう、一人の少女が扉から顔を出す。
「あ、シーラちゃんっ! ただいまっ!」
「シーナ、今帰ったわ」
「ぶひっ!?」
「は、はい、お帰りなさいませ。それよりもそちらの方は?……」
ユーアの隣に並び、初対面の黄色マスクを、恐々と見上げる。
この少女の名前は『シーラ』。
留守の多い、ユーアとラブナに変わり、子供たちの面倒を見ている。
青紫のショートカットと、切れ長がな瞳が特徴的な礼儀正しい美少女。
神や天使などの救世をもたらす存在に、強い憧れを持っている。
最初の一言をどもってしまう。
ザザッ
「ぶひっ! また美幼女っ!? ぼぼ、僕の名前は『グフトラ』っ! 君も天使ちゃんを見守る会に入ってくれないかいっ!」
シーラを一目見た途端に、目の前で膝を付く黄色マスク。
全身を舐め回すように眺めながら、唐突に自己紹介を始める。
「ひぃっ! グ、グフトラさんですか? そそ、それと、天使ちゃんとは?」
いきなりの事で驚いたのか、ユーアの腕にしがみつきながら、オドオドと答える。
「はあっ!? あんた、そんな名前だったのっ! なら最初っから名乗りなさいよっ! さっきのお兄ちゃんとか兄貴とかなんだったのよっ!」
「ぐふ、どう? 僕が会員番号0番だから、シーラたんには是非1番になってもらいたいんだ。これはこの上ない光栄な事だよ?」
騒ぎ立てるラブナには目もくれず、グフトラは話を続ける。
「ちょ、アタシの話を聞き――――」
「光栄? あ、あの、それで、天使ちゃんとは?」
シーラの琴線に触れたのだろう。
ユーアを掴む手を緩め、グフトラの話に耳を傾ける。
「ぐふ、今、シーラたんが抱き着いているのが天使ちゃんさ。このお方は僕の罪を裁いてくれただけではなく、悪の道から真っ当な道へ救い出してくれたんだ」
両手の指を組み、祈りを捧げるようにユーアを見上げる。
「だーかーらっ! いい加減、アタシの話を――――」
「ぐふ、シーラたん。ここはちょっとうるさい人がいるから、あっちの池の方で話をしようか? ラブナちゃんの話は後で聞いてあげるからね」
「え? は、はい……」
やれやれと言った様子でラブナを一瞥し、シーラを連れてここを離れる。
「はあっ!? なによ聞いてあげるってっ! なんでアンタがアタシより上みたいになってんのよっ! しかもうるさいのはアンタが――――」
ぐいぐい
「って、何よ?」
脇から袖を引っ張られ、また話を中断させられる。
「あのね、今はシーラちゃんとおじちゃんがお話してるんだよ?」
「それは知ってるわよ。だってアタシの話全然聞かないんだもん」
口を尖らせ、ユーアの話にも不満を露わにする。
「でもね、二人のお話の邪魔しちゃいけないんだよ? ラブナちゃんはもう大人なんだから、もうちょっとだけ待てるよね? あ、そうだ。甘くて美味しい飲み物あげるね?」
「え? またアタシが悪いのっ!? しかも大人って言いながら、なんで子供みたいな扱いするのよ!」
ドリンクレーション(練乳味)を受け取りながら、更にショックを受けるラブナ。
「ううん、ラブナちゃんは子供じゃないよ? だってボクの事心配してくれてるの知ってるから。でもね、あのおじちゃんはボクに話してくれたんだよ」
「はなし? どんなの? ゴクゴク」
「うんとね、小さい女の子が大好きなんだって」
「ゴクッ!? それって、幼女が好きな変態って、ただ暴露しただけじゃ……」
グフトラと話すシーラの後姿を心配げに眺める。
「あ、それとね、そういった人たちには、ぜったいじゅんしゅ? な礼儀や鉄の掟があるって、こうも言ってたよ」
「絶対順守の礼儀と掟? それはどんなのよ?」
「うん、ええとね、『紳士たるもの、小さい蕾は愛でて見守り、開花するまでは決して触れてはいけない』って。これって、みんなの事だよね?」
シーラと孤児院を笑顔で眺める。
「な、何それ? なんか逆に怪しいんだけど…… しかもアイツ、なんで自分の事紳士とか言ってるのよ。紳士って、そういう使い方しないわよ」
「あ、ボクも紳士って良く分からないけど、でもそれを破ったら、世の紳士たちがみんなそういう風にみられるから、絶対に守らなきゃいけないって」
「はあ? 要するに、他にもアイツみたいな変態がいるって事? そして変な噂がたったら、他の連中も警戒されて、迷惑がかかるって言いたいのよね」
「うん、そうだと思う。だからあのおじちゃんは危なくないよ? ボクもハラミも大丈夫だと思ってるから」
シーラと話すグフトラ。そして、門の前で寝ているハラミを見る。
「あ、そう。でもアタシはまだ信じてないわよ? いくらユーアや子供たちに危害を加えないって言っても、絶対にそうだって言いきれないから。だから姉のアタシが警戒を解くわけにはいかないわ。ハラミもユーアをちゃんと守りなさいよ?」
『がうっ!』
ラブナの声が聞こえたのだろう、顔を上げ一鳴きするハラミ。
タタタ――――
「ぐふ、ああ、ごめんごめん」
「お、遅くなりました……」
ちょうどそこへ、シーラを連れたグフトラが戻ってきた。
「ぐふ、ちょっとシーラたんと話が盛り上がっちゃってね? 色々と天使ちゃんの話が聞けたよ。ぐふふ。それじゃ他の会員候補の蕾たちを案内―― じゃなく、他の子供たちと会わせてくれるかい?」
ユーアの元に駆け寄り、生き生きとした表情を浮かべる。
「うん、わかったよっ! ボクとシーラちゃんとラブナちゃんでいっぱい案内するねっ! それじゃ行こうっ!」
ギュ ×2
「は、はい、ユーア天使さまっ!」
「ちょ、なんでアタシがっ!」
二人の手を引き、ユーアを先頭に孤児院の中に入っていく。
そして、その後ろでは――――
『ぐふ、ぐふふ~。早くも会員一人を獲得できた。これで天使ちゃんの素晴らしさともっと広められる事が出来て、その天使ちゃんを守る僕の評判もうなぎ登りだよ。そうすればきっと世間は認めてくれるはず。如何に紳士が無害で、健全な存在だってね? ぐふ、ぐふふ』
そしてその後ろでは、大いなる野望に向け、大きな一歩踏み出した、自称紳士の姿があった。
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