第572話小休止と報告会




「そう。あんなに仲悪そうだったのに、やっぱり二人で戦ってくれたんだ。本当にお疲れ様。それとありがとうね」


 改めて、マヤメとトテラにお礼と労いの言葉を掛ける。

 二人の活躍のおかげで、あのメーサの中から脱出できたから。



「ん、きっとマヤだけでは無理だった。でもトテラが頑張ってくれた」


 それに対し、謙虚に答えるマヤメ。

 けど、その表情は微かに微笑んでいた。


「いや~、だって、恩には恩で返さないとねっ! サンドパルパウやサソリから助けてもらったし、美味しいご飯も貰えたし、そんなの当たり前だよっ! それよりも他にパンツないかな? あと上の下着も」


 そしてマヤメに褒められ、満面の笑みで返すトテラ。     

 余程嬉しかったのか、長耳がぴょこぴょこと動いていた。



 そんな私たちは、現在、砂漠のど真ん中にレストエリアを設置し、その中で休憩&情報交換をしている最中だ。もちろん、レストエリアは透明壁スキルで覆い、魔物に見つからないように保護色にしてある。


 私とマヤメはソファーでお茶しながら、一方のトテラは着替えながら、お互いに起こったことを報告していた。


 因みに、今回の一番の功労者であろうトテラは、メーサとの戦いの最中、どうやら無意識に漏らしながら戦っていたらしい。

 

 でも、元々の性格や、能力を考えれば、それは仕方のない事。


 トテラは私たちと同じ冒険者ではあるが、討伐系が主ではなく、どちらかと言うと、発掘や採取系を得意とし、それ専門に活動していたのだから。


 そう考えると、かなり無理して、戦ってくれたんだとわかる。

 あのメーサと戦いながら、内なる恐怖とも戦ってくれてたんだから。


 ただ、新しく渡した、私の下着にケチをつけるのはいただけない。

 黒ウサギのパンツが嫌なら、別にノーパンでも構わないけど。


 それと、また上の下着を催促してたけど、私は着けない派だから渡してない。

 決して必要ないとかじゃないからね。




「ん、でもマヤはあまり役に立てなかった。作戦も甘かった」


「そんなことないよ~っ! サメちゃんに食べられそうになった時に、何度も助けてくれたもんっ!」


「ん、でもトテラも凄かった。あの動きは誰にも真似できない」


「そ、そうかな?~、えへへ~」 


『………………う~ん』  


 なんか二人だけで盛り上がってる。

 ふと気付いたら、私だけ蚊帳の外なんだけど。


 一応、私の事も報告したんだよ?

 メーサの中の様子や、白い人型と一戦交えた事など。


 けど、それを聞いた、二人の反応はかなり微妙だった。

 真剣には聞いていたけど、終始無言で、首を縦に振るだけだった。


 それはそうだよ。 


 メーサの身体の中が、消化液で満たされた、こことは違う世界だって聞いてもピンと来ないし、しかもそんな中であの白い人型と、一戦交えたってんだから、余計意味が分からないよね? しかも変形したし。


 そんな訳で、きっと、どこから突っ込んでいいか、わからなかったんだと思う。

 中での出来事が、外と比べて、現実離れし過ぎてて。




『はぁ~、私だって、そこそこ大変だったんだけどなぁ。なのに、マヤメはトテラとイチャイチャしちゃってさ…… はっ! って、ヤバイヤバイ、なんかまだ分身の影響が残ってるな』


 おかしな感情を振り払うように、冷えた果実水を、一気に喉に流し込む。


 今回、トテラを救出したのは、黒の狂気の私で、その性質は『嫉妬』だった。 

 その余韻が残っているのか、ちょとだけモヤモヤしてしまった。



『でも、二人が仲良くなって本当に良かったよ。元々トテラは人懐っこい性格だったし、マヤメはマヤメで、本来は素直な性格なんだよね。ちょっとだけわかりにくいってだけで』


 それでも毛嫌いしていたのは、トテラが兎族ってだけで、いらぬ先入観や嫌悪感、余計な固定観念が邪魔をしていたのだと思う。 

 

 けど、実際のトテラを知って、マヤメは変わった。


 手癖が悪いところや、暴走(発情)する事を知っても尚、共闘した事で、それ以上に良いところを見付けたのだろう。


 

『私がメーサの胎内に捕らえられた時は、外の二人が色々と心配だったけど、結果的には、私がいなかった方が良かったみたいだね』


 表情を崩して、トテラと会話が弾むマヤメ。  

 もうそこには、種族間の軋轢や忌避感など存在しなかった。


 あるのは、対等の者として、楽しくおしゃべりするだけの二人。

 お互いを認め合い、お互いを信用している、どこにでもいる親友同士。



「そう言えば、マヤメの言う、作戦って何だったの?」


 何度かマヤメの口から出た、トテラとの作戦の事が気になる。


「ん、メーサの弱点を見付けた」

「弱点?」

「ん、メーサはずっと――――」

「うんうん」


 マヤメの話を纏めるとこうだった。


 メーサはある部分を庇うように戦っていた。

 その部分が『鼻』だったと言う。


 どうやら、マヤメの分身ナイフの波状攻撃の際に、身体に届くナイフには目もくれず、その部分だけを両手で覆っていたのを発見し、その後、何度かのやり取りを経て、鼻が弱点だと確信したとの事。


 それで作戦を思いつき、トテラが攻める事となった。

 マヤメがフォローしつつ、ウィークポイントに一撃を喰らわすために。

 

 確かにあの脚力で、そこが弱点であれば、相当なダメージを与えられるだろう。

 手数を得意とするマヤメより、トテラの脚力の方が強力だろうから。



「ん、けど、まさかあんな事になるとは思わなかった……」


 若干小声になり、自然とトテラの脚に視線が向く。 


 ここで言うあんな事とは、トテラの一撃で、メーサが吐いた『消化液』を浴び、脚を負傷してしまった事だろう。


 

『そう言えば、本物のサメも鼻が弱点って、どこかで見た事あるかも。でも消化液を吐くなんて、普通、想像できないよね?……』


 弱点を見付け、そこを攻めるのは至極当然の事。

 それが格上の相手ならば尚更だ。


 だからこの場合はマヤメの作戦が正しい。

 あんな反撃が来るなんて、誰しも予想できるはずがないからだ。


 けど、マヤメは心を痛めている。

 作戦の成否がどうこうではなく、自分の立てた作戦で、トテラが傷ついたことに。


 実際、同じ状況に陥ったら、私もマヤメと同じ心境かもしれない。

 いや、後で後悔するぐらいなら、最初から一人で戦うかもしれない。



『でも、それを言い出したら、トテラの気持ちを無視することになる。結果的に、何とかなったとしても、それ以降、似たような状況が来たら……』


 私も当初はそう思っていた。 

 ユーアを守るために、戦いには参加させないって。


 でもそれは、保護者としては当たり前の心理。 

 誰しも大切な人を、危険な目に合わせたくはないだろう。


 けど、それは間違いだって気付けた。

 私と一緒に戦いたいって言う、ユーアの確固たる強い意志に。


 だから私は選択した。

 籠の中に閉じ込めるではなく、籠から出して、全力で守ると決めた。


 その結果、ユーアは著しく成長した。

 上位ランクのナゴタ達や、元Aランクのナジメに認められるぐらいに。


 そして私も成長した。

 ユーアやシスターズと共に戦う事によって、精神的にも、そして人間的にも。



『……だからマヤメも成長しなよ? たくさん考えて、いっぱい苦労して、それでも間違っていたら、その時は一緒に悩んであげるから』


 まだぎこちないながらも、微かな笑みを浮かべるマヤメ。

 そんな笑顔を見ながら、この先も手助けしたいと思った。



『それともう一つ、全てが片付いたら、あの時の返事を聞かなきゃ』

 

 未だ保留のままだった、シスターズ加入への返事。

 全ての憂いが消え去れば、きっといい返事をもらえるはず。



『その為には、早くマスターを回収する必要がある。メーサを撃退できたとはいえ、アイツらがまた来ないって保証もない。だから何としてでも先に見つけて、マヤメを安心させなきゃ』


 グッと拳を握り、強く心に決める。   

 奴らが狙う理由は不明だが、絶対に渡すわけにはいかないと。


 そう考えると、マヤメの願いは、最早マヤメ一人の願いではない。

 シスターズへの加入は、戦力の増強ともなるし、延いては世界を救う力となる。


  

『…………なんてのは建前で、単純に、私がマヤメを気に入ってるだけなんだけどね? だからみんなにも早く会わせたいし、そんなマヤメの反応も楽しみだったりするけどね』


 コムケの街に残してきた、ユーアたちや孤児院の子供たち。

 そこへマヤメが加わる未来を想像して、どこか暖かい気持ちになった。



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