第569話上位の上位の存在




「どこから出てきたんじゃん? お前もマヤメの仲間じゃんかっ!」


 マヤメたちの前に立った私を、訝し気に睨みつけるサメの少女。

 威嚇する様に、歯を剥き出しにし、敵意をあらわにする。



『サメ?…… の衣装? にしても、その本体もサメっぽいけど』


 サメの風貌をあつらえたパーカーに、小さな口から覗く、鋭利で細かいギザギザの歯。

 見た目はかなり人間に近いが、纏う気配はどことなく魔物に近い。



「そう、私はマヤメとトテラの仲間。で、あなたの名前はメーサで、トテラをあんなにしたのはあなただよね?」


「そうじゃんっ! 地中から顔を出した時に、アイツが蹴ってきたじゃんっ! その衝撃で吐き出した液体を浴びたじゃんよっ!」


 私の後方をチラと見ながら、嬉々としてそう語る。



『吐き出した? って事は………………』


 今の話が本当ならば、私はトテラのおかげで出られたって事だろう。

 

 ただそれと引き換えに重傷を負ってしまった。

 兎族としての最大の武器であろう、大事な脚の一つを。



「で、結局お前は誰なんじゃん? マヤメを見付けた時も、一匹捕食したじゃんよ。なのにどこから湧いてきたじゃん?」


「私はスミカ。マヤメとトテラの仲間で、ただの新人冒険者」


「冒険者? その格好で?」


「それと一応、蝶の英雄って、二つ名もあるけど」


「蝶の英雄? お前がか?」 


 全身をジロジロと眺めた後で、背中の羽根に目が留まる。

  


「そうだよ。それとどこから湧いてきたって、疑問に思ってるようだけど、私はあなたが捕食した、その一匹だよ」


「え? って事は、お前が中で暴れた奴の一匹なのかっ!」


「暴れた? ああ、変な人形の事?」


「人形っ!? それはどんなのじゃんっ! それとどこ行ったじゃんっ!」


「真っ白な人形で、顔も何もない不気味な奴。どこ行ったかは…… 知らない」


 端的にあの白い人型の特徴を教える。

 行方についてはこっちが聞きたいくらいだ。



「白い人形?……… ああっ! アイツじゃんっ! なんでアタイに捕食されてるじゃんよっ! もしかして、マヤメに逃げられて時じゃんかっ!」


 説明を聞き終えたメーサは、頭を押さえて悶絶する。

 人型を捕食した事は、メーサにとっても予期せぬ事だったらしい。



『でもこの反応だと、やっぱりあの個体と関係あるって事か…… ただ、命令というか、制御自体出来てないみたい。そもそも話が通じる相手には見えなかったし……』


 これで人型とメーサが、繋がっている事がハッキリした。 

 どちらもエニグマに所属し、マヤメか私を追ってきたことが。


 それともう一つ――――



「マヤメも?」


「ん、マヤも捕食されそうになった。けど、トテラが気付いて戻ってきたから、その影に避難した。でも、そのせいでトテラがケガした。マヤの作戦が甘かった…………」


 それともう一つ、私に続き、マヤメもトテラに救われていた事だった。

 凡そ戦闘向きではない、あの性格で立ち向かい、大怪我を負ってしまった。


 まだ出会って、たった数時間の、私たちの為に――――



『………………』


「ああ、もう、なんなんじゃんっ! さっさとアタイに捕食されてればいいのに、お前らが無駄に抵抗するせいで、色々と面倒臭くなってるじゃんかっ! 実験体をダメにしたのも、アタイがヤバかったのも、全部お前のせいじゃんよっ!」


 唐突に顔を上げ、私だけを指差し、怒りを露にするメーサ。 

 左足を後ろに、態勢を低くし、今にも飛び掛からんと吠えたてる。



「だったら、そんな口上並べてないで、さっさとかかってきたら? それともまた中で暴れられるのが怖いとか?」


「うるさいじゃんっ! アタイはシスターズの序列8位じゃんっ! 如何にも弱そうなお前や、出来損ないのマヤメ、そこの駄ウサギよりも、ずっとじゃんよっ!」


「へぇ~、偶然だね? あなたもシスターズの一員なんだ。でもそんなんで8位って事は、1位も大した事ないってことか。それか――――」


「いい加減、もう黙るじゃんよっ! 今度こそお前なんか骨まで消化してやるじゃんよっ! シャ――――ッ!」


 ダンと地を蹴り、弾丸のような速さで地面と並行に飛んでくる。

 その姿は地上でありながらも、獲物を襲うサメのように見えた。 



『…………このサメ女、言うに事を欠いて、自分が上位の存在だって? だったらどっちが上位か、徹底的に――――』


 わからせてやる。


 私だけならまだしも、マヤメたちを貶した事は絶対に許せない。 




――――――――――




 ※メーサ視点



 ドガガガガ――――ッ!!



「うぐぐぐ、またいなくなったじゃんよっ!」


 反応する間もなく、一気に連撃を叩きこまれる。

 目の前から消えた瞬間に、的確に急所だけを狙ってくる。


 喉、顎、鳩尾、人中、こめかみ。

 

 とっさに両腕でガードするも、右手首、左手首、左右の肩口を狙われ、腕が下がったところに、また急所を狙い撃ちされる。 

  


「ぐっ!」


 タンッ


 正確無比だけではなく、鋭利で重い攻撃に、堪らず後ろにステップするが、


 ズバンッ! ×6


「んがっ!?」


 太腿、膝、脛に打撃を受け、回避も後退もままならない。



「く、のぉっ! シャ――――ッ!」 


 そして、自身の代名詞でもある、悪喰の能力さえも――――



 ビシッ!


「う、くっ」


 背後から首元に一撃を受け、不意によろけたら最後、



 ドガガガガ――――ッ!!

 ズガンッ


「う、ぐぐぐぐぐ――――」


 再度始まる連打の雨。

 そして繰り返される、執拗で精密な連撃の嵐。



『こ、こいつは一体、何者じゃんよっ!』


 消えるだけならまだいい。

 ダメージもサメ肌で軽減できる。


 だが、ここまで一方的なのは屈辱で惨めだ。

 勝てない相手なら、シスターズにはゴロゴロいる。

 敗北も幾度も経験している。 

 

 けど、コイツは違う。

 単純に強いとか、格上とか、そんな次元の話ではない。



「ちきしょうっ! 何もできないじゃんよ――――っ!」


 心の声が絶叫となって、周囲に響き渡る。

 何も出来ない、いや、させてもらえない悔しさが、咆哮となって溢れ出る。

 

 自分のチカラが通じないではなく、何もさせてもらえない。

 ハメ技のように、一方的に攻撃を受けるだけ。


 まるでこの状況が、無限に続くかのような、このまま一生、自分の出番(ターン)が訪れる事がないような……


 そんな錯覚を起こさせる程の差があった。


 この見た目、華奢で非力な少女にも見え、



「どう? 格下と思ってた、相手にボコられる気分は?」


「う、ぐ…………」


 実は『蝶の英雄』と呼ばれる、化けの皮を被った、圧倒的強者と自分の間には、到底埋められようのない、絶対的な差を感じた。


   


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る