第568話溺れるサメと胎内戦




『にしし、これで後はマスターだけじゃん。あ、でもその前に、工房が稼働してるならぶっ壊してくるよう、タチアカにも頼まれてたじゃんね』


 裏切り者の処分と言う、任務の一つを終えホッとするメーサ。

 灼熱の砂漠の中を進みながら、次なる任務を思い出す。


 それは、マヤメのマスターの処分と、その工房の破壊だった。



『それにしても、マスター共々、マヤメもバカじゃんね? 組織を抜けたら、こうなるって決まってるじゃんよ』


 今更なにを言っても遅いが、一応同僚だった故に、こう考えてしまう。


 あのまま組織に残っていれば、もう少し長生きできたかもと。

 エナジーの供給を交換条件に、もう暫くは活動出来ていただろうと。


 但しそれが、生きていると言えるか否かは、人それぞれだが。



『それでもこうやって消されるよりはマシだったじゃんよ。きっとマスターも草葉の陰で泣いてるじゃん。ま、そのマスターを処分したのはタチアカだから、それを言うのは酷ってもんじゃんね』


 細かい詳細は知らないが、Rシスターズのリーダータチアカがそう明かした。


 出奔したマスターをおびき出し、自らが処分したと。 

 その後、茫然自失で、大陸を彷徨うマヤメを見つけ、エナジーをエサに組織に入れたと。



『……今思うと、まるで悪魔のような所業じゃんね? でもそれを言ったら、そのマヤメを捕食した、アタイも悪魔って事になるじゃんね。にっしっし』


 そんな二人に同情はするが、そこに罪の意識はない。 

 裏切り者を断罪した事実の方が、罪の意識を遥かに上回るからだ。



『あ、そう言えば、あのウサギ忘れてたじゃんよ。ほっといても何も出来ないだろうけど、一撃もらった借りがあるから、アイツも捕食するじゃんね』


 子サメが戻ってない事にふと気付き、あの兎族を思い出す。

 このまま次の任務に向かってもいいが、それでは自分の気が済まない。



『なら早速地上に戻るじゃんよ。これでマヤメの仲間もろとも、アタイが全員始末したって、他のシスターズにも自慢できるじゃんよ』


 組織への報告を楽しみにし、地上を目指すメーサだったが、



 ゴプッ



『ん? なんかまだ中にいるじゃん?』


 胎内に違和感を感じ、すぐさま移動を中止する。


『…………なんか、消化してないのが二つあるじゃん? しかも………… 動いてるじゃんっ!』


 腹部に意識を集中して驚愕する。 

 未だに胎内で生存し、しかも活動しているものがいる事に。



 ゴプ、ゴププッ――――

 ゴン、ゴゴゴゴゴンッ!――――



『な、なんじゃんっ! なんか突然暴れ出したじゃんっ! そもそもなんで消化されてないじゃんっ! こんなこと有り得ないじゃんっ!』


 胎内で起きた衝撃が、波紋となって全身に響き渡る。 

 鈍くて重い振動が、巨大な津波となって、喉元まで押し寄せる。



 ゴプッ

 ガン、ガガガガガガガンッ――――――



『うっぷ、このままでは、捕食したモノと一緒に中身が出ちゃうじゃんっ!』


 慌てて両手で口を抑え、吐き気を我慢する。

 何せ、自分の胎内を満たしている液体は、ただの消化液ではない。

 

 金や白金をも溶かす王水に、硝子や樹脂を溶かす、フッ化水素酸を混合し、更に、強力な酸や毒性を持つ魔物の体液を加えたものだ。


 但し、その強力な溶解性故に、通常の方法では保存が不可能だったのだが、マジックバッグの原理を一部解明したマカスが、メーサの胎内へと融合することができた。

 

 そんなメーサの正体は、化学と魔法と魔物を組み合わせた、創られた存在だ。

 胎内に疑似ブラックホールを宿す、強力なハイブリット種だった。



『そ、そんなもの、ここで吐いたら、アタイ自身も消化されちゃうじゃんっ! それはヤバいじゃんよっ!』


 地下と言う、密閉された空間では、中身を吐き出す事が出来ない。

 一滴でも浴びれば、自身もただでは済まないからだ。


 その効果を知っているからこそ、メーサは取り乱す。

 吐き出すならばせめて、地上でしかないと。

 


 ザッ、ザッ、ザッ――――


『うっぷ、能力が使えないから、全然上に進まないじゃんっ!』


 だがメーサは捕食ではなく、砂を手で掻き分け、バタ足で地上を目指す。 

 口を開けたら最後、中身をぶちまけてしまうからだ。



 ゴプ、ゴププ――――

 ドガン、ドガガガガガ――――――ンッ!



『うぐぐ、な、なんでこんな事になってるじゃんっ! 一体中(胎内) でなにが暴れているんじゃんよっ!』


 訳が分からないまま、衝撃と吐き気に耐え、懸命に手足と身体を動かす。

 このような事態、初体験どころか、想定した事もなかった。



『う、く、はぁ、はぁ―――』


 そんなメーサは、今まで地下という地下を、水中のように移動してきた。

 環境や物理法則さえも無視し、悠々と泳いできた。


 だが、今のメーサにそんな面影は残っていなかった。



 ザッ、ザッ、ザッ――――


『うぇ~、うっぷ、はぁ、はぁ、もう少し、もう少しじゃん……』


 息を切らし、手足をバタつかせ、地上を目指すその姿はまるで――――



『あ、ちょっと明るくなってきたじゃん……』


 ――――まるで、泳ぎや呼吸を忘れた魚のように見えた。

 捕食という機動力(エラ) を奪われ、海の底で藻掻いているサメのようだった。




――――――――




 一方、メーサが地上に出る直前の、スミカがいるその胎内では、



 ゴプッ



『『………………ザ、ザザ――』』



「コイツ………… 間違いない」


 見るからに異形な姿を見て確信する。


 突如、この液体の中に落ちてきたモノは、あの白い人型だった。


 この正体不明な人型は、ジーアたちと蝶の魔物の討伐に向かった最中、突然現れ、雄叫びだけで森の大部分を更地にし、その後に姿を消したアイツだ。


 頭部はあるが、目や鼻や口などのパーツがない。

 胴体や手足はあるが、関節や手首や足首がない。


 その姿はまるで、子供が粘土細工で作った、不出来な人形のようだった。



「…………一応隠れてて?」

『ケロロッ!』


 警戒しながら桃ちゃんに声を掛け、フードの中に戻ってもらう。 

 仕掛けてくる素振りはないが、それは前回でも一緒だった。



『『………………ザ、ザザ――』』



『一体、なんだってこんなところに?』


 原因や目的がわからない。   

 仮に私を追ってきたならば、すぐさま仕掛けてくるはずだけど。



『いや、それも変か。私がまだ生きてたとは知らないだろうし、外から探知できるとも思わないし。それか、間違って喰われちゃったとか?』


 チラと人型を一瞥するが、何の反応も見せない。 

 それどころか、何を考えてるか、何処を見ているかさえ不明だった。



『そもそも顔のパーツがないから、視線も感情も読めない。敵か味方で言えば、明らかに敵の筈なんだけど、その真意がわからない』


 不思議・不完全・不穏・不運・不覚。

 この不気味な人影を前にし、不の感情しか浮かばない。


 それだけで敵と断言できるが、それでも敵意を感じない。

 まるで本当の人形を相手にしているようだった。



『『ザ、ザザ、――――』』


「ん?」


 カパッ


「って、ヤバいっ!」


 不意に、顔の部分に穴が開き、無造作にこちらに向けてくる。

 恐らく開いたのは口であろうが、それは森を更地にした攻撃と一緒だった。

 


「やらせないってっ!」


 ギュン――――ッ!

 

 衝撃波を発する前に、透明壁スキルを全力で口に投げ込む。


 ズボッ


『『!ッモ”クヨ” ?!ッオグ』』


 すると、理解不明な叫びをあげながら、薄暗い液体の奥に消えて行った。



「ふう、動作の起こりも、感情も読めないから、正直かなり焦ったよ。にしても、どうやら泳ぎは苦手みたいだったね?」


 無抵抗のまま、慣性の法則に従い、暗闇に消えて行った人型。

 ダメージを与えた感触はないが、それでも弱点らしいものを知れたのは大きい。



「でもあの調子だとまた戻って来るかも。ならこの隙に、何か対策を考えようか、って…… 何? この音?」


 微かな音と振動が、スキルを通して伝わってくる。

 その方向は、人影が消えて行った方角だったのだが、



 ギュルルルル――――



「な、何あれ? 一体どうなって…… って、そんな、噓でしょっ!?」

 

 その正体は、直立不動のまま、液体の中を突っ切ってくる人型だった。

 膝から下を背後に折り曲げ、まるでスクリューのように回転させていた。



『『!ッ”モクヨエマ”オ――――』』


「うるさいっ!」  


 ドガンッ! 

 

 突っ込んでくる勢いそのままに、カウンター気味にスキルを叩きこむ。



『『!ッワヨワヨ』』


 ところが、ダメージを与えるどころか、勢いさえも殺す事が出来なかった。

 


「ち、だったら――――」


 ドガンッ!


『『ッ!?フ”ブ』』


 横っ面にスキルを叩き付け、更に、

 

 ドゴンッ!


『『?!ッウ”』』


 間髪入れず、頭上からも叩き付け、ようやく目の前から沈んでいったが、



 ギュルルルル――――


『『!ッーオグ』』


 すぐさま態勢を整え、再度突っ込んでくる。



「はっ!? ノーダメっておかしいでしょっ!」


 この環境で活動できる以上、頑丈だとは思っていたが、これには驚いた。

 何せ、2発目のスキルは、最大重量200tの一撃だからだ。



「だったら――――」


 人型の周囲に、透明スキルを10機展開する。

 その形状は、全長5メートルほどの『長槍』。



「全弾発射っ! それと――――」


 次に、なんちゃって両手剣を展開し、重さを最大にして振りかぶる。


 ブフォンッ!


「これならどうだっ!」


 打撃の効果が薄いのは今のでわかった。

 なら、刺突と斬撃のコンボを、同時に喰らわすだけだ。



 グサササササササササ――――ッ!!

 ズバ――――――ンッ!!



『『!ッ――――イダイダイダイダイ』』


 ゴププッ


 すると、これには流石にダメージを受けたようで、奇声を上げながら後退する。



「まだだってっ!」


 スキルを操作し、人型を追いかける。

 ダメージこそ受けてはいるが、その不気味さは衰えてはいない。


 そもそもこの人型は謎が多過ぎる。

 正体も目的もそうだが、生物か無生物かも不明だ。


 そんなデタラメな存在を、ここで逃がすわけにはいかない。

 見た目やその能力ではなく、プレイヤーとしての勘がそう告げている。   


 コイツはここで消滅させないと、必ずまた姿を現すと。

 その時には今以上に、厄介なモノに変化していると。


 幸い、この空間の中なら、周りに被害を出さずに駆逐できる。



「しっ!」


 ズガンッ!


『『!ッオグ』』


 ボゴンッ! 


『『!ッ”フゴ』』


「まだっ!」


 ドガンッ!


『『!ーッアグア”』』


「まだまだっ!」


 ザシュッ!


『『縺昴◎莨ッ!?』』


「まだまだまだ――――っ!」


 ズババババ――――――ンッ! ×100


『『――――ッ!?○ヹ×△☆♭●♯⒥▲★※』』



 三桁を超える連撃を受け、言語化不能な叫びをあげる、白い人型。

 防御も回避もままならないまま、その手足は全て飛び散っていった。



『『――――ア”ア”ア”ア”ア”ア”』』


 これで残るは胴体のみ。


「………………」


 見た目は戦闘不能だが、それでも手を緩める事は出来ない。

 こんな死に体の姿でも、得も言われぬ悪寒だけは残っている。

 


 ゴボボボボ――――



「はっ!? って、なにっ!?」


 止めを刺そうと、スキルを展開したところで、周囲の液体が急激に動き出す。 



「これは…… 流されてる!?」


 排水溝に吸い込まれる水のように、周囲の液体が巨大な渦となり、その中心に強く引っ張られた、直後――――



 ザッ


「ま、眩しいっ!? って、ここは―――― 砂漠?」


 極度の明暗の差に、一瞬目がくらんだが、周囲の景色と、照り付ける日差しで、ここが外だと把握できた。



「……なんで出られた? それよりもアイツは――――」


 周囲に視線を巡らせながら、急いでMAP画面を開く。

 今は出られた理由よりも、白い人型の行方が気掛かりだった。



「澄香っ!」


 その矢先、聞きなれた声が、背後から聞こえる。 



「あ、良かった~。無事だったんだ――――」


 マヤメの声と姿を確認し、安堵したのも束の間。



「ん、澄香っ! 早く――――」 

「………………」


「え?」


 その緊迫した表情と、抱いているものを見て、言葉を失う。

 


「――――を助けてっ!」

「………………」


 いつもの無表情ではなく、マヤメが必死に訴え、守るように抱いているもの。


 それは――――



「早く、早くトテラを助けてっ!」

「………………」


 それは、右足の膝から下を失くし、マヤメの胸で気を失っているトテラだった。

 一応止血はしているようだが、かなり顔色が悪い。


 そして更に、その背後には、



「うは~、間一髪だったじゃんっ! もう少しでアタイも消化されそうだったじゃんよっ! お前ら覚悟するじゃんねっ!」


 恐らくその元凶であろう、サメのフードを被った、一人の少女がいた。



 ザ、――――


「…………マヤメ。トテラをお願い」


 サメの少女を横目に、マヤメにリワインドポーションを手渡す。



「ん、これは?」

「それは欠損部分を修復するアイテム。きっとそれで大丈夫」

「ん、わかった…… でも澄香は?」


 ポーションを受け取った後で、私の顔を覗き込む。


「だって、アイツでしょ?」

「ん」

「ならわかってるよね? 私の性格」


 拳を強く握り、サメの少女を強く睨む。 


「ん、でも……」

「大丈夫だって。アイツは私に任せて、マヤメはトテラを看てて」

「んっ! でも、メーサの能力は――――」

「いいから、どうせそんなの聞いたって、あんまり意味ないから」

「ん? 意味、ない?」


 ポーションの蓋に手を掛けたまま、目を丸くするマヤメ。 


「そう、たいして意味ないんだよ。だって、どんなに強力な能力を持っていたとしても、私がその能力を知ったとしても――――」


 アイツのターンは一生来ないから。

 私の仲間を傷付けるって事はそういう事だから。


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