第566話焦るスミカと覚醒するトテラ
※スミカ視点(メーサに飲み込まれた直後)
「あっちゃー、これは最悪かも…………」
油断していたわけではないが、あっさりと捕まったのは事実。
突如、目の前で巨大化した口に、為す術もなく飲み込まれた。
あれが物理攻撃だったならば、触れられた瞬間に、回避も反撃も可能だったが、自身より巨大な空間に襲われては、対処も対応もできなかった。
「はぁ~、これじゃまるで、投網に捕らわれた魚の気分だよ…… にしても、ここって、あの魔物のお腹の中だよね?」
あの時一瞬見えたのは、自分よりも小柄なサメのような何か。
が、こんな砂漠にサメがいるわけないから、あれは魔物だったと判断する。
「ま、それでも、ただの魔物ってわけじゃないのはわかる。ここが胃袋だったとしても、さすがに広すぎでしょ……」
四方を見渡してみたが、突き当りも壁も見当たらない。
それどころか、この広い空間の中には、自分以外の何もない。
「あの時、咄嗟にスキルを展開して正解だったよ。元々この中にあったものは、一瞬で溶けちゃったから、この液体はきっと消化液の類なんだと思う」
この空間を満たす、薄く濁った半透明の液体。
最初は何かわからなかったが、一緒に飲まれたであろう、大量の砂と、見た事のある魔物が、瞬く間に消えてしまった事から、そう判断した。
この空間の中は、かなり強力な酸性の液体で満たされているんだと。
しかも、ここはお腹の中ではなく、異次元や異空間に近い場所なんだと。
「じゃないと説明できない。あんな小さな体に、私だけじゃなく、でっかいサンドワームもいたんだから。でも、これと似たような技術を、私だけじゃなく、この世界の人達も持ってるんだよね」
ふと思いついたのは『アイテムボックス』と『マジックバッグ』。
どちらも見た目に対して、その性能は物理法則を無視しているから。
だからか、この空間も、それに似たようなものだと推測できるが、それでも決定的な違いがあった。
それは――――
「この体内に取り込んだものを、手あたり次第に溶かしている事から、私のアイテムボックスとも、この世界のマジックバッグとも、その役割がまるっきり
そもそもの用途が違う。
傍から収納を目的としておらず、処理自体を目的をしている。
「そんな機能、普通の生物に備わってたら、絶えず飢餓状態に陥ることになる。だから、この魔物の正体は…………」
嫌な予感がする。
恐らくこの魔物は人の手が加えられたものだ。
自分の知らない未知の技術を用いて、意図的に創られたものだ。
「だったら、早くここから脱出しないと――――」
急いでメニュー画面を呼び出す。
装備の『蝶道』を使えば、すぐさまここから出られるはずだから。
ところが――――
「…………え?」
映し出されたものを見て言葉を失う。
何せ、開いたMAP画面には、何も映ってはいなかったからだ。
――――――――
マヤメ&トテラ視点
「ん、トテラ行ける?」
「うんっ! アタシはいつでも大丈夫だよっ!」
「お? なんだ。アタイとやるつもりじゃんか?」
ククリナイフを両手に持ち、半身に構えるマヤメと、ピョンピョンと跳ねて、準備運動をしているトテラを見上げて、挑戦的な笑みを浮かべるメーサ。
「なにもそんなに死に急ぐ必要ないじゃん? どうせお前はほっといてもエナジーが尽きるじゃんよ。あ、もしかして、さっきの仲間を助けようとか、無駄な事を考えているじゃんか?」
「ん、そんな事、あなたに心配されたくない。それに澄香は無事」
「ほう、本気でアタイと戦うつもりじゃんね? それにそのスミカって奴は、もうとっくに消化されてるじゃんよ」
「ん、同じこと言わせない。澄香は無事」
薄ら笑いを浮かべるメーサとは対照的に、凛とした態度で返すマヤメ。
「はあ? 同じこと言わせんのは、そっちも同じじゃんよ。アタイは――――」
「あっ! ちょっと待ってっ!」
「なんだ? そこの兎族」
急に話に入ってきた、トテラを強く睨むメーサ。
「アタシ、耳がいいからわかるんだけど、なんかあそこにね……」
耳をピクと動かしながら、トテラはメーサの背後を指差す。
「うしろ?………… はん、何もいないじゃん、ぶげっ!」
背後をチラと確認し、視線を戻したところで、横っ面に一撃を浴びるメーサ。
そしてその勢いのまま、ここから数十メートルほど吹っ飛んで行った。
ザンッ
「よし、やっぱり調子いいやっ!」
騙し打ちが成功し、満足気な声を上げるトテラ。
ガッツポーズを決めながら、宙にいるマヤメにウインクする。
「んっ!?」
唐突に起きた出来事に、眼下のトテラを見たまま固まる。
今まで隣にいた筈なのに、いつの間にメーサを攻撃したのかと。
「ね? だから言ったでしょっ! なんか起きてから調子いいってっ!」
そんなマヤメの心情など露知らず、トテラは両手を振って返す。
『な、なんで? どうして?…………』
状況を理解するほど、余計に混乱してしまう。
赤目はもちろん、発情した様子でもないのに、何故、それに匹敵する動きなのだろうと。
「…………ん」
だが確かにトテラは言ってた。
調子がいいから、サンドワームくらい倒せるかも、と。
その前にはこうも言っていた。
いつもよりもお腹が減った、とも。
『…………ん? もしかして、澄香のオヤツのせい?』
思い付くは、トテラが食べていた体力回復アイテム。
お腹が減ったと訴えるトテラに、澄香が与えていたもの。
ただ、それだけが理由ではないはず。
お腹が膨れただけで、強くなんてならない。
それ以外に考えうる、理由があるとすれば――――
「ん、トテラ」
ぴょん
「なに? マヤメちゃん」
文字通り、一足飛びで、マヤメの隣に跳んでくるトテラ。
その何気ない動きだけで、今までとは違うとわかる。
「ん、あの時。なんで寝てた?」
「え? あの時って?」
「ん、オブトスコルピオンから助けた時」
澄香と魔物を討伐してる際に、トテラはのんきに寝ていた。
脅威が去ったとはいえ、危険地帯と名高い、このトリット砂漠のど真ん中で。
「あ~、あの時ね。本当はずっと眠たかったんだ。もっと詳しく言えば、アタシが発情して、暴れたって聞いた後なんだけど…………」
「ん」
「それを聞いて、ちょっと思い出したんだけど、今まで暴れた後でも、あんなにお腹が減った覚えがないんだよね? お腹が減ってるのはいつもの事だし」
人差し指を頬に当て、思い出すようにつらつらと話す。
空腹の具合は、本人以外分からないが、トテラにとってはかなり重要らしい。
「でね、その原因をずっと考えてたんだけど、今回はいつもより暴れ過ぎちゃったのが、元々の原因なんじゃないかなって?」
「ん、いつもより、暴れ
これには思い当たる節がある。
間違いなく澄香に襲い掛かったのが原因だ。
澄香はトテラの抱き着き攻撃を、幾度も躱し続けた。
高速かつ、縦横無尽に襲い来る攻撃を、数分間に渡り避け続けた。
普通の冒険者や、一般の獣族なら、恐らく数秒も持たない。
あの状態のトテラの動きは、それほどのモノだった。
今の話から察するに、過去に襲い掛かった相手もそうだったのだろう。
今回のように、極限まで空腹になる事なく、一瞬で決着がついていたのだろうと。
『ん、ならあの時トテラが寝てたのは、エナジーの消費を抑えようとしていたから? それも澄香を相手にしたから?』
生物全般に言える事だが、肉体が飢餓状態に陥ると、これ以上の活動をセーブするために、脳が無意識に、睡眠や休息を欲するようになる。獣族のトテラとて例外ではないだろう。
『ん、やっぱり澄香は凄い。きっとこうなること知ってた……』
その結果、回復アイテムで復活したトテラは、本来の実力を取り戻した。
退避や逃走用ではなく、野生の狩人としての、獣族の戦い方を――――
ボフッ!
「このウサギっ! いきなり不意打ちとはやってくれたじゃんっ!」
砂埃と咆哮をあげながら、歯を剥き出しにし、メーサが勢いよく立ち上がる。
怒りに染まるその目には、蹴り飛ばした相手のトテラだけを映していた。
「はえっ!? 全く効いてないのっ!」
「ん、あれぐらいじゃダメっ! メーサのサメ肌は硬いっ!」
「はい? だってあれ服で本物じゃないでしょっ!」
メーサが着ている、サメ風のパーカーを指差す。
「ん、本物じゃないっ! けど、メーサが着ているのは普通の服じゃないっ! マカスって言う、マスターの次に天才の――――」
「いつまでもごちゃごじゃとうるさいじゃんっ! 先ずはアタイを蹴り飛ばした、兎族から喰ってやるじゃんっ!」
ブンッ!
トテラに向かい、怒りのままに右腕を振り下ろす。
一見すると、とても届く距離とは到底思えないが、
「んっ! トテラ避けるっ!」
ビュンッ!
「げっ! の、伸びたっ!」
巻き上がる砂埃を突っ切り、メーサの右腕がトテラに襲い掛かる。
伸縮したその腕には、フードと同じように、サメの顔面が描かれていた。
ぴょんっ!
「わわっ!」
迫りくるサメの腕を、真上に跳躍する事で、慌てて躱したトテラだったが、
「んっ! それじゃダメっ!」
「引っ掛かったじゃんっ! いくらお前が素早くても、空中では自慢の脚も使えないじゃんっ!」
ギュンッ
軌道が変化する。
空を切ったはずの右腕が、宙に浮くトテラを追いかける。
ガブッ
「うわっ! 捕まったっ!?」
サメ腕がトテラの左足首に噛みつく。
「にっひひ、やっぱり思った通りじゃんっ! お前の脚力は認めるが、他の動きがまんま素人じゃんよっ! 後はこのまま引き付けて、ペロっと丸飲みしてやるじゃんよっ!」
グイッ
「わわっ!」
「ん、やらせないっ!」
トテラの危機に、マヤメはククリナイフを投擲する。
メーサに向かって放たれた、1本のナイフが瞬く間に増殖する。
「お、そんなもの効かないじゃんっ! どうせ他のは偽物じゃんっ!」
マヤメを知るメーサは、ククリナイフの特性も知っていた。
増殖した影のナイフは、最初の一投以外はまやかしだと。
ブンッ
キンッ
「んぎゃっ! な、なんだっ!?」
最初に届いた一投を、左腕で払い落とすが、次に届いた一投がメーサのサメ肌に弾かれる。
「ち、違うっ! 全部本物じゃんっ!」
ダメージはないが、認識していなかった攻撃に、一瞬
フードの部分を慌てて覆い、次々に襲い来るナイフの攻撃に備える。
『ん?』
カキンッ
カキンキンキンキンキンキン――――――ッ!
「う、ぐ…………」
増殖した影のナイフを、サメ肌が難なく弾く。
100を超える攻撃も、メーサ自身には、かすり傷一つ付けられなかったが、
「ん、トテラ無事?」
「あ、ありがとうっ! マヤメちゃんっ!」
両腕で防御した事で、捕らえていたトテラを手放し、救出する事が出来た。
「うわっ! あんなにいっぱい当たったのに、何ともないのっ!?」
傷のない衣装と、平然と立っているメーサに驚愕する。
「ん、でも今ので少しわかった」
「そうだよね、あんなに硬いなんて驚きだよねっ!」
耳をぴょこぴょこさせながら、マヤメの話に頷く。
「ん? 違う。弱点がわかったかも」
「え? じゃくてん?」
「ん、トテラ。耳貸して」
「う、うん。でも触らないでね?」
トテラの耳に気を付けながら、マヤメは話しだす。
これからの作戦と、メーサのとある弱点について。
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