第565話裏シスターズと急造タッグ




「ん、澄香。そろそろ着く」

「え? って、うふぁっ!」


 眼前に飛び込んだのは、大量の砂塵が渦巻く、巨大な砂嵐。

 その圧倒的な、砂の濁流を前にし、思わず変な声が出た。


 トテラの事を考えていて、不意を突かれたとは言え、さすがにこれには驚く。 

 そもそも砂嵐なんて、知識はあっても、映像の中でしか見た事ないし。



「うは~、めっちゃ大きいじゃん。でもこの中なんだよね?」

「ん、この中の地下にある」

 

 そう。ここが今回の旅の目的地。

 マヤメの本拠地にして、マヤメのマスターが眠る工房跡地。



「あ、あのぉ~、もしかして、あの中に入るの?」


 砂嵐を見渡す、私とマヤメに声を掛けてくるトテラ。


「そうだよ。あそこの中に用があるから、ここまで来たからね」

「ん」


 マヤメと二人、顔を見合わせて頷く。


「それじゃ、アタシも連れ――――」

「ん、ダメ」


 トテラが何かを言いかけたが、マヤメがバッサリと切り捨てる。



「あのさ、トテラの探しているお宝って、もしかしてあの中にあるの?」

「ん、澄香?」


 聞くタイミングがなかったので、この際だから聞いてみる。


「うん、そうだよっ! そういう噂があるんだっ! あそこから何者かが出入りしてるのを、見たかもしれない人がいるって、知らない人から聞いたから、きっとあの中にあるんだよっ!」


 長耳をピンと立て、如何にも自信ありげに語るトテラ。

 どこで仕入れた情報かは知らないが、かなり曖昧な部分が多い。

 

 そもそも、出入りしてた何者かって、マヤメとかマスターじゃないの?

 “かも”とか“きっと”とか、多いけど、結局出所はどこなの?



「マヤメ。どうせここまで来たんだから、トテラを連れていこうよ。ここに残すわけにもいかないし、もわかったんだから」


「ん、でも…………」


「それに、そんな噂が流れてるんだったら、今はまだいいとして、今後誰かに荒らされるかもしれないよ? なら、お宝があるかどうか、ハッキリさせた方がいいと思うけど」


「ん」


「で、あったらあったで回収して、なかったらなかったで、その噂を流せば、その内誰も近づかなくなるよ」


「ん…… わかった。澄香の言う通りにする。でもなんで早口?」


 少しの逡巡の後、マヤメは私の提案を受け入れてくれた。

 けど、ただちょっとだけ胸が痛んだ。


 トテラの為とはいえ、マヤメの大事なものを、引き合いに出しちゃったから。



「それじゃ、一旦地上に行こうか? さすがにあの中は空から進めないしね」


 私たちの乗ったスキルを、砂嵐から少し離れたところに移動させる。


「ん、ウサギ。一緒に来るはいいけど、大人しくしてる」

「な、なんでそんなこと言うのっ! アタシは大人しい方だよっ!」

「ん、それはウサギの思い込み。澄香もうるさく感じてる」

「えっ! そうなのっ!?」


「あのさ、いつまで続けてんの。私は先に行くから、早く降りてきなよ?」


 言い争いを続ける二人を残して、トンとスキルから飛び降りる。


 

『はあ~、やっぱりあの二人は相性悪いみたいだね? マヤメの心配してた件は、もう解決したも同じなのに、相変わらず突っかかるしね。この道中で、少しでも和解できれば良いんだけど……』


 口数も表情も増え、言いたい事を言えるようになったマヤメ。

 仲の悪さに目を瞑れば、これはこれでいい傾向だと思う。

 

 きっとマヤメにとって、トテラは対等に近い位置づけなのだろう。

 だからか、遠慮することなく、自分を出す事が出来るのかもしれない。



「まあ、それでも、本当の喧嘩になりそうだったら、さすがに止めるけどね」


 なんて、上から聞こえてくる、二人の騒ぎを耳にしていると、



「んっ! 下に何かいるっ!」

「スミカちゃんっ! もの凄い速さで、地面の中をっ!」


 言い争いとは違う、緊迫した二人の声が、頭上から聞こえた矢先に、



「下? えっ!?――――」


 バクンッ! 


 突如、砂の中から飛び出した、巨大な口に飲み込まれた。  



「んっ! 澄香っ!」


「ふぅ~、やっと見付けたじゃんよ、マヤメ」


「んっ!?」


 スミカを飲み込んだであろう、何者かがマヤメを見上げている。 



「んっ! メーサっ! なんでここにっ!? それと澄香はっ!」


「あの人間、スミカって言うのか? 随分と弱い奴とつるんでるじゃんね。あ、そこの兎族も仲間とみなしていいじゃんか?」


「んっ! このウサギ関係ないっ! それよりも澄香を何処にやったっ!」  


 トテラを自分の後ろに隠し、メーサと呼んだ何者かに声を荒げるマヤメ。



「今更何を言ってるじゃん。マヤメはアタイの通り名知ってるじゃんよ。アタイは『悪食のメーサ』。アタイは何でも飲み込むし、アタイに喰われたものは、全部消化しちゃうじゃんね」


 得意げに答えながら、目深に被っていた、青色のフードを上げる。

 

 丸く碧色の瞳に、同じく碧色のショートヘア。 

 少女のような丸顔でありながら、開いた口には、無数の鋭い牙が覗いていた。

  

 そして見るからに、サイズの大きい青いパーカーを羽織り、フードと袖の部分には、ある海洋生物の頭部が描かれており、その背中には、背ビレのような物が付いていた。


 その見た目はまるで『サメ』のような風貌だった。

 いや、正しくは、サメのコスプレをした、痛々しい少女に見えた。

 


「マヤメちゃん、あの変な子と知り合い?」


 マヤメの背中から、ヒョイと顔と耳を出し、メーサを指差すトテラ。


「ん、知り合い違う。アイツは敵。澄香が食べられた。早く助け出す」

「だよね? ならアタシも手伝うよ」

「ん、ウサギの実力だと邪魔。直ぐに食べられる」


 後ろを振り向くことなく、マヤメはトテラの提案を断る。


「いや~、そんな事ないと思うよ? なんか起きてから調子がいいんだよね」

「ん? 調子?」

「あれかな? スミカちゃんにご馳走して貰って、お腹が一杯だからかな? 今ならサンドワームにだって、勝てそうな気がするんだよね?」

 

 満面な笑みを浮かべながら、マヤメの脇で屈伸運動をするトテラ。 



「ん、それはウサギの気のせい。だけど……」


 そんなトテラを見ながら言葉に詰まる。

 ここで否定するのは簡単だが、今は何よりも戦力が欲しい。


 自分と、あの澄香さえも翻弄した、あの暴走時のトテラの実力が。



『ん、でもどうする? トテラの耳にメーサを触れさせ発情させる? でもそれは危険。トテラまで喰われたら、マヤ一人では勝てない。でもそれ以外に――――』


 妙案が思いつかない。     

 足りえそうな戦力があっても、それを生かす方法がわからない。



「あのさ、あの子って、魚が好きなの? なんかそれっぽい格好してるけど」


 悩むマヤメとは裏腹に、能天気な事を聞いてくるトテラ。   


「ん、あれはサメ。メーサはなんでも飲み込んで消化する」

「な、なんでもっ!? じゃ、じゃあ、スミカちゃんはっ!」

「ん、きっと無事。あれぐらいじゃ平気」


 全く悩むことなく、マヤメはトテラに即答する。


「で、でも、なんでも消化しちゃうんでしょ?」

「ん、それと地面の中も水中のように移動できる。正確には飲み込んでる」

「え? それって、砂を食べながら潜れるって事っ!?」

「ん、そう。それと口の大きさは自由自在。腕は伸びる」

「な、何それっ! もう殆ど化け物じゃんっ! ここの魔物より怖いんだけどっ!」

 

 ピンと耳を直立させ、メーサの実力に驚愕するトテラ。



 そんなトテラの反応は当たり前だった。


 訳あって、マヤメはトテラには話していないが、ここにいるメーサの正体は『リバースシスターズ』の一員だからだ。


 リバースシスターズは100人を超えるエニグマ内の組織で、その中でも、取り分け戦闘に特化した者には、その実力に見合った一桁のナンバーが与えられる。


 目の前のメーサに与えられたナンバーは『8』。

 もちろん、その強さは化け物級で、ジェムの魔物をも凌ぐ、戦闘力の持ち主だ。


 

「ん、ウサギが驚くのもわかる。それでも手を貸して欲しい」


 メーサを見たまま固まっている、トテラにマヤメは頭を下げる。



「はあっ!? マヤメちゃん、なに言ってんのっ!」

「マ、マヤが無茶を言ってるのはわかるっ! でもっ――――」


 一人では到底敵わない。

 でもトテラの心情もわかる。


 散々恐怖を植え付けておいて、手を貸せだなんて、どの口が言うんだと。

 今まで無遠慮な態度で接してたのに、今更都合が良すぎるだろうと。

 

 きっとトテラじゃなくとも、大半の者はそう思うはずだ。



「そんなの当たり前に決まってるじゃんっ!」


 だが、トテラの答えは、マヤメの予想と違っていた。 


「ん…………」


「だってアタシは、スミカちゃんとマヤメちゃんに助けられたんだよっ! 本当だったら、サンドパルパウに食べられて死んじゃったんだよっ!」


「ん?」


「それと、こんなアタシに、美味しいご飯とお風呂も服もくれたし、こんな親切な人族は初めてだったんだっ! だから手を貸すのは当たり前だよっ!」


 戸惑うマヤメをよそに、一気に想いを吐き出したトテラ。

 メーサに臆するどころか、鋭い視線を眼下に放つ。 


 だが、それだけでは終わらず、更に続けて、


「あとね、出来ればご褒美貰えないかな? あ、もちろん、スミカちゃんを助け出してからでいいよ? アタシ今無一文なんだよね?」


 片耳だけを折り畳み、顔の前で両手を合わせて、お金欲しいアピールする。  

 


「ん、ならマヤが払う。だからよろしく


 そんなトテラらしさに、微かに笑みを浮かべながら、マヤメは片手を差し出す。


「やったーっ! これで契約成立だねっ!」


 ギュッとマヤメの手を握り、トテラも笑みで返した。



 こうして、捕らえられたスミカを救うべく、陽キャ代表のトテラと、陰キャ筆頭のマヤメが、即席で手を組むこととなった。


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