第564話トテラの事情とマヤメの心情
「う~ん、良く寝たぁ~ あれっ? な、なんでアタシ飛んでるのーっ!?」
両腕を思いっきり上げ、盛大に伸びをした後で、自分の状況に気付くトテラ。
「ん、澄香。うるさいウサギ起きた」
「うるさいって、せめて賑やかとかにしようよ? 本人いるんだし」
『ケロロ』
トテラに対して毒を吐く、マヤメを軽く注意する。
そんなマヤメは、トテラに会ってからずっとこの調子だ。
甘いもの食べて機嫌直ったかと思ったけど、また不機嫌に逆戻りだ。
感情が豊かになるのはいい事だけど、なんか素直に喜べない。
「ん、でもうるさいのは事実」
「いや、だからそれは言い過ぎだって、もっと――――」
「うわっ! なんで魔物がここにいるのっ!?」
「魔物? ああ、この桃ちゃんの事? それは――――」
透明スキルに水を張った、その中で泳いでいる、魔物の桃ちゃんに驚くトテラ。
危険がない事と、その可愛さを、一から説明しようと、口を開くと、
「うひゃ~っ! なんでアタシ裸なのっ!?」
「ん、それはウサギが自分で――――」
今度はパンツ姿の自分にまた驚き、
「あっ! そう言えば、なんで空飛んでるのっ!」
「それはさっき聞いたよ。私の魔法で――――」
動く景色を見て、思い出したかのように、騒ぎ出し、
「い、一体アタシをどこへ連れて行くつもりなのっ!」
「ん、嫌なら直ぐに降りる。マヤは構わな――――」
ぐぅうううう きゅるる
「あのぉ、お腹減ったんだけど、それ、少し分けてくれないかな? なんかいつもよりお腹空いちゃった。なんでかな? てへへ……」
最後はお腹を鳴らして、テーブルの上のおやつを指差し、食べ物ちょうだいアピールしてくる。
「…………マヤメ。なんかゴメンね」
「ん」
なのでここは素直に謝る。
これは賑やかではなく、マヤメの言う通り、確かにうるさいし。
しかも人の話を聞かないのが、一番の問題点だ。
――――
「どう、少しは落ち着いた?」
「は、はいっ! 何から何までありがとうですっ!」
お腹を空かしたトテラに、体力回復のためのレーションと、コムケの街の屋台で購入していた、串焼きや、メルウちゃんのところの、お味噌汁などをご馳走した。
「ん、澄香。ちょっと甘やかしすぎ。ズルい」
そんな私の行動に、マヤメはちょっと拗ねてるようだ。
「う~ん、仕方ないでしょ? だってあのままじゃ碌に話もできないし、あんなもの欲しそうな目で見られたら、上げないわけにはいかないよ」
「ん、でもまた服あげるのはダメ。また破られる」
「いや、そうは言っても、あのままじゃ、目の毒って言うか、思わず笑いそうになるんだよ。だってウサ耳が、頭の上とお尻にあるんだもん」
服を着ていれば意識しないが、さすがにパンツ一丁だと笑いがこみあげてしまう。
なら、他の下着にするって選択肢もあるだろうけど、あのウサギパンツはどう見てもトテラ用だ。だって一目見た時にピンと来たんだもん。
あんなウサ耳の付いた、パンツが似合うのは、兎族のトテラだけだって。
「あ、あのぉ~、今の話からすると、裸になってたのは、アタシがスミカちゃんの服を台無しにしたって事、だよね?」
ウサ耳をシュンとさせ、神妙な顔で聞いてくる。
その様子を見る限り、やはりと言うか、暴走時の記憶はない様だ。
「ん、そう。ウサギが澄香の服破いた。だから弁償する。金貨1000枚」
「1000枚っ!? ア、アタシ、銅貨どころか一文無しだよっ!」
シュンとしていた耳が、一瞬でピンと立つ。
「いや、それ嘘だから。マヤメも一々絡まないで? 話が進まないでしょう?」
「ん、ちょっとやり過ぎた。テヘ」
舌を出したまま、片目を閉じ、頭をコツンと叩くマヤメ。
「それ、全然反省してないよね? しかも真顔でやっても可愛くないし。って、ああもうっ! 本当に話が進まないなっ!」
この場合、律儀に突っ込む私が悪いの?
いいや、違う。
最大の原因は、マヤメとトテラの仲の悪さだ。
まだ短い付き合いだけれど、こんなに突っかかるマヤメは見た事ない。
こっちから尋ねた時か、何か必要な時だけ、口を挟む程度だったはず。
『まぁ、それでもマヤメの気持ちもわかるんだけどね。トテラを警戒するマヤメに対して、私が気を抜いてるように見えるから、自分が代わりにって、なってるんだろうから』
知識、もしくは経験則からくる、危険予知なんだろう。
そんな人物を、私に近付けさせたくないっていう、意志表示なのだろう。
でもトテラには悪意はない気がする。
無意識か、ただ単に、運が悪いだけに思える。
ま、それ以外の理由でも、マヤメはトテラを毛嫌いしている節もあるけど。
そんなトテラはマヤメとは対照的に、コロコロと表情も変わり、口数も多く、自己主張も激しい。
マヤメが日影とするなら、トテラは日向。
まるで陰キャと陽キャみたいだ。
くせっ毛のある、明るいブロンドのショートヘアに、ビー玉のようなクリッとした大きな瞳。日焼けした健康的な素肌に、愛くるしい笑顔。
『ほんと、ここまで真逆なのも珍しいよね? 同じ美少女枠でも、性格もまるで正反対だからね。だからマヤメは苦手なのかな?』
それでも、そんな二人には共通点がある。
二人の裸体を目の当たりにしているからこそ、気付けたことだ。
『…………C? D? いや、もっとかな?』
それは胸部装甲の厚みだった。
トテラもマヤメもそこそこのモノを持っていた。
『本当になんなの? この格差はっ! ラブナも年齢の割にはそこそこだし、最近ユーアも成長してるし、近い将来……って、なんで子供たちと比べてんのっ!』
心の中で一人突っ込む。
なぜ12歳と13歳相手に、妬んでいるんだろうって。
「ん、澄香。ユーアがどうした?」
「へ? なんでユーアの名前がここで?」
どういう事?
「子供たちって誰? ま、まさか、スミカちゃんその年で結婚してるのっ!?」
「し、してないよ、結婚なんてっ!」
あれか、また独り言を口に出しちゃった流れか。
これは一人暮らしが長かった弊害だよね。
「こほん。それで確認なんだけど、トテラは暴れた事、覚えてないんだよね?」
誤魔化すように咳ばらいを一つし、話を仕切り直す。
「うん、でも前に何度かあったのは覚えてるんだ」
「ん、やっぱりこのウサギは危険」
「そう。その時の前後の記憶とかは?」
暴走時の事を覚えていなくとも、その前と後の話で理由を推測できる。
「アタシ、って言うか、アタシのお母さんもそうだったみたいだけど、なんか襲われやすいんだよね? 特に人族のオスとかに」
「襲われる? それはトテラが珍しい種族だから?」
狙われやすいって言ったら十中八九そうだろう。
ケモ耳持ちの美少女なんて、そうそういないし。
そう言った趣向の持ち主にしてみれば、最高の逸材だろうし。
「そうだと思うよ。それで話しながら思い出したんだけど、昔、お母さんに言われた事あったんだ」
「お母さんに? 何を?」
「他の人に耳を触れられないように、気を付けてって。触られると、子ウサギちゃんが出来ちゃうからって」
「子ウサギ?」
長耳が暴走条件なのはわかったけど、なんで子ウサギ?
それに出来るってなに?
「ん、きっと交尾の事。耳に触れられると発情して、正気を失くし、襲いかかる」
「えっ!? あれ、発情してたのっ!?」
子ウサギが出来るって、そういう事?
それって、現代風に言うと、逆レ〇プしたってこと?
「な、なら、トテラは、もうその歳で………… ごにょごにょ」
いたしちゃったって事だよね?
見た目の年齢的に、ラブナと同じぐらいなのに?
「歳? アタシは14歳だよ? でも年齢は関係ないよ?」
「そ、そうなんだ…………」
至極当然だとばかりに答えるトテラ。
私はそっと目を逸らしながら答える。
年齢関係ないって、この世界の性のモラルってどうなってんの?
私もそういう目で見られることがあるって事?
「うん、だってそうだよ。子ウサギちゃんはギュッと寝ると出来るんだから、年齢関係ないもん。でもアタシは――――」
「あ、あのさ、ちょっといい? ギュッと寝るって、なに?」
「………………」
真剣に話すトテラの話を遮って、そっと手を挙げ質問する。
『ギュッと』が、もしかしたら、私の認識違いかもだし。
「? ギュッとはギュッとだよ。ギュッと強く抱きしめて寝ると、子ウサギちゃんが出来るんだよ。知らないの?」
「「………………」」
「あ、さっき、年齢関係ないって言ったけど、アタシはまだ未熟で、ギュッと力(リョク)が足りなかったみたい。だから出来なかったんじゃないかな?」
うんうんと目を閉じながら頷くトテラ。
どうやら自分の中では、それで結論を出しているようだ。
なんだよ『ギュッと力』って? 聞いたことないよ。
獣族の中で使われる、隠語か何かなの?
「あのさ、マヤメ。今の話聞いたことある?」
一応確認の為、隣に座るマヤメに声を掛ける。
獣族の事は、この世界の住人のマヤメの方が詳しいし。
「ん、ウサギ。ちょっと聞きたい」
マヤメも知らなかったのか、サッと手を挙げ質問する。
「なに? マヤメちゃん」
「ん、ギュッと力は一緒に寝るだけ? それで子ウサギ出来る?」
「そうだよ。そうしてアタシも生まれたんだもん。弟や妹たちも、そうやって生まれたって、小さい時にお母さんに聞いたよ?」
「「………………」」
さも当たり前のように、真剣な顔で答えるトテラ。
それが真理だとばかりに、真っすぐな目をこちらに向けている。
『ああ、これは、コウノトリを信じている輩だ…… 純粋な獣族であれば、性の知識がなくても、本能で××しちゃうんだろうけど、人族の血が多いトテラは、本能と知識の両方が無ければ、ダメって事かな?』
今思い返すと、暴走時のトテラは、私に襲い掛かっては来たが、そこに色情の目や、欲情した様子は見られなかった。
どちらかと言うと、大きなぬいぐるみにダイブする、子供のように見えた。
「あのさ、トテラの両親って、今どこにいるか聞いていい?」
今までの話で、何となく予想できたが、きちんと確認する。
「アタシの両親は、アタシが7歳の時に狩りに行ったまま帰って来ないんだ」
「それって、もしかして魔物に? それと狩りって事は冒険者だったの?」
「ううん、冒険者じゃなかったよ? アタシたちは家族で森に住んでたから、食べ物の調達のために狩りに行ってたんだ。それと強い魔物はいない、比較的安全なところだったから、魔物にやられちゃったとは思えないんだよね?」
「「………………」」
「だからアタシは、居なくなった両親の代わりに、残った家族を養うために冒険者になったんだ。そうすれば、何処かで両親に会えるかもしれないし、噂が耳に入るかもしれないしね」
そう話を終えたトテラの表情は、その内容に不釣り合いなものだった。
まるで全てを受け入れ、一切を諦めているかのように、笑顔を浮かべていた。
その様子を見ると、トテラの中ではもう決着をつけているように思える。
『多分だけど、両親は珍しい種族ってだけで攫われた可能性が高いかも。トテラもさっき襲われやすいって言ってたしね……』
それでも冒険者になったのは、妹や弟たちを食べさせていく為。
だから危険を承知で、この砂漠にお宝を探しに来た。
トテラの年齢を考えると、相当苦労しただろうと想像できる。
『これって、クロの村の人たちの境遇に似ているけど、ナジメはそう言った人たちを集めて村を形成し、その中で安全に暮らしていたけど、トテラたち、家族は――――』
人目を避け、隠れる様に、家族だけで過ごす事を選んだ。
ナジメのように同志を集め、寄り添い暮らすとは真逆に。
だからと言って、トテラの両親の決断が間違っていたわけではない。
家族を守るために選択した、ごく自然の事。
この場合は、ナジメの起こした行動の方が稀なのだ。
長年に渡る冒険者稼業で力をつけ、現在の地位を手に入れたのだから。
『それでもトテラは、7歳とかいう幼い年で、妹や弟たちを養ってきたのは凄い事だよ。そんな時期の私なんて、明日に不安を覚えるどころか、その日の晩ご飯のおかずに、文句を言ってたくらいだしね……』
ナジメのしてきたことは、確かに偉業と呼ばれるものかもしれないが、トテラはトテラで、今までの生き方に胸を張っていいと思った。
そして、そんな生活を強いられるこの世界は、やっぱり残酷で、弱者や異分子に対して、まだまだ過酷な世界なんだと再認識した。
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