第563話トラブルトラベルトテラ




 ドンッ!


「ぷぷぷ――――――っ!」


「ああ、もうしつっこいっ! いつまで続けんのっ!」


 思わず手が出そうになる。

 脊髄反射的に、無意識に反撃しそうになる。


 執拗を通り越して、最早ウザイ。

 ここまで私に粘着する理由って、一体なんなの?



「もうそのウサギは危険っ! 澄香なら余裕で倒せるっ!」

「いや、それはそうなんだけど、なるべくケガさせたくないんだよねっ!」


 魔物から助けた以上、どこか躊躇してしまう。


「ん、そんなこと言ってられないっ! 騒ぎ過ぎたから魔物も寄ってくるっ!」

「ま、それもそうなんだけど……」


 確かにマヤメの言う通り。

 仕掛けられたのであれば、問答無用で反撃するだけ。


 けれどそれは、“トテラが私を敵と認定した時”であって、今のトテラには殺意も敵意も感じない。

 

 そもそもトテラが暴走した切っ掛けは、私に原因がある可能性が高い。

 だと言うのに、有無を言わせず叩き伏せるのは間違っている気がする。



「その理由がわからない以上、手荒な真似はしたくないだけど……」


「ん、澄香っ! 魔物の気配がっ!」  


「けど、そうも言ってられないか。これ以上はただの偽善だよね? なら一旦ここを離れた方が賢明か」


 私の周りに『反発』を加えた、透明壁スキルを展開する。 



 ボヨンッ!


「ぷぷぷ――――――っ!?」 


 すると、思惑通りにスキルに激突したトテラが、跳ね返り、奇声を上げながら飛んで行ったんだけど、  



 ドヒュン――――ッ!



「ああ、もう見えなくなったっ!?」


 一瞬で視界の先から消えた。

 突進の速さもあったけど、『反発』を最小にするの忘れてたし。



「もうっ! マヤメっ! トテラの後を追うから、一旦、私の影に――――」

『んっ! もうダイブしてるっ!』

「よし、なら急ぐよっ!」


 タンッ


 消えたトテラを探しに、スキルを強く蹴って、ここを離れた。




――――




『ん、澄香。あそこにウサギいる』


「うん、見えてるよ。なんであの子は行く先々で魔物に会うの? しかも気絶してるっぽいし…………」



『ギギギ』『ギギギ』『ギギギ』『ギギギ』

『ギギギ』『ギギギ』『ギギギ』『ギギギ』



 宙に留まる、私たちの眼下には、奇怪な声を上げる、30数匹の生物がいた。



「あれ、何なの?」

「ん、あれは『オブトスコルピオン』。この砂漠で一番の猛毒持ち」


 私の影から出て、マヤメが指を立てて教えてくれた。


「いや、見た目でサソリってわかるんだけど…… 大き過ぎない?」


 目測で1メートルは越えてるんだけど。

 しかも全身に鋭い突起が生えてるし。



「ん? 大きい?」

「ああ、もういいや。何でもかんでも大きいのが、この世界の常識っぽいから」 

「この世界?」


 特に虫系は巨大なものが多い。

 アリジゴクもそうだけど、ボウとホウがいるスラムの街にもいたしね。



「で、なんとか魔物を刺激せずに、トテラを助けたいんだけど。絶対に見つかるよね? その後でアイツら倒したいんだけど」


 パンツ一丁のトテラを囲むように、かなりの数のサソリがいる。

 あの数に気取られずに、救出するのは、かなり難易度が高そうだ。



「ん、マヤは気配を完全に断つ事が出来る。けど、姿は無理」


 今度は自分を指差し、そう教えてくれる。 


「あ、ならそっちは心配しなくていいよ。透明にしてあげるから」

「透明?」


 疑問符を浮かべるマヤメに、透明鱗粉を散布する。

 

「ん、これで消えた?」

「いや、自分じゃわからないでしょ。でも消えてるから大丈夫」


 自分の身体を見下ろしている、マヤメにそう教えてあげる。 


「ん? でも澄香。マヤ見てる」

「それはそうでしょ。魔法かけた本人だもん」


 実際の魔法は知らないけど、何となく当たり前に答える。 



「ん、澄香がそういうなら問題ない。行ってくる」

「よろしく。でも気を付けて」

「ん」


 シュッ


 サソリの影から影を潜り、あっという間にトテラの影から姿を現すマヤメ。

 全く危なげなく、ターゲットに到着した。



「お、さすがだね」


 マヤメの見事な隠密行動に、心から感嘆する。

 

 私でも出来ない事はないけど、それはただ無傷で辿り着けるだけ。

 あそこまでの身のこなしと、完璧に気配を消せるのはマヤメだけだろう。



「ん? ウサギ。もしかして起きてる?」


 僅かに呼吸が荒いトテラに気が付くマヤメ。


「しー、今は話し掛けないでっ! 気付いたらヤバいのに囲まれて…… あれ? なんでマヤメちゃんがいるの?」


「ん、澄香に言われて仕方なくきた。正気に戻ったならジッとしてる」


 グイッ


「え?」


「ん、澄香。ウサギ投げる。受け止めて」


「オッケー」


 ブンッ


「うひゃ――――っ!」


 テンタクルマフラーを伸ばして、盛大にトテラをぶん投げるマヤメ。

 サソリの大群を飛び越え、空で待機中の、私のとこまで飛んできた。


 ドサッ

 ポヨンッ


「おかえり。むむっ!?」

「な、なにっ!?」


 トテラを受け止めた瞬間に、盛大に揺れるものに目がいき、そっと視線を逸らす。


 ウサ耳だけじゃなく、なんでの属性まで持ってんの?

 この世界の神さま不公平過ぎない?



「う、ううん、なんでもないよ。それよりもここにいて? あのサソリ持ち帰りたいから」


 黄色に視覚化した、足元のスキルを指差す。


「はい? 持ち帰る? それに"も”って?」


「ああ、さっきのワームとパルパウも確保してあるんだよ。パルパウは前食べたから美味しいかもだし、ワームは知らないけど、一応ね」


「えっ!? パルパウって逃げたんじゃないのっ!?」


 私の説明に、長耳をピンと立てて驚くトテラ。


「逃げてないよ。トテラがお風呂してる時に、マヤメが倒してくれたんだよ。だからサソリも持ち帰るつもり。じゃ、そこを動かないでね? それとまたタオルも貸すけど、今度はちゃんと返してね」


 タンッ


「タオル? あっ! なんでアタシ裸なのっ!?」


 まだ騒いでいるトテラを置いて、スキルから飛び降りる。

 その際に、スキルを立方体に変化させておく。


 また逃げられたら厄介だからね。




――――



 ザッ


「どう、調子は?」


 トテラを救出した後、サソリを狩っているマヤメに声を掛ける。



 ザシュッ


「ん、地面から姿を現すのは厄介。それと甲殻が硬い。だから面倒」

「そうみたいだね。なら関節部を狙えば? 大抵そこは柔らかいでしょ?」

「ん、さっきからやってる。けど、隙間が狭いし、意外と硬い」

「う~ん」   


 もしかして、厳しい環境で生存するために、関節も硬くなってんの?

 だとしたら、ミミズみたいな、サンドワームだって硬そうなんだけど。


 ま、あっちは手足がないから、移動するために、柔らかいかもだけど。



「なら、また役割分担しよう」  

「ん、分担?」

「そう、マヤメがサソリをこっちに投げて? それを私が倒すから」

「ん、わかった。けど、尻尾の毒には気を付ける」

「了解」

「んっ! いくっ!」


 ポイ、ポポポポポ――――イッ!


「よっと」


 スパン、スパパパパ――――――ンッ! 


『ギ、ギギッ!?』×5


 テンタクルマフラーを使い、次から次へとサソリを放ってくるマヤメ。

 それを、なんちゃって短剣の二刀流で、片っ端から解体していく私。



「ん、やっぱり澄香凄い。次」

「まあ、これぐらいはね。了解」


 マヤメが投げ、私が切り刻み、それを数回繰り返すことで、全てのサソリを討伐した。


 それでも絶命していない個体は、マヤメの分身ナイフで止めを刺してもらい、ものの数分で、回収まで終わらせることができた。


 

「ふぅ、もういないよね? なら一度トテラのところに戻ろうか?」

「ん、付近にはもういない」


 こうして、新たな食材と素材を手に入れ、大人しく待っているであろう、トテラの元に戻ることにした。


   

――――



 トン


「お待たせ。って?」

「ん? 寝てる?」


「スピー、スピー…………」


 マヤメと一緒に、トテラのところに戻ると、タオルを胸に抱き、気持ちよさそうに寝息を立てていた。

 


「はぁ、相変わらず、大雑把というか、図々しいというか、精神が図太いって言うか、なんか色々と感覚違うよね? 獣族って、みんなそうなの?」


 溜息交じりに、マヤメの顔を覗き込む。


「ん、普通はこんな魔物だらけのとこで寝ない。このウサギがおかしい」


 口をへの字に曲げて、珍しく感情を外に出すマヤメ。

 ここまでくると警戒って言うか、そもそも馬が合わない気がする。



「ま、確かにそうなんだけど。でも荷物を全部失くした上に、魔物のエサにもなりかけたから、きっと疲れてるんだよ。あとさっきも派手に暴れたしね」


「ん」


「本当はすぐに起こして、色々聞きたいんだけど、もう少し寝かせてあげようか? このままでも移動は出来るし、そろそろ休憩もしたいしね?」


 桃ちゃんを腕に抱きながら、不機嫌そうなマヤメにそう提案する。


「ん、澄香がそういうならいい。マヤはケーキ欲しい」


「いや、さっき食べたじゃん」


 こうして、奇妙な兎族のトテラも連れて、マヤメのマスターの工房がある、トリット砂漠の中心部を目指して再出発した。 

 



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