第562話暴走するトテラ
今回の旅の目的、それは二つある。
一つ目は、ルーギルの依頼を果たす事。
本当に実在するか、正直疑わしいんだけど、何でもルーギルと嫁さんとの記念日らしく、キュートードのフルコースをご馳走したいとの事で、ノトリの街で購入してくれとの事だった。
ギルドでの依頼ではないので、報酬の方がちょっと気になったけど、個人的にルーギルが出すと言う事で話がまとまり、快く依頼を引き受けた。
ただその際に、良く分からないこと言ってたんだよね?
3日後に出発して、1週間後に届けて欲しいって。
その時期の方が、味が乗ってて美味しいとか言ってたけど、あれは嘘だった。
ノトリで一番の食事処の『あしばり帰る亭』の料理長が教えてくれたもん。
ま、何か隠しているのは明白だけど、報酬も旅の費用も出るんだから、私は依頼を達成する事を考えればいいだけ。
もう依頼の品も購入して、アイテムボックスに保管してるし、もちろん、留守番している、みんなの分も買ってあるしね。
ま、そのルーギルの依頼で、フーナたちに会ったのは予想外だったけど。
そして2つ目の目的。
それは、マヤメが大事にしている、マスターの亡骸を回収する事。
そんなマヤメは、私を殺せとエニグマ(謎の組織)から、命令を受けていた。
最初は監視だっただけの筈が、唐突に任務が直接的になったのには理由があって、どうやらマヤメは裏切り者とみなされたらしい。
マヤメは、私の情報や能力も、エニグマに殆ど渡していなかった。
拠点とするコムケの街や、シスターズたち、孤児院の事も話していないらしい。
この件に関しては、本当に感謝している。
仮に情報を渡していれば、ユーアたちの住むコムケの街の人々はもちろん、私自身も無事では済まなかっただろう。
この世界に来て、間もない頃の私だったら、ジェムの魔物に太刀打ちできなかっただろうから。
だが、そのツケとして、マヤメはエニグマに、脅迫され強要される。
私を始末できなければ、エナジーの供給停止と、マスターの亡骸を奪うと。
エナジーの件に関しては、私の持っているアイテムで解決した。
残りは、マヤメが大事にしている、マスターを回収する事だ。
その保管場所兼、マヤメのマスターの工房が、ここ『トリット砂漠』にある。
コムケの街からは、馬車で約二十日ほどの距離だ。
そんな矢先に出会ったのは、サンドパルパウに襲われていたトテラ。
どうやら兎族と人族の混血で、本人曰く、お宝を専門にしている冒険者らしいが、マヤメがかなり毛嫌いし、この上なく警戒していた。
その訳は、兎族は一年中発情期だからって、そんな理由だった。
――――――――
「あのぉ~」
長耳をピンと立てながら、おずおずと言った様子で声を掛けてくるトテラ。
そんなトテラは、私とマヤメの内緒話が終わるのを、大人しく待っていたんだけど――――
「んっ! 澄香には触れさせないっ」
声を掛けられただけで、過剰に反応するマヤメ。
トテラから私を守ろうと、両手とマフラーを広げ、威嚇している。
「あのさ、マヤメ。多分この子、
発情って単語を濁して、マヤメの背中に声を掛ける。
なんか乙女として、発情って声に出すの恥ずかしいし。
そもそも『発情してる?』って、本人にも聞きにくいしね。
「ん、澄香。油断禁物。ウサギは他にも悪い癖が――――」
「あのぉ~、さっきの話聞こえたんだけど、アタシ発情してないよ?」
「え?」
「ん?」
あれ、聞こえてた?
そう言えば内緒話の最中、耳がピクピクしてたっけ。
やっぱり兎族だけあって、聴覚が優れているのかな。
「だってアタシは兎族だけど、1/4しか兎族の血が混ざってないから、あんまり発情しないよ? それに純粋な兎族だって、一年中はしないからね? みんなそこのところ勘違いしているみたいだけど」
腰に手を当て、私とマヤメを見据えてそう説明する。
口調が若干強いのは、ちょっと怒ってるっぽい。
「ん、そんなの信用できない。それに――――」
「マヤメ、見たところ大丈夫そうだよ? それと私は女だから、そもそもトテラが発情するわけないんだよ」
一番肝心な事をようやく言えた。
そもそも女の私に発情するって方向で、話しが進んでるのおかしいし。
一体この二人は私をなんだと思ってるんだろう。
もしかして、ミミズとかナメクジみたいな、雌雄同体の生物とか思ってるの?
「あ、そこも違うよ。発情って、子孫を残す本能行動だと思ってるみたいだけど、それは動物の話で、兎族全般、自分の欲求を満たせれば、男でも女でも関係ないんだよ」
「…………マジ?」
嫌な事を聞いたなと、マヤメの顔をマジマジと見る。
今の説明だと、男でも女でもどっちでもいいって事になるけど。
「ん、だからマヤは気を付けると言った。これはこのウサギの言う通り」
「そ、そうなんだ…………」
知って良かったような、知らなかった方が良かったような、複雑な気分だ。
「それじゃ、アタシもう行くからっ!」
ぴょん
「え?」
「っ!?」
まだ話の途中だと言うのに、レストエリア飛び越え、唐突に去っていくトテラ。
その背中には、見覚えのある、膨らんだバスタオルを背負っていた。
「あれ? どこかで見た――――」
「んっ! やっぱり盗られた」
「盗られたっ!?」
そう言えばさっきから、マヤメは何か言いかけてたような?
「兎族は手癖が悪いのも多い。あのタオルの中は盗んだものが入ってる」
「盗んだもの? あ、もしかして、お風呂貸した時に?」
「んっ! 追うっ! きっとケーキも盗られた」
トテラの後を追って、マヤメは急いで駆けだす。
脚の代わりに、マフラーを砂地に突き刺し、一気にここを離れる。
「って、はやっ!」
そんな二人を私は見失う。
トテラは跳ねる様に、マヤメは超大股で、砂丘の向こう側まで行ってしまった。
「ああ、もうっ!」
二人の位置を確認する為、急いでMAP画面を表示する。
砂漠と言っても平らではないし、陽炎が距離感を狂わせる。
「…………いたっ!」
すぐさま二人のマーカーを見付けた。
んだけど……
「ん? なんか一つ増えてる?」
動いている二人に重なるように、もう一つ巨大なマーカーが映っていた。
「あ、これって――――」
ビュンッ
透明壁スキルを『反発』にし、急いで二人の後を追った。
――――
ザッ
「ん、澄香来た。モグモグ」
「どういう状況?」
二人に追いついてすぐに、目にしたものは――――
「ん、ちょっと溶けてる。モグモグ。でも美味しい」
どこか蕩けた顔で 手づかみでケーキを頬張るマヤメと、
「た、助けでぐだざい――っ! う、ぺっぺ、盗っちゃったもの全部返ずがら――――っ!」
砂漠に開いた、巨大な渦の中心に、腰まで埋まっているトテラだった。
「どうなってんの? ま、大体わかるけど。ってか、行儀悪いよ?」
「ん、見たまんま。ペロ。逃走に集中し過ぎて、アリジゴクの巣に気付かなかった」
指先に残った生クリームを舐めながら、泣き叫ぶトテラを一瞥するマヤメ。
そんなトテラは上半身まで砂に埋まっていた。
「だよね? で、その荷物はどうしたの?」
マヤメの脇にある、見慣れたバスタオルを指差す。
「ん、ウサギが砂に沈む前に、テンタクルマフラーで回収した」
「うわ、随分と見境なく持ってったね」
量もそうだが、その種類の多さに驚く。
広げたままのバスタオルの上には、お風呂場にあった、洗剤やタオルだけならまだしも、戸棚の中の食器や、冷蔵庫で冷やしていた飲み物まであった。
「ん、あのウサギは冒険者として無知。跳んで移動するなんて自殺行為。砂漠には地面に潜んでいる魔物の方が多い」
「ま、そうだよね。着地先に魔物が口を開けて待っていたら、自分から飛び込むようなものだからね…… で、どうするの? 私としては泥棒だとしても、助けてあげたいと思うんだけど」
マヤメにお手拭きを渡しながら、私の意思を伝える。
「ん、澄香の好きにする。けど、マヤは警戒は解かない」
「わかった。ならちょっと助けてくるよ。お宝の話も気になるし」
既に首元まで沈んでいる、トテラの元にスキルで移動する。
「あのさ、もう盗みをしないって約束できるなら、助けてあげるけど?」
『キシャーッ!』
「うるさい」
トテラを捕食しようと、巣から出てきたアリジゴクを、透明壁スキルで押さえ付ける。
「ぺッ ぺッ! も、もうしませんからっ! あ、でもあれはアタシの意志じゃないんですっ! だから無理~っ!」
「あ、そ。ならそのまま食べられちゃいなよ。約束どころか、反省もしてないっぽいし」
なんだよ無理って、もう全然やめる気ないじゃん。
普通は嘘でも、この場は、適当に頷けばいいと思うけど。
「ち、違うんですっ! あれは衝動っていうか、本能なんですっ!」
「本能?」
またこの単語かと思い、マヤメに視線を送るが、無言で首を横に振った。
要するに、そんな都合のいい本能はないと言う事だ。
「なんだ嘘じゃん」
「ち、違うのっ! 兎族がどうこうじゃなく、アタシの家は昔からめっちゃ貧乏で、それで癖みたくなっちゃったのっ! 妹や弟たちが生きる為だったのっ!」
「癖?」
ザンッ
『ギャッ!?』
スキルで抑えていたアリジゴクを一刀両断する。
「えっ!? すごっ!」
「妹や弟たちを守るために、身に着いた癖みたいなものか…… なら、このままトテラがいなくなるのはダメだね? みんなも悲しむし、生活出来なくなるもんね」
「う、うん」
「でもね、だからと言って、人のモノを盗むのは良くないし――――」
ギュッ
「い、だだだだだっ!?」
「それを言い訳にして、反省もしてないから、お仕置きは必要だからね」
ポンッ
「うきゃっ!」
ウサギ耳をギュッと掴み、そのままトテラを無理やり引っこ抜いた。
ドスンッ
「あ痛っ!」
「ま、今はこれで許してあげるよ。トテラにも事情があるとは言え、さすがに人様のもの盗んで、お咎めなしってのは甘すぎるからね」
巣から離れたところに、お尻から落ちて、痛みで座り込んでいるトテラにそう告げる。
大したものは盗られてないけど、価値や値段の問題ではないから。
「ん、澄香」
「なに?」
「そのウサギの目が――――」
「トテラの目? それがどうしたの?」
近くに来たマヤメに言われ、注意深くトテラの目を覗き込むと、
「ん? 目の色が…………」
今までは茶に近い、黒目だったはずが、
「なんか、赤くなって――――」
ビリリッ!
「はあっ!? なんでいきなり服を破いてっ!?」
「ぷぷぷ――――――っ!」
ドンッ!
「って、うわっ!」
唐突にトテラが襲い掛かってきた。
良く分からない奇声を上げながら、もの凄い速度で突っ込んできた。
しかも、着ていた服を破り捨て、パンツ一丁の姿でだ。
「あっぶなっ!」
咄嗟に身を屈めて、トテラのタックルを躱す。
「ん、澄香っ!」
「なんなのいきなりっ! しかも今までより、もの凄く速いしっ!」
「ぷぷぷ――――――っ!」
ドンッ!
赤目に変化したトテラの動きはまるで別人だった。
避けられると否や、すぐさま砂地を蹴って、また襲い掛かってくる。
その脚力と身のこなし、その反応速度が尋常ではなかった。
まるで、縦横無尽に跳ね回る、巨大な弾丸のようだった。
『これが本来のトテラの実力? それとも兎族はみんな身体能力が高いの?』
その答えはわからないが、最早トテラの動きは目で追えるものではない。
獣族全般、身体能力が高いのは、ある意味周知の事実だろう。
実際に、ゲーム内でも、かなり手を焼いた記憶がある。
「澄香っ! マヤが捕まえるっ!」
テンタクルマフラーを伸ばし、マヤメが捕縛を試みるが、
「ぷぷぷ――――――っ!」
ギュンッ
「んっ! 速すぎて追い付けない」
マフラーの操作を上回る、圧倒的な速度の為、捕らえる事も出来なかった。
「マヤメ、私は大丈夫。それよりもそっちは?」
「ん、マヤは問題ないっ! ずっと澄香だけ狙ってる」
「やっぱりか……」
そうなのだ。
速すぎて見分けがつかないが、明らかに私にだけ仕掛けてくる。
トテラを警戒し、塩対応していたマヤメではなく、私を執拗に狙ってきている。
「ぷぷぷ――――――っ!」
ドンッ!
「いやいや、私はお風呂も貸したし、さっきも魔物から助けたんだよっ! なんでこっちばっかり狙ってくるのっ!」
本当に意味が分からない。
感謝こそすれ、ここまで狙われる覚えがない。
仮に、覚えがあるとすれば――――
「あ、もしかしてあれかもっ!」
「ん? あれ?」
「さっき、耳掴んで投げたのが原因かもっ!」
「耳?」
そうとしか思えない。
お仕置きとはいえ、直接的に攻撃したのは事実だ。
それで、防衛本能としての、スイッチが入った可能性が高い。
『ただ、ね?…………』
なんで服を破り捨てたのかは、全くわからないけど。
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