第561話マヤメの懸念と清美の欠片




「気を付けるってなんで?」


 いつもよりジト目になったマヤメに問いかける。

 何故初めて会った、あの兎族を警戒するのかと。



「ん、それは――――」


 ぴょん


「そこの白い髪の人も無事だったんだっ! 良かったね、サンドパルパウが逃げてっ! あと、蝶の羽根の人もありがとうっ!」


 マヤメが口を開いた矢先、渦中の兎族がこっちにやってきた。

 20メートルはある距離を、文字通り一足飛びで。



「んっ! マヤはいいけど、澄香には近づかせないっ!」


 そんな兎族を警戒するように、私の前に立つマヤメ。


「あ、アタシはトテラ。Dランク冒険者で、お宝探しやってるんだ。あなたはマヤって言うんだっ! で、そっちの蝶の人は?」


「んっ! そんな事聞いて――――」


「私はスミカ。一応Cランク。で、こっちのはマヤじゃなくて、マヤメって名前で、Fランク冒険者」


 マヤメの肩に手を置き、訂正を含めて、こっちも自己紹介する。



「ん、澄香っ!?」

  

「今はいいから、後で話を聞かせて?」


「ん、でも…………」 


「心配する理由はわからないけど、今はまだ何もしていないんだから、話ぐらいはいいでしょ? もし何かあっても、マヤメが守ってくれるんでしょ?」


 私とトテラの間に入った、さっきのマヤメの行動を思いだし、ちょっとからかう。


「ん、わかった。けど、なんでニヤけてる?」


「え? そう?」


 どうやら顔に出ていた様だ。

 マヤメの表情が、コロコロと変わっていたのが面白かったからね。



「ん、気付いてないならいい。マヤが頑張る。マヤが澄香の貞操を守る」


 キッとトテラを強く睨み、私の耳元でそう呟いた。


「貞操? ってどういう事?」


 聞き捨てならない単語に、私も耳元で聞き返す。



「ん、獣族はある時期になると発情する」


「発情? ああ、さかりの事?」


「ん、その中でも特に、兎族は一年中発情してる」


「一年中って…… あ、そう言えば、ウサギって、性欲強いからそうだって聞いたことあるかも。でもそんな感じには見えないけど」


 チラとトテラ見てみると、キョトンとした顔でこっちを見ているだけだ。

 耳をピクピクさせているだけで、別段変わった様子はない。



「ん、澄香。オシッコされた?」


「オシッコ? なに突然。なんか関係あるの?」


「発情するとオシッコする。それが求愛行動だから。でもまだされてないならいい」


「………………」


 最後にそう話して、トテラを警戒する様に、また私の前に陣取る。



『…………オシッコ?』


 したね。

 正確には、お漏らししてて、それが私にもかかったんだけど。


 でもそんなの関係ないよね?

 私は獣族でもウサギでもないし、そもそもオスでもないから。


 だから発情するとかないよね?

 誰がどう見ても、私はただの通りすがりの美少女だし。



 そんなトテラを、魔物から救った経緯はこうだった。




――――――――




「ん、澄香。ボロカスが戻ってきた」 


 トリット砂漠に向かい、空をスキルで移動中、マヤメがそんなことを言ってきた。

 因みに透明壁スキルは保護色にしてある。



「え? ロボカラス? いつ外に出られたの?」


 少し驚いて聞いてみる。

 スキルは解除してないし、『通過』の能力も使用していない。


 地上にいる時は、地面を掘ったらしいけど、今は空の上だ。



「ん、澄香がどっか行ってる時」

「え? あ、あ~、そういう事ね」


 聞いてみれば単純な事だった。

 要は、私がコムケの街に行っている間に、放しただけだった。


 

「ん、だから入れて」

「わかったよ。戻ってきたって事は、何かあったって事だもんね? はい」


 『通過』の能力を使い、ロボカラスを中に入れる。

 すると、すぐさま、情報の伝達&補給の為に、マヤメの頭の上にちょこんと乗る。



「どう? 何かわかった?」


 無表情なマヤメと、無機質なカラスを見上げて聞いてみる。 


「ん、この先で、サンドワームから逃げてる人間がいる」

「サンドワーム? あ、あのデカいミミズか…… って事は、そこは砂漠って事?」


 サンドって付くのは大体そうだなと思いながら確認する。


「そう。ここから―――― ん、違う。人間じゃない?」

「はい? 人じゃないって、じゃなんなの?」

「ん、あれは…… ウサギ」

「兎? ならなんでロボカラス戻ってきたの?」


 そんな理由で戻ってきてたら、動物同士の争いでも帰ってきそうなんだけど。



「ん、あれは兎族」

「兎族? それって動物なの? 魔物なの?」


 知識として知ってはいるが、一応聞いてみる。

 私が知ってるのは、ゲーム内の話だからね。



「ん、獣族。だけど、あのウサギはきっと混血。耳以外は見た目人族」


「うん? 混血って事は、ハーフって事か。クロの村と言い、ナジメと言い、なんか縁があるのかな? それにしてもなんで砂漠にいるの?」


「ん~、もしかしたら冒険者。お宝専門の」


「お宝? それを目的に来たって事? そもそも砂漠にそんなのあるの?」


 マヤメに聞き返しながら、内心ではちょっとワクワクする。

 お決まりのパターンなら、地下に財宝が眠ってるって奴だもんね。



「ん、噂は前からあった。前にも冒険者見た事ある」

「うん? その言い方じゃ、マヤメは何があるか知らないの?」


 期待していた答えと違い、マヤメの顔を見る。


「ん、マヤは知らない。マスターなら何か知ってたかもだけど……」

「そっか…… でもこの際だからその兎族に聞いてみようか」

「ん、澄香がそういうならいい」

「ならマヤメは私の影に潜って。桃ちゃんはこっちに入って」


 身の回りのものを収納し、『変態』の能力でフードを作る。

 

『ん、もう大丈夫』

『ケロロッ!』


「よし、そのままマヤメは場所を案内して。桃ちゃんはしっかり掴まっててね」


 タンッ


 二人の準備が出来たのを確認し、バッと空に身を投げ出す。

 すぐさま足場を展開し、それを蹴って加速する。


 遠目に砂漠は見えないが、ロボカラスの行動範囲内だと、恐らく数分で着くだろう。



『それにしても、マヤメのマスターか。確か、聞いている情報だと――――』


 どこか寂し気な、さっきのマヤメの顔を思い浮かべる。



――――――――――――



 マスター(氏名・年齢・種族・性別ともに不詳)


 マヤメを創った創造主にして、育ての親。

 エニグマの元技術主任(初代)

 約20年前にこの世界に現れる。


 マヤメを創った直後、マヤメと共にエニグマ(謎の組織)から出奔。

 その後、身を隠すように、トリット砂漠に工房を造り、そこでマヤメの調整や、アイテムなどを開発していたらしい。



――――――――――――



『それで数年前に、襲ってきた何者かからマヤメを守って、この世からいなくなったんだよね……』


 マヤメから聞いた話はこうだったが、かなり不明な点が多い。

 そもそも誰に襲われたかも不明だし、エニグマを抜けた理由もわからない。


 本来であれば、当事者のマヤメが知っている筈なのだが、本人曰く、その時の記憶の一部がハッキリしないらしい。


 人間に似た症状で言えば、きっと記憶障害みたいなものだろう。 



『それはそうだよね、生みの親でも育ての親でもある、大好きなマスターを目の前で失ったんだから。精神に過剰な負荷がかかって、記憶が混濁してもおかしくないよ。実際、私自身も似たようなものだったし……』


 同じ境遇ではないけど、大事なものを突如失った、辛く悲しい過去は一緒だ。 

 

 ただし、そんな辛い過去も、世界規模で見れば、ほんの些細な出来事。


 たった一人いなくなっても、何事もなく世界は回るし、季節も変わる。

 夜が来れば当たり前に朝になり、また何気ない一日が始まるだろう。


 だからこそ、それが悲しくもあり、どこか腹立たしかった。

 何ごともなかったかのように、身勝手に時が進むことが。

 


『私は、その時間を取り戻すのに5年かかった。5年かけて全ての欠片を集めて、自分の感情に折り合いをつけた。その最中、このままではダメって気付けたし』


 ここでいう欠片とは、ゲーム内に散らばった、キャラクターの残滓みたいなもの。


 一年以上ログインされないと、一方的にキャラクターが解体され、所持していた全てのアイテムは、プレイしていたワールド中に散らばってしまう。 


 恐らくは、サーバーへの負荷か、データ量を懸念しての事なのだろう。

 もしくは、運営なりの救済処置だったかもしれない。


 その理由は一切不明だが、解体事項の件は、利用規約にも記載してあり、同意しなければ登録できない仕様だった。


 私は散らばったそのアイテムを、5年かけて全て拾い集めた。

 実の妹の、清美の形見ともいえる、思い出の詰まった、膨大な数のアイテムを――――


 そして、全てを集め終えた時、奇跡が起きた。

 朦朧とする意識の中だったが、今でも鮮明に覚えている。


 屈託のない笑顔で、ギュッと抱き着いてきた、あの懐かしい温もりを。

 私の目の前に、当時と変わらぬ姿の清美が現れ、そしてこう告げたのを。


 

 ――――いつも助けてくれてありがとう。澄香お姉ちゃん。僕はずっと澄香お姉ちゃんの妹だから、きっとまた会えるよね?―――― 



 未だに、あの出来事が、現実か夢かの判断は付かない。

 当時のあの時の私は、睡眠も食事を碌に取らず、正気だったかも怪しかったから。



『でも、あの再会のおかげで、私らしさを取り戻せたから本当に感謝だよね。きっとあれは極限状態だった私に、清美が見せてくれた幻だったと思うけど、でも本当に救われたよ……』


 もしかしたら、自分に都合のいいこじつけかもしれない。

 現実から目を背けて、要らぬ妄想をしただけかもしれない。


 けど、実際に救われたし、今もこうやって、誰かの為に動いている。

 そんな余裕が生まれたのも、あの日に出会った、清美の幻想のおかげだった。 



――――――――――――



『ん、澄香。もうすぐ着く』

「………………」

『澄香?』

「うん、こっちからも見えてるよ。あそこがトリット砂漠だよね」


 遠目に映るは、広大な砂漠と真っ青な空との境界線。

 

 そんな何もない砂漠地帯に、人工物や、ましてや人なんて見当たらない。

 けど、その何処かにあるお宝を目指し、危険を承知で冒険者が訪れるらしい。



『ん、澄香。あそこにいた』


「え? あれがサンドワーム?」


 どう見てもウーパールーパーだよね? 

 ウトヤの森で見たのと、色が違うけど。



「ん、あれは違う。あれはサンドパルパウ。サンドワームはパルパウにやられた」


 私の影から飛び出し、背中に乗りながらそう教えてくれる。


「ああ、なるほど」


 確かに、サンドパルパウの周囲には、数体のワームが横たわっていた。

 かなりグチャグチャのバラバラで、めっちゃスプラッターな状態だけど。


 そして、そのサンドパルパウに捕まっている、一人の兎族の少女の姿も見えた。



「ん、パルパウはマヤが倒す。澄香はあのウサギを――――」


「それは役割分担って事? それはいいけど、あのパルパウって魔物、結構強いよね?」


 ナジメとの戦いしか見てないが、かなりの強敵だった筈。 


「ん、知ってる。でもマヤが戦う。マヤに必要な事」

「必要? わかった。なら任せたよ」

「ん」


 短く返事し、私の背中から離れ、マフラーで減速しながら降下していく。



「よし。なら私はマヤメの邪魔にならないように、フォローしないとね」


 タンッ


 スキルを蹴って、空中でマヤメを追い抜き、先に兎族の子をパルパウから助け出す。


 その際に、この兎族の子から、湿った感触と変な匂いがしたけど、これでマヤメがなんの気掛かりもなく、安心して戦えるはずだ。


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