第560話陽気なウサギとマヤメの戦い




 ※トテラ視点




「あ、あの、あなたは一体?……」

「いやいや、今はそれどころじゃないでしょっ!」

「あ、はいっ! そうだよねっ! お仲間が頑張ってるもんねっ!」


 絶体絶命のアタシを助けてくれた、この人族の少女。

 絹糸のような黒髪と、オニキスのような黒い瞳が印象的だった。


 今はその少女に連れられ、魔物から離れて、比較的安全な場所まで避難した。

 お仲間であろう、白髪で黒いマフラーを巻いた、あの女性を置いて。


 見るからに、残ったあの女性は、囮役だ。

 アタシたちを逃がすために、あの凶暴な魔物を引き付けてくれている。


 そんな状況なのに、この人が誰かなんて、聞いちゃうアタシは愚か者だ。


 でも気になっちゃうよね?

 年齢もそうだけど、なんで背中に羽根が生えてるのかなって。



「いや、違うからっ! マヤメは頑張ってるけど、そっちの心配はしてないからっ!」

「はい? でもあの魔物は、この砂漠で一番強い魔物だよっ!」


 名前は『サンドパルパウ』。

 この砂漠に生息する、一番獰猛で、最も危険な魔物だ。



「それは知ってるよ。あれ、ウーパールーパーでしょ? 似たようなもの最近見たから」

「うーぱー、る?」

「あ、違った、確かパルパウって言うんだっけ。てか、それよりも――――」

「そ、そうだよねっ! 今はお仲間が心配だよねっ!」


 そうなのだ。

 今はこの人の正体とか、魔物のことなんてどうでもいい。

 

 アタシたちの為に囮役となった、あの女性の事が一番心配なのだ。



「いやだから、そっちの心配じゃないって言ってるじゃん! 私は自分の心配してるんだってっ!」

「え? 自分って?……」


 なんで?

 アタシを助けてくれたんだよね?

 もう助かった気でいるけど、実はアタシの勘違い?



「だーかーら、首から手を放してって言ってんのっ! 怖くて抱き着くのはいいけど、おしっこで服が濡れちゃうんだってっ!」


「え?」


「え? でもないからっ! なんで漏らしたの忘れてんのっ! もう無理やり下ろすからねっ! 匂いだって付いちゃうかもだしっ!」


 グイッ

 ドサッ


「え?」


 強引に腕を引きはがされ、乱暴に地面に降ろされた。 



「ほら、さっさとその中に入って。中のお風呂に水張ってあるから勝手に使っていいよ。さっきはああ言ったけど、私よりマヤメの事が気掛かりだから」


 そう言いながらいそいそと、タオルで全身を拭う少女。

 その中に入って、の意味が分からなかったけど、視線で促す方向を見ると――――



「うえっ!? い、家がっ! なんでっ!?」


 今まで見た事のない、変な箱型の小さな家が建っていた。



「家が、なんでっ!?」

「それはもういいから、さっさと洗ってきてよ。こっちも忙しいんだから」


 グイと、見えない何かに背中を押されて、扉の中に入る。


「あ、あのぉ~」

「なに?」

「アタシ、全財産を失くしちゃって、それでお金ないんだけど」

「お金? なんで?」

「だって、アタシを助けてくれたから。だから払わないと……」


 扉から顔だけ出して、今のアタシのお財布事情を伝える。 


「いや、助けたって、また随分と気が早いね? ま、お金の話は後でいいから、早くお風呂に入ってきなよ。髪の毛もそうだけど、下着が濡れて気持ち悪いでしょ?」


「は、はい、ありがとうございますっ! あ、でも…………」


 下着と聞いて言い淀んでしまう。

 全ての荷物を失くしたから、着替えも何もない事を思い出して。



「今度はなに?」


「あ、あのですね、非常に言いにくいのですが、荷物は全部――――」


「あ、失くしたってわけね。そう言えば手ぶらだったもんね。ならこれ貸してあげるから、体を綺麗にしたら着替えるといいよ。はい」


 そう言いながら、上下分の着替えと、綺麗な下着を渡される。


「あ、何から何までありがとうございますっ! ん? でも、がないんですが?」 


 ピラと受け取ったものをめくってみても、どこにも見当たらない。



「…………上のって?」

「ブラジャーって呼ばれるものです」

「……………………な、い」

「え? なんですか?」


 急に小声になってしまい、良く聞き取れなかった。

 なので今度は聞き逃さないように、耳に意識を集中すると――――

  


「わ、私は着けない派なのっ! だからパンツだけで我慢してっ!」

「は、はい――――っ!」


 今度は急に怒鳴り出して、アタシに背中を向けてしまった。

 誰がどう見ても、機嫌を悪くしたと思う。


 鈍いって良く言われる、アタシでも気付いたんだから。


 

『あちゃー、ちょっと失敗しちゃったかも。着けない人だってもちろんいるもんね? 今度からは決めつけないで、もっと考えてから話そう』


 なので、自己反省しながら、トボトボと家の中に入っていった。

 


「あ、れ?――――」


 でも今考えると、今のやり取りはちょっとおかしい。

 言われるがままに、勢いで家の中に入っちゃったけど――――



「なんでこんな時にお風呂っ! それよりも逃げた方がいいってっ!」

 

 そんな状況じゃないって事に、今になって気付いた。

 一人になって冷静になれたからか、大事な事に気が付いた。



「あ、でも久し振りなんだよね…… ならちょっとだけ」


 でもせっかくだから、お風呂に入ろうと思った。

 あの人の言う通り、ちょっと匂いもするし、濡れた下着がやっぱり気持ち悪い。

 


 ザバンッ


「ふ~、なんか見た事ないものが多いけど、やっぱりお風呂は気持ちいいなっ! こうやって生きて、また入れるなんて、それもこれも――――」


 全部あの人のおかげだ。

 あのままだったら死んでいたし、こうやって生を実感する事もなかった。



「それに、あの人なんか、安心するんだよね……」


 上手く言葉に出来ないが、きっとこれは本能だ。

 無意識に生存率の高い方へと惹かれる、言わば生存本能みたいなもの。


 こんなことを他人に感じるのは初めてだった。  

 自分と家族とお金以外は、誰も信じてこなかったから……


 

「だからもう、誰かに捕まりたくないな。アタシを産んだ、お母さんとお父さんを恨んでないけど、やっぱり兎族の混血ってだけで…………」







 スミカ視点



「ん~、なんか色々とズレてる子だったなぁ。もしかして、獣族ってみんなああなの? それともあの子が特殊なの? って、いまはそれどこじゃないや」


 あのおかしな兎族から意識を切り離す。

 私の目の前では、パルパウ相手にマヤメが奮闘しているから。



「ん、澄香。さっきのウサギは?」


 ザシュッ


「今はお風呂に入ってもらってるよ」


 ドコンッ


「ん、お風呂? なんで?」


「その話今はいいから、尻尾にも気を付けなよ」


 ブンッ


「ん、わかってるっ!」



 マヤメはパルパウ相手に善戦していた。

 いくらパルパウが強い魔物だと言っても、回避特化のマヤメとは相性が悪い。


 触手を搔い潜り、尻尾を避け、徐々にダメージを与えて行った。

 影の能力もふんだんに使い、誰の目から見ても圧倒していた。

 

 マヤメの一撃は、鋭く速く、手数も多く、動きも素早くトリッキーで、その姿を捉えるのは容易ではない。


 だが裏を返せば、相性が悪いのはパルパウだけではない。

 マヤメにとっても相性が悪い相手だった。


 現にパルパウは、マヤメの攻撃に怯まず、反撃を続けている。

 何度も被弾しながら、それでも弱った様子がない。


 端的に言えば、マヤメの一撃は、非力だ。

 手数で押してはいるが、一撃でも喰らえば、形勢は一気にひっくり返る。


 HP1000の相手に、10ずつダメージを与えているようなもの。 

 逆にこっちは、攻撃力が1000の相手に対し、耐久力が10みたいなもの。


 だからと言って、マヤメが弱いわけでは決してない。

 単純に、体力と体格に差があり過ぎるのだ。

 

 この状況を打破するためには、一撃で仕留められる程の強力な技か、もしくは、今の10倍以上に、手数を増やす事が出来れば、あるいは――――




「マヤメっ! 砂の中にも気を付けてっ! 絶えず触手の数を把握しておいてっ!」

「んっ」

「それともっと足を狙ってっ! そうすれば旋回力が落ちるからっ!」 

「んっ! わかった」


『プギャァ――――ッ!!』 

 


 戦い始めてから既に10分。

 数えきれないほどの傷を負ったパルパウに対し、マヤメは一度の被弾も許してはいない。


 その点に関しては、さすがだと言ってもいいが――――



 けど、終わりが見えない。

 そもそもパルパウがダメージを負っているかも怪しい。


 それでもマヤメは、それを周知で、戦い続けているようにも見える。

 自分からあの魔物と戦いたいと、真剣な顔で申し出てきたから。

 


『きっと何か考えがあるんだろうね。メドってドラゴンの時も、蝶のジェムの魔物の時も、率先して戦闘に参加していたからね』


 そんなマヤメの心情は何となく想像できる。

 それと同時に喜ばしい事でもある。

 

 私と出会う前のマヤメは、言わば奴隷みたいなもの。


 エニグマに、生命(エナジー)を握られ、無理やりに働かされていた。

 自分の意志とは無関係に。


 きっと、やりたい事も、行きたいところにも行けなかっただろうし、好き勝手に冒険する事もできなかっただろう。


 その結果が、今のマヤメの人格を形成したのだと思う。

 感情の起伏に乏しく、自己表現が下手で、自己主張が苦手な、まるで操り人形のような。



 それが今や――――



 ザシュッ


「んっ! やっと、はぁはぁ、動きが鈍ってきた」


 必死の形相を浮かべ、


 ザンッ


「んっ! マヤもみんなみたいに戦える」


 自分も戦えることを誇示し、


 スパンッ


「はぁはぁ、コイツしつこい。ん、でもマヤはもっとしつこい。そしてもっと強くなる」


 更に成長しようと、一心不乱に、無我夢中で刃を振るう。

 

 そこに出会った頃のマヤメはいなかった。

 縛るものと縋るものから解き放たれ、徐々に人間らしくなってきている。


 

『マスターといた頃の、マヤメの事は知らないけど、きっとこれが本来のマヤメの姿なんじゃないかな? まだまだぎこちないかもだけど』 


 そんなマヤメを助ける為にここに来た。

 全ての憂いを失くし、これから先、自分の意志で、自由に生きられるように。




「んっ! これでもう終わらせる」


 シャッ


「えっ!?」


 一旦距離を取ったマヤメが、何かを投擲する。

 それは何の変哲のない、黒光りするいつものナイフ。

 

 だがそれが、



「はっ!? 増えたっ!」


 一本のナイフが増殖し、動きの鈍ったパルパウに迫る。


 その数、凡そ100以上。


 影の少女が放った、影のようなナイフ、



 ザシュ ×100


『プギャァ――――――ッ!!』 


 その全てが命中し、一気にパルパウを絶命に追いやった。



「ん、勝った。やっぱりマヤも成長してる…… はぁはぁ」


 ズンと倒れこむ、パルパウを前に、勝ち名乗りを上げるマヤメ。


 かなりのエナジー使ったのであろう、その顔には疲労の色が濃く見えたが、それでも薄っすらと、微笑んでいるように見えた。



「うん。これが正解だね。一撃に威力がなければ、その分、手数を増やせば同等のダメージを与えられるからね」


 HP1000の敵に対し、10しか与えられないのなら、10の攻撃を100回与えればいいだけ。

  

 一見すると、単純に見えるが、これはマヤメにしかできない芸当だろう。

 卓越した回避能力と、専用武器ありきの、マヤメにしかできない技だ。




 ザ、ザ、ザ、


「ん、澄香。マヤ頑張った」


 思ったよりもしっかりとした足取りで、私の元に歩いてくるマヤメ。


「うん、全部見てたよ。お疲れさん」

「ん~」


 労いの言葉を掛けながら、ちょっと背伸びして、軽く頭を撫でてあげる。

 マヤメはそれを目を細めて答える。



「それにしても、あの最後の凄いね? 一瞬、影に見えたんだけど、ダメージを与えてたよね?」


 腰の後ろに下げている、黒いククリナイフを指差す。


「ん、これは『ククリナイフ壱 影式』っていう。今までは幻影と影しか作れなかった。けど、エナジーの量を調節したら出来た」 


 スッとナイフを取り出し、それを見つめるマヤメ。


「へ~、なんだか良く分からないけど、要するに、マヤメも成長したって事かな? 何気に強敵たちと戦ってきたし」


「ん、きっとそう。それと、澄香がくれたこの頭の棒。これが凄い」


「ああ、メンディングロッドね。それがどうしたの?」


 頭の上のロッドを見る。

 今は垂れ下がっているから、待機状態みたいだけど。



 因みにこの『メンディングロッド』は、マヤメのエナジー補給するアイテムで、元々はマシナリー系の修理と補給をする、簡易的なリペアキットみたいなものだ。



「ん、エナジーの貯蔵量が凄い」

「そうなの?」

「ん、ずっと充電してないのに、ずっと補給してくれる」

「あ~、そうなんだ」


 確かに『メンディングロッド』は充電されていない。

 そもそも夜の時間帯にしか、その本体に充電しない仕様だから。 


 ま、そこら辺の効果の違いはいつものことだ。

 要はマヤメより、ロッドの容量が段違いに多いって事だろうから。



「ん、それよりも、澄香。気を付ける」

「え? 気を付ける? 何に?」


 ガチャ


「あ、あのぉ~、お風呂と着るものまで用意してくれて、本当にありがとうございます。でもこのパンツ、ウサギの耳が生えてるんだけど、これってどういう意味が?」



 なんて、マヤメと話している時に、兎族の子がレストエリアから出てきた。

 こっちにお尻を向けながら、何か言ってるけど。


 そんな兎族を横目で睨みつけながら、マヤメは――――



「ん、それはもちろん、あのウサギ」


 そっと私の耳元で、そう呟いた。 

 あの兎族は危険なんだと。

 

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