第559話Eランク冒険者トテラ




 ザ、ザ、ザ、


「はあ、はあ、はあ…………」


 少女は探していた。



 ザ、ザ、ザ、


「う、く、暑いよぉ~、あれ? ここは…………」


 いや、探しているというよりかは彷徨っていた。


 容赦なく、ジリジリと照りつける日差しと、見渡す限りの砂の大地を前に、迷い人となっていた。


 

「う、もう喉がカラカラだよぉ。水は、っと―― あ、もう空っぽだ……」


 ペロと水筒の口を舐め、最後の一滴をゆっくりと味わう。

 これで全ての水を飲み干してしまった。


 小さなオアシスのある村から離れ、この砂漠を歩き出して既に三日目。

 予想以上の過酷な環境を前に、喉と共に心も乾ききっていた。



 ドサッ



「あ~あ、こんなことならサンドタートル借りればよかったなぁ……」 

 

 仰向けに倒れ、憎たらしい太陽を見上げ後悔する。

 何故渡航用の魔物を、あの村で借りなかったのかと。



「はぁ~、そうは言ってもお金足りなかったんだよね。だって水があんなに高いだなんて知らなかったんだもん。あ~あ、このままアタシ、死んじゃうのかなぁ~」


 思えばかなり無茶で、無謀な計画だったと思う。

 このトリット砂漠を超えるのに、乗り物どころか、最低限の水さえ買えなかった事に。


 その全ての元凶は、貧乏な家庭に生まれたから…… ではなく、

 単純に冒険者としての自分の稼ぎが悪いだけだった。




 ぐ~


「あ、お腹も…………」


 更に残念な事に、食料も底を尽きた。


 と言うよりかは、道中、魔物に追われ、無我夢中で逃げ切った時には、リュックの底に大きな穴が開いていた。



「はぁ~、あの中にはテントや着替えも入ってたのに、なんで軽くなったのに気が付かなかったんだろう。それに戻るにも、もうどっちの方角かわからないし」


 寝転びながら、胸のポケットから、方位磁針を取り出す。


 方角を指し示すはずの針は、今現在もクルクルと回り続けている。

 今朝までは問題なかったが、今は針の動きがおかしなことになっていた。



「やっぱりこの砂漠には地下があると思う。鉄や磁力を含んだ岩盤があるって証拠だろうし、そこに辿り着ければ――――」


 きっとあるはずだ。


 こんな貧乏生活から抜け出し、一気に勝ち組になる程の、価値のある、あのお宝が。


 

==========


 名前:トテラ

 種族:獣族(兎族と人族とのクォーター)

 性別:女

 年齢:14

 冒険者ランク:E

 職業:トレジャーハンター 


========== 



 ぐ~、キュルル


「あ~、こんなことならもっとみんなに、美味しいもの食べさせてあげたかったなぁ…… アタシの帰り待ってるかな~」


 空腹を知らせる二度目の合図に、幼い家族の顔を思い出す。

 自分の帰りを待っている、5人の可愛い弟妹ていまいの姿を。 

 

 

「よし、ならこんなとこで死んじゃダメだよねっ! だってアタシはみんなのお姉ちゃんだし、みんなの母親なんだもんっ!」


 パンと頬を叩いて、活を入れる。

 水や食料などなくとも、気持ちで負けてはいけないと。


 幸い、普通の人族とは違い、1/4は兎族なので、多少体力にも自信がある。

 それと、遠くの音を聞き分けるこの長耳や、逃げ足も自慢だったりする。



 ピクッ


「ん? なんか近づいてきてるっ!?」


 物音を感知し、長耳がピクンと反応する。


「でも………… 何もいない?」


 見渡す限りは、広大な砂漠と鬱陶しいほどの青い空。  

 物音を拾ったはずが、視認できるものは見当たらない。


 

 ズザザザザザ――――



「あ、これって…………」


 けれど、すぐさまその正体に気が付いた。

 物音が近づくにつれ、その振動が足元に伝わってきたからだ。



『ビギャ――――――ッ!!』 


「ぎゃ――――っ!」



 突如、目の前の砂地から、巨大な魔物が現れた。

 その魔物は、全長10メートル程の巨大なミミズだった。

 


「サ、サンドワームだっ!」


 シュタタタタ――――


 一目散に回れ右して、脱兎のごとく、ここを離脱する。 

 サンドワームは強い魔物の部類だが、地上ではそこまで移動速度は早くない。


 所詮『脱兎のトテラ』と呼ばれている、アタシの敵ではない。

 逃げるが勝ちって言葉は、アタシにこそ相応しい言葉だ。



 ところが、



 ズバ――――ンッ!


『ビギャ――――――ッ!!』


「うわっ! 今度は前からっ!」


 ズバ――――ンッ! ×2


『ビギャ――――――ッ!!』『ビギャ――――――ッ!!』



 ところが、更に3体が地面から現れ、思わず逃げ足が止まってしまう。



「って、今度は挟み撃ちっ!? か、囲まれ、た?……」


 小さな自分を狙う、4体の巨大なミミズを前に、唖然とする。


 一体ならば逃げる事は可能だが、サンドワームは数で獲物を追い込み、群れで襲い掛かってくる。



「……ふ、ふふふ、そんな事で、アタシを追い込んだつもり?」


 空のリュックを地面に脱ぎ捨て、脚を曲げ伸ばし、準備運動を開始する。 

 

 一般人ならこれで詰みだが、自分は冒険者で、しかも兎族だ。

 こんなもの、危機的状況でも、絶体絶命でもなんでもない。


 逃げるに特化した、この耳と、この脚があれば、いつものように生き残るのは簡単だ。



 シュルッ


「って、あれ?」


 なんか足首に、触手みたいなのが巻き付いてきた。


「ん? あっ!」

 

 これはサンドワームのものではない。

 奴らの武器は、何でも飲み込むその大口と、酸性の唾液だけだからだ。



「ま、まさか、これって…………」


 嫌な予感がする。

 巻き付いた触手を直視しながら、血の気が引くのを感じる。


 この4体のサンドワームを前に、怯まず堂々と、自分獲物を横取りする、その魔物に心当たりがあるからだ。

 


 ザシュッ


『グギャ――――ッ!』


 ブチチッ


『プグォ――――ッ!?』


 グチャッ


『ミギャ――――ッ!』


 ドパンッ


『モギャ――――ッ!』


「ひ、ひぃ――――っ!」


 断末魔の声を上げ、瞬く間に4体のサンドワームが倒された。


 一体は切り裂かれ、一体は引き裂かれ、一体は胴体を潰され、最後の一体は顔面を破裂させられていた。



『プギャァ――――ッ!!』 


 そしてその亡骸を前に、勝ち鬨の咆哮を上げる、2足歩行の魔物がいた。



「あ、あああああ――――」


 これは死んだ。

 だってこの魔物は、ここトリット砂漠に於ける、


 ギュンッ


「うひぃ――――――っ!」


 足首を掴んでいた触手が、一気に引かれ、アタシはその魔物の顔の前に宙づりにされる。

 そしてその魔物の正体を再確認する。



「あわわわわ――――」


 体長は10メートル程で、どす黒い赤の身体に、無数に浮かぶ青い斑点。

 短く太い手足に、野太い尻尾。そして頭部にある、伸縮自在の6本の触手。


 

 チョロ、


「はわわわわわ、アタシ、もう、ダメだ…………」


 チョロロロロ――――


 恐怖のあまり、無意識に漏らしてしまう。

 鋭く尖った無数の牙と、底の見えない口内を前に、恐怖が最高潮に達する。



 何故ならこの魔物は、ここトリット砂漠に於ける、最強の魔物。

 サンドワームがBランクだとしたら、この魔物はAランク。 


 そんな魔物を前に、一介の冒険者など、到底敵う訳がない。

 ましてや、戦闘力の低い兎族など、尚更勝ち目などない。


 しかも、兎族最大の武器(脚)を、触手で封じられている為、逃げるが勝ちがこの状況では使えない。

 


「ふっ、ふっ、はっ、はっ…………」


 呼吸が乱れ、体が小刻みに震える。

 絶対的な死を前に、心音が跳ね上がり、焦点も定まらない。



「う、く、みんな、アタシ、ううう…………」


 自然と涙が溢れ、尿と混ざり、地面に滴り落ちていく。

 諦めたくはないが、体は本能的に死を受け入れていた。



「本当に、もうダメかも…………」


 両親がいないから、みんなの母親代わりとなった。

 そんな家族を養うため、お宝専門の冒険者になった。

 みんなにお腹一杯食べさせるために、この砂漠にきた。


 だというのに、この結末は理不尽だ。


 こんな時は、神様や英雄さまが、自分を救ってくれるはずじゃないの?

 結局信じられるのは、お金と自分と家族だけなの?

   


「みんな、さようなら。そして、ごめんね…………」


 なんて、この世界に絶望し、全てを諦めた時に、その人は現れた。



 スパンッ



「………………え?」


 突如、浮遊感に襲われ、アタシは逆さまのまま落下し、


 ポス


「ふぅ~、ギリギリ間に合った。ってか、なんでそんなに濡れてるの? しかもなんか匂うし」


 力強くて優しい、誰かの腕に抱きかかえられていた。


  

『え? な、なに、この人? もしかしてアタシ…… 助かったの?』


 絶望から一転、何故か救われたと、思わず錯覚してしまう。

 整った顔立ちではあるが、明らかに自分より幼いであろう、その横顔を見て。 


 それだけの存在感を、この人は放っていた。 

 実力がどうこうではなく、他者を安心させる、そんな雰囲気を持っていた。


 その結果――――



 チョロ、


「あ」

「え? なに?」


 チョロロロロ――――


「え? なんか生温かいんだけど、もしかして、さっき濡れてたのって……」

「ご、ごめんなさ――――いっ!」



 その結果、またお漏らしをしてしまった。

 完全に助かった訳ではないけど、それでもをしちゃったのは、この人のおかげだ。


 だって死んじゃったら、お漏らしもできないからね。


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