第558話マスク男たちの処遇と飛翔する蝶




「よし、これで全ての試合は終わりだッ。双方ともこの結果に異論はねぇなッ?」


 審判役のルーギルが、訓練場に集合したシスターズ、そして、今回の騒動の発端ともなった、マスク男たちの顔を見渡す。


 そして、そのルーギルの後ろには、この街の領主のナジメと、何故か、黒蝶姉妹店の店主のニスマジが同席していた。



「う~む、まだ来ないのじゃ……」

「どうかしたの? ナジメさま」


 何かを取り出し、隣でうんうん唸っている、ナジメに気付くニスマジ。



「うむ、ねぇねが連絡してくる予定なのじゃが……」


「うん? もしかして、それで連絡が出来るのかしら?」 


 ナジメが手にしている、鏡のようなものを興味深く眺める。


「そうじゃ。ただこちらからは連絡できない代物なのじゃ。じゃから待っておるのじゃが…… 何か火急の用でもあったのかの?」


「そ、それ、ちょっと見せてもらっていいかしらっ!」


「う、うむ、それはいいが、わしの魔力以外では操作できぬぞ?」


 目が爛々と輝き出したニスマジに、『リフレクトMソーサラー』を手渡す。



「こ、これって、ラブナちゃんが使っていたものと同じよね? 自由自在、縦横無尽に動かして、赤マスクに止めを刺した」


「そうじゃが、わしはラブナのように器用に操れないのじゃ。ああ見えてもラブナは影で鍛錬しておったからの。それに赤マスクは生きておるぞ?」


「………………」


 ナジメの話など耳に入らないかのように、手に持ったソーサラーを、真剣な目で調べ始めるニスマジ。



「…………ちょっと動かしてもらっていいかしら? ナジメさま」


「うむ、それはいいが、今も言った通り、わしはあまり得意ではないのじゃ。こんな人の集まった場所では尚更の」


 ニスマジに頷きながら、もう一つを取り出し、恐る恐ると動かし始めるナジメだったが、



 ヒュンッ

 ガンッ



「いでッ! ってか、さっきから後ろでなにやってんだよッ!」


 模擬戦の締めを仕切っている、ルーギルの後頭部に直撃し、一喝される。



「あ、いや、すまんの。ちとニスマジに頼まれてな」


「そんな事はいいが、こっちの話はもう終わったぞッ? だからお前からも一言言ってくれやッ。そのために同行したんだろッ? この街の領主としてよッ」


 後頭部を擦りながら、ナジメの背中を押し、ルーギルは一歩下がる。 



「う、うむ、わしが、この街の領主を任されておる――――」


 ルーギルに促されたナジメは、若干緊張気味に、自己紹介から始めるが、



「はあっ!? このちんまいのが領主だとっ!」

「う、嘘だろっ!? しかもその格好はなんなんだっ!?」

「ぐふ、色々小っちゃくて可愛い。天使ちゃんほどじゃないけど」

「あらん、この街は相変わらず面白いわね」


 幼な過ぎる容姿を見て、赤・白・黄色、黒マスクが、それぞれ騒ぎ出すが、残りの青マスクだけは違っていた。


「ふう。ここでようやく尻尾を出しましたね? 流石に今度は騙されませんよ」


「騙されるじゃと? お主、何が言いたい?」


 最後に、意味不明な難癖をつけてきた、青マスクを睨むナジメ。  



「いや、だってそうでしょう? こんな子供が領主だなんて、誰だって信じませんよ」


「ほう………… それで?」


「要は、今までの全てが、私たちならず者を追い払う為の計画だったのでしょう? 最初に仕掛けてきたのもそちらですし、この冒険者の方々も、蝶の英雄の仲間だと偽って、単に実力を持つ者を集めたのでしょう?」


「ほうほう、で、その根拠はなんじゃ?」


 腕を組み、訝し気な目で青マスクを見上げる。



「その根拠といいますか、そもそも事の発端の『蝶の英雄』と呼ばれる英雄なんて、元々いないんじゃないかって話ですよ」


「は? いまさら何を言っておるのじゃ?」


「「「???」」」


 続けて放たれた、青マスクの言動で、顔を見合わせ、困惑する一同。 

 

 そんなみんなの心情は、『ならなんでお前らは、その英雄になりすました』だった。



「今更も何も、そもそも男か女か、子供か大人かもそうですが、人間かも不明なんですよ」


「な、何故じゃ? 一体何を勘違いすれば、そのような話になるのじゃっ!」


「何故って、私と白は、そこのナゴタとゴナタさんに『少女のような儚さと、大人の魅力に溢れた、豊満な胸を持つ女神』のような存在だと聞かされたんですよ」


「ナゴタとゴナタがっ!? お、お主ら、一体何を?……」


「「えっ!?」


 唐突に名前の上がった、ナゴタとゴナタに振り返るナジメと、その視線を受け、訳が分からないといった様子の二人。

 


「それと、そこの黒は、対戦相手のアマジさんに『男でも惚れるほどの、筋骨隆々のもの凄い美男子』みたいな、内容のものを聞いたみたいですし」


「は? アマジ、お主もか……」


「………………」


 意外そうな人物の名を聞き、ジト目で睨むナジメと、腕を組み考え込むアマジ。  



「で、今の話で分かっていただけたと思いますが、みなさんの証言がバラバラなんですよ。性別に関しても、見た目に関しても、全てが合致しないのですよ。その結果、導き出せる答えが――――」


「「「………………」」」


「蝶の英雄なんて、そんなおかしな者は、この街どころか、この世のどこにも存在しないという事です」


 疑問符を浮かべるみなを見渡し、青マスクは再度そう言い切った。



「「「なっ!」」」


 流石にこの一言には、今まで黙って聞いていたシスターズたちも、



「スミカお姉ちゃんはいるもんっ! ボクのお姉ちゃんだもんっ!」

「バッカじゃないのっ! そんなの全然証拠にならないわよっ!」

「本当ですっ! お姉さまはこの街と私たちを救った英雄ですよっ!」

「お前、賢そうだと思ったら、本当は間抜けだったんだなっ!」


 青マスクを強く睨みつけ、身を乗り出し反論する。



「みな、一度落ち着くのじゃっ! 先ずはわしの素性をはっきりさせるのじゃっ! そうすれば自ずと全てが偽りなどと、のたまう事はなくなるのじゃっ!」


 今にも飛び掛かりそうな、シスターズに割って入るナジメ。



「……一体、どうすると言うのですか?」

「そもそもわしは、まだこ奴らに名を告げておらぬのじゃ」


 いつもの調子に戻ったナゴタに、ナジメはそう答える。


「名前、ですか? ああ、何となく察しましたが、それよりももっと証明できるもの物ないのですか? 例えば領主に就いた書状とか」


「うむ、あるにはあるが、それでも何を言い出すかわからんからの。今のこ奴の心の中は、疑心暗鬼にまみれておるし。なら、知った名とその実力を披露するのが、一番手っ取り早いと思っただけじゃ」


「ふふ、なるほど。わかりました」


 ナジメの説明に、微笑みで返すナゴタ。


「あっはは、何を今更名前だなんて。そもそも私たちは放浪者ですよ? 生まれ育った街や、有名な人物ならともかく、他の街の領主の名前など一々覚えてませんよ? もっと信憑性のある――――」


 二人のやり取りが聞こえたのであろう、失笑しながら肩を竦めた青マスクだったが、次に起こった目の前の出来事に、他のマスク共々、否が応でも認めざるを得なかった。



 ズ、ズズズズズ―――――――ンッ!!



「な、なんですかこれはっ!」

「「「はあっ!?」


「わしの名はナジメじゃ。冒険者を生業としておるなら耳にしたことぐらいあるじゃろ? 今はもう引退しておるが、腕は鈍っておらぬどころか、冒険者時代よりも強くなったと自負しておるのじゃ。その理由は、この街の――――」 


 2階建てのギルドを優に超える、土魔法で作成した、巨大な『蝶の英雄を模した石像』を前に、自慢げに語り出したナジメだったが――――



 ちょんちょん


「ねぇ、ナジメちゃん」


「なんじゃ、ユーアよ。これからが盛り上がるところなんじゃ。わしとねぇねとの出会いの話に続くからの」


 背中をユーアにつつかれて、途中で話を遮られてしまう。


「うん、それはいいんだけど、みんな聞いてないよ?」

「うぬ? あっ」


 ユーアに指摘され、男たちを見ると、確かに耳に入っていない様子だ。

 突如現れた巨大な石像を見上げ、口を開けたまま固まっている。

 

 どうやらナジメの正体云々よりも、ナジメが作った石像の方が、インパクトでまさっていた様だ。

 


「おい、お主らっ! わしの話を聞いておるのかっ!」


 そんな男たちを見渡し、堪らずナジメが一喝する。



「は、はい、もちろん聞いておりますっ! ナジメ領主さまっ!」


「なんじゃ、聞こえておるのか」


 自分を認めたであろう、青マスクを見て、ホッとする。

 そして、その後ろでは――――


 

『ナジメって事は、あの子供が鉄壁の開墾幼女って奴だよなっ!』

『そ、そうみたいだな。引退して領主になった話は有名だからな』

『ぐ、ぐふふ。まさか、こんな幼女が領主だなんて、羨ましい……』

『これが元Aランクの魔法? す、凄まじいわねっ!』

 

 そんなナジメと石像を見比べながら、コソコソと何かを話し合っている男たちだったが、これで本物だと理解したようだ。



「ふむふむ。どうやらこれで話の続きが出来そうじゃな。なら次に、お主らの処遇について話をするから、しかと聞いてくれ」


 その様子を見て、一人満足げに頷きながら、ナジメは次の話を切り出すが、



「え? 処遇ってどういう事よ? アタイたち、何もしていないじゃないのよ」


 頬を膨らませた黒マスクが、すぐさま異を唱える。


「ふむ、確かにこれといった実害は出ておらぬが、わしは頼まれておっての」


「頼まれて? それって、領主さまが誰かに依頼されたって事?」


「そうじゃ。今回の騒動の発端であるお主たちを、そのままお咎めなしでコムケから出す事は許さぬと。もし、出る事があれば、その時は蝶の英雄の名を騙ったことを、後悔させてからにしろと、蝶の英雄本人に頼まれておるのじゃ」


「本人ですってっ!? そんな英雄、本当に――――」


「今更存在せぬとは言わせぬぞ? わしの立場上、冗談も言わぬし、嘘もつけぬのは理解できるじゃろ? じゃからそのままお主たちは黙って、わしの話を聞くのじゃ」


「「「………………」」」


 また話をぶり返す、黒マスクを視線で黙らせ、ナジメは告げる。

 この騒動を起こした、男たちの処罰と措置を。  



「お主たちは――――」


「「「ゴクリ………………」」」


「あらん、ナジメさま。ここからはわたしの出番よ?」


「おお、そうじゃった、そうじゃったな」

  

「「「???」」」


 緊張が走る、男たちとナジメの前に、スッとニスマジが入ってくる。

 いたのは知っていたが、何故この場面で出てくるのかと、不思議そうに眺めていると、



「あなたたち全員、明日からわたしのお店で働いてもらうわ~。蝶の英雄さまのグッズも絶好調だし、製造も含め、お店の方も人手が足りないのよね。それに、バタフライシスターズのグッズも、これから作る予定だからよろしくね~」


 人差し指を立て、満面の笑みを浮かべ、ルーギルはそう告げた。


「「「はあっ!?」」」


 これには一瞬、呆気に取られていた男たちだったが……



「はい? いきなり何を言ってるのですかっ! 私はナゴタさんのおみ足に踏まれる事をご褒美に、改心すると心に決めたのですよっ!」


「はい? あなたは何を言って――――」


 そう言い放ち、青マスクは、ドレスから覗く、ナゴタの美脚を目掛けて、


「俺は夢にまで見た、ゴナタの超絶豊乳に触れ、そこに希望を見たっ! 手が届かないものでも、強く望めば、いつかは手に入るってなっ!」


「なんだ? どうしたんだ?」


 白マスクは、頭の後ろで両手を組んでいる、無防備のゴナタの胸を凝視し、


「ぼぼ、僕は、天使ちゃんを見守る会を立ち上げるんだっ! 他の幼女とも仲良くするんだっ!」


「え? 天使って誰?」


 黄色マスクは、キョトンとしているユーアの肩に、手を伸ばした瞬間に、


「俺はそこのメスガキに潰された、相棒の敵を討つため、これから再戦するつもりなんだぜっ!」


「な、何よっ! 次やっても同じよっ!」


 赤マスクは、仁王立ちしている、ラブナに人差し指を突きつけ、


「アタイはアマジさまとイチャラブ同棲する予定なのよっ! それを勝手に決めないでちょうだいっ!」


「………………」


 最後の黒マスクは、無反応のアマジに向かい、それぞれが、意中及び、因縁のある相手に近寄った瞬間に――――


 それは訪れた。



 ヒュ ン――

 ボキキキッ


「ぎゃ――――っ! だ、誰だっ! 僕の手足を全部折ったのはっ!」


 ドゴンッ


「ぐふっ! な、なんだ、俺の鍛え上げた腹筋を一撃で………… ガク」


 瞬く間に、黄色マスクと白マスクが、謎の攻撃を受け、戦闘不能になり、



 更に続けて、


「…………」


「な、何だコイツはっ! 俺に足技で挑もうってかっ!」


 襲ってきた何者かに、得意の足捌きで挑んだ赤マスクだったが、


 ゴガガンッ!


「ぐはっ!」


 その蹴りを上回る速さと軌道で、鳩尾と側頭部に一撃を受け昏倒する。 



「と、突然現れて、一体あなたはなんなんですかっ!」


 最後に残った青マスクは、視えない細剣を取り出し、迎撃を試みるが、


 ヒョイ、ヒョヒョイッ


「な、視えているのですかっ!?」

「………………」


 帽子を目深にかぶった、小柄な何者かに、容易く間合いに入られ、


 ガッ


「うぐっ!?」


 正面から顔面を強く握られ、そのまま――――



 ドガ――――――ンッ!



「ごはっ!」


 後頭部から勢いよく地面に叩き付けられ、そのまま気を失った。



「「「………………え?」」」


 一瞬で起きた出来事に、シスターズ含め、ルーギルたちは言葉を失う。

 


「な、なんだ、あそこでなにが起きているんじゃっ!」

「うわっ! あの冒険者たちが、あっと言う間にやられたぞっ!」


 待機所でその光景を見ていた、ロアジムとゴマチも呆気に取られ、



「どうしたんだっ! もう祭りは終わったんじゃないのか?」

「わ、わからねぇ、もしかしてこれも何かの余興なのか?」

「にしてもやり過ぎだろうっ! 泡吹いてる奴もいるぞっ!」

「あっ! 逃げたぞっ!」


 訓練場を囲んでいた観客たちも、曲者揃いの男たち相手に無双し、そのまま屋根伝いに消えていった何者かに、ここ一番の盛り上がりを見せていた。



 そんな中、


「え? あの人って――――」


 ユーアだけは何かを感じ、その姿が見えなくなるまで見送っていた。





 その頃、孤児院の2階の自室では……


 

 バサッ


「ったく、何なのアイツらっ! 可愛いからってユーアだけじゃなく、みんなにも手をだそうだなんてっ! だから男は信用ならない生物なんだよっ!」


 帽子と、着ていた衣服を乱暴に脱ぎ捨て、パンツ一丁で憤るスミカがいた。



「しかもあれ試合終わった後じゃんっ! なんだってあんなことになってんのっ! 新しい能力のお試しついでだったけど、様子を見に来て大正解だったよっ! 特にあの黄色の奴は、ユーアにいたずらしそうだったからねっ! まぁアイツだけは念入りにお仕置きしたけどっ!」


 愚痴を履けども履けども怒りが収まらない。


 当初の予定では、ただの傍観者になるつもりだった。

 けど、あの状況を目の当たりにしたなら、姉として、手を出すのは至極当然だった。



「ふぅ~、声に出したらちょっと落ち着いたかも…… あ、マヤメが怪しむからそろそろ戻ろうか。後でナジメに連絡して、アイツらがどうなったか聞かないとね」


 いつもの装備に素早く着替え、クルリと回り、虹色の鱗粉を纏う。


「え~と、後はMAPで行き先を指定すればOKっと」


 ヒュンッ


 声だけを置き去りにし、一瞬にしてこの場からいなくなったスミカ。 

 まるで空気や大気に溶け込んだかのように、全ての痕跡が跡形もなく消えた。


 ただし、ベッドの上に脱ぎ捨てた、帽子と衣服は残ったままだったが。




 『蝶道』(ちょうどう)

 

 体力を消費し、MAPで記録した場所に、一瞬で飛翔できる能力。

 ただし、建物内部や地下には、明確なイメージが必要になる。

 自身以外にも飛翔可能だが、その重量分、体力を消費する。


 



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