第556話黒マスクVS細マッチョのアマジ その1
「アマジよ。お前があ奴らに後れを取ることはないと思うが、一応警戒するのじゃぞ? それぞれが曲者揃いじゃったからな」
待機所を後にする、背中に声を掛けるのは、アマジの父親のロアジム。
この街の貴族の一人で、自らも冒険者となるほどの冒険者オタクだ。
更に専属で雇っている冒険者も多く(特に魔法使い)、スミカ率いるBシスターズや、この街に滞在中のロンドウィッチーズもその中に含まれている。
「親父っ! あんな奴コテンパンにしてくれよなっ!」
次いでアマジに声援を送ったのは、一人娘のゴマチ。
幼少期にとある事件で母親を亡くし、一時期アマジとは疎遠となっていたが、今現在は、祖父のロアジムと父親のアマジとで一緒に暮らしている。
「そうだな。そんな簡単な相手には見えぬが、それなりに善処するとしよう。それよりもゴマチ、お前のその言葉遣いは――――」
「あっ! そんな事よりもルーギルさんが呼んでいますわっ! お父さまっ!」
慌てた様に、訓練場の中央に集まったルーギルと、対戦相手の黒マスクを指差すゴマチ。
「ぬ? そうか、なら俺は行くとしよう」
「ほっ」
「それと、この騒動が終わったら、淑女としての礼儀作法や教育の時間を増やすからな。お前には今まで何も教えてこれなかったからな」
「うひぃっ!?」
「そんな顔するな。今のは軽い冗談だ。それとスミカの奴にも、ほどほどにしとけと釘を刺されているからな。今はそれよりも、もっと大事なものを教えなければならない」
「えっ、お父さまが冗談? それともっと大事な事って?」
不思議そうに父親の横顔を見つめるゴマチ。
その視線は対戦相手の黒マスクに注がれていた。
「俺たち家族はスミカに救われた。親父も世話になってるし、ゴマチもその妹…… ユーアたちとも仲が良いのだろう? 度々屋敷を抜け出しては、孤児院に行っていると聞いている」
「う、うん」
「だったらやるべきことは決まっている。一方的な押し付けになるかも知れないが、俺はスミカに恩を感じている。ならそれを返すことが俺の役割だ」
軽く右手を挙げ、ゴマチとロアジムの元を離れるアマジ。
その両手は無手のままだったが、腰の左右にはマジックポーチを吊り下げていた。
※
「おう、ようやく来たかアマジさんよッ。ルールは把握してるなッ?」
アマジが集まったのを見計らって、ルーギルが声を掛ける。
「ああ、問題ない。ギルド長」
「俺もだ」
アマジ、そして、槍を手にしている黒マスクの順に、軽く頷く。
「なら、早速始めるがッ、その前に一つ、黒マスクに確認したい事があるッ」
「なんだ? ギルド長?」
「あのよ、これが団体戦だったら、前のナゴナタ姉妹で決着がついてるんだけどよッ、そこんとこお前たちはどう考えてんだッ?」
これはルーギルの言う通り。
黄色マスク以外の3人は、ラブナとナゴタとゴナタに敗北しており、既に3敗。
出場者がそれぞれ5人と言う事もあり、ここで黒マスクが勝ったとしても、2勝3敗で、既に負けが確定している状態。
仮に、この前の青と白マスクの試合が、チーム戦だとしたら、逆に数が合わなくなり、引き分けと言う事態が発生してしまう。
「ああ、そんな事か。ギルド長なら知ってると思うが、俺たちは元々パーティーで登録してねえ。だからこの試合での負けは、各々に降りかかるってわけだ」
「ああッ、やっぱそんな事だろうと思ったぜッ。要は自己責任って言いたいんだろう?」
「そうだ。俺たちは根無し草みてえなもんだ。仲間意識も無ければ、助け合う事もねえ。互いに利用し、利用し合い、利害が合わなければ他所に行く。だからあいつ等が勝とうが負けようが、一切俺には関係ねえ」
「そうか、ならこのまま進めさせてもらうぜッ? こっちはこっちでささくれ立ってるかんなッ」
黒マスクの話を聞き、アマジにチラと視線を送るルーギル。
そんなルーギルの視線を受け止めた後で、アマジが口を開く。
「そうだな。お前たちの関係などに、口出しする権利はないが、多少は苛ついている。過去の俺は冒険者を毛嫌いしていたが、現在は考えが変わった。ここにいるルーギルさんと、この街の英雄に出会ってからな」
「なんだ? 何が言いたい」
要領を得ない内容に、僅かに眉を顰める黒マスク。
「要は簡単な事だ。俺が知った冒険者の在り方と、今のお前の在り方とが乖離し過ぎているだけだ。まるで昔の自分を見ているようで、癇に障ると言う事だ」
「なんだとっ!」
「ちょ、ちょっと待て、アマジさんと黒マスクッ! その続きは開始の後にしてくれやッ! それじゃ最終戦は、Cランクの黒マスク対Fランクのアマジとの試合開始だッ!」
ダダッ
開始の合図を終えたルーギルは、慌てて訓練場を離れる。
喧嘩を売ったアマジと同様に、黒マスクの気配が一変したからだ。
「ふう、ようやく行ったか?」
「なら早速始めるとしよう」
ルーギルが離れたのを確認し、マジックポーチに手を伸ばすアマジだったが、
「これでやっと二人になれたな」
「それはそうだろう? 俺とお前の試合なのだから」
突如変化した、黒マスクの気配に手が止まる。
「そうよね。これで二人っきりね」
「ああ、そうだが、さっきから何の確認だ?」
脈絡のない話と態度に、最大限の警戒をする。
態度が軟化したと同時に、あるモノが変わっていったからだ。
それは、
「もう、そんな冷たくしないでよ」
「………………」
一番の変化はその口調と気配だった。
野太く低い声が、今現在は甲高い声に変わっていた。
気圧されるほどの殺気も霧散し、今は一般人のそれと大差ない。
「これでようやく二人っきりになれたんだからさ。そんな怖い顔しないでよ」
「なんだ? お前は一体どうしたんだ?」
「あら? お前だなんて、もう旦那さま気取り?」
「………………は?」
この変わりようには、さすがのアマジを言葉を失くす。
緩んだ表情もそうだが、その仕草が正に女性のそれだった。
胸の前で両手を合わせ、腰をくねらせ、熱っぽい視線を送ってくる。
先程まで感じた強者のような風格は、今や殆ど感じない。
『……なんだ? これも何かしらの能力なのか? バサと似た話し方だが、バサはその気配に変化はない。それ相応の雰囲気を纏っているが、この男からは――――』
それがない。
いや、正確にはあるが、その見た目ほどの圧迫感を感じない。
それどころか僅かずつ小さくなっている。
「あらん? もう気付いたのね? このアタイの能力に」
「能力だと? この気配が弱々しいのがか?」
「そうよ。アタイが集中すればするほどそうなるわ。なんか体から出る物質が関係しているみたいだけど」
「だからその振舞なのか? 自分に意識を強く向けさせるために、その女らしい仕草も言動も、全てが偽りのモノだと。なら既に俺は、お前の術中にハマっている。と言う訳か……」
クイと腰を曲げ、シナを作り、微かに笑みを浮かべる黒マスクを睨むが、徐々に気配が弱く、段々と小さなものになっていく。
『これは、俺たちが使う“投影幻視”とは、まるで逆の性質と言う訳か……』
アマジの言う『投影幻視』とは、濃密な殺気を放つ分身体を出現させる技で、強烈な殺気故に、相手は本能的に身を守るか、反射的に攻撃を仕掛けてしまう。
それは相手が強者であればあるほど有効で、危機感知や察知能力が高ければ高いほど、その技に惑わされ、撹乱されてしまう。
そして黒マスクが使うのは、その真逆に近く、殺気を放つのではなく、周りの空気に溶け込むように同化し、気配を弱くする代物だ。
『…………自分を強く見せるのではなく、弱く見せて、油断や慢心を誘う能力か?』
だとしても、実体があるのには変わらない。
が、敵だと認識していた相手が、赤子や小動物並みの気配だとしたら話は変わってくる。
この能力は、一見地味に思えるが、その反面、かなり厄介だともいえる。
気配や存在感が弱ければ、自然と警戒心が緩み、相手への脅威度が下がる。
その結果、自身と相手との間に、気力や気概に大きな差ができる事となり、その差は勝利と言う意欲に、大きく影響する事となる。
端的に言えば、ウサギを狩るのに全力を出す者と、ウサギはウサギ程度だと、高を括る者との戦いのようなもので、どちらに分があるかは、誰にでもわかる事だ。
ただしそれは、実力が拮抗している者同士。での話、だが――――
「うん? なんか勘違いしているみたいだけどぉ」
「なんだ?」
「この話し方は能力とは関係ないわよ? さっきも言ったけど、アタイが集中するほど、体から変な物質が出る体質なのよぉ」
「そうか………… で、集中とは?」
強烈過ぎる黒マスクの変貌ぶりに、女性の真似事が能力の発生条件だと、勝手に勘違いしていたアマジだったが、次の話を聞いて、更に驚愕する事となる。
「う~ん、本当は集中って言うかぁ、アタイがあなたに惚れてるってだけなのよねぇ」
「…………なに?」
「マスク越しでも、あなたがかなりの男前なのはわかるわ。それと、程よく引き締まった筋肉も魅力的だし、声も渋くて、如何にも優しそうだし、身なりもキチンとしてるしねっ!」
「………………」
「だから一目見た時に、ピンときたのよっ! この人が運命の人だってっ! あんな変態共と野蛮が服を着た男とは全く違うってねっ!」
唖然とするアマジを前に、恍惚とした表情で語り始める黒マスク。
頬を両手で包み、身体をクネクネと揺らしている。
その黒マスクの言う変態共とは、きっと仲間の事を指しているのだろう。
野蛮が服を着たらどうとかは、恐らくルーギルの事だ。
『…………なるほど、相手に好意を寄せるほど、その存在を薄くできるのか。男同士の色ごとなど、別に珍しい訳ではないが、かなり
どこか矛盾している能力。
相手への想いが強いほど、己の存在を希薄にしてしまう、報われない能力。
だがその反面、こと戦闘に於いては、非常に有用な能力だと判断する事が出来る。
「それでちょっと提案なんだけどぉ」
「なんだ?」
「アタイが勝ったら、アタイとネンゴロな関係にならない?」
「ねんごろだと? それで俺が勝ったらどうする?」
「アタイを好きにしていいわ。じゃないと燃えないのよね? ご褒美がないとやる気も出ないし、勝敗には興味がないし。かと言って、このままアタイが負けを認めては、あなたも色々と困るでしょう?」
「………………」
自分本位な提案を聞き、眉間に皺を寄せるアマジ。
それとは対照的に、片目を閉じ、薄い笑みを浮かべる黒マスク。
提案だと言ってはいるが、これは脅迫に近い。
これを受けなければ、自分は戦わないと言ってるのと同義だからだ。
娘のゴマチの為や、シスターズに紛れて参戦したって体裁もあるが、それよりもこのまま不戦勝では、あの英雄に合わせる顔がない。
勝つことに意義があるだろうが、それでは自分が納得できない。
そう、これは心の問題。
なし崩し的に得た勝利で良しとするか、今後も続くであろう、スミカたちとの関係に、なんの憂いもなく付き合えるかの、自己満足の類。
『…………なら、俺の答えは決まっている。優先すべきは納得できる自分だ。それにアイツもそうするだろう。良くも悪くも自分の感情を優先し、真っすぐに動くやつだからな』
その結果で、救われた自分がいた。
その先で、娘の笑顔や家族との関係を、取り戻せた自分がいる。
だったら悩む必要などない。
「わかった、その提案受けよう」
「うん、聡明なアナタならそう答えると思ったわっ! ならアタイももっと集中しなくちゃねっ!」
胸の前で両手を合わせ、小躍りしながら、距離を取る黒マスク。
それと同時に、弱々しかった気配が、更に微弱なものに変化していく。
黒マスクの言う集中とは、恐らく、相手への感情を高める事なのだろう。
意中人への想いが強いほど、その能力が発揮されるのだから。
だが、黒マスクの能力はそれだけではなかった。
「ん、この薄紅色の霧は?――――」
軽快に踊りながら、距離を取った黒マスクだったが、その姿が謎のピンクの霧に覆われ、姿が見えなくなる。
「これは…… 汗か?」
そう、その正体は黒マスクが発した、大量の汗だ。
それが踊り、動き回る事で蒸発し、その本人さえも隠してしまうほどだった。
ヒュンッ
ガッ
「ちっ!」
薄紅色の蒸気を切り裂き、鋭い一撃がアマジを襲う。
槍だと思われるその一撃を、ポーチから出した手甲でギリギリ防ぐが、
ビュッ ×5
ガガガガッ――――
ザシュッ
「ぐ、一撃貰ったか」
連続で打ち込まれ、その中の一撃を肩口に喰らい、僅かに血が滲み出る。
大量の蒸気はアマジにとって、視力を奪われたと同じだ。
更に、気配を追えない事もあり、その全てが死角になる。
視覚、そして、第六感までをも奪うこの能力は、非常に強力なものだ。
そしてこの能力を十全に行使し、今までもこうして、己の欲望を埋めてきたのだろう。
だが、そんな不利でも、危機的状況でも――――
『……なるほど、これは今まで相対してきた者の中でも、かなり強敵の部類に入る。だが、
アマジはとある人物を思い浮かべ、微かに笑みを浮かべていた。
そんな中――――
※
ガタン
「よし、ごちそうさま」
「もぐもぐ…… ん、澄香。どこ行く? まだマヤ食べてる」
そんな中、蝶の英雄のスミカは、草原にテーブルセットを設置し、マヤメと二人、青空の下でお茶をしていた。
周囲に茂る、青々とした草や木、そして遠くに見える、緑あふれる大きな森が、夏の訪れが近いことを告げていた。
「ああ、マヤメはそのままゆっくりしてていいよ? ちょっと気になる事があって様子を見てくるから。多分、30分くらいで戻ると思う」
おやつタイム中のマヤメに、苦笑しながらそう答える。
「ん、わかった。もぐ、でも何処いく?」
「それは内緒。あ、それと、チーズケーキ食べきれなかったら、残りは冷蔵庫に入れておいて? レストエリアはそのままにしておくから」
「ん、それは問題ない。全部食べる。もぐもぐ」
横目で返答しながら、一心不乱に口を動かすマヤメ。
その細い体のどこに、そんな容量があるかは未だに謎だ。
胸に行ってたら、全部取り上げるけど。
「あ、そ。なら紅茶は自分で淹れてね? それじゃ留守番よろしくね」
「ん」
小さく頷くマヤメに背を向け、メニュー画面を確認する。
そこには新たな能力が追加されていた。
「お、あったあった。それじゃ試しに使ってみようかっ!」
ワクドキしながら、羽根を最大に広げて、クルリと一回転する。
すると、虹色にも似た鱗粉が降りかかり、一瞬にしてこの場から消える。
『蝶道』
これが今回増えた新しい能力。
裏世界の魔戒兵の群れを倒した時に覚えたもので、今まで一番欲しかった能力だ。
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