第555話青白マスクVS元冒険者狩りの姉妹 その3




 タタタ――――



「ラブナちゃんっ! ナゴタとゴナタさん大丈夫かなっ!」

『がうっ!』


「あ、ユーアっ! ちょっとどこ行ってたのよっ! アタシの試合にもいなかったし、今までどこで…… って、なんでそいつがいるのよっ!?」


 ナゴタ達の試合を観戦しているラブナの元に、途中からいなくなった、ユーアとハラミが合流するが、その後ろには――――



「や、やあ、君がラブナちゃんかい? 君もなかなかの美少女だけど、もう少し前に会いたかったな。できれば5年前くらいにね、ぐふふ」


 何故がユーアと一緒にいたのは、ユーアと対戦した黄色マスクだった。

 しかも筋骨隆々の姿ではなく、真の姿の肥満体の姿でだ。 



「はあっ!? いきなり何言ってんのよっ! 5年前なんてアタシまだ子供じゃないっ! じゃなくて、なんで連れてきてるのっ! この変態ブタ野郎なんてっ!」


「変態? ぐふ、ラブナちゃん、それはご褒美――――」


「え? だって、ラブナちゃんの試合、ボクと一緒にあっちで応援してくれたんだよ?」


 自然と隣に並んだ、黄色マスクを見上げながら、ユーアが答える。



「はあっ!? だってこの男は敵でしょっ!」


「敵? だってボク負けたよ? それにこのおじさん悪い人じゃないよ?」

『がうっ!』


「ぐふ、そうだよ。僕は悪い大人じゃないよ? ただ幼い子が好きな――――」


「あんたには聞いてないわっ! ユーアに聞いてるのよっ! 悪い人じゃないって言うけど、連れてきた理由ってなにっ! だってこの白ブタは、ユーアをエッチ…… 変な目で見てたのよっ!」


 ユーアの隣に白々しく並ぶ、黄色マスクを睨みつけるラブナ。

 その心情は、この男が生理的に受け付けないのと、そんな男がユーアと一緒なのが許せなかった。



「だってこのおじちゃん、ボクの手助けをしたいって言ってくれたんだよ。それに、孤児院の事を話したら、みんなのお世話もしたいって言ってくれたんだもん」


「そうだよ。僕は力持ちだし、子供も好きだし。みんなのボディーガードに最適だと思うんだよね? ぐふふ」


 グッと親指を立て、にちゃりと笑い、自分をアピールをする黄色マスク。



「だからあんたには聞いてないわよっ! それにアタシあんたの事嫌いだからっ! ブクブクして汗臭そうだし、不潔だし、足短いしっ!」


「ぐふぐふ、これはまたご褒美頂きました。でも僕もラブナちゃんは好みじゃないから、ある意味、相思相愛だよね? だからこれからも仲良くしようよ? ぐふ、ぐふ、ぐふふ」


『こ、こいつ~っ!―――――』


 わなわなと怒りで震えるラブナ。

 これでもかと罵倒したが、まるで効いていない。


 それどころか、愉悦が混じった目でこちらを見ている。



「違うよラブナちゃんっ! 今はその話じゃなくて、ナゴタさんたちの事だよっ!」


 睨み合う二人に割って入り、訓練場を指さすユーア。



「ああ、師匠たちの事ね? それなら心配ないわよ?」

「え? そうなの?」


 ラブナの意外な反応に、目を丸くし、キョトンとする。



「だって、師匠の二人はスミ姉ぇの真似してるだけだから」


「まね?」

『がう?』


「そうよ。ほら、いつもスミ姉ぇって、相手を丸裸にしない?」


「はだか? あ、ボクがお風呂入るときに、いつもスミカお姉ちゃんが脱がしてくれるよ?」

「ぐふっ!? て、天使ちゃんが、すっぽんぽんっ!?」


 その時の様子を再現するかの様に、シュっと両腕を上げてみせるユーア。

 そしてそれにいち早く反応する、黄色マスク。



「ち、違うわよっ、そうじゃなくて、相手がこれはいけるって全て出させておいて、結局奈落の底に落とすじゃない? 最後は力の差を見せつけて、絶対敵わないって思わせるじゃない?」 


「う~ん、そうかなぁ?」


「絶対そうよっ! それがスミ姉ぇの性格なのか趣味なのか、他に意味があるのか知らないけど、師匠たちは何か感じてるみたいなのよね」


「うん、ラブナちゃんがそういうなら大丈夫だねっ!」


「そりゃそうよ。だから最初からアタシは心配していなかったわ。それと師匠たちもあの子供の竜と戦って、追い払ったって聞いていたし、今更あんな変態どもに負けるわけないわ。それに――――」


「どうしたの、ラブナちゃん?」


「ううん、なんでもないわ」



 ――――それにまだ実力の半分も出していないしね。





「それで、結局男の自信ってなんなんだよっ!」


 ポヨンッ


「ああん、そんなこともわからねえのかっ!」


 ビュッ!


「わからないから聞いてるんだろっ!」


 ゴナタは戦いながら悩んでいた。

 水浴びを覗かれ、激怒したいのはこちらなのに、なぜ自分が責められるのかと。

 


「おいっ! 男の自信って言ったら“あれ”に決まってるだろっ!」


「だからあれじゃわからないから聞いてるんだってっ! みんなが知ってるみたいに言うなっ!」


 語気を荒げ、白マスクを強く睨みつけるゴナタ。

 “あれ”が何だか知らないだけで、自分が無知だと言われてるようで頭に来た。



「はあっ!? お前、それ本気で言ってんのか?」


「だったらなんだっ! 知らないものは知らないから仕方ないだろっ!」


「ちっ! なら鈍いお前にもわかるようにハッキリ言ってやるっ! 俺と青は――――」


 ゴナタの態度と、その表情から、これは嘘ではないと感じた白マスクは、半ば投げやりになりながら、一気に捲し立てた。   

   

 



「私と白はですね、同じ趣味の持ち主なのですよ」


「どうやらそのようですね。それが私たちとなんの関係が?」


 そして、ナゴタもゴナタと同じように、頭を悩ませていた。

 要領を得ない行動と、要領が掴めない言葉の切れ端に。


 

「端的に言いますと、私たちは女性の象徴とも言える、乳房が好きなのですよ」


「はぁ、それは知ってます。ですが、それと戦う事が結びつきません」


 何を今更と、溜息交じりに答える。


「いいえ、あなたはわかっていません。私たちがそんじょそこらの男たちと、一緒だと思っていますからね」 


「…………何が違うのですか?」


「単に、胸が好きな男たちは数多くいるでしょう。それこそ殆どの男たちは、その膨らみに母性を感じ、夢や希望を抱き、安らぎを与えてくれるものだと信じていますから」


「夢や希望って、いきなり何を言って――――」


 唐突に始まった、突拍子もない説明に、ナゴタは戸惑うが、


「そして、それは大きければ大きいほど素晴らしいものです。ですが、それだけではダメなんですっ! 色や形もそうですが、その頂きの色彩と大きさと比率のバランスも大事なんですっ! そして――――」


 そんなナゴタの様子など目に入らず、悦に浸ったように語り続け、

 


「その全てを備えたのが、あなたたち姉妹なのですよっ!」


 最後に、ナゴタのGランク(推定)の胸をビッと指差し、高らかにそう叫んだ。  



「はっ!? ちょ、その言い方ですと、まるで私たちの裸を見た事ある言い方じゃないですかっ!」


 この発言にはナゴタも動揺する。

 服の上からではなく、その中身まで語り出した青マスクの説明に。



「ですからこうなっているのですよっ!」


 ズイッ


「な、何がですかっ!」


 腰に手を当て、一歩前に出る青マスクにナゴタが叫ぶ。



「今現在は、腰当のおかげで大人しく見えますが、あなたたちと再会するまでは、何も反応しなかったんですよ」


「は、反応? それって……」


「はい、私と白はあの素晴らしいモノを目の当たりにした時から、綺麗どころの多い、夜の蝶のお店でも反応しなくなってしまったんです」


「は、はぁ? そうですか…………」


 突き出した腰を視界に入れず、空返事で返すナゴタ。



「そこそこの高級な娼館にもいき、あなたたちのような豊満な女性も指名しました。けれども、いざって時にダメになり、逆に慰められ、負け犬のように、泣いて去っていくだけの日々が続いただけでした。」


「………………」


「それで私たちは気付いたんです。あなたたち姉妹は倒すことが、それを克服する方法だと。無様に泣き叫び、許しを請う情けない姿を見れば、あなたたちに幻滅し、あの光景をなかったことに出来るんだと」


「…………随分と身勝手な主張ですね」


 下げていた両剣の切っ先を上げ、青マスクの目を見る。



 これで言いたい事は大体把握した。

 要は、自分たちに勝手に欲情し、勝手に“あれ”が不能になり、私たちに劣等感を感じているだけ。


 そこで克服する方法として、私たちを倒し、自分たちの方が上だと見返し、男としての尊厳を取り戻したいのだろう。



『はぁ、どうせそんな事だと思ったわ。ユーアちゃんの相手もラブナの話からも、それっぽい人種に感じたから。ならそろそろ終わりにしましょうか? もう戦う理由もわかったし、お姉さまに報告する情報も、あらかた収集できたから』


 白マスクと言い合いが続く、妹のゴナタの姿を見て、そう決断した。


  



「なら、鈍いお前にもわかるようにハッキリ言ってやるっ! 俺と青は、お前らのデカくて完璧な胸を、目撃したあの時から――――」


 察しの悪いゴナタに業を煮やし、白マスクは全てを暴露する。 

 腰に手を当て、ズイと股間を突き出し、大声でこう叫んだ。



「――――“あれ”が勃たなくなっちまったんだよ――っ!」 



「え? 立ってるだろ? ほら」


 それに対し、意味が分からないと、首を傾げるゴナタ。

 白マスクの両足を指差し、キョトンとした顔で答える。   



「いや、違えぇーよっ! 立ってるのは合ってるが、今はそっちじゃねえっ!」 


「はあ? お前さっきから何言ってるんだ?」


「お前こそなに見てんだっ! “あれ”が足なわけねえだろうっ! こっちを見ろよっ!」


「え? あっ!」


 ゴナタに向かって叫びながら、更に腰をズイと突き出す。

 この行動には、さすがのゴナタもハッとした顔を見せ、

  


「お、お、お、ちん…… ちん?」


 ここでようやく言いたい事を理解し、たどたどしく名称を呟く。



「そうだっ! お前たちのせいで勃たなくなっちまったんだよっ!」


「え?………… 立つってなんだ?」


「はっ!? お前、それ本気で言ってんのかっ!?」


 この予想外の答えに、白マスクは更に愕然とする。

 今までのやり取りの無意味さと、そしてまた振り出しに戻ったことに。



 そんな矢先に、



「「ゴナちゃんっ! もういいわよっ!」」


 青マスクと対峙していた姉から、ここまでだと合図が飛ぶ。



「お、もうわかったんだなっ! さすがはナゴ姉ちゃんだっ!」


「おい、何がわかったんだっ!?」


 姉のナゴタとのやり取りに、怪訝な顔をする白マスク。



「そんなのワタシは知らないよ。でもわかったこともあるんだっ!」


「は? なんだそれはっ! 何が言いたい?」


 渋面から一転、あざけるような笑顔に変わった、その変化に身構える白マスク。



「ナゴ姉ちゃんがもういいって言ってただろう? だからワタシはわかったって言ったんだ」


「だからその『わかった』ってのが、俺にはわからねえんだよっ!」


 ゴナタに叫びながら、小盾を前面に、小剣を強く握りしめる。

 背筋や首筋に、悪寒にも似た、得も言われぬ寒気を感じながら。



「う~ん、お前も鈍い奴だなぁ?」


「お、お前にだけは言われたくねえっ!」


「そうか? なら教えてあげるよ。もう手加減しなくていいって事だからなっ!」


 ニカっと笑みを浮かべ、ハンマーを白マスクに向けるゴナタ。

 その全身からは、蒸気にも似た、薄紅い陽炎が浮かんでいた。 





「い、今のはなんだったのですか? あなたの妹に話し掛けていたようですがっ」


 そして青マスクも白マスク同様、今のナゴタに危機感を感じていた。

 ゴナタに合図らしきものを送ってから、纏う雰囲気が一変した事に。



「クス。別に大したことではないわ。こちらの用件が済んだから、そろそろ終わりにしましょうって、そう伝えただけ」


「よ、用件? それと終わりとは?」


 最大限に警戒しながら、細剣の柄を強く握る。

 口調もそうだが、その表情が、蔑む様な冷めた笑みに変わっていたからだ。



「用件とは経験を積む事と、私たちを敵視する、その理由を知りたかっただけよ」


「経験? そ、それで、終わりとは?」


「あなたももう気付いているでしょう? 今まではその用件を優先する為に、ある程度加減していただけの事。それを終えたのだから、後はこの決闘を終わりにするだけって」


「お、終わり? この期に及んで何を言って…… そもそもあなたはこの剣に、全く手も足も出せなく―――― ぐふっ!?」


 唐突に腹部にダメージを受け、地面にヒザを付く青マスク。

 細剣を振り上げた瞬間に、正体不明な一撃を食らっていた。



『ぐ、な、なぜ?』


 腹部を押さえ、地面を見つめながら混乱する。   

 優勢だった自分が、何故ヒザを付き悶絶しているのかと。


 それでもわかっているのは、斬られたわけではなく、打撃を受けた事だった。 



 ザッ


「んぐ、い、一体何が――――」


 地面を踏む音と同時に、細い足首と青いブーツが視界に入る。

 そして直感する。この足で蹴られ、地面に蹲っている自分がいると。



「さすがにCランクだけあって、これくらいでは意識を失わないみたいですね? でももう降参してください。あなたがいくら先に動こうとも、私の蹴りが圧倒的に速いですから」


 膝を突く青マスクを見下ろし、敗北を勧めるナゴタ。  

 その身体からは、蒼白い炎のようなものが揺らいで見えた。

 


「そ、そうですか。今までは本気ではなかった…… そうですね?」


「ええ、私たちにも目標とする人がいて、今回の戦いを利用させていただきました」 


「目標ですか? あなたほどの実力者が?」


 ナゴタを見上げながら呆然とする。

 ここまでの力を持つ者が、誰を目標としているのか。



「そんなものは最初から決まってます。あなたたちが侮辱し、軽視した、お姉さ…… ではなく、この街の蝶の英雄さまですよ」


「蝶の英雄? それはあなたではなく?」


「いいえ、違います。蝶の英雄さまは、私よりももっと凛々しく、お優しくて、実力も遥か上の、女神のような存在です」


「め、女神? そ、それは素晴らしいもの(胸)を持っていそうですね」


「ええ、それは素晴らしいものを持っていますよ。少女のような儚さと大人の魅力にあふれた、とても不思議な人ですから」


 胸の前で腕を組み、誇らしげに語るナゴタ。

 蕩ける様な笑みを浮かべ、薄っすらと頬を染めていた。


 それに対し、青マスクは、



「そうですか、なら一度お会いしてみたいところですが、それよりも下からの角度も素晴らしいですね。その二つの大きな山に、思わず登頂したくなりますよ」 


 見上げる形でナゴタの胸を凝視し、もぞもぞと体を動かしていた。 

 出会ったことのない女神よりも、目の前の景色に欲情していた。



「はっ!? まだこの期に及んでそんな事をっ!」


 ギュンッ!


 ドガ――――ンッ!


「ぐはっ!」 


 後頭部に一撃を喰らい、顔面を地面に叩き付けられる青マスク。

 ナゴタの踵落としを喰らい、そのまま気を失ってしまった。



 こうして、青マスクとナゴタの決闘は、青マスクの気絶と言う結果で、ナゴタの勝利で幕を閉じた。





『な、なんだこの威圧感は……』


 目の前の少女の変化に慄く。

 全ての攻撃を無力化した、この盾が頼りなく感じるくらいに。



「うん? どうしたんだ?」


「ち、どうもしねえよっ! それよりもさっさとかかってきたらどうだっ!」


 恐怖を払拭するかのように、白マスクは咆哮する。

 震えを悟られないように、無理やり声を絞り出す。



「もちろんそのつもりだけどさ。でもお前はどうして汗かいているんだ? そんなに暑いとは思えないけど」


「汗? だと?…………」


 ゴナタの指摘に絶句し、そして気付かされる。



『…………ちっ!』


 額や首筋を伝う、冷たく気持ち悪い汗に。  

 それどころか、武器を握る手までもが濡れている事に。



「よし、それじゃ気合入れろよなっ! 本気で行くからなっ!」


 ダンッ


 巨大なハンマーを振り上げ、白マスクに向かい地を蹴るゴナタ。

 その身体からは薄っすらと、紅い蒸気のようなものが揺らいで見えた。



「はんっ! いくら本気出したからって、結果は変わらねえよっ! また返り討ちにしてやるからなっ!」


 目前に迫る、鉄の塊に向かい小盾を掲げる。

 威力が尋常ではない事は承知しているが、幸い速度はそこまでではない。


 合わせるだけなら、そこまで難易度は高くない。

 今まで通り、盾で攻撃を相殺し、右手の剣で反撃をする単純な作業だ。



『そういやこの盾は、竜の一撃でも耐え得る代物だと、あの鎧野郎はほざいてたっけなっ! 正直あん時は、胡散臭い話だとも思ったが、あながち嘘でもなかったって事だっ!』


 この街に来る間にも、実験がてらに試してきた。    

 怪力自慢の冒険者や、鋭い牙や爪を持つ、数々の魔物相手に。


 その結果、疑惑が確信に変わった。

 この盾と、それを扱う技量があれば、この『剛力の嘲笑』にさえ勝てると。



 ブフォンッ


 盛大な風切り音と共に、強烈無比な一撃が迫る。  

 超重量をものともしない速さだが、その軌跡は見えている。

 


『よしっ! これで俺の勝ちだっ!』


 勝利は目前だと逸る白マスクだったが、二つの大きな過ちを犯していた。

 盾の性能が強力過ぎるが故に、思考を停止したのが原因だった。


 その二つの過ちとは、



 ドゴォォ―――――ンッ!


 パ――――――ンッ!



「なっ!?」


 ハンマーを受け止めた直後、盾が破壊された。

 表面を覆っていた、水風船のようなものが破裂し、一瞬で弾け飛んだ。


 しかもそれだけでは済まなかった。



 ボキッ 


「うぐぁっ!」


 ゴナタの一撃を相殺する事が出来ずに、盾ごと左腕をへし折られる。

 

 

「う、ぐっ、くっ、くっそが――――っ!」 


 ブンッ

    

 それでも右手の小剣で、反撃だとばかりに斬りつけるが、ゴナタの身体には届く間もなく、


 ドゴォォ―――――ンッ!

 ボキキッ 


「ぐはっ!」


 返す刀で、ハンマーの一撃を横っ腹に受け、あばら骨を数本破壊されながら、勢いよく真横に吹っ飛んで行った。


 タタタッ――――



「お、おい、大丈夫かいっ!?」

 

 ゴナタがすぐさま白マスクの元に駆け寄る。 

 腕だけならまだしも、体への一撃は、命に係るものだと焦りを覚える。



 ザッ


「う、ぐ…………」


「お、お前凄いなっ! その体でまだ立ち上がるんだっ!」


 剣を支えにして、立ち上がる白マスクの姿に驚愕するゴナタ。

 それでも続行が不可能なのは、誰の目から見ても明らかだった。


 白マスクが犯した二つの過ち。 



「く、な、なんなんだお前は、いきなり強くなりやがって…………」



 ――その一つは、ゴナタの変化に気付いていたが、盾の性能を過信するあまり、攻撃を避けずに、真正面から受けた事だった。



「強く? ああ、その盾が強かったからなぁ。それと、ちょっと前に強い子供の竜? と戦って追っ払ったから、加減を間違えたんだ」


「竜? だと…………」



 ――そして二つ目は、竜の一撃に匹敵する、攻撃力を持ったゴナタの存在だった。



『ち、それじゃ俺たちは、最初から勝ち目のない戦いを挑んだって事か…… 』


 チラと、自分と似たような仲間を見て、ポツリと呟く。

 そんな青マスクは、ナゴタに後頭部を踏まれたまま、昏倒していた。



「それよりも体は大丈夫なのか? なんか変な音しただろ?」


 ハンマーを地面に置き、心配そうな目を向けるゴナタ。 


「ああんっ! 大丈夫なわけねえだろうっ! こちとら腕とあばらやられてるんだぞっ! しかも盾まで破壊しやがってっ! いつつっ!」


「う~ん、そんなの自業自得だろう? 元々はお前らがお姉ぇ…… っと、蝶の英雄の真似してたのが悪いんだからな」


「ち、一体何なんだよ、その蝶の英雄ってのは…… もしかしてお前らみたいにデカいのか?」 


「デカい? ああ、もの凄くデカいぞっ! ワタシとナゴ姉ちゃんの二人がかりでも勝てないぐらいに」


「んなっ!?」


 ゴナタ、そして、姉のナゴタの胸部装甲を見て言葉を失う。

 これ以上、いや、2倍以上のモノを持つ者が、こいつらの言う蝶の英雄なんだと。



「それよりも、もう戦えないだろう? 降参の宣言をして、もうこれ以上何もしないなら、そのケガ治してあげるぞ。もの凄く痛いだろう?」


「ああ、そうだな。もう勝ち目のないのは痛いほどわかった。それに、その蝶の英雄ってのを一目見たいからな。正直、かなり悔しいが、負けを宣言するぜ。『参りました。今後、蝶の英雄の名を騙る―― うっ、ぐぅ!」


 降参宣言の最中で、悲痛の声を上げる白マスク。 

 負け宣言の文言が長いせいで、折れた骨に響いたようだ。

 

 身体を支えていた剣を手放し、ゆっくりと前のめりによろける。



「お、おい、大丈夫かっ!」


 タタッ


 その様子が危険と感じ、慌ててゴナタが駆け寄るが、


 ムギュ


「お? なんだこのデカくて柔らかいものは?」

「っ!?」


 ムギュギュ


「とてもじゃねえが、こんなものは初めてだ…… 柔らけえのに、メチャクチャ弾力があって、まるで手に吸い付くようで、こんな感触はいくらでも揉め――――」


「お、お前、心配してやってるのに、こんな時にふざけるなっ!」


 バキッ!


「うぐぉ――――っ!」


 ゴナタのグーパンを顔面に受けた白マスクは、鼻と前歯を折られ、鮮血をまき散らしながら、盛大に吹っ飛んで行き、そのまま気を失ってしまった。


 どうやら無傷だった右腕が、近寄ったゴナタの胸を本能的に揉みしだき、その怒りを買ったようだ。



 その結果、青マスク、そして、白マスクも降参宣言することなく、気絶と言う結末で、この決闘もシスターズたちの勝利となった。 


 ただその二人の昏倒している表情が、どこか満足気に見えたのは、新たな扉を開けた、切っ掛けになったのかもしれない。



 そしてこの騒動も残り一戦となり、最終戦は、黒マスクとアマジの試合を残す事となった。

 

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