第552話赤マスク男VS赤髪のラブナ その3
ガキキ――――ンッ! ×3
「く、なんなんだこの鏡はっ! ウザ過ぎて距離が詰められねえっ!」
自身の後を追尾してくるミラーを、鬱陶しそうに攻撃を仕掛ける赤マスクだったが、追い払うことも、ましてや破壊することもできずに、怒りを露にしていた。
「あははははは――――っ! 何よその情けない攻撃はっ! あんだけ大口叩いてた割には、全然アタシのとこまで届かないじゃないっ! あはは――っ!」
青筋を立てる赤マスクとは対照的に、さも楽し気な様子のラブナ。
3枚のリフレクトMマジックソーサーを操作しながら、高笑いを上げていたが、
『でもこれじゃ詠唱に集中できないわっ! どうにかアイツの隙を作らなきゃっ!』
だがその内心では非常に焦っていた。
そもそもリフレクトMマジックソーサーは、決して自動では動かない。
操作をするには、所有者の意思が不可欠だ。
今現在、赤マスクに使っているのは、牽制と防御に3枚。
本来は4枚で一組だが、さすがに4枚同時は今のところ扱えない。
そんなラブナは、スミカにアイテムを与えられてから、ずっと鍛錬を続けていた。ナジメのような能力がない、後衛一色の自分には、これが最適解だと信じて。
その結果、同じアイテムを持つ、ナジメよりも数段巧みに扱えるようになり、手足の様に自在に操作が可能になったが、それでも3枚が限界だった。
それ以上となると、魔法に回す分の
なら、操作する数を減らせばいいが、そう簡単にはいかなかった。
何故なら、赤マスクの体捌きはかなりのもので、特に、下半身の動きには目を見張るものがあった。
片足が地面に着く前に、足首は進行方向に曲げられ、そして着地と同時に、まるで撥ねる様にその場から移動する。
それを可能にしたのは、異常に可動域の広い足首と、ラブナの4倍の太さはあろう、異様に発達した、ふくらはぎの存在だった。
そのような理由が重なり、魔法が唱えられない事に、焦りを感じていた。
『ああ、もうっ! 悔しいけど、大口叩くことはあるわねっ!』
ここだけは認めざる得ない。
能力なのか、鍛錬の賜物なのかは不明だが、その動きは本物だろうと。
だがこのまま試合が長引けば、相手の体力が尽きるか、自分の集中が途切れるかの、我慢比べになってしまう。
それだけは避けたい。
それで仮に勝ったとしても、魔法使いが魔法を使わずに勝利を収めるなんて、誰も納得しないし、魔法使いとしての矜持に関わる。
『だったら、ちょっとやった事ないけど、あれやってみるしかないわねっ!』
このままでは埒が明かないと、ラブナはある決断をする。
詠唱の時間を稼ぐために、とある作戦を試みる。
ヒュン―― ×3
「な、なんだ、突然動きがっ!?」
赤マスクの行く手を阻んでいたミラーが、突如停止し、三方向に散開する。
「お、何だか知らねえが、これで距離を――――」
それを絶好の機会と捉えたのか、警戒しながら、一気に距離を詰めてくるが、
ギュンッ ×2
「って、危ねえっ!」
足元を狙ってきたであろうミラーを、後方に跳躍することで、ギリギリ躱す。
「あははははっ! これはかなり焦ったみたいねっ! でも本番はこれからよっ! 前後左右上下の、どこから来るかわからない攻撃を、いつまで躱し続けられるのかしらっ!」
ラブナが決断し、即実行に移した、突破口になりえる方法。
それは、『リフレクトMソーサラー』を武器として使う事だった。
ギュギュンッ ×3
「くっ!」
その宣言通りに3枚のミラーは、赤マスクの背後や頭上、地上を這うように、文字通り、縦横無尽に襲い掛かる。
更に、急停止や急加速、はたまた時間差や回転なども加え、不規則かつ、変則的な動きで、赤マスクを翻弄する。
「ち、このメスガキが――――っ!」
これにはさすがの赤マスクも吠える。
攻防一体型のミラー前に、攻撃を仕掛けては、避けられ、弾かれ、ましてや破壊もできないのだから、苛立つのは当たり前だろう。
『よし、これでアイツの意識を鏡に集中できたわっ!』
これが本来のラブナの目的。
自分の魔法より、リフレクトMソーサラーが脅威だと、相手に認識させる為の。
いつ襲い掛かるか、いつ動き出すかという、疑惑の念を植え付ける為に。
「あははっ! よし、今よっ! 土よ水よ、我が敵を飲み込む――――」
赤マスクの意識が、ミラーに釘付けなのを確認し、隙を見て詠唱を始めるが、
「ちっ! ウザってえ――――っ!」
ガガガンッ! ×3
「えっ!?」
突如、目の前で起きた出来事に、思わず詠唱を中断してしまう。
何故なら、赤マスクを襲っていたミラーの全てが、一瞬で蹴り飛ばされ、その勢いのまま訓練場を飛び出し、観客の向こう側に消えて行ってしまったからだ。
「ちょっ!」
これは予想外だった。
いや、本来は予想していなければいけなかったのだ。
赤マスクの持つ能力は【足捌】
移動や瞬発力に特化した能力だ。
そんな強靭な足で蹴られれば、手の平ぐらいのサイズのミラーなど、小石を遠くに蹴り飛ばすことと、そう大差ないだろう。
「わははっ! 自慢の鏡が無くなっちまったぜっ! 今そっちに行くからよっ! せいぜい気張って、魔法でも唱えるんだなっ!」
ザッ!
障害物が消え去ったことにより、強く地を蹴る赤マスク。
目を吊り上げ、歯を剥き出しにし、最短距離でこちらに疾走してくる。
『こ、これは――――』
非常にピンチだ。
飛び散ったミラーを引き戻すより、確実に赤マスクの方が早い。
接近を許したら最後、武器を持たない魔法使いなど、ただただ蹂躙されるだけだ。
だが、逆の見方をすれば――――
『これは―――― 好機だわっ!』
そう、これはチャンス。
そもそも赤マスクは、ラブナが所持するミラーの数を知らない。
恐らく、今まで使っていた3枚が、最大数だと思い込んでいるだろう。
なら使いどころはここしかない。
『でも、もっとギリギリまで引き寄せないとダメねっ! アイツの避ける動きは並みじゃなかったからっ!』
四方八方から襲い掛かる、3枚のミラーを前に、一度も被弾を許さなかった、身体能力や反射神経は、決して見過ごすことはできない。
確実に命中する距離まで、引き付ける必要がある。
「くくく、なんだまた恐怖で動けなくなっちまったかっ! なら俺が手伝ってやるぜっ!」
時機と距離を計り、身構えるラブナに、下卑た笑みで迫る赤マスク。
『…………5、4、3――――』
一方、そんなラブナは、赤マスクの言葉など耳に入らないかのように、冷静かつ、確実に当てる為に、慎重にタイミングを計る。
そしてその背中には、赤マスクから隠すように、最後の一枚を浮遊待機させてある。
『――――2、1』
しかも、ラブナの背後から放たれるミラーは、赤マスクにとっては死角だ。
更に、最後のミラーの存在を隠していたのだから、確実に命中するだろう。
「今よっ!」
ギュンッ!
そして絶好のタイミングで、最後のリフレクトMソーサラーを放つ。
距離にして約2メートル。到底避けられる距離ではない。
「あっはははっ! 残念だったわねっ! まだ残ってるわよっ!」
高笑いを上げると同時に、魔法の詠唱の準備に入る。
さすがにこの距離では、回避も迎撃も不可能だろうと。
ところが――――
バッ!
「うおっ! まだ持っていやがったかっ!?」
咄嗟に足を開き跳躍することで、最後のミラーさえ躱してみせた。
「なっ!?」
これにはさすがのラブナも絶句する。
幾重もの策を弄しても、難なく躱す、あの男の身体能力に。
『で、でもっ! ――――』
まだ終わりじゃない。
跳び越えられただけで、遠くに蹴り飛ばされたわけではない。
依然、最後のミラーは、赤マスクの下に残っている。
「あっはははは――っ! どうやら跳んで避けたのは失敗だったわねっ! さすがのアンタも空中では避けられないでしょっ!」
キュンッ
「な、なんだとっ!」
跳躍し、襲い掛かってくる赤マスクを前に、ラブナはミラーを急上昇させる。
もちろん狙いは足。
赤マスクにとっての一番の武器だが、裏を返せば弱点になるであろう、あの機動力を削ぐ為に。
「くっ――――」
ところが、この追い詰められた状況でさえ、赤マスクは驚異の身体能力を見せる。
「くっそが――――っ!」
ブンッ!
「はあっ!?」
なんと、空中で片足を振り抜くことで、無理やり態勢を変えたのだ。
この動きは明らかに、ラブナの狙いを悟った動きだった。
だが、そんな見事な回避だったが、逆に痛恨の一撃を受ける事になる。
これまでの地道な鍛錬で、ミラーを自在に操れるラブナだったが、さすがに今の動きについていけるほど程の、反射神経は持ち合わせてはいない。
したがって、目標を見失ったミラーは、そのまま勢いを失うことなく、
キュ ン―――――
ドガンッ!
「ぐお―――――っ!?」
そのまま宙を浮いている、赤マスクの股間に直撃し、
ドサッ
「ぐっ! こ、この、メスガ、キ、が………… ガク」
股間を押さえ、地面に落ちてくると同時に、白目を剥いて気を失った。
「え?」
そしてこの瞬間に、ラブナの勝利が確定した。
対戦相手が気絶したことで、これ以上の続行は不可能だからだ。
「はっ? えっ? なにっ? なんで?」
前のめりに崩れ落ちた、赤マスクを前に混乱するラブナ。
未だ状況が飲み込めず、助けを求める様に、キョロキョロと周囲を見渡すと――――
「く、あれはいくら冒険者でも、かなりキツイぞ…………」
「ああ、あそこだけは鍛えようがねぇもんな…………」
「魔法を使わずに勝っちまうのは凄えが…… だが気の毒かもな」
「ああ、見てるこっちも痛くなるよ。さすがに股間に当てるのはあれだよな?」
何やら痛々しい目で、赤マスクとラブナを見比べてる、観客の声が聞こえてきた。
中には両手で股間を押さえ、顔を引き攣らせる者までいた。
『はあっ!?』
なによ、股間って?
一方、ラブナの師匠である、二人の反応は、と言うと、
「なあ、ナゴ姉ちゃん」
「な、なにゴナちゃん?」
「あそこに当たるとそんなに痛いのかな?」
「し、知らないわっ。わ、私には付いてないもの」
「そうだよなー」
ふと疑問に思ったことを、純粋に姉に尋ねるゴナタと、顔を赤らめて、そんな妹に正論で答えるナゴタがいた。
『へ?』
あそこ?
更に、その状況を親子で見ていた、アマジとゴマチは、
「…………ねえ親父っ! じゃなくて、お父さまっ!」
「な、なんだゴマチよ」
「お父さまも、おちんちんって、弱点なの?」
「さ、さあな。そもそも俺はあのような攻撃を食らわないからな」
「そうだ、じゃなくて、そうですわよねっ!」
「あ、ああ」
娘のゴマチの問いに、そっと顔を逸らして答えるアマジがいた。
『おっ!?』
ちんちん――――っ!?
ここでようやくラブナは把握した。
観客たちの反応と、そこから出てきた単語で、全てを理解した。
「あ」
何故あれほど鍛えられた冒険者が、あそこまでのダメージを受けたのかと。
股間を押さえ、悶絶した理由が、これでハッキリした。
「はは――――」
だが、そんな観客の反応を前にしても、
「あは、あは、あはははははは――――――っ!」
ラブナは引きつった笑みで、無理やり高笑いの声を上げる。
気を失った赤マスクを前に、堂々と胸を張り、
「あはははは――――っ! こ、これでアタシの勝ちよっ!」
仁王立ちのまま、ビッと指を突きつけ、盛大に勝ちどきを上げた。
ここまでの流れが、まるで自分の作戦だったと言い切らんばかりに。
偶然や、成り行きだったって事を、誰にも悟られないように。
ダダッ!
「よ、よし、赤マスクとラブナの試合は、赤マスクの気絶をもって、ラブナの勝ちとするッ!」
ここでようやく、審判役のルーギルが駆け付け、ラブナの勝利を宣言した。
ただその目は、勝者のラブナではなく、どこか同情するような目で、敗者の赤マスクに向けられていた。
こうして、赤マスクとの第二戦目は、ラブナの勝利で幕を閉じたが、
『ふぅ~、なんとか勝てたのはいいけど、なんかみんなの視線が…………』
なんか気になる。
特に男たちの視線が顕著で、自分と目が合うと、慌てて逸らされる。
『な、なんだか気分悪いけど、勝ちは勝ちよねっ! 魔法が使えなかったのは悔しいけど、でも逆に言えば、魔法を使わずに勝った、近距離戦も得意な魔法使いだって思われるわよねっ! それにユーアの仇も討てたし、結果としては万々歳よっ!』
持ち前の勝気な性格で、細かいことを考えるのを止めたラブナ。
数々の視線を無視しながら、意気揚々と待機所に戻っていった。
だが、その翌日から、とある変化がラブナの周囲で起きる事となった。
それは、街の中で異性と目が合うと、バッと向きを変え、いそいそと足早に去っていく者が現れ始めた事だった。
しかもその際、全員が全員、股間を押さえていたのは、ある意味仕方のない事だろう。
更に、変化はこれだけではなく、この戦いでラブナにも二つ名がついた。
それは主に、冒険者や街の男たちの間で、まことしやかに囁かれていたもので、当の本人は知る由もなかった。知らぬが仏とはまさにこの事だろう。
何故なら、その二つ名が、
『金的の絶笑』
だったからだ。
どうやら、高笑いを上げながら、相手に止めを刺した事からついたようだ。
因みに師匠のナゴタの二つ名は『神速の冷笑』。ゴナタは『剛力の嘲笑』と呼ばれていた事から、その二人に共通する『笑』の単語を使ったのは、ちょっとした皮肉なのかもしれない。
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