第551話赤マスク男VS赤髪のラブナ その2
「………………」
「くくく、さっきまでの威勢はどうした。もしかして図星を突かれて怖気づいちまったのか? 今度は足だけじゃなく、体まで震えているぜ?」
開始の合図がされたと言うのに、頬を紅潮させ、動き出す気配のないラブナ。
そんなラブナを相手に、赤マスクは更に挑発を繰り返す。
「それと、もっといい情報を教えるぜ。俺の職業は『盗賊』だ。お前は見たところ、駆け出しの魔法使いだろう?」
「………………く」
「なら相性は最悪だな。お前が魔法を唱えている間に、俺はお前の懐に容易に入り込めるぜ? なにせ俺の能力は【足捌】だからな。ん?」
ここでようやく異変に気付く黒マスク。
震えるだけで、何の反応も見せないラブナに、意気揚々と語っていたが、
「ひ、く、くくく………………」
「あん? おま――――」
俯いて、すすり泣きしている姿に呆気に取られる。
まさか、戦う前から
『くくく、これはおもしれえな。まだまだこれからって時に、一瞬、肩透かしを食らっちまったかと思ったが、そもそも勝敗のルールにゃ、泣いたら終わりだなんてねえんだよな』
両手で顔を覆い、小刻みに震えている姿に、更に
この高慢ちきなメスガキを、一層堕としてみたいと欲求が大きくなる。
「さて、それじゃ、早速その
タンッ
短剣を逆手に構え、一直線に獲物に向かって地を蹴る赤マスク。
その表情は、口端も目尻も下げ、おぞましい笑顔で歪んでいた。
※
「で、どうなんじゃ? ラブナの調子は」
隣に陣取る、ラブナの師匠である、ナゴタとゴナタに声を掛けるナジメ。
普段とはかけ離れたラブナの様子を、不思議そうに眺めながら。
「別に普通よね? ゴナちゃん」
「そうだな、なんか我慢してるっぽいけどな」
「そうか、お主たちは寝食も共にしておるから、その話は本当なのじゃな。ならあれは怯えてるわけではないのじゃな? 今回のような実戦形式に近い対人戦は、あまり経験がないようだしの」
「怯える? あの子が? いいえ、それは絶対にないわ。そもそもあの子の最初の相手は、お姉さまでしたから」
「そうだぞ。それにお姉ぇと依頼を受けて、あっちでも活躍したって聞いてるから、度胸も経験もずっとついてると思うぞ」
両手で顔を覆い、震えている弟子を前に、あっけらかんと答える師匠たち。
「おお、そうじゃったなっ! ねぇねを相手にしておるのじゃから、どんな輩を前にしても、有象無象に感じるじゃろうなっ! ぬははっ!」
二人の説明に合点がいったようで、八重歯を見せて破顔するナジメ。
「それと、つい先日、この街に現れた、竜族のエンドって子ともラブナは戦っているのでしょう? 尚更、普通の人間になんて臆する理由はないわ」
「ああ、あの日はラブナも大変だって聞かされたなーっ! こっちもナゴ姉ちゃんと、おまけでルーギルと、アドって竜族を撃退したからな。今更相手が怖いってないよなっ!」
「うははっ! それもそうじゃなっ! 尚更ラブナが怖気づく理由など皆無なのじゃっ! 竜族のあ奴にはわしも肝を冷やしたからの。確かにお主らの言う通り、今更な話なのじゃっ!」
顔を見合わせて、フーナの家族たちとの戦いを思い出す三人。
あのような存在と相対する事自体が稀だったが、その分、膨大な経験を与えてくれた。
「ならわしたちは、大人しく観戦する事にするのじゃ。きっとラブナは期待に応えてくれるじゃろう」
「そうね、あの子は元々強い心を持っていたわ。足りないのは知識と経験だったけれど、それもこの数週間で、かなり補ってきたわ。だから――――」
「うん、だからワタシたちは、なんの心配しなくてもいいよなっ!」
ラブナを送り出した時よりも、表情を緩めるナジメとナゴタとゴナタ。
その心情は、見守る側から、成長を楽しむさまに変わっていった。
※
一方、そんな三人に、期待されるラブナはと言うと――――
『な、なんか赤いのがごちゃごちゃ言ってるけど、今はそれどころじゃないのよっ! 別にアイツが怖いって訳じゃないわっ! だってあの赤いのからは何も感じないんだからっ!』
赤マスクが何やら、前口上を述べていたが、殆ど耳に入っていなかった。
そんなラブナが、今まで手合わせをした相手はかなり少ない。
回数で言えば、片手で数えられるぐらいだ。
冒険者になってまだ間もないのだから、至って普通ともいえる。
そもそもFランクでは、討伐系の依頼が少ないのも理由の一つだろう。
ただ、今まで相対してきたラブナの相手は普通ではない。
デビュー戦のスミカから始まり、アマジの仲間の大剣使いのバサ。
次いで、シクロ湿原に現れた、白リザードマンとジェム4の魔物。
そしてつい先日には、この街のスラムで邂逅した、フーナの家族の竜族エンド。
場数こそ少ないが、それでもその数以上に、稀有な出会いと経験を積んだ。
特に、この世界でも上位に位置する者との戦いは、ラブナの価値観を大いに変えた程だ。
だが、そんなラブナでも未経験のものがあった。
異世界人や人族、魔戒兵や竜族と相まみえていても、未だ苦手なものがあった。
それは――――
『うう~、あの子は豆腐屋の娘じゃないのっ! あっちは、アタシがいつもおやつを買いに行くお店の奥さんだわっ! あ、あそこにいるのはボウとホウっ!? あれは屋台で可愛い装飾品を売っている、あのお姉さんだわっ! あああ~、なんでこんなに見られてるのよっ!』
それは、大勢の観客の前で戦うという状況に、緊張を感じていた。
目の前の相手がどうこうよりも、知り合いが多い事に、身体を震わせていた。
ある意味この状況は、ラブナにとっては晴れ舞台。
拠点とするこの街の人々に、自分の実力を知ってもらう大舞台。
だが、強者や手練れに慣れていても、人の目には慣れていなかった。
全くの他人ならともかく、知り合いの多いこの街なら尚更だ。
『ユ、ユーアはあんなに堂々としてたのに、アタシがこんなんじゃカッコつかないわっ! さっきまで何も意識してなかったのに、あの赤い奴のせいで――――』
恥ずかしい。
傍から見れば、格上の冒険者を前に、尻込みしている新人に見えるだろう。
憎い。
無意識に震えていた足を、さも自分が原因かのように、得意げに
『あああ、もうっ! あったまきたわーっ! 結局全部アイツが原因じゃないのっ! これで万が一負けたりしたら、この街で活動しにくくなるし、蝶の英雄の名に泥を塗ることになるわっ!』
許せない。
ユーアを含め、この街のみんなに、こんな醜態をさらす要因となったアイツが。
その結果、自分の事だけならまだしも、蝶の英雄のスミ姉が、揶揄され嘲笑される事は、決してあってはならない。
自分はユーアとスミ姉に出会い、孤独と貧困から解放されただけではなく、師匠と三人で住める、快適で便利な家や、大勢の子供たちが楽しく生活を送れる、新しい孤児院や仕事も与えてくれた。
「ひ、く、くくく…………」
なんだか震えが収まってきた。
緊張や羞恥心を、憤怒の感情が上回ったようだ。
「あ、あは…………」
だからといって、このまま感情に任せて突っ走るのは悪手だ。
怒りは視野を狭め、冷静さを失わせるだけではなく、相手に絶好の隙を作ることになる。
「あ、ははは…………」
だったら答えは簡単だ。
感情を読み取らせないように、高笑いを上げる事だ。
そもそも、笑うという行為は、緊張や筋肉をほぐす事だけではなく、相手を困惑させ、自分を鼓舞する事ができる。
「あははははははははは――――――っ!」
その見本という訳ではないが、あの蝶の英雄はいつもそんな感じだった。
数々の強敵を前にしても、どこか楽しげに、戦場を縦横無尽に舞っていた。
ザッ
「な、なんだお前っ!? 恐怖で気でも触れたかっ!」
「えっ!?」
我に返った瞬間に、赤マスクが目の前に迫ってきていた。
背後からローブに向かい、2本の短剣を振り下ろした瞬間だった。
「ちょっ!」
これはヤバイ。
魔法使いは接近されたら何もできない。
ナジメのような鉄壁の能力を持っているならまだしも、そんな都合のいい能力は、あいにく持ち合わせてはいない。
だったら――――
ガキ――――ンッ! ×2
「なっ――――」
――――だったら、最初から用意をするのは当たり前だ。
「な、なんだこれはっ!」
振り下ろした短剣が弾かれ、驚愕の表情を浮かべる赤マスク。
得体の知れないものを前に、咄嗟に後方に下がる。
「あははははは――――っ! 何よその顔はっ! さっきまでの薄ら笑いはどうしたのよっ! そもそも魔法使いのアタシが、なんの準備も無しに接近戦に付き合うとか思ってたわけっ! あはははははっ!」
慌てて距離を取った赤マスクを、今までの仕返しとばかりに小馬鹿にするラブナ。
その頭上には、直径20センチほどの、◇形のミラーが3つ浮遊していた。
どうやらスミカから貰った『リフレクト
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