第550話赤マスク男VS赤髪のラブナ その1
「はあっ!? 反則って何よっ! ルーギル…… さんは、どこに目を付けてるのよっ! もうあの変態は動かないじゃないっ!」
反則負けを聞いたラブナは、腕を振り上げ激昂していた。
誰の目から見ても明らかに、ユーアの勝利は確実なはずだと。
「いいえ、これで良かったかもしれないわ。ね? ゴナちゃん」
「うん。難しい事はわからないけど、これでいいと思うな」
「はあっ! なんでよ師匠たちっ!」
自分とは真逆な意見の二人に、食って掛かるラブナ。
「ラブナ、今のユーアちゃんは、本来の目的と手段を履き違えてるからよ」
「はっ? どこがよ、ナゴ師匠?」
「ユーアちゃんはあくまでも、模擬戦に勝って、お姉さまを愚弄した事や、迷惑をかけただろう人たちに、謝罪でも償いでもしてもらえれば良かったの。なのにあそこまで執拗に痛めつける必要はなかったって事よ。それに、あのまま勝っていたら――――」
「きっとワタシたちみたいになってたかもしれないからな。強いのは悪い事じゃないけど、その向きがおかしな方向に行っちゃうと、自分では戻せないからな」
姉のナゴタの話に、ゴナタも加わり、自分なりに説明するが、
「は? ゴナ師匠が何言ってるかわからないわ」
「え?」
ゴナタの話が抽象的過ぎて、ラブナにはあまり伝わらなかった。
そんな二人を見かねて、溜息交じりにナゴタが説明を引き継ぐ。
「はぁ~、あのね、ユーアちゃんはお姉さまに、アイテムや戦うことを教えられて、私たちが出会った頃よりもずっと強くなったわ。それこそ同じ年代の子よりも、遥かに早い速度でね」
「うん、それは知ってるわ、ナゴ師匠。それで?」
固まったままのゴナタから、ナゴタの話に耳を傾けるラブナ。
「でもそれに対して、心は追いついていなかったの。お姉さまを愚弄した、あの男を懲らしめたい気持ちはわかるわ。けど、途中からユーアちゃんは――――」
「あっ! 痛めつけるのが目的になっちゃったんだと思うなっ! じゃなきゃあそこまでしないし、必要ないもんな。だからハラミはそれを心配して、わざと乱入したんだと思うな」
ここぞとばかりに、再度ゴナタが注釈を入れる。
「なるほど…… 強すぎる力や意志は身を滅ぼすって感じなのね? で、ハラミはそれを察知して、ユーアを止めたってわけね?」
うんうんと頷き、未だ話をしているユーアたちを見る。
「そうね、殆どゴナちゃんの言う通り。ユーアちゃんの異変に気付いた、ハラミの行動はあれで良かったんだと思うわ。ただその代わりに、反則負けになってしまったけど、それも結果としては最善だったと思うわ」
「うん、ワタシもそう思うな」
「え? ひょっとして今の話だと、反則負けって、ハラミが乱入したからなの?」
ふと気付いて、師匠の二人を見やる。
「うん、きっとそうだぞ。最初から参戦してたら問題なかったんだけど、途中で、しかも訓練場の外から乱入したのがマズかったからな」
「そう、これもゴナちゃんの言う通りね。あ、どうやら説明が終わったみたいね?」
ルーギルたちに視線を向けると、赤のマスクを置いて、残りの3人は自分たちの待機所に戻っていくところだった。
赤のマスクが一人残っているところを見ると、恐らく次の相手なのだろう。
「って、アイツら、仲間の黄色いのほったらかしじゃないっ!?」
待機所に戻った男たちを見て、呆れた顔で叫ぶラブナ。
正確にはナジメたちが看ているが、それでも重症の仲間を放置して、素知らぬ顔だ。
「もう用済みってことかしらね?」
「そうだな、あのケガだと普通は動けないもんな」
黄色マスクの扱いを見て、そう判断するナゴタとゴナタ。
あの男たちはそう言った、利害だけの関係なのだろうと。
「あっ! でもユーアが向かっていったわっ!」
ラブナの視線の先では、ハラミに乗ったユーアが黄色マスクの元に到着し、マジックポーチから何かを取り出しているところだった。
※
『がう』
「お、ユーアお疲れ様じゃっ! じゃが、あの結果は少々残念じゃったな。わしはちと納得できず、傍にいたルーギルに抗議したんじゃが、みなに見られてる以上、ああ言うしかなかったようじゃ。じゃからあまりルーギルを責めんでくれ」
駆け付けたユーアに、ナジメが労いと謝罪の声を掛けるが、
「ううん、あれでいいと思うんだ。それでおじちゃんは大丈夫なの?」
模擬戦の結果など気にした風もなく、ナジメが看ている黄色マスクを心配そうに眺める。
「うむ、今は気を失っているだけじゃな。ただこのまま目を覚ませば、また痛みで気を失うやも知れぬが」
「そうだよね…… ならスミカお姉ちゃんに貰った回復薬を使うね?」
「そうじゃな、それがいいじゃろう。こ奴の仲間たちは、みな薄情じゃからな」
「うんっ!」
ナジメの了承を得て、ユーアは黄色マスク男に『リカバリーポーションS』使った。
すると――――
「はっ! 確か僕は、誰かに攻撃されて………… ひいぃ――――っ!」
ズザザザザザ――――――
すると、ユーアを視界に入れた途端に、悲鳴を上げて後退りする。
この結果は、予想通りと言えば、予想通りだろう。
2桁を超える骨を躊躇なく折られ、過去最大の絶望と、恐怖を刷り込まれたその本人が、目の前にいるのだから。
しかもその隣には、自分より巨大な魔物が凄みを利かせていた。
「あっ! 待っておじちゃんっ! もうケガは痛くない?」
恐怖に慄き、逃げる男にユーアが慌てて声を掛ける。
「え? ケガ…… あっ!」
「どう? もう大丈夫?」
「う、うん。もしかして、ユ、ユーアちゃんが治してくれた、の?」
ビクビクと恐怖に身体を震わせながら、掠れた声でユーアに確認する。
「うん、そうだよ。それでもう痛くない?」
「うん、ぜ、全然痛くないよ。でもなんで?」
「なんで?」
聞かれた意味が分からずに、コテンと首を傾げるユーア。
「なんで、敵なんかの僕を治したのかなって。しかもあのケガが治る薬なんて、もの凄く高価なものじゃないの?」
「うん、ボクもそう思うんだけど、でもスミカお姉ちゃんがシスターズのみんなに配ってるんだよ? だから気にしないでいいよ。だって、だって、おじちゃんをいっぱい痛くしちゃったのは、ボクがいけなかったんだもん……」
黄色マスクに説明しながら、俯き、段々と涙声になるユーア。
どうやら敵味方よりも、やり過ぎた事に心を痛めているようだ。
「あ、それは――――」
そんなユーアの様子を見て、言葉を失う。
模擬戦とはいえ、ケガなどは誰しも覚悟しているはずだからだ。
なのにこの少女は、自分が悪かったと後悔している。
事の発端はこちら側だと言うのに。
『本当になんなんだよ、この少女は…… 有無を言わせず僕の腕を折った、さっきまでとはまるで別人だよ…… あ、もしかして、悪行を繰り返す僕に、罰を与える意味であんな数々の仕打ちを?』
だとしたら納得がいく。
本来は今のような、優しく純粋な心の持ち主なのだろうと。
だが、罪を重ねる悪人には容赦がない。
罪の重さを理解させるまで、徹底的に痛めつける。
だけどその反面、相手が屈したとみれば、傷を癒し、謝罪をする。
今後は真っ当な道を進めと、こうして慈悲をくれる。
『こ、これじゃ、この少女はまるで…………』
天使だ。
間違った行いを正してくれる、僕の前に舞い降りた小さな
そう考えると、不思議と蝶の羽根が、白い羽毛の様に見えてくる。
清廉で純白な、神々しくも、安らぎを与えてくれる、天使の翼に。
『でもそうは言っても、まだまだ未熟で子供なんだ。だから僕が立派な天使になれるように、傍にいて、導いてあげないとダメだよね? 僕を救って(治して)くれた恩を返すためにも』
泣いている
この小さな天使を守るのは、自分の役目なんだと。
「ち、違うよっ! 僕が悪かったんだってっ! ユーアちゃんの大好きな人の事を何も知らないのに馬鹿にしたんだからっ! だから本当にごめんねっ!」
オタオタしながらも、いつもの早口で謝罪する。
ここまでさせてしまったのは、一方的に自分が悪かったのだと。
「うん、そうなんだけど、でも、ボク…………」
「でもじゃないよっ! 全面的に僕が悪いんだっ! ほら、一緒に着いて行ってあげるから、ユーアちゃんの仲間のところに行こうねっ!」
「うん……」
涙ぐみ、小さく肩を落とす、小柄な背中にそっと手を伸ばす黄色マスク。
今のユーアの真摯さと涙が、全ての恐怖を吹き飛ばしたようだ。
ところが、
『がうっ!』
「うわ――――っ!」
「え?」
ユーアの肩に手を伸ばした瞬間に、後ろで見張っていたハラミに吠えたてられて、悲鳴を上げながら、脱兎のごとく逃げ出してしまった。
こうして、なりすまし組とBシスターズとの第一回戦は、ユーアの反則負けで幕を閉じた。
※
ザッ
「お、ようやく来やがったか、てか、なんでお前が出てきたんだ?」
肩で風を切り、紅色のローブと赤髪を翻しながら、目の前に現れた少女。
そんな少女の登場に、赤マスクは意外そうな顔をするが――――
「はあ? なんでって、アンタの視線が鬱陶しいからに決まってるでしょっ!」
「くくく、そうか。それは僥倖だ。獲物を狙う俺の視線に気付くとはな」
意外どころか、心底ラブナとの対戦を望んでいたようだ。
不機嫌な顔から一転して、ニヤリと口元を緩める。
「一応聞いておくけど、今の獲物って何よ?」
「ああ、俺はな、お前みたいな生意気な子供を嬲る事に快感を覚えるんだ。特に、大した実力も才能も経験もないくせに、やたら態度だけデカい、メスガキの新人冒険者にな」
「あ、そう。やっぱりアンタもあの黄色いのと同類ってわけね。あと、なんでアタシが新人だって決めつけてるわけ? 実はアンタより格上の可能性もあるじゃない」
男の発言に臆した風なく、仁王立ちで問いかけるラブナ。
「あん? そんなの見た目からわかるだろうに。せいぜい冒険者になって1年かそこらだろう? それと粋がっちゃいるが、お前、足が震えてるんだよ」
「は、はあっ!? これは――――」
バッ
赤マスクの視線に、慌ててローブから覗いていた足を隠すが、それでも震えている事実までは隠せなかった。
「おお、遅れて悪りぃッ。ちょっと向こうで揉めてよぉッ。ん? どうしたお前ら」
そんなやり取りの最中、審判役のルーギルが到着する。
「べ、別になんでもないわよっ! さっさと始めちゃってよ、ルーギルさんっ!」
「そこのメスガキの言う通りだ。さっさとやってくれ、ギルド長さんよ」
「ああ、それは始めるがよッ。ってか、なんでお前は顔が真っ赤なんだッ?」
赤マスクとは対照的に、落ち着きのないラブナを不思議そうに眺める。
「だ、だから何でもないって言ってるでしょっ! アタシはユーアの仇を討ちにきたのよっ!」
「いや、ユーアは生きてるだろうにッ。まぁ、いいか。それじゃ始めるぞッ。ルールはわかってんなッ?」
何処かソワソワしているラブナと、それを小馬鹿にするように、薄い笑みを浮かべる黒マスクに確認する。
「ああ、そんなのいいからさっさと始めてくれ」
「わ、わかってるわっ!」
「んじゃ、第二回戦は、Cランクの赤マスクと、Fランクのラブナとの対戦開始だ――――ッ!」
右手を振り下ろし、開始の合図と共に、ルーギルは急いでここを離れて行った。
こうして、若干様子のおかしいラブナと、赤マスクとの模擬戦が開始された。
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