第549話黄色マスク男VS蝶の英雄の妹ユーア その3




「ヤ、ヤベエなアイツッ! メチャクチャしてんぞッ!」


 ダダダッ――――


 審判役のルーギルが、慌ててナジメたちの元に駆け寄る。

 メチャクチャとは、ユーアの驚くべき行動の事だろう。


 何せ、ユーアの対戦相手の黄色マスクは、10本の指と両手首を折られ、既に戦意を失っているのにも関わらず、そんな相手を前に――――



「う、うむ。しかも今度はハンドボウガンを取り出したのじゃっ!」

「あ、あと残ってるのは、両肘と足だけ。まさかまだやるつもりなのかっ!?」

「今のユーアちゃん、ちょっと怖い、なんで…………」



 ――攻撃の手を緩める気配がないからだった。 



 ナジメ、ロアジム、ゴマチはそんなユーアの行動に、驚愕すると同時に、困惑する。

 ルーギルも含め、何故あのユーアがここまで、事をしているのだろうと。


 



「さ、さすがユーアねっ! まさかあんな一方的にやっつけるなんて思わなかったわっ! もうあの変態も懲りたんじゃないっ!」


 一方、ルーギル達の隣では、上擦った声で、ラブナが歓喜の声を上げていたが、


「でも一方的過ぎて、あまりいい傾向ではないわ……」 

「それに、いつもと違って怖いもんな、今のユーアちゃん……」


 だが、ラブナの師匠のナゴタとゴナタは、言葉尻を濁していた。

 普段のユーアからかけ離れた行動に、揃って表情を曇らせていた。


 

「なあ、ナゴ姉ちゃん、このままだと――――」


 今のユーアの姿に、何かを感じたゴナタは、姉のナゴタに振り返る。


「そうね、このままだと、私たちみたいになってもおかしくないわ。大事なものを守る想いが暴走して、目的を履き違えた、過去の私たちみたいに」

「だ、だよな、でも止める方法がないよ。お姉ぇもここにはいないし……」

「そうね、お姉さまは、今…………」


 姉妹は互いに目を合わせた後で、不安げな表情をユーアに向ける。



 そんな過去のナゴナタ姉妹は、同業者を狩る冒険者狩りだったが、スミカと出会いによって道を正された。


 その結果、現在でも冒険者稼業を続けられている。


 多少の遺恨は残っているだろうが、それでも大半の冒険者たちには許され、今では新人冒険者たちの指導役を任されるほどに、信頼は回復してきている。

 

 冒険者を守って死んだ、憧れの両親を罵倒され、冒険者そのものを憎んだ姉妹。

 その行動が間違っていると気付いても、止める事は出来なかった。


 大切なものを罵られ、卑下されれば、その想いが強いほど周りが見えなくなる。

 それを知っているからこそ、ナゴタとゴナタは懸念する。


 あれ以上踏み込めば、自分たちと同じ道を辿ってしまうと。

 笑顔も生き甲斐も何もかも失くし、憎悪だけが育っていったあの過去を。





「ま、待てっ! 待ってくださいっ! 今、参ったって言うからっ!」


 武器を構え、冷めた目で見下ろすユーアに、黄色マスクは懇願する。  

 あの気持ち悪い言動も、自信に満ちた態度も、とうに霧散していた。



「でもその前に約束してくれる?」

「わ、わかりましたっ! 何でも約束するよっ!」


 ユーアの話にブンブンと、首を縦に振って即答する黄色マスク。


「もうあんな事しない?」

「あ、あんな事?………… わ、わかった。ぼ、僕はユーアちゃんに今後タッチしない、ぎゃあ――っ!」


 恐る恐る答えたと同時に、絶叫する黄色マスク。

 見ると、右の足首がおかしな方向に曲がっていた。



「違うよ? ボクの事じゃないよ? やっぱりわかってくれないんだね」

「ななな、何がっ!」

「おじさんはね、ボクの大好きな人を馬鹿にしたんだよ?」


 スチャ


「ひっ!」


 説明しながらおもむろに、2丁のハンドボウガンを向けるユーア。

 その行動に、更に恐怖に顔を歪め、短い悲鳴を上げる。


 そんな黄色マスクなど眼中にないかのように、更にユーアの話は続く。


「それでね、こっちは当たると痺れるんだっ! だから逃げようとしてもダメだよ? それでこっちは爆発するんだっ! これ全部スミカお姉ちゃんに貰ったんだっ!」


「ひ、ひぃ――――っ!」


 何の脈絡もなく、嬉々として、武器の説明を始めたユーアに恐怖する。

 冷めた笑顔から一転して、無邪気に話す姿に、黄色マスクは錯乱する。



 ズザザ――――


「うひぃっ! だ、だからもう降参だってっ! もうやめてっ!」


 目の前の恐怖から逃げようと、半狂乱になりながら黄色マスクは後退りするが、


 トコトコ


「それで、この鎖もね――――」


 離れた分の距離を、ゆっくりと笑顔で詰めてくるユーア。



『な、なんだ、何なんだこの子供は――っ! 蝶の英雄本人じゃないだろうに、なんでこんなに強いんだよっ! もしかして僕たちは、手を出しちゃいけないものに手を出したのかっ!』 


 正直舐めていたし、侮っていた。


 蝶の英雄なんて、殆ど無名に近い英雄の事なんて。

 そして、その英雄を支持する仲間なんて、大したことないと。


 だが蓋を開けてみれば、その真逆だった。

 一番無害に思えたこの少女でさえ、手も足も出せず、追い詰められている。



「どうしたの? もう逃げないの?」


「ひぃっ!?」


 動きを止めた黄色マスクに、不思議そうに首を傾げるユーア。 

 戦う前なら、その仕草にキュンときたが、今はその一挙手一投足が、恐怖を煽る仕草にしか映らなかった。



 だからこそ、一秒でも早く、この苦痛と恐怖から逃れようと、


「ま、参ったっ! いや参りましたっ! 今後、蝶の英雄の名を騙る事はしません。許して――――」


 記憶を頼りに、負け宣言の口上を叫んでいる最中、それは起こった。 



『ガウッ!』


 ドガンッ!


「がはっ!」

「えっ!?」



 強烈な一撃を背中に受けて、黄色マスクはユーアの前から吹っ飛んでいき、ルーギル達がいるベンチの前に落下し、そのまま気を失った。


 そのユーアと黄色マスクに、割り込んできた犯人は、



「ハラミっ! なんで?」

『がう~』 


 ペロペロ


「くすぐったいよぉ~っ! じゃなくて―――― え? ボクが変だった?」

『がう』


 それは、ギルドの屋根からずっと、ユーアを見守っていたハラミだった。



「あれ以上は危なかったの?」

『がうっ! がうっ!』

「そうだよね、ボクもちょっと怖かったんだ…… なんか一杯怒っちゃって、ボクがボクじゃないみたいになっちゃったんだ」


 柔らかいハラミの身体にボフと抱き着き、心の内を吐露する。

 幾度も大事なものを乏しめられ、怒りで我を忘れた、そんな自分が怖かったのだと。



「あ~、ちょっといいかッ? お前ら」


「え?」

『がう?』


 二人が抱き合っている最中、ルーギルがユーアとハラミの元に歩いてくる。

 その後ろには、気を失った黄色マスクを放置して、残りの仲間も付いてきていた。 


 恐らく、模擬戦の結果を説明しに来たのだろう。

 勝利の条件の中には、対戦相手黄色マスク男の気絶も含まれているからだ。


 だが、そんなルーギルの表情は、何処か浮かない顔だった。



「はい、なんですか? ルーギルさん」

『がう』


「あのよ、ちょっと言いにくいんだがよッ……」


「うん?」

『がう?』


 いつもと違い、歯切れの悪いルーギルに、若干戸惑う二人。

 そんな二人を前に、ルーギルは話を続けるが、



「お前ら反則負けだわッ」


「え?」

『がう』

 

 衝撃的な知らせを聞いて、更に戸惑う二人。

 互いに抱き合ったまま、ルーギルを見て固まってしまう。



「あー、その訳は今から話すけどよッ」


 キョトンとしている二人と、黄色マスクの仲間を前に、ルーギルが説明を始めた。 

 

 その理由とは?


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