第548話黄色マスク男VS蝶の英雄の妹ユーア その2
「…………太ったの?」
率直な感想をそのまま口に出すユーア。
それ以外に何も言葉が思い浮かばなかったのだろう。
何せ『チャーンリングW』を破壊した、黄色マスク男の姿は――――
「ぐふ。それは違うよ。これが僕の本当の姿なんだ。まさかこんな早く真の姿を出す事になるとは思わなかったけど。でもこうなると加減が難しいから、ユーアちゃんに痛くしちゃうけど、我慢してね?」
どこか不快に感じる話し方は変わらないが、その口調が饒舌になっていた。
だが、一番の変化はそこではなく、その見た目だろう。
「――――なんか」
筋肉質な身体から一転して、ブヨブヨの肥満体になっていた。
本人曰く、これが真の姿だと言うが、
『なんか、さっきよりも怖くなくなった?』
圧迫感が増しただけで、逆に威圧感が無くなり、少しだけ戸惑う。
真の姿とは一体何なのだろうと。
「ぐふ。それじゃ、ここからは本気で行くよ。この姿に戻った僕は、さっきまでとは速さもチカラも段違いだからね。もうあの鎖も効かないよ」
「そうなの?」
「それはそうさ。今まで無理やり抑えていた力が解放されたんだ。ユーアちゃんなんかあっと言う間に捕まえて、みんなの前で引ん剝いちゃうよ」
「ボクの服を脱がすの? なんで?」
引ん剝くと言われ、自身の着ている衣装を見下ろす。
それは、自分の為にニスマジが作ってくれたものだ。
「なんでって、ユーアちゃんは脱いだ方が可愛いからだよ。その衣装ももちろん似合うけど、なんか変だよね?」
「変? どこが?」
「少し大人びた色合いがユーアちゃんに合わないのもあるけど、そもそも背中の羽根がおかしいんだよね? なんで数多くいる虫の中で、弱小の部類に入る蝶なのかって、普通なるよね?」
「え?」
早口で捲し立てられ、小さく口を開けたまま固まるユーア。
口下手ゆえに、直ぐに反論できなかったが、その瞳はしっかりと捉えていた。
目の前の男は敵なんだと。
一番に強い蝶を馬鹿にする、愚かで無知な虫ケラなんだと。
「だから脱がすんだよ。そんなものはユーアちゃんに要らないから。あ、でも降参は言わせないよ? 口を塞いで、僕に抱っこされたまま、みんなに可愛い裸を披露しようね? その後は僕とお風呂入るって決めたから」
「………………」
自分本位な、
裸を見せる意味も分からないし、お風呂に入る関係でもないからだ。
「それじゃ、覚悟は出来たね。なら行くよ」
ザッ
黄色マスクが一足飛びに、ユーアの間合いに入り込む。
見た目とは裏腹に、その動きは先ほどより速度を増していた。
「んっ!」
ぴょん
だがそれさえも、ユーアは軽やかに躱し、男の隣に平然と立っている。
「なっ!? く、こっちっ!」
ブンッ
避けられたのを察知し、すぐさま腕を振り回すが、
「あっ!」
ひょい
これも身を屈める事で、ユーアは見事に回避した。
太い腕が頭上を掠めたが、動揺した様子もなかった。
「くっ! このっ! はあっ!? ちっ!」
その後、何度もユーアを捕えようとするが、全てが空振りだった。
途中から、捕縛ではなく、攻撃に変わっていたが、結果は同じだった。
※
「はぁ、はぁ、な、何なんだっ! なんでさっきからっ!」
遂には体力を使い切り、大量の汗を搔いたまま、動きを止める黄色マスク。
三桁近い攻撃を、まるで蝶が舞うよう様に、ヒラヒラと躱され続けた。
トコトコ
ちょんちょん
「どうしたのおじさん? ボクはここにいるよ?」
肩で息をしている男に近寄り、煽るように頬をつつくユーア。
見るからに疲弊している黄色マスクとは違い、汗の一つも掻いていなかった。
『はっ、はっ、はっ、な、なんで…………』
理解が追い付かない。
冒険者とはいえ、あんな小さな子供一人捕らえられないなんて。
戦いに於ける戦力は全てこちらが上のはず。
なのに、全てを軽々と躱され、最小限の動きで避けられてしまう。
最初からこちらの動きが視えてるかのように。
まるでこちらの思考を読まれているかのように。
そう錯覚してしまうほど、目の前の幼女の動きは異常過ぎた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
ス――
それでも本能的に手を伸ばす。
無駄だと知りつつ、そこに愛でるべき
グッ
「あ」
「え?」
初めて触れた。いや、捕まえた。
震える手で掴んだものは、白くて細いユーアの腕だった。
『よ、よしっ!』
スベスベで弾力のある、腕の感触を味わいながら、心の中でガッツポーズする。
何故ここに来て、とは思ったが、この好機を逃すわけにはいかない。
既に体力も気力も限界に近い。
ここで逃げられたら、あんな事もこんな事も出来なくなる。
それに冒険者としての沽券にも関わる。
格下、しかも幼女に惨敗したと広まれば、今後の活動は難しいだろう。
グイッ
しっかりと握っている、華奢で小さな腕を引き寄せる。
驚くほど簡単に腕の中に入ってきた。
「ぐふ、ぐふふ。それじゃ、先ずは邪魔な羽根から毟ろうね?」
「…………」
腕を掴んだまま後ろに回り込み、肩口にそう呟く。
それを聞いて一瞬ピクリと反応したが、既に観念しているのか抵抗はなかった。
この後はもちろん、予告通りに全てを剥ぐつもりだ。
観客の前で見世物にし、心をへし折って連れ帰る予定だ。
『はぁはぁはぁ、だから英雄の真似事はやめられないんだよね~。黒も白も赤も青も、みんなそれぞれに目当ての人形を見付けたみたいだしね。ぐふふ』
今までもこうして食い物にしてきた。
英雄の名に群がる間抜けどもを、自分たちの肥やしにしてきた。
時には、金目の物や希少なアイテム。
はたまた高級な酒や食料を手に入れてきた。
そして今回は、待ちに待った久し振りの肉人形。
「はぁはぁはぁ――――」
逸る気持ちをグっと抑え、そっと蝶の羽根に手を伸ばす。
一気に全てを剥いでもいいが、それは愚かで愚鈍な行為だ。
そんな事をすれば、涙を浮かべて、羞恥に染まる幼女の顔が見れない。
だから少しづつ剝いでいき、その反応を楽しむのが紳士としての嗜みだろう。
『ぐふ、ぐふ、ぐふふ――――』
なんて、この後に訪れるであろう、無垢で穢れの知らない、幼い裸体を想像し、胸を躍らせながら羽根に手を伸ばした瞬間に、
ボキボキボキボキボキッ
「ぎゃ――――――っ!!」
無数の激痛が、黄色マスクを襲い、訓練場に絶叫が響き渡る。
男の両手には、いつの間にか、ユーアの
「おじちゃんが悪いんだからね」
前屈みで、地面に膝を付く、黄色マスクを見下ろすユーア。
そんなユーアの目には光がなく、話す声にも抑揚がなかった。
「いででっ! いででっ! いだい――――っ!」
「スミカお姉ちゃんの事何も知らないのに、馬鹿にしたから」
「ぐっ! ち、こ、このっ!」
ブンッ
苦し紛れに蹴りを放つが、これも簡単に躱される。
「だからこれはお仕置きだよ。でも参ったって言えば治してあげるよ?」
「わ、わかったっ! 僕の負けだっ!」
「ううん、そうじゃないよ? ちゃんと参った時の言葉あるよね?」
「はっ! ま、参りましたっ! 今後、蝶の英雄の名を使う、いぎゃあ――――っ!」
敗北宣言の最中に、今度は右の手首を折られて、激痛に悶える黄色マスク。
「違うよ? さっきルーギルさんに教わったでしょ?」
「ち、違うっ!? な、何がっ!?」
痛みに堪えながら、縋るような目でユーアを見上げる。
違うも何も、まだ言い終わっていないのにおかしいと。
「うんと、蝶の英雄の名を『使う』じゃなく『
小さな子供に説明する様に、優しく丁寧に教えるユーア。
だがそんな話し方とは裏腹に、なんの感情も感じられなかった。
「く、そっ! いちいち、そんな細かい――――」
ボキッ
「ぎゃあ――――っ!」
口答えしたせいか、更に追加で左の手首も折られる。
これで腕の無事な部位は、両肘だけだ。
「な、なんでさっきみたいに切れないんだっ!」
忌々しげに、両腕に巻き付いた鎖を睨みつける。
解放した身体で、破壊したさっきは何だったんだと。
「さっき? だってさっきのは弱くしてたんだよ? だからだよ」
混乱する黄色マスクに、真実を告げるユーア。
「はっ!?」
「だって最初に手の内を見せちゃダメだって、スミカお姉ちゃんに教わったもん。だから弱くしてたんだよ? あとボクの武器はまだあるからね?」
淡々とそう告げた後で、8本の鎖を自分の背後に出現させるユーア。
そして更にその両手には、見た事もない短弓が2本握られていた。
「なっ!?」
その絶望的な光景に、痛みを忘れて、膝立ちのまま固まる黄色マスク。
鋭く尖った鎖の先端が、まるで
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます