第547話黄色マスク男VS蝶の英雄の妹ユーア その1




「あなたたち、本当に大丈夫なんですかっ!?」


 未だ呆けている、4人の仲間たちを見渡し、声を掛ける青マスク。


「ん? あ、ああ。別に何ともねぇぞ。お前たちもだよな?」

「俺も服が汚れた以外は何ともねぇ…… さっき飛ばされたのは何だったんだ?」

「………………」

「どうせコケただけだろ? 考えても埒が明かねえからもういいだろ?」


 心配する青マスクに、赤と黒と黄色は、首を傾げながらボソボソと答えるが、最後の白マスクは、何も考えてはいないのか、おざなりに答えていた。



「そうですね、白さんの言う通りきっと転んだだけですよ。あなたたちを吹っ飛ばす相手なんか、そうそういないですからね? でも一応どこか痛めてたなら言ってください。直ぐに回復薬を使いますから」

 

 仲間たちの様子を確認し、異常がない事に安堵する青マスク。


 そんな青マスクの態度は、傍から見ると、とても仲間想いに見える。

 だが、見る人が見れば、少し過剰すぎて、誰かへのアピールか、パフォーマンスにも見える。


 端的に言えば、何処か演技臭く、かなり胡散臭かった。




「おらッ! そこの白マスクの言う通りだッ! さっきのは地震か何かでコケただけだろッ! もうこっちは準備できてんだッ! さっさと黄色は武器を用意して、他の奴らはあっちに場所用意してっから、すぐさま訓練場を出ろやッ!」


「ちっ」


 そんな青マスクの男だったが、ルーギルにどやしつけられ、しぶしぶと言った様子で訓練場の一角に移動していった。


 そしてこの場に残ったのは、最初に模擬戦を行う事となった、黄色のマスク男とユーアと、審判役のルーギルだった。



「で、ルールはさっき説明した通りだッ。勝敗は、相手が『参りました。今後、蝶の英雄の名を騙る事はしません。ですから許して下さい』って言わせれば終了だッ。それと気を失っても終わりだッ。いいなッ!」


「ぐふ」

「はい、ルーギルさん」


「それと、お前らオス組の蝶の英雄の武器は、模擬戦用の刃を潰してるものだッ。こっちのメス組は青マスクの計らいで、各自の武器を使用する事になったッ。そこんとこ異論はねぇなッ?」

 

 なりすまし組が移動したのを見届けて、黄色マスクの男とその相手のユーアに、再度確認するが、


「い、異論ない。ぐふ」

「ボクも」


「って、ハラミはいいのかッ? なんならあれも武器扱いだぜッ? お前は従魔使いだろうがッ」


 一人でポツンと立っている、ユーアに近づき、小声で耳打ちするルーギル。  

 相手とのランクや体格差も含めて、小柄なユーアが頼りなく見えたのだろう。



「うん、だってハラミは強いから。だからボクひとりで大丈夫。それにどっちでも一緒だよ?」


「んあッ? ハラミが強えのはわかるが、何が一緒なんだッ?」


 どこか要領を得ない、ユーアの答えにオウム返しする。


「だってボクは負けないもん。蝶の英雄は強くて優しくて、誰よりもカッコいいもん」


「まあ、本物はそうだなッ。優しいかは人に寄るけどよッ」


 ポリポリと顎を掻きながら、曖昧に相槌を打つルーギル。


「だからボクが守るんだ。ボクは本物じゃないけど、本物みたく勝って、本物は凄いって、あの人たちが真似しないようにボクが守るんだ」


「あ? ああ、そ、そうかッ…… なら頑張れよッ」

「うんっ!」


 ポンと頭を軽く叩き、ユーアの傍から離れるルーギル。

 結局、何を伝えたかったのか不明瞭だったが、それでも伝わったことはある。



『かなり気合入ってんなッ、あのユーアがよッ! 言いたい事はよくわからねえが、要するに、スミカみてえに一方的にボコして、心もへし折るつもりだろうよッ。アイツはいつもそうだかんなッ! ははッ!』


 スミカとの初遭遇時に、手も足も出ずに大敗したルーギル。

 あの時を思い出し、竦み上がると同時に、その強さに憧れた自分もいた。



『ま、アイツは色々と特別だかんなッ。圧倒的な強さだけじゃなく、何かを期待させるモノを持ってるからなッ。だから俺やクレハンも、シスターズには全面的に、手を貸すって決めたんだよなッ』


 その一番の妹分のユーアを見て、不思議と心が逸る。

 性格も見た目も何もかも違うが、それでも微かに期待してしまう。


 きっと面白いものが見れるんだと。

 間違いなく、みなを驚かせてくれるんだと。

 必ず度肝を抜く、何かをやってのけると。



 そんな場違いで、分別のないルーギルの想いと共に、



「では一戦目は、Cランクの黄色マスクと、Eランクユーアとの対戦開始だ――――ッ!」



 こうして、蝶の英雄を名乗る男たちと、本物の蝶の英雄の妹たちとの戦いが火蓋を切った。

  






「あの」


 トコトコ


「ん? な、なんだい?」


 模擬戦が始まって早々、黄色マスクに近づき、声を掛けるユーア。

 その体格差はまるで、巨大熊に立ち向かう子犬ほどの差があった。



「ボク、ずっと聞きたかったんだけど、なんでスミカお姉ちゃんの真似したの?」


 そんな体格差など意に介さず、黄色マスクを見上げて質問する。


「ス、スミカお姉ちゃん? あ、ああ、もしかして、それが君たちが知ってる英雄の名前かい? そ、それにしてもユーアちゃんのその衣装可愛いね、それとボクっ娘なんだね。ぐふ」


「ボクっこ? ボクの事?」 


 聞きなれない単語に、目をぱちくりし、コテンと首を傾げる。


「ぐふ。いいよね、ボクっ娘。ぼ、僕も僕だけど、やっぱり幼女が使うと萌えるよね。俺っ娘も捨てがたいけど、ボクっ娘が最高で至高だよ。ぐふふ」


「???」


「あ、さっきの質問に答えてなかったね。あまり他の人には聞かれたくないから、ちょっと耳を貸してくれるかな?」


 目を細め、全身を舐めまわすように眺めた後で、黄色マスクは腰をかがめる。

 ユーアはそれを見て近づき、左耳を男に向ける。

  


「うん。それでなんでなの?」

「クンクン…… はあ、はあ、ユ、ユーアちゃんはいい匂いするね」

「いい匂い? だって毎日お風呂入ってるから」

「お、お風呂っ! ユーアちゃんが素っ裸でっ!? はあ、はあ」

「? それはそうだよ。それよりも耳がくすぐったいよ」


 何故か興奮している黄色マスクの鼻息がかかり、嫌そうに身をよじるユーア。


「あ、ああ、ゴメンゴメン。ちょっとおじさん興奮しちゃってね。そ、それでもうバレてるみたいだから、特別に教えちゃうけど、蝶の英雄っていうか、英雄に化けた理由なんだけど――――」


「うん」






「ユーアちゃん、ちょっと不用心じゃないかな? ねえ、ナゴ姉ちゃん」

「そうね。何か話してるみたいだけど、確かにあの距離は危険だわ」


 ユーアと黄色マスクとのやり取りを見て、落ち着かないナゴタとゴナタ。

 

 手を出せば届く距離どころか、殆ど密着しているので無理はない。 

 捕まったら最後、逃げる事も反撃することも不可能に見えるほどの体格差だ。



「もう、何言ってんのよ、ナゴ師匠とゴナ師匠は。ユーアがあんな変態に後れを取るわけないわよ」


 そんな二人に異を唱えたのはラブナ。

 心配するどころか、いつもの仁王立ちでユーアを見つめている。



「は? 変態ってなんだ? ラブナ」

  

 今の状況に似つかわしくない、おかしな単語にゴナタが反応する。


「え? 変態は変態よ。あの黄色男、ずっとユーアを嫌らしい目で見てたでしょ?」


「嫌らしいって、でもユーアちゃんはまだ子供ですよ?」

「そうだぞっ! いくら可愛いからって、まだ小さいんだぞっ!」 


 ラブナの問題発言に、今度は師匠の二人が反論する。



「あ、その調子だと、師匠の二人も気付いてないみたいね?」


 組んでいた腕を解き、ナゴタとゴナタに向き合うラブナ。


「はい? 私たちが何に気付いてないと?」

「うんうん」


「師匠の二人も、あの青マスクと白マスクに同じ目で見られてたって事よ。ずっと師匠たちの生足と、胸元ばかり見てたわ」


「はい?」

「え?」


「因みにアタシは、腰やお尻を赤マスクに見られてたわ。黒いのはちょっと言いたくないけど」


「………………」

「………………」


 真偽のほどは定かではないが、思い当たる節があったのだろう。

 ラブナの説明を聞いて、黙り込む二人。  



「ま、男なんてみんなそんなものよ。師匠たちはそういうの鈍いから、今まで気づかなかっただけ。ここにスミ姉がいたら、きっと同じこと言うわ。スミ姉はそう言った視線にも敏感だから」


 そう話を締めくくり、訓練場に視線を戻す。

 そんなラブナの態度からは、ユーアの身を心配する様子はなかった。



『スミ姉に会う前のユーアは、ずっと一人で冒険者してたのよね。それこそ半年近く、毎日依頼を受けて、大きなケガもしないで続けてたのを知ってるわ。孤児院に寄付するために、一人で頑張ってたんだから』


 本来ならば有り得ない。

 一人の少女が生き残れるほど、この冒険者稼業は甘くない。


 薬草などの採取に最適な、近くのビワの森でも往復2時間はかかる。

 それを毎日、しかもその道中でも、もちろん森の中にも魔物はいる。


 いくら冒険者とはいえ、何の力も持たない者ならば、数日で魔物の餌食となるだろう。

 ましてや、武器を扱えない少女ユーアなんて、格好のエサになるだけだ。



『なのにユーアはいつも無事に帰ってきた。だから何かしらの能力を持っているのを承知で、スミ姉は戦えるようにしたんだわ。それと最近、ユーアの動きがなのよね? あの竜族のエンドって子と、戦った時から……』


 それが何なのかはわからない。

 けど、あの戦いが切っ掛けで、何かしらの能力が開花したのは間違いない。



「ま、それもこの戦いでハッキリするわ。ユーアが見た目以上に凄いって事と、怒らせたら一番怖いって事を含めてね?」



 あの英雄が見込んだ、無垢で無害な優しい少女。

 いつしか自分も含め、みんなも認めていた不思議な妹分。


 そんなラブナは、誰よりもユーアの勝利を信じて疑わない。 

 分かりきった結果よりも、その過程を楽しみにしていた。


 きっと姉のスミカみたいに、面白いものが見れるんだと。



   




「そ、それでね、僕たちが、蝶の英雄に化けたのはね?」

「うん」

「実はね、誰でもいいんだよ。たまたま噂で聞いただけだしね。ぐふふ」

「…………」


 黄色マスクの返答を聞いて、無言で小さい拳を握るユーア。

 そんなユーアの心中などつゆ知らず、得意げに黄色マスクの話は続く。 



「それに、英雄ってだけで、みんなに注目されるし、ユ、ユーアちゃんみたいな可愛い女の子も集まってくるしね」

「そうなの?」

「そ、それはそうさ。現にこうやって、ユーアちゃんも――――」

 

 ガバッ!

 スカッ


「集まってきたから―――― ってあるえっ!?」


 話しに集中させ、飛び掛かったいいが、何の感触もない事に、間抜けな声が出る。

 息がかかる距離にいながらも、空振りした事実に驚愕していると――――



 ツンツン


「おじさん、ボクはこっちだよ?」

「なっ!?」


 ガバッ!


 不意に横っ腹をつつかれ、反射的に掴みかかるが、

 

 スカッ


「なッ!? また避けたっ!」


 太い二本の腕は、再度空を切るだけで、何も捉えてはいなかった。 



「あ、そう言えば、もう一つ聞きたい事あったんだけど」

「え?」

「どうしておじちゃんは、武器とか持ってないの?」

「ど、どうしてって、ぼぼぼ僕は、元々無手での戦闘が、得意なんだよ」


 平然と避けられた、ユーアに振り向きながら答える。

 見た目、平静を装っているが、言動はそうではなかった。



「ふ~ん、もしかしてボクみたいな子が好きなの? だから捕まえようとするの? 武器とかあったら邪魔だから持ってないの?」


「ななな、何を言うのかな、ユーアたん? ぼぼぼぼ、僕は――――」


 思わぬ方向から、図星を突かれ、更にどもり始める黄色マスク男。

 口調も言動もそうだが、盛大に目が泳いでいた。



「ボク、知ってるよ? そういう人もいるって、スミカお姉ちゃんが教えてくれたもん。もし、そんな人に会ったら一杯お仕置きしていいって、前に教えてくれたもん」


「お、お仕置き? じゅる―――― いでででででっ!」


 突如、四肢を襲う激痛に、堪らず苦痛の声を上げる。


 ジャラッ


 そんな黄色マスクは、宙に浮かされ、両手両足を鎖で拘束されていた。

 しかも、関節と付く関節の全てを、逆方向に捻じられていた。



「い、いつの間に、いででっ! 腕も足も指も、全部、お、折れりゅ――――っ!」


「だったらもう降参する?」


 宙吊りのまま、激痛に悶え苦しむ男に近寄り、無表情で声を掛けるユーアだったが、

 


「ぐっ! し、仕方ない、こうなったらっ!」


 バキンッ!


「え?」


 目の前で、4本の『チェーンWリング』が切られた事に、絶句するユーア。

 黄色マスクの身体が、突如膨らんだ瞬間、そのまま破裂する様に破壊された。


  

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