第545話フライングシスターズ




「一体どこのどいつだっ! 俺たちを閉じ込めやがったのはっ!」


「そうですよ、我々蝶の英雄にこんな仕打ち許されませんよっ!」

「おらーっ! 出てこいやっ!」

「お前かっ? お前がやったんだなっ?」

「………………」


 アマジがナジメの土魔法『土鉄壁』を破壊したことで、外に出られた男たち。

 だが、閉じ込めた何者かを許せないようで、辺りを見渡し、犯人探しを始める。

 


「「「………………」」」


 そしてそれを呆れ顔で眺める、シスターズの面々。

 あの流れで誰にやられたか、理解できない事が理解できなかった。



「ナジメよ。アイツらは稀にみる浅慮浅薄せんりょせんぱくな者たちらしい。だが、犯人がお前だとわかると――――」


 それを横目に、アマジがナジメに話しかける。


「うむ、わかっておるアマジよ。そうなるとわしの素性に話がいくからの。引退の身のAランクならまだいいが、この街の領主だと知れば、恐らく尻尾を巻いて逃げ出すじゃろうて。そうなるとみなの怒りの矛先が無くなるからの」


 アマジの言いたい事を察し、ユーアたちを見ながらそう語るナジメ。

 今、名乗り出る事が、誰も望まない結末になると予見していた。


 それはスミカの言いつけもそうだが、一番はシスターズの心中を想っての事だった。

 ここで何もかも有耶無耶になったとしたら、みなも納得できないし、何も得ないし、何も解決できない。  

 


「そうか、お前がわかってるならいい。だったらここは俺に任せてもらおう。ゴマチ」

「は、はい、お父さまっ!」

「ゴマチは親父とここを離れてくれ」

「う、うん」


 トンッ


 アマジは自分の肩から娘を下ろし、実父のロアジムの前に連れて行く。

 

「おうっ! それじゃゴマチはワシと一緒に特等席で観てようなっ!」

「うんっ!」


 息子に任されたロアジムは、孫と手を繋いでここを離れて行った。

 そして訓練場を囲んでいる、野次馬の一番前を陣取っていた。 

  


「ふむ。ならわしもロアジムのところに行くのじゃ。仮に危険な事があっても、わしが二人を守るから安心するのじゃ。だからお主も遠慮などする必要ないぞ」


 ポンとアマジの腰を叩いて、ナジメは小走りで駆けだす。

 その小さな背中を見送りながら、ポツリとアマジが呟いた。



「…………不思議なものだな」


「? 何がじゃ?」


 そんなアマジの独り言に、ナジメは耳をピクンとさせて振り返る。



「俺とお前がこうやって、普通に会話している事がだ」


「…………そうじゃな。わしはそれ程お主を毛嫌いしておらんかったが、お主はわしを嫌悪しておったしの」


「ああ、確かに昔の俺はそうだった。だが今は――――」


「だが今はこうして話が出来るようになった。それだけで良かろう。これも――――」


「これもあのスミカのお陰なのだろうな」


「うむ」


 言いたいことを互いに察し、互いの会話の先を言い合う二人。

 その中心には、ここにはいないスミカの存在が確かにあった。



「って、オイオイッ! 勝手に始めるんじゃねぇぞッ!」


 そんな中、ここでようやくルーギルが合流する。

 人混みを抜けてきたせいか、衣服は乱れ、額に汗を浮かべていた。



「ふぅ、何故こんなに大勢の人が? 誰かが話を広げたような……」

「冒険者より一般の人たちが多かったわね」


「みんなここから先は入らないでくれっ!」


 その後ろには、クレハンとニスマジが付いてきていた。

 一方、報告に来たギョウソは、集まった観衆を纏める為に奔走していた。



「おッ!? 当たり前と言うか、シスターズの連中は普通に来てんなッ! っで、アマジさんはやっぱり来たかッ! それと…… お前らがユーアに喧嘩を売った奴らだなッ?」


 ルーギルは、近くにいたアマジには軽く手を挙げ、シスターズたちを見渡した後で、まだ犯人探しを続行している、なりすましの男たちに近づき、声を掛けた。



「ああんっ! なんだてめえはっ!」

「またわけわかんねぇオッサンがきたなっ!」

「関係ねえ奴は引っ込んでろやっ!」

「…………………」


「はあッ!? 俺はここのギルド長のルーギルだッ。ってか、一度会ってんのに顔を忘れるんじゃねぇよッ」


「ああ、確かにあなたはギルド長ですね? その蛮族そうな風貌と言葉遣いは間違いないです。それと私たちが事を大きくしたわけではないですよ? そこのちっぽけな偽英雄が事の発端ですから」 


「ち、相変わらずてめえだけはスカしてんなッ。言葉遣いに関しちゃあ、お前の仲間と大して変わらねぇだろうによッ」


 赤・黒・白・黄色のマスクの男には罵詈雑言を浴びせられ、最後の青のマスクの男には小馬鹿にされて、舌打ちをするルーギル。

 


「んでよ、もう理由はどうでもいいとして、お前たちはどうすんだッ?」


「どうするとは?」


「俺が報告受けたのは、そこのユーアがお前らに模擬戦を挑んだって話だッ。それを続けるかって話だよッ。ってか、こんなに観衆がいる前で、英雄様が逃げるとは思ってねぇけどなッ」


 訓練場を囲んでいる、多くの人たちを見渡した後で、青のマスク男を挑発気味に煽る。


「ははは、それは確かにそうですね。私たちは盗人と言う、濡れ衣を晴らさなければいけませんし、あんな子供に舐められたままでは、この先やっていけませんしね」


「だなッ。だったらどうするッ? あのユーアのパーティーメンバーの3人もやる気らしいんだけどよッ。それと今日冒険者に登録した、アマジって男もいるんだけどよッ」


 ルーギルはそう説明しながら、シスターズ含め、アマジを顎で指し示す。

  

「なるほど。そうするとそちらも人数だけは5人になりますか。ですが、あのユーアって子供もそうですが、女だからといって、私たちは手を抜きませんよ」


「ああ、それは構わねえッ。そもそもお前らに吹っ掛けたのはユーアって話だかんなッ。それとアマジにも遠慮はいらねえッ。曲がりなりにも冒険者になっちまったんだからなッ」


 言ってる事とは裏腹に、楽しげな表情を浮かべるルーギル。


「もちろん、新人だからと言って手は抜きませんよ。蝶の英雄の我々5人に、盾突いたらどうなるか、その身に教えてあげますよ。それで、ルールとかあるのですか?」


「一応あるぜッ。先ず一つ目は、相手が『参りました。今後、蝶の英雄の名をかたる事はしません。ですから許して下さい』って言ったら終わりだッ」


「なるほど。随分と長いセリフですね? それでは言い終わる前にやりたい放題―――― コホン。いや、それよりも、他にもルールがあるのですか?」


『ん?』


 模擬戦の説明を聞き、ナゴタとゴナタをチラと見た、青いマスク男。

 その際に、舌なめずりをしていたのをルーギルは見逃さなかった。



「ああ、二つ目は武器なんだが、これは訓練用の――――」


「あ、そちらは自由にして下さって結構です。愛用の武器でもなんでも使ってください。我々はそちらが用意したモノで十分ですから」


「んあッ? 随分と太っ腹だな。アイツらのランクも知らねえだろうにッ」


 予想と違った答えを聞いて、青のマスク男の顔を意外そうに眺める。

 今までの態度と話の流れから、一方的に蹂躙し、圧勝する気に思えたからだ。



「そんなもの纏っている空気でわかりますよ。ただの幼児と少女の2人と、それと体だけがエロ…… ではなく、発育がいいだけの双子。それに、唯一の男に至っては新人ですし。手を抜かないと言っても、差を見せつける必要がありますから」


「ははッ なるほどなッ。んなら教える必要はねえなッ。んじゃ、早速――――」


「始めてください。集まった人たちには申し訳ないですが、そこまで時間をかけるものでもないので。私たちは冒険者として格の違いと、本物の蝶の英雄だと証明するだけですから」


「わかったッ。なら一度集合させっから、ちょっと待ってろッ」


「はい、お願いします」


 青のマスク男に頷き、ルーギルが片手を挙げて、みなを呼ぼうとすると、 



 ギュンッ ×4



「はッ!?」

「な、なんですか今のはっ!」


 4つの大きな物体が、二人の頭上を飛び越えていき、



 ドゴオォ――――――ンッ!!



「「「ぐふっ!!!」」」


 そのまま地面に激突し、盛大に砂煙を上げる。


 

「あッ! お前らなんでッ!?」

「あ――――――っ!!」


 それは青のマスク男以外の、なりすましの4人だった。

 その姿はまるで、過酷で熾烈な戦闘を、何日も繰り広げたかのような様相だった。



「「「う、う、…………」」」


 そんな男たちは白目を向き、身体を痙攣させ、口から泡を吹いていた。

 端的に言えば、模擬戦など不可能な、満身創痍の状態だった。



 ダッ


「あ、あなたたちなんでっ!? 一体誰にっ!」


 一瞬にしてボロ雑巾と化した仲間に、慌てて駆け寄る青マスクの男。

 今まで浮かべていた澄まし顔も、流石にこの場では強張っていた。


 だが、そんな惨状を目の当たりにした、ルーギルは、


「ったくよー、俺がせっかくお膳立てしてんのに、なんで先に手を出すんだよッ。やるならやるって言ってくれねえから、見逃しちまったじゃねえかッ」


 それに対し、全く取り乱した様子のないルーギル。

 ガシガシと頭を搔きながら、ヤレヤレと言った様子で振り返る。



 そこには――――



「俺にはあの魔法は使えんが、それでも頭ごなしに否定されれば、手が出るのはごく自然の流れだろう。これは避けられない事故だった。すまん」


 全く悪びれる様子もなく、気を失っている男たちに、頭を下げるアマジと、


 ザッ 


「ったく、アタシが魔法で閉じ込めたって信じないのが悪いのよっ! ま、本当はアタシじゃないけどっ!」


「ボクの言うことも聞いてくれなかったんだから、仕方ないよね?」


「はぁ、思わず蹴ってしまったわ。でも疑うのが悪いわよね?」


「ワタシの魔法って言っても信じなかった、アイツらが悪いぞっ!」


 そこには、自分たちがやったと認めながら、全く自分たちに非がないと、強く自己主張するシスターズたちがいた。


 

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