第543話ゴマユアと小さな蝶々




 ナジメたちが冒険者ギルドで作戦会議を開いた、二日前。 

 他所から来た5人の冒険者たちが、コムケの街に来た、その当日。



「ユーアちゃんいるっ!?」


 ガチャッ!


 一人の少女が、孤児院の扉を勢いよく開け、ユーアの元を訪ねる。


 この少女の名はゴマチ。

 つい先ほど、街の中で見かけた、怪しげな冒険者たちの事を知らせに来たようだ。



「あ、ボクはこっちだよーっ! ゴマチちゃーんっ!」


 名前を呼ばれたユーアは、顔を上げ、抱いていた魔物を水の中に放す。

 そんなユーアは、孤児院の中ではなく、孤児院脇の小さな池の前にいた。



「ユーアちゃんっ! って、いつの間に池なんか出来たんだ?」


 タタタ――――


 名前を呼ばれたゴマチは、ユーアを見付けて小走りで駆け寄る。

 小さいながらも、綺麗で澄んだ池を見て、驚きの声を上げる。



「いつ? う~んとね、この前、スミカお姉ちゃんとバタフライシスターズのみんなで、いあんりょこう? に行ってきたんだっ! その前の日に、ナジメちゃんが作ってくれたんだよっ!」


「へ~、そうなんだ。でもまだ何もいないんだ? でっかい花があるだけだもんな」 


 ユーアの説明を聞きながら、ゴマチは水面を見つめる。

 そこには色とりどりの、大きな花びらが浮いているだけだったが、



「え? いるよ?」


 ピョンッ


『ゲロ?』


「きゃっ! って、そ、それ魔物じゃないかっ!」


 池の中から飛び出した、生物を見て、可愛い悲鳴を上げる。

 花だと思っていたのは、キュートードの頭の部分だった。



「うん、そうだよ。スミカお姉ちゃんが連れてきたんだっ!」

「つ、連れてきた? 魔物を? もしかして、ここで飼ってるの?」

「うんっ! 孤児院のみんなでお世話してるんだっ! 今ボクはご飯あげてたんだっ!」


 ゴマチに笑顔で答えながら、黒色のキュートードを抱くユーア。

 どうやらこの色がお気に入りらしい。



「そ、そうなんだ…… なんで飼うのかわからないけど、ハラミも魔物だからいいのかな? あっ! って事は、この魔物もハラミみたいに強いの?」


 怯えた表情から一転して、期待の眼差しでキュートードを見る。 

 わざわざ魔物を飼うからには、きっと強い従魔なのだろうと。



「え? あまり強くないよ? ここの池ならボクでも捕まえられるし」

「え? じゃ、じゃあなんで飼ってるの?」


 予想していた答えと違い、困惑顔のゴマチ。

 キュートードとユーアを不思議そうに眺める。



「美味しいんだよ」

「お、美味しい? それ食べるの?」


 ユーアの腕の中の、キュートードを凝視する。


「あ、この子たちは食べないよ。スミカお姉ちゃんに怒られるもん」

『ケロ』


 そう答えて、抱いていたキュートードを地面に下ろす。

 すると一鳴きして、元気に池の中に戻っていった。



「あ、そ、そうなんだ。もしかしてあの花全部がそうなの?」

「うん。そうだよ。もう少し増えるかもって、ナジメちゃんが言ってたけど」

「え? でも増えても食べないんでしょ?」


 水面に咲く、色とりどりの花を眺めて、更に疑問符が増えるゴマチ。


「うん。食べないよ。孤児院のみんなもお世話してるし、じょうそうきょういく? にいいからって、スミカお姉ちゃんが教えてくれたし」


「じょうそうきょういく? 良く分からないけど、スミカ姉ちゃんが言うならいいのかな? じゃ、俺、じゃなく、わたしちょっと急いでるからもう帰るね」


「うん、また来てね、ゴマチちゃんっ!」

「うんっ! また街に買い物に行こうなっ!」


 手を挙げ走り出す、ゴマチの背中に手を振るユーア。 

 そのユーアの笑顔に、今度の約束を取り付けた、ゴマチだったが、 



「あーっ! 買い物で思い出したっ!」


 ここでようやく、本来の目的を思い出した。

 あの事をユーアに知らせる為に来たことを。



「どうしたの? ゴマチちゃん」


「あ、あのさ、さっき俺、街に行ってたんだけど、ニスマジさんの店の前に、冒険者っぽい男が5人いたんだけどさっ!」


「うん」


 ゴマチは若干興奮しながらも、さっき目撃した事をユーアに報告した。   





「…………………」


「どう? なんか怪しいよなっ! スミカ姉ちゃんの悪口言ってたし、アイツら絶対なんか企んでるって! 蝶に化けるとか話してたしっ!」


 男たちがいた方角を睨みながら、ゴマチは報告を終えるが、


「どうしたんだ? ユーアちゃん」

「…………………」


 無言のまま池を眺める、ユーアの後ろ姿に違和感を覚える。

 

「ううん、何でもないよ。教えてくれてありがとうね、ゴマチちゃんっ!」

「う、うん。じゃ、俺は親父にも話してくるから」

「うん。ボクもハラミとちょっとお出かけしてくるねっ!」

「そ、そうなんだ。それじゃまたね」

「うんっ!」



 ゴマチはユーアに手を振り、駆け足で孤児院を離れる。 

 貴族街にいる父親にも、今の話をするために。


 その離れ際ににチラと、ユーアの横顔を見たゴマチは、



「ひゃっ!?」  

 

 全身が凍り付いた様に固まり、その場から一歩も動けなくなる。

 さっきまでの笑顔から一転して、ユーアから表情が消失していたからだ。



「あ、れ? はぁ、はぁ……」


 そのあまりにもの変貌ぶりに、息が苦しくなる。

 動いていた足も、地面に縫い付けられたように固まる。


 今まで感じた事のない感情を、この時ゴマチはユーアに感じた。

 それは畏れなのか、不安なのかは、この時わからなかったが、

  


 それでもわかったことがある。



「ハラミ――――っ!」

『がうっ!』


「えっ!?」 


「あのねー、ニスマジさんの『黒蝶姉妹商店』まで急いで行って欲しいんだっ!」

『がうーっ!』   


「あっ!」

 

 タンッ


 呆然とするゴマチを置いて、ユーアは瞬く間にここを離れてしまった。

 ハラミの背に乗り、屋根の上に跳躍し、一瞬で見えなくなってしまった。



「…………あ、あれ、絶対に怒ってるよなっ! あんなユーアちゃん初めて見たっ! と、それよりも俺も親父のところに急がないとっ!」


 タタタ―――― 


 ユーアたちが消えて行った街を背中に、ゴマチも貴族街に向かって走り出した。





 その二日後。



「ちょっとぉ、お客さ~ん。それお会計まだよね?」 


「あん? なんだぁっ!?」


 後ろから腕を掴まれ、5人組の中の一人が呼び止められる。

 どうやらその様子から、男の一人が窃盗を働いたみたいだったが、

 

「ああんっ! 俺らを誰か知ってて言ってんのかっ!」

「我々は蝶の英雄ですよ? キチンと会計を済ませた筈ですが?」

「そうだぜっ! わざわざこんなちんけな店で、英雄がくすねたりするかよっ!」  


「あら? それじゃあ、わたしの勘違いだったのかしらん?」


 仲間の三人に詰め寄られた店員は、何処かニヤニヤしながら答える。 



「はぁっ? 勘違いも何も、お前が会計したんだろうがよっ!」 


「あらん? そうだったかしら~? あ、あとわたしはお前じゃなく、この街一番の品揃えと、安さを自負している『黒蝶姉妹商店』の店主のニスマジよ」


「だからなんだよっ! お前の事なんざどうでも――――」


「どうでも言いわけないじゃない。だから盗ったものを返してちょうだいな。英雄様といえど――――」


 シュッ


「「「えっ!?」」」


「盗みはいけないわよ?」


「「「なっ!」」」 


 一瞬で、男の懐に飛び込み、何かを抜き取ったニスマジ。 

 その動きは、素早いというよりも、男たちの虚を突いた動きだった。

 


「なっ! おま――――」


「ほら、これが証拠よ。お会計が済んだものは、わたしが袋に入れたわよね? ならなぜあなたのポケットには、こんなものが入ってるのかしらん」


 男たちを見渡しながら、取り出したものをそっと広げる。

 それは、耳の部分だけが垂れ下がった、子供用のウサギのパンツだった。


 

「は、はあっ!? な、なんで俺がそんなガキのパン――――」


「あ――――――っ!!」


「って、今度はなんだよっ!」


 突如、頭上から聞こえた甲高い声に、男たちは店の屋根を見上げる。



 すると、そこには――――



「なんだあの子供っ!」

「魔物が街の中に? もしかして従魔使いですかっ!?」

「いや、それだけじゃねえぞっ!」

「あれは黒のドレスか? あと俺たちが買った、あのマスクしてやがるっ!?」

「………………」


 そんな男たちの視線の先には、漆黒のゴシックロリータ風の蝶の衣装と、黒の蝶のアイマスクを身に着けた少女がいた。


 そして従魔であろう狼の背に立ち、男たちを屋根から見下ろし、こう告げた。



「あのね、おじちゃんたち。お店のものを盗っちゃいけないって、小さい時に習わなかったの? そんなおじちゃんたちには、本物の『蝶の英雄』のボクが教えてあげるよっ!」 


 その正体はスミカの妹ユーアだった。

 最愛の姉の姿をコスプレした、小さくても勇敢な蝶の英雄だった。




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