第542話作戦会議と姉妹の逆鱗




「と、ねぇねから言われたのは大体こんな感じなのじゃ。偽物を許せないのはわかるが、何やら途中からかなり激昂しておったの。あれはなんだったのじゃ?」


 スミカとのやり取りを報告し、出された紅茶で一息つくナジメ。

 そのナジメの前には、テーブルを挟み、二人の男が同席していた。


 ここは、スミカたちの住む、コムケの街の冒険者ギルド。


 その2階の来賓室では、この街の領主のナジメとギルド長であるルーギル。それと副ギルド長のクレハンの3人での話し合いが始まっていた。



「はーん、大方、ユーアがカリカリしてんのが許せねえって感じかッ? 何せ嬢ちゃんにとってユーアは、竜の逆鱗みてえなものだしよッ。ジロジロ見てただけでも、目くじら立てるぐらいだしなッ」


「にしても、スミカさんはどこで通信魔道具を手に入れたのでしょうか? 直接の購入なら、王都まで行かないと、中々手に入れるのは難しいはずなのですが」


「あん? そういや、そうだなッ」


 今は街を離れている、スミカと話をしたナジメの顔を、どこか不思議そうに眺める。



「あ、それはこのねぇねから貰ったこれで通信できるのじゃ。じゃが、こっちからは連絡できないらしいのじゃ」


 そう言ってナジメは嬉しそうに、スミカから貰ったアイテムを取り出す。


「うおッ! って、なんでそんなとこ入れてんだッ!」

「うぬ? そんなおかしな事かの? あともう3枚あるのじゃが」


 唖然とするルーギルをよそに、更にもう一つ取り出すナジメ。

 その出所は、いつも着ているスク水の内側からだった。



「はぁッ!? って、なんで胸なんかに入れてんだよッ?」


 いつもの絶壁を取り戻した、ナジメの胸を繫々と眺める。


「いや、ねぇねから連絡があった時に、直ぐに気付くようにと肌身離さず持っておるのじゃ。まぁ、持っていなくとも、わしの周りを飛ばせる事が出来るから、そんな必要はないんじゃが」


 更に残りの二つを取り出し、自身の周りに浮遊待機させる。

 こちらは水着の中ではなく、腰に下げているポーチから取り出した。



「は、はいっ? そ、それはどういった原理で飛んでいるのでしょうか? ナジメさまの魔力でしょうか? 全く通信機にも見えないんですが」


 4つの浮かぶアイテムに、恐る恐る近づくクレハン。

 ルーギルもその反対から覗き込む。



「ああ、それは通信が主なアイテムではないのじゃ。本来は魔法や投擲武器を跳ね返す、魔法壁みたいなものじゃな。それと、溜め込んだ魔力を、無属性の魔法で発射できる優れモノなのじゃ」


 興味津々なクレハンに、僅かに胸を逸らして答えるナジメ。

 どこか得意げな態度で、二人に説明をする。



「ち、なんでいつもお前らばかり、嬢ちゃんに面白れえもの貰ってんだよッ! ナゴナタ姉妹も凄げえブーツ貰ってたしよッ!」


 ドカとソファーに座り『リフレクトMソーサラー』を恨めしそうに一瞥する。


「いや、それは仕方ありませんよ。スミカさんにとって、シスターズ全員が大事な家族みたいなものなんですから」


 子供の様に拗ねるルーギルをクレハンが宥める。



「まあ、その話はもういいじゃろうて。わしもその大事な一員じゃから、貰えるのは当たり前だしの~。それよりもあ奴らの事じゃが」


「ったく、何気にしれっと自慢しやがんなッ。んでよ、模擬戦の件は、俺の方でどうとでもなるとして、どうやってそこに引き込むかが問題なんだよなッ」


「そうですね、確かにそこが問題ですね。相手に何もメリットがないわけですし、普通に考えて、模擬戦を受ける冒険者なんていませんよ」


 ナジメがここに来た、本来の話に戻り、3人とも悩み始める。



 模擬戦のルールに関しては、この街の冒険者ギルドの長のルーギルのさじ加減で、ある程度は変更可能らしい。そもそもあまり統一されていないとの事だ。 


 だが、そこに持っていく過程が困難だ。

 双方どちらかにデメリットが存在する以上、簡単に安請け合いするわけがない。



「う~ん、そうですね、仮に私が受けるとすれば――――」


 神妙な顔で黙り込む二人を見て、クレハンが口火を切る。



「それ相応の報酬と言う名の『エサ』があれば受けるかもしれません」


「あんッ? エサだとッ? どんなのだッ」

「うむ。先を続けてくれなのじゃ、クレハン」


「はい。ただエサと言いましても、それはものである必要はないんですよ。例えば、名声や名誉とかなら、冒険者を生業としている者にとっては、同業者に対して箔が付きますし、将来的にも国や貴族の方たちから、何かしらの恩恵を受けられる事もありますし」


 クレハンはここまで一気に説明し、二人の様子を伺う。


「まあ、なんかちと理由には弱え気もするが、あながち的外れってわけでもないのかッ?」


「そうじゃな。冒険者にとって、例えばねぇねみたいに『英雄』と呼ばれることは、それだけで地位や格が上がるから、何処に行ってももてはやされるじゃろうし。ねぇねはあまりいい顔はしないがの」


「あ~、確かに嬢ちゃんはそんな感じだなッ。でもアイツらを英雄に仕立てるのは無理過ぎるだろうッ。そもそもアイツら、ここをその英雄の街と知らねえ、ただの間抜けな冒険者だろッ」


「うむ。それはルーギルの言う通りじゃが、他にはこんな案もあるぞ?」 


 今度はクレハンに変わり、ナジメが発言する。


「英雄をエサにするってのはどうじゃ?」

「はッ? ナジメ、それは一体どういう――――」


「あっ! なるほど。英雄に勝てばその名誉が得られるってことですねっ! 英雄に勝った冒険者として、名を売る事が出来る、そういうことですねっ!」


 ポンと手を叩き、ナジメの話を分かり易く説明するクレハン。


「おおーっ! さすがはクレハンじゃっ! どこぞのギルド長と違って、頭の回転が早いのじゃっ!」


「うるせえよッ、俺だってそのくらい思い付いたんだよッ! でもその肝心の英雄様がいねぇんじゃ、無理に決まってんだろッ!」


 ナジメとクレハンを横目で睨み、今の提案を全否定する。



「なら、何かルーギルはあるのか? わしとクレハンはもう出し切ったのじゃ」

「いや、そんくらいで出し切るのは早えよッ! もっと考えろやッ!」


「あ、その様子ですと、ギルド長は何か案がありそうですね?」


 どこか含みのある言い方に、クレハンが反応する。


「あ~、まあなッ。一応あるにはあるぜッ?」


 頭をガシガシと掻きながら、今度はルーギルが話し始めるが、



「俺の作戦では、単純にアイツらに難癖付けて、喧嘩を吹っ掛けるってのが、一番手っ取り早いんじゃねえかッ? 冒険者同士のいざこざは、模擬戦で決着って相場が決まってるんだしよッ。その吹っ掛ける役は後から考えるとしてもよッ」 


「………………」

「………………」


 勿体ぶった割には、余りにも単純&脳筋過ぎて、言葉を失う二人。



「あ、い、いや、ギルド長の案も、そこそこいいところ付いてますよっ!」

「ま、まぁ、そうじゃな、そこそこじゃなっ!」


「はッ? そこそこって、なんだよッ!」


 フォローを入れたナジメとクレハンに、すぐさま嚙み付くルーギル。

 二人の反応が思ったよりも鈍く、軽く頭に来たようだ。



「ち、まあいいやッ。んで、結局どうすんだよッ。一番効果がありそうなのは、その全部を実行するのが一番なんだがよッ」


 舌打ちしながら、冷めた紅茶に口を付ける。

 他に何か妙案がないかと、二人に視線を送りながら。



 そんな矢先に――――



 バンッ


「あ、ルーギルさんっ! ちょっと急ぎご報告が……」


 そんな矢先、ノックも無しに、来賓室の扉が勢いよく開かれた。



「あん? どうしたギュウソ? そんな血相を変えてよッ」


 現れたのは、ここの冒険者たちを纏めるDランクのギョウソだった。



「つい最近ここに顔を出した、あの冒険者たちの事は覚えてますよね?」

「ああ、そりゃ覚えてるっていうか、今その話をしてたところだッ」


 ギョウソに応えながら、目線をナジメとクレハンに送る。


「そうじゃぞ。実害はまだないが、ねぇねが何やら憤慨しておっての。その対策を練っていたところじゃ」

「それで、何かあったんですか? ギュウソさん」


 ナジメは事の経緯を、クレハンは話の先を促す。


「そ、それがですね、あの男たちに因縁をつけて、模擬戦を挑んだ『蝶の英雄』と名乗る冒険者が、訓練場にいるんですよっ! あの男たちを引き連れてっ!」


「はあッ!?」

「な、なんじゃとっ!」

「そ、それで、その英雄と名乗る冒険者は誰なんですかっ?」


 いきなりの急展開に、ルーギルとナジメは身を乗り出し、クレハンは先を急かす。



「そ、それが、ですね、ちょっと意外というか…… いや」


「なんだッ? なに今更勿体ぶってんだッ? 知ってる奴かッ?」

「ま、まさか、ねぇねがもう帰ってきたのかっ!?」

「いや、それは流石に難しいでしょうっ!」 


 言い淀むギュウソに更に詰め寄る三人。


 その口振りから、見知った冒険者だとは感づいていたが、次にギュウソから出た人物の名前を聞いて、更に驚愕する事になる。



「ユ、ユーアですっ! あのユーアが蝶の英雄を名乗って、アイツらに喧嘩を吹っ掛けたんですよっ!」


「「「はあっ!?」」」


「しかもアイツらみたいに、蝶のマスクを着けてるんですよっ!」


「「「な、なんじゃそりゃ――――っ!」」」 


 まるで示し合わせた様に、同じ反応をする三人。

 それだけ今の話が衝撃的だったのだろう。


 純粋で無垢なスミカの妹ユーア。

 凡そ争いや揉め事とは、殆ど無縁な人種だ。


 それが、みずから喧嘩を吹っ掛け、戦いを挑むなど有り得ない。

 あの真っすぐな笑顔が、怒りに変わるなんて事、想像できない。


 ただこの三人は知っているし、何度も見てきている。

 ユーアは平和主義者でも臆病者でも、ましてや腑抜けでもない事を。


 何かしらの悪意を持って、ユーアと接触する事が、スミカの逆鱗とされるように、ユーアにとって、その逆もあることを。




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