第541話出立と悪巧みする冒険者たち
「それじゃ、私たちは行くよ。戻ってくるのは多分3日後だから、それまでにジーアは決めておいて」
「は、はいでしゅっ!」
クロの村のみんなには手を振り、ジーアには決断を促して、マヤメと一緒に透明壁スキルに乗る。
「スミカさん、色々とありがとうございましたっ!」
「どうかこの旅先でもお気をつけてっ!」
「クロ様のお声をお聞かせ下さり感謝しますっ!」
「マヤメさんも頑張ってっ!」
「………………」
空に向かって上昇する私たちに、みんなが揃って声援を送ってくれた。
ただジーアだけは、どこか心あらずで、小さく手を上げるだけだった。
――――――――
「ん、澄香。計算間違ってる。3日じゃ足りない」
「なんで?」
クロの村が見えなくなった頃、マヤメがそんな事を言ってきた。
今の私たちは、元々の目的地『トリット砂漠』に向かい、空を移動中だ。
それはマヤメのマスターを回収するっていう、本来の目的があるからだ。
クロの村に立ち寄ったのは本当に偶然だ。
マヤメの偵察用ロボ(ロボカラス)が、魔物に襲われている村を発見したことから、マヤメの同意を得て、通りすがりに立ち寄ったに過ぎない。
けど、そこがナジメのもう一つの領地だと知れたし、ジーアを含め、優秀な魔法使いがいる村だと知れたのは大きい。それとそこで育てていた多種多様な作物にも、気になるものがあった。
だから、たまたまとか偶然なんかって、簡単な言葉で片づけたくない。
私がこの世界に来れた事と一緒で、きっと意味があるんだと思う。
そう考えた方がこれからも楽しいし、全ての出来事を軽視しなくて済む。
何気ない出来事や出会いも、何かに通じてる可能性を否定できないからね。
だから今回の、ジーアとの邂逅もきっと―――
「ん、澄香。クロの村に戻るのは、早くても5日はかかる」
「なんで? って、あ、もしかして往復の時間考えてる?」
村を出る時に、3日後ってみんなに伝えたのを、まだ気にしているようだ。
「ん、そんなの当たり前。マヤの計算だと行くだけで3日かかる」
「計算?」
ああ、ノトリの街からクロの村までの距離とかかった時間から、これから行く『トリット砂漠』までの時間を逆算したって事か。
確かに、当初の私の見積もりでもそのくらいはかかる。
それでもこの世界の移動手段より、5、6倍は早いんだけどね。
「なら往復分の時間は考えないでいいよ」
「ん? なぜ?」
「帰りは恐らく一瞬だから」
「ん? ん?」
「それに着くだけが目的じゃないよね? 向こうで何があるかわからないし」
「ん?」
私の話を聞いて、メトロノームの様に、右に左に首を傾げるマヤメ。
きちんと説明してないから、混乱するのは当たり前なんだけど。
まぁ、新しい能力が増えた事、マヤメは知らないしね。
裏世界と、こっちの世界のジェムの魔物を倒したこと自体、教えてないから。
なにせ『裏』と『表』合わせて、ジェムの魔物を20体以上倒した。
そのおかげで今まで欲しかった、移動系の能力を手に入れる事が出来た。
『本当は今すぐに教えてもいいんだけど、マヤメには色々と驚かされてるから、たまには仕返ししないとね、にっしし』
なんて、澄まし顔のマヤメの横顔を見て、悪巧みしていると、
「ん、ジーアはどうする?」
ふと思いついたように、私と目を合わせてくる。
「えっ! あ、ああ、どうだろうね? 私が出来る事はしたから、後はジーア次第じゃない? もうこれ以上、口を挟む事は出来ないよ」
「ん、澄香の言う通り」
私の返答を聞いて、流れる景色の後方に視線を向けるマヤメ。
その方角は、今はもう見えないが、さっきまで私たちがいたクロの村だ。
実はあの後直ぐに、もう一度ナジメに連絡をした。
今度は私ではなく、ナジメと直接話すように、ジーアにヘッドセットを持たせて。
「ク、クロさまっ!? は、はい、わたし、ジーアでしゅっ!」
緊張し、萎縮しながらも、ナジメと通話するジーアの顔は、今まで見た事もないほど蕩けていた。口元を緩め、目元も下がり、視線は定まらず、そして鼻をヒクヒクさせていた。
何も事情を知らない人が見たら、何かの発作か、ア〇顔に見える。
だらしなく、緩み切ったその顔は、それでも私には幸せに見えた。
話の内容は、ジーアが水飲み鳥のように、しきりに頷くだけだったので、最後までわからなかった。
けど、ジーアの望みをナジメは知っている。
だからその事を言われたのは間違いない。
その為ジーアには、考える時間として、3日間の猶予を与えた。
長年暮らしていた、クロの村を離れて、ナジメの元に行くか否か、ゆっくり悩んで欲しいと。
「ん、澄香はどっちがいい?」
視線を私に移して、少し神妙な顔で聞いてくるマヤメ。
どっちとは、ジーアがコムケの街に来るか来ないかの話だろう。
「ああ、そうだね。ユーアたちも同年代…… じゃなく、同性の友達が増えて喜ぶかもね? ナジメも同じ種族だし、村の話を色々聞きたいだろうしね。それと――――」
ここにはいない、みんなの顔を思い浮かべて、ちょっと楽しくなる。
「ん、違う。みんなじゃなく、澄香は?」
「あ、私? 私は来て欲しいよ。みんなの喜ぶ顔が見たいしね」
「ん、なんか違うけど、澄香らしいからいい」
「そう? だってそれが
「ん」
ジーアの一番の望みを叶えたい、クロの村のみんな。
憧れのナジメと、一番一緒にいたい、ジーアの願い。
全てが一番なら、一番それがいい。
二番や三番も悪くない。けど、一番には遠く及ばない。
やっぱり一番いたい人といるのが一番だ。
だからジーアには真剣に悩んで欲しい。
どれが本音の一番か。
何が本心での一番か。
見栄や義務感などの、余計な
こうして私とマヤメは、クロの村を後にした。
今度はマヤメの為に、マヤメの
――――――――
時はちょっと遡り、スミカたちがクロの村を出る二日前。
フーナたちとの戦いを終えた、その次の日。
とある街の中を、ガラの悪そうな男たちが歩いていた。
「おい、どうする? 今度はどの英雄に取って代わるんだ?」
大通りを歩く、一人の冒険者の男が、背後に振り返り声を掛ける。
その後ろには、屈強な4人の男たちが、街の中を眺めながら付いてきていた。
ここはナジメが治めるもう一つの領地。
スミカが本拠地とし、ユーアたちが住むコムケの街だ。
その5人の冒険者たちは、商店街を歩きながら、更に会話を続ける。
「あん? そうだな、この前の『沼地の泡姫』って奴は、全く稼げなかったしな」
「………………」
「ならよ、最近噂の『蝶の英雄』って奴はどうだ?」
「はん? 蝶の英雄って、こんなか?」
仲間の一人の提案を聞き、ヒラヒラと両手を振る一人の男。
恐らく蝶が羽ばたいている真似をしたのだろう。
「わははっ! そんなんで蝶に見えたら苦労しねえぜっ! 沼地の泡姫みてえに、全身に泥を塗りたくるまでやんねえとなっ!」
「いや、いや、あれは失敗でしたよ。そこそこ知名度があったようで、直ぐに偽物だって、看破されちゃいましたから。そもそも泥なんて塗ってなかったようですし」
「なら今度は葉っぱで羽根でも作るか? それこそ胡散臭いぜっ!」
「お、ちょうどそこに面白そうな店があるじゃねえか」
一番後方を歩いていた男が、ある一軒の店の前で立ち止まる。
「はん? お、確かに面白そうじゃねぇかっ! おあつらえ向きに、蝶に化けられそうなモノがあるじゃねぇかっ!」
「でしたら、ここで調達しましょうか? 幸いにもここは大陸でも辺境にある街。人口も少なく、近くの街からもかなり離れてますから、誰も蝶の英雄の姿なんて知らないでしょうし」
「だな。ならここで買ってこうぜ。そんで街の中歩けばわかんだろ。蝶の英雄って呼ばれる奴が、どんだけ名が知れてるってことがよ」
こうして、この街に突如来訪した5人の冒険者は、ある一軒の店に入っていった。
ただし、店の2階に掲げてある看板には目もくれずに。
そして更に、
「な、なんだアイツら。なんでスミカ姉ちゃんの悪口言ってたんだ? なんか怪しいから、オヤジとユーアちゃんに急いで知らせないと」
タタタタ――――
そして更に、その様子を見ていた少年、ではなく、少女にも気付かなかった。
その少女の名は『ゴマチ』
とある想いのすれ違いで、父親の『アマジ』とは幼少の事から絶縁に近い状態になるが、ユーアとスミカとの出会いによって、誤解が取れ、長年のわだかまりから解放された。
その結果、父親の代わりに、長年ゴマチの面倒を見ていた、貴族で祖父の『ロアジム』とも、親子関係が修復され、一家総出でスミカたちの事を大恩人だと思っている。
そんなスミカたちとは深く関わりのある少女、ゴマチに見られてたとは、つゆ知れず、5人の冒険者たちは――――
「お、このマスクいいんじゃねえかっ!」
「そうですね、それとこの背負い袋もいけそうですよ」
「ならついでに買っていくかっ!」
「だな」
「………………」
この街出身の『蝶の英雄』になりすます為に、蝶の英雄を推している『黒蝶姉妹商店』で、何も知らずに買い物を続けるのであった。
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