第536話ジーアの魔法と進化するものたち




 ※スミカ視点



「な、なんなのこれ? もしかしてジーアの魔法?」 


 ジェムの魔物にお尻を突き出した瞬間に、それは起こった。

 小規模ながら、相当の威力を持つであろう、竜巻のようなものに閉じ込められた。


 ジェムの魔物のカマイタチが弱だとしたら、この竜巻は紛れもなく強攻撃だ。

 渦巻く風の全てが、鋭利で巨大なギロチン並みの威力を持っている。


 だからただの竜巻ではない。

 

 その証拠に、今まで以上に透明壁スキルに負荷がかかる。

 カマイタチと違い、重さをプラスしなくては、何処に飛ばされるかわからない。


 しかもそれだけではなかった。



 バチンッ バチバチバチ――――



「って、なんか電気が発生してない?」


 風のギロチンの中に、時折バチっと火花が見える。

 断続的に、しかも規模や数を増やしながら。

 


「もしかして空気の摩擦で起こってるの? 風って言っても殆ど物体に近い性質だから、それがぶつかり合って、静電気が起きてるってわけ?」


 だとしてもかなりのエネルギーだ。

 一瞬ではなく、絶えず光が走り続けているからだ。


 これではまるで稲妻だ。

 疑似的に発生させた落雷のようだ。


 こんなものが直撃したら、感電するだけでは済まない。

 皮膚はもちろん、その中身まで焼かれるだろう。



「まあ、私はスキルのおかげで何ともないけど、アイツはそうもいかなかったみたいだね」


 私と一緒に閉じ込められた、もう一人の住人。

 まぁ私はそのジェムの魔物の巻き添えっぽいけど。

 

 そんなジェムの魔物は、圧倒的物量の風のギロチンに機動力を奪われ、それでも尚、カマイタチで堪えていたが、それもほんの数秒だった。


 一度落雷を受けたのを切っ掛けに、次の雷撃がジェムの魔物を襲った。

 感電し、硬直しているところに、次々と雷光が突き刺さった。


 その結果、



 バチンッ バチバチバチ――――



『………………』



「………とうとう感電死しちゃったみたいだね?」 


 なすがままに、数多の雷撃を受け続けたジェムの魔物は、時折ビクンビクンと体が跳ねるが、全く動く気配がない。  



「まあ、数本の雷撃ならともかく、いくら避けるのが得意でも、あれは私でも無理だって。ほぼ無限に発生するんだから、先にこっちが力尽きるよ」


 逃げようとしても風のギロチンが退路を塞ぐ。

 避けようとしても雷撃がそれを防ぐ。


 正に、行き詰まりの手詰まりの袋小路状態だ。

 逃れようと行動することでさえ、無意味に思える。



 ただし、それが――――



「ん? なんか、表皮が破れて…………」



 ――――普通の生物だったらの話だ。




「って、中からもう一体出てきたっ! もしかして脱皮したのっ!?」


 驚いた。 

 死んだと思われた残骸から、無傷なままのジェムの魔物が現れた。


 しかもそのフォルムが劇的に変化、いや、洗練されたと言ってもいい。


 8枚だった羽根は2枚に。

 6本あった手足が4本に。


 これだけ見ると『弱体化』したように見える。


 だが逆に考えれば余計なものを省いた結果だろう。

 羽根や手足の数が、強さに直結するわけではないからだ。


 その証拠に、それを補う新たなパーツが増えていた。



「…………触覚?」 


 表皮を破り、出てきた魔物の見た目はかなり人間に近い。

 しかも身長と色合いが私と似ている。


 違いがあるとすれば、頭の上の器官だ。

 毛で覆われ、枝分かれしている、蛾に似た2本の触覚だった。



「で、で雷撃を散らせてるってわけ?」


『………………』


 こんな状況下でも、私の前から離れないジェムの魔物。

 雷撃を受けたまま、2本の触角を動かし続けている。


 その様子から見ると、恐らく触角が避雷針の代わりになっているのだろう。

 片方で集め、もう片方で散らしているのだと思われる。

 


 これはもう『進化』と言っていい。

 しかも土壇場で成長した可能性もある。


 ただこの進化はある程度予期していた事。


 私は当初、このジェムの魔物からは何も感じなかった。

 今までの魔物と違い、そこまで脅威とは捉えていなかった。


 それこそが間違い。

 それこそがきっと狙いだったのだろう。


 蛾は擬態し、相手を騙し、敵を欺く。

 弱者にも強敵にも天敵にもなりすます、己が状況に合わせて。


 でも完全ではなかった。

 最初に対峙した時に、私はこの結果を予期していた。



『だからジェムの数が有り得ない数だったんだ……』


 改めて思い出す。

 最初に見た時、腕輪のジェムの数が『0』だった事を。


 今までの傾向では、ジェムの数が増えればそれだけ脅威度が増す。

 なのにこの魔物だけ『0』なんてことは有り得ないと。


 そして今はその数が『5』に増えている。

  

 これが表す意味は、この姿こそが真の姿だという事。

 ジャムの数さえも、敵を欺く道具として使ったって事。 



「まあ、そんなこと今はいいや。いつこの魔法が切れるかわからないから、さっさとアンタを倒すよ。まだ生きてると知ったら、二人がガッカリするからね」


『………………』


 マヤメとジーアは、十二分にその役割を果たした。

 表皮を破り、その正体を引き摺り出しただけでも、功労賞ものだ。


 だからここから先は私の出番。

 二人の頑張りを台無しにしない為にも、魔法が切れる前に倒す必要がある。



「さぁ、進化してどのぐらい強くなったかわからないけど、生憎、進化できるのは、アンタだけじゃないんだよね。どっちが蝶として…… いや、どっちが個として強いかハッキリさせようか」


 パサ――――


 ジェムの魔物を視界に捉えながら、自分の羽根で体を包む込む。 


 進化に必要な条件は、もう済ましてある。

 囮役と同時に、十二分にチャージが出来たから。


 なので10分以上はこの姿でいられる。


 だからそれだけあれば十分。

 何せこの能力は、なんて、生易しいものではないからだ。



==========



《表裏一体モード》


表と裏の世界の、両方の理を併せ持つ姿になる。

そこに存在はするが、第三者には触れることも認識することもできない。

自身から第三者への接触は可能。


※使用中は装備の色が変化し、一定時間ごとに薄くなる。

 解除するには装備が透明になるか、羽根を2秒纏って解除する。


使用条件

一度目の前の相手に、装備の下の装備(下着)を晒すことが第一の条件。

その晒した時間=表裏一体モードの制限時間になる。



==========


 


「さあ、時間もないことだから、速攻でケリをつけるよ」


 タンッ


 黒から灰に進化を遂げた私は、ジェムの魔物に向かい、スキルを強く蹴る。

 風のギロチンも雷撃の嵐も、何の抵抗も無しに、私の体を擦り抜けていく。


 その様はまるで、AR(仮想空間)のようだ。

 デジタルで浮かび上がった物体を、擦り抜けているようだ。



 ところがその時――――



「え?」



 異変が起こった。

 ジェムの魔物を目の前にして、景色が一変した。 



「って、ここは?…………」


 キョロキョロと周りを見渡す。

 

 アシの森の上空なのは間違いない。

 だが、ジェムの魔物もマヤメたちも、この付近には見当たらなかった。


 


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