第535話ジーアの一撃と灰塵と化した蝶
※スミカ視点
ジーアの魔法が暴走する少し前。
「な、なに? あの動き…………」
私の位置よりほんの少し上空では、マヤメの姿を映した影が、ジェムの魔物を相手に猛攻撃を仕掛けている。
マフラーを触手のように分裂させ、その一本一本を自在に操り、あらゆる角度から仕掛けては、その度に迎撃されるが、すぐさま再生し、怯むことなく、怒涛の攻撃を繰り出している。
「これは凄いな。まるで散弾の嵐だよ。しかも正確だし」
そんな戦いを目の当たりにし、思わず見惚れる。
あの数を操る技能もそうだが、その精密さに舌を巻く。
まるで一本一本の触手が自立しているかのように。
触手自体がまるでもう一人のマヤメのように。
ジェムの魔物に存在する、全ての死角に触手が襲いかかる。
「ただそれでも、残念だけど――――」
届かない。
100を超える触手でも、ジェムの魔物を捉える事が出来ない。
大量の触手にはカマイタチを。
それを擦り抜けた触手には、軽く4本の腕で搔き消されてしまう。
しかも恐ろしいのは、それを私の前から微動だにせず行っている事だ。
「よし、なら私も最終奥義を出すよっ! マヤメが頑張ってるからねっ!」
ファサッ
マヤメの奮闘に応える為に、私も覚悟を決める。
攻撃が届かないのは、囮役を引き受けた、私の
なら私はマヤメの為に一肌脱ごう。
マヤメも私の為に、戦ってくれているのだから。
「よっ!」
スカートを『変態』の能力でおへそまで上げ、下半身を丸出しにする。
そして視線は魔物に向いたまま、右手は頭の後ろに、左手は腰に当てる。
パチンッ
そこへ更にウインクを足して、キュっとお尻を突き出し、こう啖呵を切った。
「あ、はぁ~ん、いつまでそんな貧相な体の相手をしてるの~? こっちの方が甘くて柔らかいよ~、それとも私みたいな極上のメスには、あなたにはまだ刺激が強かったのかなぁ~?」
なんてお尻を振りながら、最大級の煽りをジェムの魔物にかました瞬間に、
「えっ!? な、なに?」
ズドオォォォ――――――――――ンッ!!
バチッ バチバチッ!
私もろとも、謎の巨大な竜巻に襲われ、その中で真っ黒コゲにされた。
――――――
※ジーア視点
魔法を暴走させた直後。
「や、やっちゃったでしゅ――――っ!!」
スミカさんもろとも、ジェムの魔物に大規模魔法を直撃させちゃった。
最後に見えたのは、お尻を突き出したウサ―― スミカさん。
「はわわ………………」
ゴオォォォォ――――――――
バチッ バチバチバチッ――――
今は球体の竜巻に遮られ、その激しさ故に中が見えない。
その中では、感電したような音が鳴り響いている。
『嵐刃迅雷』
これがわたしが放った大規模魔法の名前。
名付け親はもちろん、私が尊敬するナジメさま。
その詳細は、空気を切り裂く風の魔法(風刃)で作った龍で、相手を蛇がとぐろを巻くように、その中に閉じ込める魔法。
その効果は、中に閉じ込めた者を全方向から切り裂くと同時に、摩擦で生まれた雷のようなもので、相手を焼き尽くすといった、二段構えの魔法。
「や、や、やばいでしゅっ!」
大いに焦る。今までの人生で過去最高に慌てる。
ナジメさまのリーダーを、ウサギのせいで亡き者にしちゃった事に。
スミカさんが強いのはわかる。
村での一騒動で、その実力を十二分に理解したから。
でも今回は訳が違う。
この魔法は、わたしのとっておきの魔法。
ナジメさまも褒めてくれた、自慢の魔法だ。
だからきっと魔法が解けた頃には、全身を切り刻まれて黒コゲになった、たくさんの塊が姿を現すはず。
この結果はもう決まったこと。
あの魔法はそれほどの魔力と威力を内包しているのだから。
スタンッ
「ん、ジーア。一体何が? はぁはぁ」
「ひゃっ!」
呆然と立ち竦んでいると、わたしのいる壁の上にマヤメさんが乗ってきた。
かなり疲れているようで、肩で息をしていた。
「あ、あのぉ、スミカしゃんが、わたしの魔法の巻き添えに……」
「ん、ジーアの魔法? マヤは合図してない」
未だ効果の切れない『嵐刃迅雷』を見て、わたしの顔を覗き込む。
その表情からは、怒っているのか焦っているのかわからない。
「そ、それはでしゅね、スミカしゃんのウサギの耳が……」
「ん、澄香のウサギの耳?」
「あ、今のは忘れてくださいっ! 制御できなくて暴発しちゃったでしゅっ!」
前言撤回し、素直にマヤメさんに白状する。
パンツのせいでああなったなんて言えないから。
「ん、そう。でも凄い威力」
「え?」
「やっぱりジーアも凄い魔法使い。ナジメが気に掛けるのもわかる」
わたしと魔法を見比べて、うんうんと頷いている。
もちろん、褒めてくれるのは嬉しいんだけど、
「そ、それよりも、スミカしゃんが――――」
黒コゲです。
『嵐刃迅雷』が消えた頃には、ジェムの魔物とスミカさんがごちゃ混ぜになって、どっちかわからないものが降ってきます。
だと言うのに、返ってきた返事は意外なものだった。
「ん? それは問題ない」
気にする素振りも見せずに、短い返事がすぐ返ってきた。
「いやいや、問題おおありでしゅっ! あの魔法は頑丈な魔法障壁だけでは防げないでしゅっ! もし防いでも、全身ビリビリして丸コゲの黒コゲになりましゅっ! マヤメさんはわかってないでしゅっ!」
マヤメさんは知らない。
見た目以上にあの魔法が凄いことを。
見た目からは想像できない威力を秘めている事も。
だから目一杯にその効果を説明した。
「ん、わかってないのはジーアの方。澄香はあの程度ではへっちゃら」
「あ、あの程度でしゅかっ!? それとへっちゃら?」
ちょっとだけ誇らしげに答えるマヤメさん。
魔法を見やりながら、スミカさんは平気だと言い切る。
「ん、その証拠にそろそろ魔法が切れる」
「えっ!?」
そんなマヤメさんの視線の先を追うと、魔法の効果が切れ始めてきた。
嵐刃の魔法がどんどん霧散していき、人の形が鮮明に見えてきた。
その背後には薄っすらと、蝶の羽根のような影も見えた。
「ん、ほら、澄香はやっぱり問題………… ない?」
「そ、そうでしゅねって、なんで自信なさげでしゅかっ!」
スミカさんが姿を現した。
けど、いつもと違う様子に、かなり困惑気味のマヤメさん。
「ん、だって黒コゲどころか、灰になってる」
「ほ、本当でしゅっ! やっぱり全然無事じゃなかったでしゅっ!」
やってしまった。
人の形は残ってたけど、全身が燃え尽きた様に、灰色になっていた。
きっとあの状態では、中身は無事ではないだろう。
そしてその手には、光る腕輪が握られていた。
あれがスミカさんの遺品になるかもしれない。
なんて、キチンと確認しないまま、不吉な事を考えていると、
「あれ? マヤメはジーアと合流したんだ。二人ともお疲れさん。どうやら最後の魔法が止めになったみたいだね。跡形もなく消えちゃったよ」
いつもの様子のスミカさんが声を掛けてきた。
「え、えええ――――っ! な、なんで、スミカしゃんは無事なんでしゅかっ!」
「はあ? 何その言い方。無事なのがそんなに悪いの?」
「ち、違いますっ! だってあの魔法は、それとあの魔物が消えるなんてことは、あとその服の色は――――」
「ん、マヤは澄香が無事なの知ってた」
「なら、それでいいでしょ。この後少し休んだら、見回りして村に帰るよ」
「え? は、はいでしゅっ!」
「ん」
あまりにも変わらな過ぎて、反射的に返事してしまう。
魔物が消えた事とか、なんで灰色とか、たくさん聞きたい事あったのに。
それとさっきまで持っていた筈の、あの変わった『腕輪』は何だったのか。
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