第534話蛾の羽根と子供パ〇ツ再び
※スミカ視点
「さあ、後はマヤメ次第だね…………」
マヤメには助言をした。
このジェムの魔物は、蝶だけではなく、『蛾』を合成した魔物らしいと。
幻惑にかかったのは、蝶ではなく、蛾のある特性が関係してると。
その理由は簡単だった。
驚異的な『機動力&軌道力』を持ちながら、それを生かす戦法を取っていない。
マヤメとジーアを連れ去った時以外は、殆どその姿をさらけ出している。
まるで見せつける様に、意図して宙に留まっているかのように。
「ジーアは元々臆病なせいと、呪文を唱え始めてから、まともにジェムの魔物を見ていなかった。私はそもそもそう言った類のものは効かないし。でもマヤメだけはその職業上、相手を見逃さないように、絶えず目で追っていた。あの
ここが迂闊だった。
いや、まんまと騙されたと言っていい。
相手が速いなら、その動きを目で捉えようとするのは極自然の事。
だけど、そこに罠が仕掛けてあるなんて、普通は予想できない。
結論から言うと、鱗粉ではなく、あの羽根が要因でマヤメは幻覚を見た。
見続けることで、まんまと術中にハマってしまった。
「あの羽根は『蛾』の特性に近いものを持ってるんだよね。だからずっと見ちゃうとかかっちゃう。意識しなくても、視界に入っても防げない」
私にも最初は見えなかった。
ところが一度マヤメに駆け付けようと思った時に、気付いた。
身体能力を上げる『
あの羽根の表面に、奇妙な模様が浮かんでいるのが。
あれが何の模様かは分からない。
幾何学的な模様にも見えるし、絵にも見えるし、文字の羅列にも見えた。
だけどそれを見続けることで、知らず知らずにかかってしまう。
恐らくそういった目的の模様が、あの羽根に浮かんでいたのだろう。
「そう考えると、あれは幻覚じゃなくて、催眠に近い何かだろうね。蛾の羽根には、相手を騙す特殊な模様があるって聞いたことがあるから」
実際の蛾は催眠ではなく、擬態に近い模様の羽根を持っている。
だが解読不明なあの模様と、高速で動くものを見続ける事によって、サブリミナル効果のように、催眠状態に陥ったのだろう。
その催眠によって、マヤメに何が視えてたかは不明だ。
けど、マヤメが恐れる何かがあった事は確かだろう。
右腕を押さえ、茫然自失とした、あの姿を見れば想像に難くなかった。
――――――
※マヤメ視点
『ん、さすがに暗い』
そんなの当たり前。
目を閉じれば、どこまでも吸い込まれそうな深い闇が広がるからだ。
夜目がきく能力を持ち合わせていても、そんなものは一切役に立たない。
『ん、けど…………』
怖くない。
寧ろちょっと心が落ち着く。
だって私は影。
影と暗闇は共生し、闇に溶け込むもの。
闇を恐れることは、自分を否定する事。
だから私は戦える。
影は私にとって身近なもの。
闇は私にとって安生の場所。
『ん』
スチャ
一度外したゴーグルを再装着する。
さすがに何も視えないし、そもそも物理的にも距離があり、何も感じない。
だから今度は目を閉じたままで、ゴーグルを装着した。
傍から見れば、意味のない行動に思われるが、そんな事はない。
これはマスターが作ったものだから、ただの視えるゴーグルではない。
『ん、視えないけど。感じる』
影絵が受ける日差しや風や羽音が、ゴーグル越しに伝わる。
暗闇の中にいてもなお、あの魔物の形が目に浮かぶ。
もちろんそれは澄香ではない。
もう幻覚を見ることはない。
マスターと澄香の二人が、私に教えてくれたから。
「ん、いくっ!」
スパンッ
無防備な背中に向かって、影絵がククリナイフを振り下ろす。
もちろん視えないが、感じることはできる。
自分の感覚が、徐々に鋭敏になるのがわかる。
視覚に頼らなくても、相手の動きが瞼の裏に、白く、薄い影となって現れる。
『ん』
これはきっと新しい能力だ。
つい先日戦った竜族メドとの出会いが私の糧となった。
ククリナイフ弐(隠遁式)で、絶望の影から生還した、あの二つの希代な経験が、新たなチカラを与えてくれたと思った。
――――――――
『シャドーVソナー(LV.1)』
物体や相手の姿が、瞼の裏に
その特性故、目を閉じても、暗闇の中でも、位置を把握できる。
夜目が利く能力の、更なる上に位置する特殊な能力。
※レベルの上昇に伴い、視える解像度も上がっていく。
視界の切り替えは任意で可能。
――――――――
「ん、躱されたっ!?」
だが、視える事が、相手へのダメージに繋がるとは限らない。
背後から攻撃したにもかかわらず、ギリギリで避けた動きに、一瞬目を見張る。
「ん、でもそんなの知ってる」
テンタクルマフラーを操作し、その数を100本に分裂する。
1本1本はかなり細くなるが、その分、鋭さと手数が飛躍的に上がる。
「うわ、なんか触手っぽい?」
「………………」
澄香の独り言が耳に届いたが、今は返事をする余裕はない。
増やしたマフラーの操作の為に、精神の大部分を割いているからだ。
ヒュンッ! ×100
膨大な影が弧を描き、無防備なジェムの魔物を背後から襲う。
スパンッ! ×50
「んっ! 半分切られた。けど――――」
振り返りもせずに、空気の刃で、その半数を消されてしまう。
やはりこの魔物は、大気の流れを読むことに長けている。
「ん」
残った影で、四方から覆い被せる様に攻撃を仕掛ける。
避けるか消されるのは、もちろんわかっている。
スパンッ! ×50
「ん」
でもそんな事は関係ない。
消されてもまた増やせばいいだけ。
影絵のエナジーがある限り、いくらでも再生が可能なのだから。
ジーアの魔法が完成するまで、私は攻撃の手を緩めない。
――――――
※ジーア視点
『はわ~、マヤメしゃん、さっきから何を踊ってるんでしゅか?』
呪文はとっくに完成している。
けど肝心の合図がまだ来ない。
スミカさんが空にいるのはわかる。
あの怖い魔物相手に、囮役を引き受けてくれたから。
でもマヤメさんが地上にいる意味がわからない。
黒くて大きなメガネをかけて、木の上で踊っている行動がわからない。
『な、なんなんでしゅか、もうっ!』
ちょっとだけ腹が立った。
スミカさんにずっと任せて、マヤメさんは何してるのだと。
二人で倒す作戦を話し合った。
マヤメさんが動きを封じて、わたしの魔法で止めを刺すって。
『そ、それともう、ヤバいでしゅ…………』
大規模な魔法を発動させるのは、膨大な魔力と長い詠唱が必要。
今はその完成した魔法を抑える為に、魔力を使っているおかしな状況。
『は、早く合図くれないと、もう抑えきれないでしゅっ! もう漏れちゃいましゅよっ! マヤメしゃんは一体いつになったら、合図を……… あれ?』
なんかおかしい。
合図は決めた。
それは間違いないはず。
『あ、でも、それって――――』
魔法が完成したら、わたしが合図するのが先だったような?
じゃないといつまでたっても、マヤメさんは知らないままだ。
わたし⇒魔法が完成した。
⇒マヤメさんに合図を送る。
⇒マヤメさんに伝わる。
⇒マヤメさんが合図をくれる。
⇒わたしの最高の魔法を放つ。
⇒どっか~ん。
こうなる作戦の筈だった。
なのに、魔法に集中しすぎて、最初の合図を忘れてしまうとは……
『うう、ヤバいでしゅっ! 口開けたらもう漏れそうでしゅよっ! あ、手を振ってみればいいでしゅねっ!』
プルプルと、震える手を上げ振ってみる。口を開けたらヤバいから。
魔法は完成しましたよって、ありったけの念を込めて。
マヤメさんは変なメガネしてるけど、きっと気付いてくれるはず。
『ふえ? あ、あのメガネ何も見えてないでしゅか?』
手を振るわたしに気付かず、まだ木の上で変な動きをしているマヤメさん。
そもそもこっちに気付く様子もない。
『あっ! ならスミカしゃんに知らせるでしゅっ!』
藁にも縋る思いで、上空のスミカさんに手を振る。
その当人は未だ、真剣な表情で、スカートをヒラヒラさせていた。
『うう~、こっちもダメでしゅっ! それにしても囮役を引き受けてくれたとはいえ、あの人はずっと下着丸出しで恥ずかしくないんでしゅか?』
実際は丸出しではない。
けど、わたしの位置からだと下から丸見えだ。
綺麗な容姿や強さの割に、子供っぽいと思ってた、耳の長いウサギのパンツが。
『…………って、あれ? なんか耳が動いてるでしゅっ!?』
見間違い? じゃない。
確かにウサギの耳の部分が、スカートの揺れに合わせて揺れている。
『はわ~、一体あれどうなってるでしゅか?』
正体を確かめようと、更に食い入るようにパンツに集中する。
ウサギの顔はそのままなのに、なぜ耳の部分だけがヒラヒラしているのか。
『あっ! あの耳の部分だけ、別に縫ってあるでしゅかっ!?』
すぐさま正体がわかった。
ウサギの顔とは別に、長い耳だけが、後から付けられている仕様に。
『…………ぷ、くくく――――』
ヤバイ。
今の状況であの仕掛けはヤバイ。
無表情で、スカートと耳をヒラヒラしてる、今のスミカさんは危険だ。
ヒラヒラ ×2
『ぷっ』
ヒラヒラ ×2
『ぷっ! くくく、蝶がウサギを…………』
本当に危険だ。
一度見てしまったら最後、あのスミカさんとあのパンツが脳内から離れない。
ヒラヒラ ×2
『ぷ、くくく、も、もうダメれしゅ――――――――っ!!』
ズドオォォォ――――――――――ンッ!!
バチバチバチッ!
そして等々、わたしの我慢は決壊した。
ウサギさんもろとも、ジェムの魔物を巻き込み、魔法が大暴走した。
決して自分に負けたわけではない。
あの変なパンツに負けたのだ。
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