第537話リバースワールド?




 表裏一体モードを使い、ジェムの魔物に仕掛けた瞬間、見知らぬ場所へ飛ばされた。



「…………ここって、アシの森だよね? でも――――」


 いや、実際は見知った場所なのだが、どこか違和感を感じる。


 眼下にはジーアたちと来たアシの森が見える。

 何の変哲もない、緑豊かな自然の森が、広大に広がっている。


 それはおかしい。


 白い人型と私が破壊した森の跡が消えている。

 広範囲に渡って更地にした、荒れ地が無くなっている。



「…………もしかして、私だけ別の世界に飛ばされた?」


 それしかない。

 それ以外の理由が思いつかない。  


 セピア色に染まった景色に、寒々とした空気。

 忽然と消えたみんなに、荒れた痕跡の消えたアシの森。


 そして遠くの空には、見た事もない魔物が数体、こっちに近づいてくる。

 


「なに、あれ? 気持ち悪い」


 不気味。

 その魔物の第一印象は、おぞましいだった。  



 生物なのは間違いないが、その姿が異様過ぎる。

 空を飛ぶ翼が4枚あるが、そのどれもが違ったパーツをしていた。

 

 コウモリのような翼膜のある翼に、鳥類のような羽毛に覆われた羽。

 カブトムシのような光沢のある羽根に、私に似た蝶の羽根。


 ちぐはぐどころではない。

 あれで体の部分が『オーク』だなんて、自然界には存在しない生物だ。



 そして、その魔物たちの首には、見覚えのある、あるものが――――

 


「あの腕輪がある…… って事は、アイツらはエニグマに創られたジェムの魔物? で、ここはそのエニグマがいる本拠地ってわけ? なら表裏一体モードの役割は――――」


 確証はないが確信する。

 ここは別の世界で、暗躍を続けるエニグマたちの世界だと。


 そして『表裏一体モード』が切っ掛けで、私がここに来たんだと。


 

「はぁ、なんだか色々起きて混乱するよ。思わず思考を停止したいぐらいだよ…… 確かにこの装備にはそういった傾向はあった。私の望みに近い、能力を覚えてきたからね」


 だとしても疑問はあった。


 強さを求める私には、この表裏一体モードは、どこかベクトルが違うものだと。

 一方的に蹂躙する為の能力で、それ以外なんの成長にも繋がらない事を。

 

 このモードは、あの災害魔法使い幼女、フーナとの戦いで会得した。


 だからか、変身の条件が変態的だったし、そのフーナの強さに合わせて、強力なものを覚えたのだと思っていた。あの強さに渡り合えるチカラを、私が無意識に望んだ結果なのだろうと。



「なんだけど、この世界に飛ばされたことを考えると、私の望みっていうか、ユーアたちのいる世界の望みって考えるのは、ちょっと傲慢かな?」


 私はみんなのいる世界を守りたいと思っている。

 私と同じプレイヤーが、ユーアたちの住む世界を脅かしているから。


 その為には、敵を根絶やしするのが一番だ。

 本拠地に乗り込んで、脅威を排除するのが、最も手っ取り早い。



「あれ? そうすると、結局、私の望みに近いことになるのかな? 世界を守るイコール、ユーアたちを守る事に繋がるから。まあ、実際はそんな単純な話じゃないんだけどね? 私一人でどうにかできるほど自惚れてないし」


 半刻程前に、森の中で邂逅した、白い人型のナニか。

 それと驚異的な速さで強くなっていく、ジェムの魔物たち。    

 

 そして、それらを束ねるであろう、プレイヤーの存在。


 これらの敵を前にして、大層な事は言えない。

 このモードが強力だとしても、組織の規模も数も、殆ど把握していないのだから。


 だから私はBシスターズを結成した。

 私一人が出来る事なんて高が知れてるし、守れる範囲も限られてるから。


 

「とまぁ、そうだとしても、先ずは目先の敵を減らそうか。ジェムの魔物って言っても、アイツらはジェム1だから、そうそう時間もかからないだろうし」


 かなりの速さで飛んでくる10数体の魔物。

 そのどれもが同じ個体で、みな同様にあの腕輪が見て取れた。


 そして咆哮を上げながら、こっちに向かってくる。



 タンッ



「って、なんだか見えてるっ!?」


 魔物の群れに向かい、スキルを蹴りながら驚愕する。

 一直線に、しかも私目掛けて飛んでいるのだから、恐らく見えているだろうと。


 だとしたら、このモードの意味合いが変わってくる。

 

 『表』あっちでは戦闘用だが、それはあくまでも副産物的なもの。

 本来は『裏』こっちに来るためのモードの可能性が高い。

 

 

「…………ちょっと誤算だったけど、今はいいや。悩んでも埒が明かないし、考えてもどうせ答えがわかるわけないしね」


 だったら今出来る事をするだけ。

 目の前に敵がいるのなら、即座に殲滅するだけ。  

 大切なものを守るために、数多の敵を滅ぼすだけ。



 その為に強くなり、そのおかげで強くなれたのだから。




――――――




「タ、タチアカっちっ! これ、これっ!」


 ここはスミカが今いる大陸より、南に遠く離れた孤島。 

 その地下施設の一室では、一人の少女が座標レーダーを見て慌てていた。



「どうした? ギギ」


 その様子に胸騒ぎを感じながら、タチアカは直ぐに駆け寄る。

 騒がしいのはいつものことだが、ここまで取り乱すのは珍しいと。



「これ、これ、これ見てっ! この信号がっ! あっ、最後のも全部やられちゃった……」

「全滅だと? 一体どこの魔戒兵だ?」


 タチアカも座標レーダーを覗き見るが、確かに何も映っていない。

 

「モニターは近くにあるか?」

「モニター? あ、あるよっ! ちょっと待っててっ!」


 カタカタと慣れた手付きで、ギギが操作盤をいじる。 

 すると、ぼやけてはいるが、どこかの景色が映り始める。


 

「ここは? 森か?」

「そうみたいだねっ! 空も見えるから木の上かもっ!」


 モニターの端に、無数の枝と多くの緑が見える。

 どうやら、木の枝から空に向けて、カメラが映しているようだ。



「場所はわかるか?」


「う~んとね、ちょっと待っててっ! 座標から位置が…… あ、ここはシラユーア大陸のアシの森ってとこだよっ!」


「アシの森だと? その森は確か――――」 


「そうだよっ! もうあの辺りの魔物はいないはずだよっ! あちしも参加してみんな倒したしっ! しかもつい最近っ!」


 タチアカが思い出す前に、すぐさまギギが答える。



「…………つい最近?」

「そうだよっ! だって昨日だもんっ!」

「………………なに?」


 ギギの話を聞いて愕然とする。

 

 通常、魔物は、一度殲滅すれば、一か月ほど湧くことはない。

 なのに、敵もいないはずの区域で魔戒兵が倒された。



「あっ! ちょっとここ見てっ! なんかいるよっ!」

「どこだ?」

「ここだよっ! 葉っぱが邪魔で見えないけど、なんか灰色のが動いてるよっ!」


 ギギがタチアカの肩を叩きながら、モニターの端を指さす。


「何者だ? 人間か?」

「う~ん、形は人っぽいけど、背中になんか生えてるかもっ?」


 障害物も多く、画像が荒いため、ハッキリとはわからないが、ギギの言う通りに羽根のようなものが見て取れた。



「これは魔物?…… いや、蝶の姿をした人間か?」

「蝶? だったら魔戒兵じゃないの?」


 モニターから目を離さずにギギが聞き返す。


「いや、そいつらは『表』に送ったんだ。しかもその大半が倒された。百体を超える魔戒兵が、この1時間弱でな。しかもここと同じアシの森付近でだ」

 

「ひゃ、百体っ!? しかもまたアシの森なのっ!」


「ああ」


 驚愕の表情を浮かべるギギに短く頷く。 

 顔には出さないが、自分も似たような胸中だった。 


 

『…………一体』


 何が起こっている?

 立て続けの起こる不可解な出来事に混乱する。



『これは…………』


 偶然なのか?

 裏と表で同じタイミング。そして更に同じ場所、それと――――



「…………確か、マヤメが追っていたのも『蝶』と呼ばれる英雄だったな」

「え? なに? タチアカ?」

「いや、何でもない。些末な事だ」

「ふ~ん」

「………………」


 そう、些細な事だ。

 我々が長い年月をかけて、成そうとしている、ある事に比べれば。   


 そもそもレベルの低い魔物ばかりが多い、辺境の地で生まれた英雄のチカラなど、たかが知れている。


 あの災害幼女や東の断罪シスター、絶壁の女勇者に匹敵する、実力を持っているとは到底思えない。



『たかが羽虫に割いている時間はない。そっちはメーサを含め、今はシスターズたちに任せてある。まさか、あのが、こっちの世界に来ているはずがないからな』


 杞憂だと思いたい。

 蝶と聞いて、あの姿が脳裏をかすめたが、そんな訳がないと。

 もしそうだとしても、たった独りでは何の支障もないと。



 カツカツ――――



「あれ? タチアカっち、どこ行くのっ?」

「ああ、ラカンスのところに報告に行く。それと一応マカスのところにもな」

「そうなんだっ! じゃこっちはあちしが見てるよっ!」

「ああ、何かあったら呼んでくれ」


 背中越しに、ギギに応えてタチアカは部屋を後にした。 

 この組織を纏めるリーダと、魔戒兵を生み出した、技術主任に会う為に。



 だが、タチアカは知らなかった。


 かつて、厄災と呼ばれるほどに恐れられた人物プレイヤーが、自分たちの近くにいる事を。

 兆候があったにも係わらず、取るに足らないと判断した自分を後悔する事を。


 たかが辺境の地の、蝶の英雄だと侮った事が、この先『バタフライ効果』を生み出すことを。




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