第526話箱庭思考からの脱却




「みんなはここから村に帰って。道中、魔物と遭遇しても、あれぐらい戦えるんだからもう大丈夫でしょ? それとジーアもいるしね。私はこれからマヤメと山頂に行ってみるよ。一応、回復薬も置いていくから」


「ん」


 マヤメと二人で相談しあった結果、クロの村の人達には、ここで戻ってもらうことにした。


「「「は、はい、わかりましたっ!」」」


 みんなが予想以上に戦えることもわかったし、意識の改革もできたはず。

 それと今回の件でかなり自信も付けただろう。


 だから、村に戻るだけなら問題ないはずだ。

 普通の魔物ぐらいだったら、恐らく苦戦することはないだろう。

 


「あ、あにょっ!」


「ん? なに?」


 頂上に向かい歩を進めたところで、回復薬を渡したジーアから呼ばれる。



「あ、あのぉ~、わ、わたしも一緒に行くでしゅっ!」


「「「………………」」」


 意を決したように、真剣な顔でそう告げるジーア。

 そんなジーアの発言を、みんなは大人しく聞いていた。



「なんで? ここから先はかなり危険だよ? さっきの見たでしょ?」

「そ、それを言ったら、なんでスミカさんは行くんですかっ!」

「いや、質問を質問で返さないでよ。私は確認したいこともあるから行くんだよ」


 そう、さっきの人型も気になるし、ジェムの魔物も現れるだろうから。


「な、ならわたしも一緒でしゅっ! あんなのが村の近くにいるのが怖いんでしゅっ! だから一緒に行って、わたしもお手伝いしたいんでしゅっ! じゃ、じゃないと――――」


「気持ちはわかるけど、ここからは私たちに任せて。絶対退治してくるから」

 

 宥める様に、不安げな表情のジーアに歩み寄る。

 まだ何か言いたそうだったけど、ここから先は私の領分だ。



「――――じゃないと、わたしだけ『ご褒美』が貰えないでしゅっ!」


「………………は?」


 ジーアの返答の続きを聞いて、思わず絶句する。

 こんな場面で、またズレた事を言っているのかと。

 

 まぁ、怖い云々より、こっちが本音っぽいけど。

 さっきより声が大きかったし、何よりも目力が凄いし。



 ポン


「ん、なら連いてくる。ご褒美ゲットの為に」

「ふぇ? マヤメしゃん?」


 ジーアの肩に手を乗せ、マヤメがうんうんと頷く。


「いや、だから危ないって言ってるじゃん。それよりもみんなはそれでいいの?」


 ずっと口を出さずに見ていた、みんなにも聞いてみる。


「はい。私たちはそれで構いません」

「ジーアにはいつも助けてもらったから」

「たまのわがままぐらい聞いてあげたいしな」

「ジーアの成長に繋がるなら喜んで」

「それにジーアだけ、ご・褒・美・ないですからね~」

「「「わ、はははは――――」」」


「ううう、みんな~っ! ありがとでしゅ~っ!」


 賛成してくれたみんなに、感極まって涙を浮かべるジーア。

 そんなみんなは薄目で、チラチラとこっちを見ている。



『………………え?』


 なんなのこれ?


 なんでご褒美部分を強調して、示し合わせたように私を見るの?

 これじゃ、活躍の場を与えなかった、こっちが悪いみたいじゃん。



「はぁ~、わかったよ。ならご褒美は無条件でいいから、ジーアはこのままみんなと帰って。それなら文句ないでしょ?」


 半ば投げやり気味に、みんなにはそう伝える。

 これが一番最善っぽいし、ジーアに危険が及ぶこともない。


 ところが、


「そ、それはズルいですよっ!」

「「「そうだっ! そうだっ!」」」


「はあっ!?」


 ここ一番の折衷案を出したのに、何故か一斉に反発される。



「ん、もう澄香の負け」

「いや、負けとかそんなんじゃないから」

「ん、澄香は頑張った。でもみんなが一枚上手」

「………………」


 そしてマヤメに慰められる私。

 別に悔しいわけではないけど、なんかスッキリしない。



『まぁ、これもみんなが変わってきた証拠なんだよね。ジーアに依存していた、ほんの数時間前とは別人だよ。それと、みんなもジーアの成長を望んでいるんだろうしね』 


 色々と不安が残るが、これはこれでいい傾向だと思う。

 成長を望むなら、変わろうとする時機を逃さないのも大事だから。


 こんなことは、あの村の中にいるうちは不可能だっただろう。

 あのままだったらあの箱庭で、ずっと漫然と過ごしていただろうから


 そんな時は、箱をつつき、刺激を与える何かが必要だった。 

 その何かが今回は、たまたま私だっただけ。


 

『それに、外の世界に出た方が、知識も見識も広がるし、きれいな景色も、楽しいことも、美味しい物もたくさんあるからね。それと混血種にも理解ある、たくさんの仲間も増えるはずだよ』


 経験者は語る。なんて大袈裟な話ではないけど、過去の私は5年もの間、あの自宅という箱庭で、意味も無く過ごしてきた。


 だからか、その無意味さもわかるし、外の素晴らしさもわかる。

 引き籠ってたあの時の私を、全否定したいぐらいに。



「わかった。ならみんなの気持ちを汲んでジーアも連れて行くよ。ここまで連れてきた責任もあるし。そもそも焚き付けたのは私だしね」


「は、はいっ! よろしくでしゅっ! スミカさんっ!」 

「「「あ、ありがとうございますっ!」」」


「ただ連れてく以上、ジーアにはみんな以上に頑張ってもらうからそのつもりで。それこそ倒れるまで働いてもらうから」


「ふぇ?」

「「「え?…………」」」


「だってそうでしょう? 私の指示を無視するんだから、それ相応に働いてもらわなきゃ割に合わないよ。だって、マヤメと二人の方が動きやすいし」


 凄みを利かせながら、チラとみんなの反応を見る。

 全てが本音ではないけど、ちょっとぐらい意趣返ししてもいいよね? 



「あ、あのぉ~、やっぱりわたしやめ――――」

「「「は、はいっ! それでもお願いしますっ!」」」


「うん。全員賛成だね。なら早速行こうか? マヤメは―――」

『ん、もうダイブした』

「オッケー。桃ちゃんは?」

『ケロロッ!』

「よし、みんな準備できてるね」

「ひゃっ!?」


 ヒョイ


 二人の返事を聞いて、ジーアをお姫様抱っこで抱える。


「あ、あの、スミカしゃんっ! 反対した人ここにいましたよっ!」

「それじゃ、みんなは気を付けて帰ってね。」


 往生際の悪いジーアが「はいっ! はいっ!」と手を挙げ、自己主張しているが、敢えて無視して走り出す。


「「「はい、ジーアをよろしくお願いしますっ!」」」



――――――――



 シュタタタタタ――――



「うひゃ~っ! 揺れるし、もの凄く早いでしゅ~っ!」


 走り出して早々、ジーアが腕の中で騒ぎ始める。

 なので大人しくさせるために忠告することにする。


「そろそろ黙った方がいいよ? また森の中に入るし、かなりスピードも出すから、そのまま口開けてると舌噛み切るよ?」


「…………」


『ん、澄香、なんだか楽しそう?』

『ケロロ~』


 こうして、予想外ではあるが、クロの村一番の実力者であるジーアを連れて、4人でアシの森の頂上を目指すこととなった。


 距離にして約500メートル。

 鬱蒼と生い茂る草木や、足場の悪い坂道でも、私なら数分で着くはずだ。



『さて、一体何がいるんだろうね、あのてっぺんには。ジーアもだけど、私も戦ってないから、なんだかちょっとムズムズするよ』


 少しだけ高揚感を感じながら、頂上を見上げて速度を上げていく。

 こんな時に不謹慎とは思うけど、みんなの頑張りを見たせいで、心が逸る。



 その先に待ち受けるのは、あの人型か、ジェムの魔物か、それとも――――


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