第527話ヒトガタとジェムの魔物



 

 タンッ! スタタタタ――――



「マヤメ、あのロボカラス出してくれる?」

「?………………」


 木の幹を蹴り、一気に速度を上げながら、足元に向かって声をかける。



 現在私たち4人は、アシの森の頂上を目指して、森の中を移動中だ。

 その理由は、残りの蝶の魔物の掃討と、その後に現れるであろうジェムの魔物の討伐。


 それと突如現れた、あの白い人型の動向を懸念してのことだった。



『ん、ボロカス? なんで?』


 私の影の中にいたマヤメから、すぐさま返事が返ってくる。


「うん。クロの村の周辺を、空から見張ってて欲しいんだよ。あっちに何かあったら、直ぐに駆け付けられるように」

「………………ぴく」


『ん、もしかして、さっきの人型?』


「うん、それもあるけど、ジェムの魔物の能力がわからないから、一応、予防線を張っておきたいんだよね」

「??」


 取り巻きの蝶の魔物は、いきなり目の前に現れた。

 だとしたら、ジェムの魔物は、それ以上の能力を持っている可能性が高い。



『ん、わかった』 


「あ、でも一度マヤメのとこに、報告に戻らないとダメな感じ?」

「………………」


 ロボカラスの速さを見たわけではないが、私より速いとは思えない。

 だとしたら、主人のマヤメに戻ってくる時間だけ、みんなが危険に晒されてしまう。



『ん、それなら問題ない。ボロカスはマヤと繋がってる。何かあったら、マヤに知らせる様に合図を送らせる事もできる。マスターが作ったものだから、その辺は抜かりない。うん』


 いつもと違い、長々と、しかも饒舌に答えるマヤメ。

 大好きなマスターの事だからか、かなり早口にもなっていた。

 きっと影の中でドヤ顔になってるに違いない。



「へ~、なかなか便利だね。ならお願いするよ。それでマヤメはボロカスから合図が来たら、直ぐに私に教えて欲しいんだ。その時の状況によって、指示を出すから」 

「………………」


『ん、了解した。直ぐに澄香に知らせる。それと訂正したい事ある』


「訂正? なに?」

「??」


『これはボロカスじゃなく、ロボカス。そこ大事』


「いや、さっきから自分でボロカスって言ってたよね?」

「………………」


 さっきどころか最初に出した時から言っていた。

 ボロカラスがどうとか。



『ん? マヤは知らない。ロボカスお願い』


 バササッ!


「うきゃ――――っ!!」

「んわっ!」


 マヤメがロボカラスを放った途端に、ジーアが腕の中で悲鳴を上げる。

 私はその声に驚き、思わず変な声を出してしまう。



「な、なに? いきなり? 今まで大人しかったのに」

 

 少しだけドキドキしながら、ジーアの顔を眺める。

 ずっと静かだったからか、いきなり叫ばれてかなりびっくりした。



「な、なにって、舌噛むってスミカさんに言われてたから、ずっと黙って聞いてたんでしゅっ!」


 心外だといわんばかりに、ジーアは声を荒げて反論する。


「え? あ、ああ、確かにそう言ったね」


 移動中は危ないからって、最初に伝えたっけ。

 障害物も多いし、視界も悪いし、そもそも山道だし。



「そうでしゅよっ! だからずっと我慢してたんですっ! このまま窒息するかと思いましたでしゅっ! もうっ!」


「いや、息はしようよ」


 プンプンしているジーアに突っ込みながら、先を急いだ。



――――――



「これって?…………」

「ん…………」


 山頂に近づくほど、深くなった森を抜け、道中、蝶の魔物に襲われることなく、頂上に辿り着いたが、その光景を見て、言葉をなくす。



「な、なんでしゅか? これは……」


 ジーアも私の腕の中から降りて、その惨状を前に声を震わせる。



「ん、仲間割れ?」

「どうだろ…… ちょっと調べてみようか?」


 辿り着いた先で見たものは、何かが争った形跡だった。

 幸い、森は荒らされていないが、あちこちにその痕跡が残っていた。


「ん、これ」

「ああ、蝶の羽根っぽいね」


 マヤメがマフラーで拾い上げたものを見て答える。

 誰が見ても黒蝶の羽根に見える。

 ただしその大きさは、100センチを超えるものだけど。



「ス、スミカしゃんっ!」

「あっちは、管だね」


 ジーアが指を差したものを見て答える。

 全長50センチ程の、先が鋭いストロー状のものが落ちている。  



「……どうやら仲間割れっていうか、一方的に喰い尽くされたようだね、何者かに。栄養源にならない羽根や、固い管の部分を残しているところを見ると、エサになったんだと思う」


 森の中に散乱している、蝶の魔物の残骸を見て答える。

 正確な数はわからないが、凡そ30体以上はありそうだ。



「ん、エサ? もしかして、あの白いのが?」


「恐らくそう。あの白い人型の仕業だと思う。アイツが現れた時に、それらしいこと叫んでたでしょう。マヤメは気が付いた?」


「ん? マヤには理解できなかった。ジーアは?」

「わたしは、ただうるさかっただけでしゅ」


 ジーアと二人で顔を見合わせた後で、答えを求める様にこっちを見る。

 なので焦らす必要も無いので、直ぐに二人に説明する。



「アイツはね、こんな事言ってたんだよ。あの時は殆ど絶叫だったし、かなり片言だったから、聞き取りにくかったけど」


 落ちていたストロー状の管を拾って、分かり易いように地面に書く。


 『タッへカナオ』と。


「ん?」

「タッヘカナオ? ってなんでしゅか?」


「それを逆から読むとわかるよ」


 トントンと地面を叩きながら、更にヒントを出す。


「ん? 逆?………… オナカ、ヘッタ?」

「あ、お腹減ったでしゅっ!」


「そう、正解。あの人型は空腹だったから食事に現れたんだよ。あそこで戦っていた私たちを捕食するためにね」


「ん、でもマヤ達を襲わなかった」


 私の説明に、すぐさまマヤメが異を唱える。

 ジーアも同じ意見のようで、隣で「うんうん」と頷いている。



「そこなんだよ。普通に考えたら、人間を襲うって思うでしょ? 得体の知れない生物なんだし。そもそも生物かも怪しいけど」


「ん、だからボロカスを村に送った」 


「そうなんだけど、この現状を見ると違ってた。現に私たちの敵である、蝶の魔物が襲われたからね。で、それを踏まえて、今の状況から判断すると、無差別に襲ってるんだと思う」


「だ、だったら、わたしたちの味方ってこともあるでしゅよね?」


 恐々と周囲を見渡した後で、ジーアが怯えた様子で聞いてくるが、


「それはない」

「ん、ない」 


 マヤメと二人で即座に否定する。

 そんな希望は最初から無意味だって。



「な、なんででしゅ?」


「それはジーアが一番わかってるんじゃない?」

「ん、ジーアはあの白いのが危険ってわかるはず」


「そ、そうでしゅよね、あの白い人さんは、色んな命を持ってましゅからね……」


 そう呟き、どこか諦めたように目を伏せるジーア。

 最初に対峙した時の事を思い出したのであろう。


 あの人型を誰よりも嫌悪していたのは、中身が視えたジーア本人なのだから。



「あとそれと、無差別って言ったけど、恐らく好物みたいなのがあると思う」   


「ん?」

「好物でしゅか?」


「そう。あの時、私たちを襲ってこなかったのは、ここに残りの魔物がいることがわかったからだと思う」


「ん、でも攻撃してきた」


 間髪入れずに、またマヤメに指摘される。


 攻撃とは、木々を吹っ飛ばした、あの衝撃波の事だろう。

 なのでその理由を説明する。


「ああ、あれは多分八つ当たりだね」

「八つ当たりでしゅか?」


 今度はジーアが直ぐに反応する。



「あの時、あの白い人型は、私たちと戦っていた蝶の魔物を捕食しようと現れたんだけど、そこに魔物が残っていなかった」


「ん、クロの村の人たちが倒したから」

「だから八つ当たりしたでしゅか?」


「そうだと思う。誰だってご馳走がなくなってたら、怒るでしょう? マヤメだって、楽しみにしてたスイーツがないと気が付いたら怒るでしょう?」


 分かり易い例えを上げて、マヤメに振る。


「ん、マヤも怒る」


「でしょ? だからあの人型もそうだったんだと思う。それで私たちを襲わなかったのは、他に美味しそうなものを見付けたから」


「ん、美味しそうなもの?」

「な、なんか怖いでしゅね……」


「私たちよりも生命力があって、数も多い、そんなご馳走がここにいたからね」


 森の中に散乱している、大量の蝶の魔物の残骸を見渡しながら答えた。


「ん」

「…………」


「ま、全部私の推測だけど。でもこれで大体は合ってると思う。敵や味方に見境がないんじゃなくて、そもそもそれを認識できてない。本能だけで行動してる」


「ん、少し納得」

「うん」


 二人には憶測を交えて説明したが、自分では間違いないと感じている。

 

 そもそも知能など持ち合わせてるようには見えないし、言語は発していたが、本当に理解して、使ってるのかも怪しい。



『ただ気になるのは、なんで"逆さま"に叫んだかだよね? 咄嗟に出たとしたら、逆に知能が高い可能性もある。それか、あの話し方が、あの人型には普通だった可能性も? だとしたら、言語が逆転して聞こえる、そんな世界が?――――』


 考えれば考えるほど、可能性が枝分かれしていく。

 悩めば悩むほど、深い思考の渦に飲まれてしまう。


 それほどあの人型との邂逅が、私には不意を突かれたものだった。



 などと、今の状況を忘れ、考えに没頭しているうちに、



 シュ ン――――



「んぐっ!」


 更に予期せぬことが、目の前で起こった。 



「あっ! マヤメしゃんっ!」

「な、なにっ!?」


 ジーアの隣から、忽然とマヤメの姿が消えた、その直後に、



「う、ぐぅ……」


「はあっ!?」

「えっ!?」


 頭上から呻き声が聞こえ、ジーアと揃って空を見上げると、


 そこには――――



「ぐ、全然気付かなかった……」


 苦悶の表情を浮かべるマヤメが、何者かに肩を貫かれたままで、宙づりにされていた。



「マヤメっ!」


 そして、その背後には、あの黒蝶の羽根がユラユラと見え隠れしていた。 

 マヤメの肩を貫いたもの、それはあの蝶の魔物の、鋭い管だった。



「ス、スミカしゃんっ!」

「わかってるっ!」


 タンッ!


 私はマヤメを助けるために、透明壁スキルを踏み抜き、空中に躍り出る。



 トン



「…………やっぱりまだ残ってたか」


 スキルを足場に目の前の魔物と対峙する。


 それは言わずもがな、謎の腕輪を身に着けたジェムの魔物だった。

 細い首元に、今まで見たことない数の、あの宝石が見て取れた。


 どうやら、あの人型に、取り巻きを全て捕食され、このタイミングで出現したようだった。



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