第525話ヒト型とカエル型のナニか




「…………ひと? じゃないっ!?」


 パッと見、顔や手足が人間のそれに見えたが、すぐさまその異形さに気付く。


 何せ、人間のように見えたものが、白いだったからだ。


 頭部はあるが、目や鼻や口などのパーツがない。

 胴体や手足はあるが、関節や手首や足首がない。



『これって、人工的な何か?…………』


 その姿はまるで、子供が作った紙粘土のような、真っ白な人型だった。

 ただ人の形を模しただけの、出来損ないの人形に見えた。 



「蝶の魔物じゃないっ! みんな注意してっ!」


「「「えっ!? は、はいっ!」」」


 みなに警告を発しながら、更に追加でスキルをもう一枚張る。

 透明壁スキルの中が安全だとわかっていても、何故か不安を払拭できない。


 それ程異様で不気味な存在だと、私の目には映った。

 得体の知れない存在を前に、こいつは危険だと本能が警鐘を鳴らす。

 


 途端、


 『『………………ザ、ザザ――』』


 パカッ


「はっ!?」

「んっ!? 口?」


 白い人型の顔の一部がポコンと凹んだ。

 その部分は人であれば、口に該当する位置だ。


 そして、口であろうその窪みから、意味不明の雑音が聞こえたと同時に、



 『『…………タ、ッ、へ、カ、ナ、オ……』』



 ズバァァ――――――――ンッ!!



「くっ!?」

「んんっ!!」

「うひぃ――――っ!」

「「「うわ――――――っ!!!」」



 突然、人型から見えない衝撃波のようなものが、一気に噴き出し、一瞬にして周囲の森の一部が形を変えた。



『な…………』


 その範囲は、私がスキルで伐採した、それ以上の範囲だった。

 200メートル以上の広範囲に渡って、一瞬で森が更地になった。



「みんな、大丈夫っ!? ケガはないっ!?」


 大量の土煙が漂う中、みんなに異常がないか確認する。


「んっ! 大丈夫。澄香の魔法壁のおかげ」

「だ、大丈夫でしゅっ!」

「「「は、はい、みんなにケガもありません」」」


「ならそこでじっとしてて、絶対に安全だからっ! マヤメは私の影に――――」 

『ん、もうダイブしてる。マヤも行く』

「よしっ!」


 タンッ


 みんなの無事を確認した後で、『通過』を使って、スキルの外に躍り出る。

 何の前触れもなく現れ、森を更地に変えた、あの人型を仕留めるために。



「あれ?…… いない」

『ん、気配もない』


 ところが、あの人型がいたであろう場所には、何もいなかった。


「索敵は…… やっぱりダメかぁ」

『ん、マヤの探知にも捕まらない。歩いた跡もない』


 影も形もないどころか、何の痕跡も見当たらなかった。


 いや、残されたものはあった。

 

 それは――――



「ん、森がまたなくなった」

「う…………」


 200メートル以上の範囲にわたって、自然を破壊されたアシの森と、


「あ、あの人型のナニかは、マヤメは知ってる?」

「ん、マヤは見たことも聞いたこともない」

「そう、だよね。ジェムも無かったし」

「ん……」


 その存在を強烈に植え付けて、陽炎のように消えた、未知のナニかへの疑問だった。



「…………一応、ちょっと探してみようか?」

「ん」

 

 マヤメと二人、無駄だと思いながら、周囲を回ってみたが、やはり何の痕跡も残っていなかったので、みんなのところに戻った。 




―――――――

 


「あ、あにょ~、さ、さっきのは一体……」


 スキルの中に戻って早々、ジーアが恐々といった様子で尋ねてくる。

 恐らくさっきの人型の件だろう。

 他のみんなも怯えた目で私たちを見ていた。



「ああ、あれは私も何だったかは知らないんだよね」


 みんなの視線を受けながら、そう答える。

 

 恐らくエニグマが関係しているだろうけど、今はこう答えるしかない。

 根拠はあるが、証拠も確証もないからだ。



「へ? な、なんでスミカさんが知らないんですかぁっ!」


 ところが、予想外の返答がジーアから返ってきた。


「な、なんでって、私だって初めて見たんだもん」


 その態度にちょっと驚きながら、正直に答える。

 ってか、なんで私が知ってて当然みたいに思ってるの?



「ふぇ? だって、さっきから…… 後ろに――――」


「後ろっ!?」

「んっ!?」


 ババッ 


 ジーアが最後まで言い終わる前に、すぐさま背後を振り向く。

 マヤメはナイフを、私はスキルをトンファー型にして身構える。


 ところが、



「…………何もいない?」

「ん、いない」

   

 あの人型どころか、気配も動くもの自体も確認できなかった。

 あるのは広範囲に渡って広がる、木々を失った森が見えるだけだった。



「…………もしかして、ジーアには視えてるの?」


 私たちが見えないってことは、そういう事だろう。

 ジーアには、モノの本質が視えるらしい、特殊な能力があるのだから。



「え? なに言ってるですかっ! さっきからずっとスミカさんの頭の後ろにいますよっ! みんなにだって見えてるでしゅっ!」


『ケロ?』 


「あたま?……… ああ――」


 そういう事か。


 桃ちゃんが鳴いてくれたせいで、たった今気付いたよ。

 ジーアは人型のナニかじゃなく、桃ちゃんの事を言ってたのを。



「………………」


 ツカツカ


 ゴンッ!


「い、痛いで――――」


 ゴンッ!


「うびゃっ! 舌噛んだでしゅっ!?」


「うるさいっ! なんでこのタイミングで紛らわしいこというのさっ! マヤメだって私だってかなり焦ったんだよっ! 桃ちゃんならずっと私のフードの中にいたんだよっ!」

 

「うひぃ~っ! こ、恐い~っ!」


 二発の拳骨と、私の剣幕に、ここ一番怯えるジーア。

 涙目で後ずさり、頭を押さえてしゃがみ込んでしまった。



『……ったく、この能天気セーラー少女は、なんで魔法だけじゃなく、こんなとこまで師匠のナジメに似ちゃうかなあ』


 人騒がせにも程がある。

 あの緊迫した状況で、こんな見当違いな事をいうなんて。

 私だけじゃなく、誰だって勘違いするだろう。



「ん、でも澄香も悪い」

「まぁ、それもわかってるよ。最初に桃ちゃんを紹介しなかったからね、でもさ」


 マヤメの話に同意するが、どこか納得できない。

 どう見てもジーアの聞くタイミングがおかしい。



「そ、それで、結局そのカエルは何なんですか? そ、それ魔物ですよね?」


 頭を押さえているジーアに代わって、他の人が聞いてくる。


「ああ、これはキュートードっていう水辺に生息する、人畜無害の魔物だから、私のペットにしたんだよ。この見た目通りに、可愛いくて、もの凄くお利口なんだよね。この頭の花とかなんて、泳ぐときに閉じたり開いたりしてさ。あ、このホワホワの手は――――」 


 桃ちゃんを抱っこしながら早口で、みんなに自己紹介をする。

 無害なことを知ってもらわないと、後々面倒なことになるかもだからね。



「「「………………」」」


「ん、澄香、みんなびっくりしてる」

「え?」


 確かにマヤメの言う通り、どこかキョトンとしているみんな。

 私と桃ちゃんを交互に見比べて、村人同士で顔を見合わせている。



『う~ん…………』


 もしかして、まだ説明が足りないの?

 まだ警戒してるってこと?


 だったら、ここは桃ちゃんの為にも、もっとアピールしなくては。

 


「そういう訳で桃ちゃんも味方だから、仲良くしてくれると助かるよ。私は桃ちゃんの他にも、拠点の街にキュートードを飼ってるからさ。それと、好物はお魚だけど、最近は、野菜とか萌やしなんかも――――」


「ん、澄香、みんながどんどん離れていく」


 ヒソヒソ話をしながら、後ずさりで距離を取るみんな。



「へ? なんで?」


 意味が分からない。

 ここまで説明しても、桃ちゃんを理解してくれないみんなに。


「可愛くても魔物だから怖い」

「いや、だから私が――――」

「ん、それとクロの森のみんなは、あまり魔物を知らない。だから」

「あ? ああ、なるほど……」


 こんなとこにも引きこもりの影響があったって事か。



「ス、スミカさんっ!」

「な、なに?」


 唐突に、痛みから復活したであろうジーアに呼ばれる。


「もう、そのカエルの話はどうでもいいでしゅっ!」

「どうでもいいって、元はといえば、ジーアが――――」 

「それよりも、さっきの白いのはなんでしゅかっ!」

「はあっ? 何を今更言ってんの?」


 ふざけてるの?

 今度は拳骨じゃなく、かかと落としするよ?


「あの白いのは、一つに視えて、たくさんの生命力が集まった何かでしゅっ! あんなのは絶対に存在してはいけないものでしゅっ!」


 捲し立てるように、さっきのナニかについて説明するジーア。

 私の傍に駆け寄り、必死な形相で訴えかけてくる。



「……そう、そんな風にジーアには視えたんだね」

「は、はいでしゅっ!」


 ジーアの肩に手を置きながら、再度確認する。


「ん、もしかして、今まで奪ったエナジーと関係ある?」

「えなじ~?」

「うん、その可能性が高い」

「ん」

「?」


 ジーアの能力のおかげで、疑問が一つ解けた。 


 ジェムの魔物たちが、何故人々の生命エネルギーを狙うかが。 

 そして、その利用先の一つが、あの白い人型に使われているだろうことも。



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