第524話ご褒美は早とちり




「最後の一体だっ! 接近されないように、水の魔法で誘導してくれっ!」

「ちっ! そっちに行ったぞっ! 急いで回り込めっ!」

「対角線に放つのは危険だわっ! お互いに交わらないように移動してっ!」

「わかったっ! なら土魔法で動きを制限するっ!」

「よ、よしこれで逃げ道はなくなったわっ! いっけ――――っ!」


『ぐgyゃッ!』


 みんなが戦い始めてから約30分後。

 最後の一体が、断末魔の叫びをあげて黒焦げになった。


 これで私たちを襲ってきた蝶の魔物は全ていなくなった。

 100体近くいた魔物は、みんなの活躍で全滅した。



「はぁ、はぁ、はぁ…… つ、遂に、私たちだけで――――」

「ふぅ、ふぅ、ふぅ…… ジ、ジーア抜きでも――――」

「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ…… あの強い魔物たちを――――」

「た、たおし――――」



「ってないよ。なんですぐに警戒解くかな? また襲ってくるかもしれないでしょ? 私が魔物だったら、みんなが疲れた今がチャンスだと思うんだけど」


「「「う…………」」」


「ってのは冗談で、今のところはその様子がないからこっちに来なよ。私の魔法壁の中なら安全だから」


「「「は、はいっ!」」」


 蝶の魔物を、自分たちだけで掃討したみんなは疲労困憊だった。  

 肩で息をしながらよろよろと、こっちに向かって歩いて来る。


 だけど、そんなみんなの顔には、疲労よりも達成感が上回っていたようで、口端に笑みを浮かべながら、私とジーアを期待のこもった目で見ていた。



『うん…………』


 まぁ、この流れはあれだろう。

 俺たち頑張ったんだから、私たち褒めて欲しいアピールだろう。


 たまにナジメもあんな顔してたしね。

 そんな時は、頭を撫でてあげると喜んだんだよね。



「うんうん、みんな良くやったね。あの数を相手に、大きなケガもしないで大したものだよ。こっちに甘いもの用意してるから、疲れを――――」


 労いの言葉をかけながら、笑顔でみんなを優しく受け入れる。

 

 私の指揮やマヤメも加わったとはいえ、村の精神的支柱であるジーア不在で、魔物を掃討した功績は大きいし、自信にも繋がったはず。

 

 なのでここはみんなを褒めて、もっと自信をつけてもらうのが得策。

 自信はメンタルにも直結してるし、パフォーマンスにも繋がるからね。


 なんて、そんな予定でいたんだけど、



「お、俺たち頑張りましたよねっ!」

「うん、みんな頑張ったよ」


「私たちだけでやりましたっ!」

「うん、ジーア抜きで良くやったよ」


「数に圧倒されて、諦めかけましたが、スミカさんの言葉があったからこそ、最後まで踏ん張れましたっ!」

「うん、そうだね、でも私はちょっとだけ口出ししただけだよ? 最後まで頑張れたのは、みんなのチカラだよ。それよりもみんなでこれ飲んで、疲れたでしょう?」


 私を取り囲んで、口々に成果を笑顔で話すみんな。

 にわか指揮官である私の事も、一緒に褒めてくれた。

 そんなみんなにはドリンクレーションを振舞ってあげた。



『いや~、なんだかムズムズするね~。こんな大勢に面と向かって感謝されることなんて、今までの人生で記憶にないからね』


 悪い気はしないが、ちょっとだけ恥ずかしい。

 こんな大勢に羨望の目で見られるなんて、滅多にないから。


 私も頑張って指揮した甲斐があったよ。



「ん、澄香、ニヤニヤしてる」

「うるさい」


 そんな私の表情を、目ざとく見つけたマヤメにからかわれる。


「あ、あのぉ、それでですね……」


 一息ついたところで、みんなが近くに集まる。

 私とマヤメを囲んで、ニコニコと笑顔を浮かべている。


 その様子を見ると、何かを期待しているのは一目でわかった。



『ああ、これはやっぱりご褒美ナデナデの表情だね。こんなとこはナジメにそっくりだよ。にしても、この中で最年少に見える、私が撫でていいのかな?』


 この中では確実に、私が一番の年少者なはず。

 だというのに、人生では大先輩のみんなの頭を、撫でていいものだろうか?

 


『ん~、普通に考えたらもの凄く失礼だよね? でも期待しているみんなの気持ちを裏切るのも、返って失礼だし…… でもナジメは――――』


 ツンツン


「ん?」

「ん、澄香。みんなご褒美待ってる」

「え? あっ!」


 いつまでも自問自答している私を見かねてか、マヤメが頬を突っつく。

 そして気が付くと、みんなが一列になって待っていた。



「わ、わかったよ。なら順番にしてあげるからね」


 先頭にいる人に声をかけながら、サッとスカートの後ろで手を拭く。

 別に汚れてるわけじゃないけど、これは一種の儀礼みたいなもの。


 そして頭を撫でようと、手を伸ばしたら、意味の分からない事を言われた。



「お、俺は、晩酌してもらいたいですっ!」


「………………へ?」


 ピタ


 いきなり何言ってんの?

 なんでここでお酒の話が出てくるの?


「わ、私は一緒に料理をしたいですっ!」

「僕はもっと魔法を教えて欲しいですっ!」

「今度生まれてくる子に名前を付けてくださいっ!」

「お、お風呂っ!」


 唐突に出た場違いな内容に、手を挙げたまま固まるが、そんな私なんてお構いなしに、次から次へと変なお願いをしては、列から一人一人去っていく。

 なんかどさくさに紛れて変なのがいたけど。



「は?」


 はあああ――――?

 一体なんなのこれ?

 

 ご褒美上げる前に、無理難題言って、満足そうな顔で行っちゃったよ。

 私は料理も魔法も名付け親もできないって。なんだよ最後のお風呂って。



 ポンポン


「な、なに?」


 後ろから頭を優しく叩かれる。

 振り向くとマヤメが立っていた。


「ん、澄香は勘違いしてる」

「勘違い?」


 どういう事?


「ん、みんなはご褒美欲しい」 

「い、いや、だから、私が――――」


 してあげようとしたよね?

 ナジメ領主も大好きな、頭ナデナデを。



「澄香じゃない。ナジメからご褒美欲しい」

「ナ、ナジメから?」

「ん、戦う前にそういう約束した」

「………………」

「忘れた?」

「お、覚えてるよっ! やだなぁ~」

「ん? ならいい」

「………………」


 マヤメに見えないように、そっと腕を後ろに隠す。



『なんだよっ! ご褒美ってそっちじゃんっ! あの言葉って、指揮の事じゃなくて、ナジメからのご褒美の事かよっ! 超紛らわしいんだってっ!』


 カッコ悪すぎる。

 みんなの頑張りに感化されたとはいえ、こんな勘違いは恥ずかしすぎる。



「わ、わたしは、クロ様とおふr――」


 ゴンッ


「い、痛いですぅっ! なんでわたしだけブツでしゅか~っ!」


 空気の読めないジーアが催促してきたので、拳骨を落とす。


「痛いも何も、ジーアは何も活躍してないでしょっ! 私と引き籠ってただけでしょっ!」


「うひぃ~、だってそれはスミカさんがわたしに――――」


「うるさい。それと言い訳しない。それにまだ魔物が残っている可能性もあるでしょ? 最初に偵察に来た奴は、あっちに戻っていったんだから」


「はひぃっ?」


 私の指差す方向に、怯えながら視線を向けるジーア。

 その視線の先は、このアシの森の頂上付近だ。


 そう、まだ残っているはず。


 あの強さでは拍子抜けだし、巣みたいな隠れ家があるかもしれない。


 それに――――



『最後に必ずジェムの魔物が出てくるはず。このパターンは今まで崩れたことないからね。だから最後の取り巻きを倒した後が……』


 本当の正念場になる。

 この世界では規格外の強さの、ジェムの魔物が現れるはず。



「んっ! 澄香、東の方角20メートルに何かいるっ!」

『ゲロロッ!』

「え?」


「うひゃっ!?」


 唐突に、緊迫したマヤメの声と、桃ちゃんの鳴き声が、森の中に響き渡る。


 マヤメは森の向こうを睨みつけ、片足立ちでナイフを構え、桃ちゃんはフードから顔を出して、マヤメと同じ方向に鋭い視線を向けている。


 その様子から、ただ事ではないと察する。


 蝶の魔物ぐらいだったら、マヤメもここまで警戒しないし、桃ちゃんも今まで通りに、フードの中で大人しくしていたはず。



「うわ、なんでスミカさんの背中にカエルがっ!?」

「………………」


 私もすぐさま身構えて、二人が見ている方角に意識を集中する。

 ジーアが桃ちゃんを見て騒いでたけど、今はそれどころではない。



『なんなの? もうジェムの魔物が出てきたっていうの? にしても、索敵に何も反応がないってどういう事? それとこんなに近づかれるまで、マヤメも私も気付かないなんて…… ん? あれか?』


 木々の間に白い影のようなものが、薄っすらと見えた。

 ユラユラと体を左右に揺らしながら、フラフラと何かが歩いてくる。


  

『…………あれって、蝶の魔物じゃ――――』


 なかった。


 森の中から現れたのは、人の形を模した、白いナニかだった。


 敵か、味方か、それとも……


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