第523話レッツ育成!
「さっきみたいにバラバラにならないでっ! どうせ魔物はこっちを狙って来るんだから、中央に集まって、順番に魔法を放てばいいよっ!」
「「「お、おうっ!」」」
「それと、相手は蝶の魔物なんだから、きっと炎が弱点だよっ! 当たらなくても羽根にさえ掠れば、軌道力を半減に出来るよっ!」
「「「は、はいっ!」」」
「あと、魔物の攻撃の範囲を絞りたいから、前面には土魔法でバリケードを作って、空に誘導してっ! そうすれば上からの攻撃に注意するだけになるからねっ!」
「「「わ、わかりましたっ!」」」
私の出した指示に、何の疑念もなく、懸命に動いてくれるみんな。
見通しの良くなった森の中央に集まり、各々が得意な魔法を撃ち込んでいく。
その効果は絶大で、徐々に数を減らしていき、既に半数ほどになった。
それでも残りは40以上。
魔物の数が減れば減るほど、魔法を当てにくくなる。
今までは、押し寄せる魔物の群れに、がむしゃらに撃ち込んでただけだから。
だからこそ、ここからが正念場になる。
数が減ればそれだけ奴らの移動範囲が広がるからだ。
そうなると必然的に、あの厄介な『軌道力』が猛威を振るう事となる。
「ん、澄香」
「あっ! 水魔法は蝶の特性上弾かれるから、あんまり多用しないで牽制に使ってっ! あと一気に撃つんじゃなく、時間差で撃って、相手の動きを誘導してっ!」
「んっ! 澄香っ!」
「なに? 今忙しいんだけど」
後ろからマヤメに呼ばれるが、首だけ動かして返答する。
これからがある意味本番なのだ。
なので、おしゃべりをしてる暇なんてない。
「んっ! なんでマヤだけ戦う」
「なんでって、マヤメの戦い方を見本にして欲しいからだよ?」
どこか不満げな表情のマヤメにはそう返答する。
因みに私とジーアは透明壁の中に引きこもり、戦場を俯瞰で見ている。
その中で私は指揮を取り、危なくなったらスキルで援護できるように、かなり神経を集中させている。
ここまで連れてきた責任もあるし、みんなの実力も知りたかったから。
そして、村一番の実力者のジーアには、私の指揮や、みんなの動き、それとマヤメの戦い方を見て欲しく、戦闘には参加させず、私の隣にいてもらっている。
その理由は簡単だ。
ジーアには、もっと広い視野と、状況や仲間に合わせた戦略や戦術を。
村のみんなには、ジーア無しでも戦える自信を持って欲しくて、このような配置にした。
「ん? 見本? マヤが?」
スパンッ
「そう。接近戦と回避に特化したマヤメなら、こんな魔物ぐらい簡単に倒せるでしょう? しかも無傷で」
「ん、そんな簡単じゃない。動きが変で難しい」
そう言いながらも、マフラーで相手の動きを誘導し、そこへ更にナイフを投擲し、それを避けたところに、黒塗りのナイフの一突きで絶命させている。
確かに簡単ではない。
たった一体を倒すのに、3度の動作を行っていた。
この蝶の魔物の厄介なところが、正にそこだった。
飛び込んできた瞬間を狙えば、普通の魔物には絶好のカウンターになるが、この蝶の魔物は、直前で急停止したり、直角や垂直に急回避し、こちらに向けて急接近してくる。
まるで某レトロゲームの『蛾』が攻めて来る、あの敵の動きそのままだ。
こっちのカウンターが、そのまま相手のカウンターになってしまう。
それはマヤメも承知済み。
だから攻撃を空打ちして、相手の動きを誘導して倒しているのだ。
そんな訳で、マヤメだけは単独で戦ってもらっていた。
少しでもみんなの参考になればと、私なりに考えての事だった。
「ん、だったら澄香が見本になる。マヤだけズルい」
理由を説明したのに、まだ納得しないマヤメ。
口をへの字に曲げて、ジト目で不満をアピールしてくる。
まぁ、ジト目はいつもだけど。
「私が見本ねえ?…… ならちょっと見てて」
『通過』を使って、透明壁スキルから外に出る。
するとすぐさま蝶の魔物が襲ってきた。
「よっ!」
ガシッ
「んっ!?」
「へっ?」
「これでお終い」
ドガンッ!
『ぐgyつッ!』
顔面を掴まれたまま、地面に叩きつけられた魔物は、そのまま破裂するようにバラバラに砕け散り、一瞬にして絶命した。
「んんっ!」
「あわわ……」
その様子を見ていた二人が、矢継ぎ早に質問してくる。
「んっ! どうして一度で捕まえた。マヤはもっとかかる」
「ス、スミカしゃんっ! 一体どうやったですかっ!」
「どうって、体が勝手に反応するんだよ。私の手を避けた瞬間に、それ以上の速さで掴んだだけ。簡単に言えば条件反射みたいなものかな?」
これは『spinal reflex 改(脊髄反射)』の派生形で、相手が避けた方向に、反射的に体が反応するプレイヤースキルだ。
ただそうは言っても、誰しもが日常的に行っている動きでもある。
蚊やハエが視界に入ったら、咄嗟に叩き落とそうとするのと一緒。
それの究極系だ。
「だから私がやっても見本にならないんだよ」
戦場に視線を戻しながら、マヤメとジーアにはそう答える。
「ん……」
「そ、そうでしゅね……」
「そんな訳で、マヤメは引き続き魔物退治をお願い。後でマロンケーキ(レーション)をご馳走するから」
「ん、わかった。それとイチゴ味の飲み物も所望する」
「了解。なら
「ん、ならマヤも頑張る」
グッと親指を立てて、足取り軽く、マヤメはまた戦場に戻っていった。
「よろしくね、マヤメ」
私はその後ろを見送りながら、今言った言葉を心の中で反芻する。
『
今のところ、このパターンが崩れた事はない。
なら、今回も現れるとみて間違いないだろう。
『ただちょっと気になるのが、アイツら戦う度に強くなってんだよね。これも今まで通りだったら、かなり面倒かも。もしそうだったら、さすがにみんなには避難してもらった方がいいかな』
そう。これも事実。
現れるたびに飛躍的に強くなり、戦うたびにやりにくくなっている。
直近では、ナルハ村に出現した、顔面が杭のジェムの魔物。
この世界に来たばかりの私だったら、恐らく苦戦していただろう。
敗北はないにしろ、全力を出さぜる状況まで追い詰められただろう。
化け物級の強さだった、あのフーナとの戦いのように。
『まあ、そんな事態になっても、最後に立ってるのは私なんだけどね。相手が強くなるなら、それ以上に強くなるだけだから、そこまで心配しなくていいかな? それに今はこの世界に来た、あの時の私とは違って――――』
「スミカお姉さん、どうしたんでしゅか?」
「え、あ、なに?」
唐突に、ジーアに声を掛けられて、我に返る。
「なんか、マヤメさんを見て笑ってましたですよ?」
「私が笑ってた? こんな時なのに?」
「はいでしゅ。ちょっとだけ笑顔になってたです」
不思議そうに私とマヤメを交互に眺めるジーア。
「ああ、だったら何も心配してないよ」
「へ? 心配?」
「うん、ここでは一人じゃないからね」
「??」
「まぁ、元々
「???」
ジーアは私の返事を聞いて、更に困惑した表情になる。
まるでたくさんの疑問符が、頭の上に見えるようだ。
『そう。今はゲームの世界と違って、この世界では私も
影と影の間を自在に移動しながら、確実に数を減らしていく影の少女。
そんな後ろ姿を見て、頼もしいと思ったが、その当の本人は、
スパンッ
「ん、ご褒美はマロンとイチゴ♪ それと――――」
何かをブツブツと呟きながら、どこか上機嫌で魔物を倒していくマヤメ。
その戦いぶりを見ると、なんの不安も懸念もないが、
『あ――』
ただアイテムボックス内の、スイーツの在庫だけが心配だった。
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