第522話ジーアの謎と森林破壊
ザ、ザ、ザ、
「…………はあっ!? ジーアって100歳超えてるの! しかもナジメより年上ってマジっ!? 種族に関しては、見た目でなんとなくわかってたけど」
「ん、澄香。声が大きい」
「はいでしゅっ! わたしもクロ様と同じ混血種で年上なんです。ずっと一緒にいるんです」
返答しながら満面の笑みで、微笑み返すジーア。
私はその姿を眺めながら、唖然としていた。
アシの森の輪郭が遠目に見え始めた頃。
いつもの調子に戻ったジーアが、いろいろと教えてくれた。
クロの村自体は、十数年前から存在していたこと。
ただその当時は村ではなく、混血種が集まる小さな集落だったらしいけど。
その後にナジメが領主になって、数年前に村として国に承認され、ジーアはそのナジメが領主になる前から行動を共にしてたらしい。
そんな過去のあらましを、ジーアは嬉しそうに語ってくれた。
『なるほど、今の話で色々と合点がいったかも……』
ジーアは私の冒険者証を見て、子供なのにランクがどうとか言っていた。
あの時は、同性の私にマウントを取りたいだけと思っていたけど、思い違いだった。
『そりゃそうだよ、元の世界の私よりも4倍以上も歳上なんだもん。15歳で登録している私なんか子ども扱いされるよ。にしても、そんなの見た目からは想像できないって。まぁそれ言ったら、ナジメは見た目6歳くらいなんだけど』
それとナジメがジーアを可愛がる理由もわかる。
ジーアはナジメと同じで、ドワーフとエルフの混血種だ。
ただ、ドワーフの特徴が色濃く出ているナジメに対して、ジーアはエルフの特徴が多く出ていた。
ナジメよりも長く尖った耳に、スラリとした細身の身体。
マシュマロのような白い肌に、目鼻立ちが整った、見目麗しい顔立ち。
それでも一般的なエルフに見えないのは、髪色と背丈のせいだろう。
ジーアは金髪ではなく黒髪で、身長は私よりも低い。
きっとその部分だけは、ドワーフの特徴なのだろう。
『それとナジメのお姉ちゃんのクロも、エルフ寄りの容姿だったらしいから、余計に可愛がってたんだと思う。年上だけど危なっかしいジーアをほっとけなかったんじゃないかな?』
林の中を無警戒で歩いている、ジーアを横目にそう思った。
――――――
ザ、ザ、ザ、
「ん、澄香、なにか来る」
「うん?」
アシの森の麓に到着したところで、隣のマヤメが警告を知らせる。
ただ多くの木々や枝葉が視界を遮り、その姿は確認出来ない。
なので、索敵モードに切り替えて周囲を探ってみる。
「……1体だけだけど、こっちに来る。みんな一応気を付けて」
「は、はひぃっ!」
「「「お、おうっ!」」」
不規則に動きながらも、迷うことなく接近してくる黒い影。
視界に薄っすらと捉えたところで、みんなに危険を促す。
「ん、多分攻撃をしてこない。あれは偵察役」
「ああ、それっぽいね。1体だけだし、これ以上向かって来ないしね」
ある程度接近したところで、森を抜け、上空に姿を現した蝶の魔物。
空をグルっと旋回したあと、向きを変え、アシの森の頂上付近に飛んで行った。
恐らくこちらの戦力を調査に来て、それの報告に戻ったのだろう。
にしても、
「………………」
ゴンッ
「い、痛いでしゅっ! いきなりなんでしゅかっ!」
私は無言のまま、隣のセーラー少女に拳骨を落とす。
軽くとは言え、頭を押さえて涙目になるジーア。
「痛いのはこっちだよっ! なんであんなのと私たちを見間違ったのさっ!」
「ひゃっ!?」
ある意味では宿敵であろう、ジーアたちが私たちと勘違いした、蝶の魔物をこの目で見れたはいいが、その風貌が想像よりも違っていた。
漆黒の身体と8枚の羽根、6本の手足がストローのような管だったのは、村で聞いていたから、まだいいとして――――
「なんで顔がないのに間違ったわけっ!」
涙目でしゃがみ込んでいるジーアに更に詰め寄る。
顔面がないのに、私たちと見間違ったアホな子に。
「うひぃ~っ!」
「ん、澄香、落ち着く。顔はあった」
半泣きのジーアを庇う様に、マヤメが割って入ってくる。
「はあっ!? あれ顔じゃなかったじゃんっ! 顔もストローだったよっ!」
6本の手足だけではなく、顔面も筒状になっていた。
あの姿は蝶じゃなく、どっちかっていうと『蚊』みたいだった。
「ん、でも部分的には顔。それとジーアみたいな混血種たちは、特殊な能力を持っている」
「はあ? 能力? そのせいで見間違えたって言うの?」
「ん、きっとそう。見た目じゃなく、その中身を見る」
「…………なるほど」
だとしたら、少しだけユーアに近い能力を持っている事になる。
視覚だけの情報だけではなく、もっと内側まで視えてるだろうから。
「って事は、みんなも?――――」
クルと後ろに振り返り、クロの村の住人たちを見る。
今の話が本当ならば、この人たちも全員、特殊なチカラを持っている筈だから。
「い、いや、俺たちは普通に顔が無い魔物に見えたぞ、な、なあ?」
「そ、そうね、私にもそう見えたわ、でもね……」
「あ、あの時は、魔物がまた攻めて来たって、思ったけど……」
「もしかしたら違うってかなって…… ね?」
私の問いに、そっと目を逸らして答えるみんな。
そんなみんなの視線は、ある少女に向けられていた
『…………ムカ』
ゴンッ
「い、痛いっ! なんでわたしだけぶつんでしゅか~っ! もぉっ!」
「私たちが魔物に見えたのジーアだけじゃんっ! その二つの目は節穴かっ! それと、マヤメもいい加減な事言わないでっ!」
膨れっ面のジーアと、嘘の情報を教えたマヤメを一喝する。
「うひぃ~っ! 恐い~! クロ様助けてぇ~っ!」
「ん、でも、ナジメは――――」
「あのね、クロ様もナジメもここにはいないって、だから助けにも来ないし、証拠もないんだから、これ以上余計な話は――――」
「ん、でも実際ナジメは、特殊な能力を持っている。だからジーアも」
「うへ?」
私の話を遮り、怯えているジーアを見て、マヤメがポツリと零す。
「うん、確かにナジメはそうだけど、でも……」
「うひっ!?」
怯えているジーアを眺めて少し考える。
否定するのは簡単だが、何となく思い当たるところもある。
『ん~、確かナジメは、お姉ちゃんを守ろうとして『小さな守護者』を手に入れたはず。姉を守りたい強い気持ちが、きっとその能力を発現させたんだと思う。でも、ユーアも他のシスターズも混血種じゃないのに持ってるよね?』
だとしたら、混血など関係ないのかもしれない。
異世界人にはそういった特性があるって考えた方が、理にかなっている。
強さへの欲求や葛藤が、自身に相応しいチカラを与えてくれる、そんな理を持った、不思議な世界かもしれない。
現にユーアも持っている。
魔物が溢れるこの世界を生き延びるために、悪意を感じ取る特殊なチカラを。
私と出会う前のユーアは戦う術を持っていなかった。
体力も身のこなしも腕力も、幼い少女のそれだった。
だけど、今まで生存できたのはその能力のおかげだろう。
「あのさ、私が思うに、幼い時に何かの切っ掛けがあって、偶然覚えたんだと思うよ。だからジーアが混血だからって、そうだとは限らないんじゃない?」
「ん、でもマヤはジーアはそうだと思った。ジーアは澄香を見てどう感じた?」
まだ何かしらの根拠を示したいのか、マヤメがジーアに尋ねる。
「わ、わたしですか、え~と、見た目の姿よりも、もっと大きく感じましたでしゅ。あまり感じた事のない、不思議な感覚だったので、魔物さんの親分だと思いました」
「大きい?」
「ん、それじゃ、マヤは?」
「マヤメさんは、見た目は蝶だったですが、黒いネコにも視えました」
「黒いネコ? 黒猫の事?」
「ん、ネコ…………」
ジーアの話を聞き終わり、マヤメと二人顔を見合わせる。
かなり抽象的だけど、確かに何かしらの能力を持っている。
私の場合は恐らくだけど、精神的な大きさを言ってるんだと思う。
見た目は可憐な美少女だけど、中身は立派に成人した淑女だし。
が、マヤメが猫に視えた理由がわからない。
黒猫がどうマヤメに絡んで来るのか、今のところ見当がつかないが、
「ん」
「マヤメ?」
けど、その当の本人は、わかりにくいが、どこか嬉しそうに見えた。
そんな機能などない筈なのに、頭のロッドが僅かに揺れていた。
その様子を見る限り、ただ猫が好きって訳ではなく、黒猫はマヤメにとって、何か特別な意味があるんだと、何となくそう思った。
「……もうその話は後にしようか? アイツらも動き出すはずだから」
「ん」
「ひゃ、ひゃいっ!」
「「「お、おうっ!」」」
アシの森の頂上付近まで、約500メートル切ったところで、再度みんなに警戒を促す。
蝶の魔物が仲間の元に戻って数分経過している。
襲って来るならそろそろだろうと。
『にしても、みんな疲れた様子はないね? 気力も体力も万全なら、私抜きでもいけるかな?』
かなり足元の悪い山道を、ここまで歩いてきたみんな。
引きこもり集団だったから、心配したけど、どうやら杞憂だった。
『まあ、そもそも日課の農作業で、体は自然と鍛えられてただろうし、魔法に関しては、ナジメにもレクチャー受けてたみたいだからね。元の私だったら、数十メートル歩いただけで息切れしそうだよ』
思ったよりも逞しいみんなを見て、胸を撫で下ろしたのも、束の間、
「うわっ! こいつ、どっから湧いてきやがったっ!」
「きゃあっ!」
「く、いきなり目の前に現れたぞっ!」
「い、一度距離を取るんだっ! じゃないと同士討ちになるぞっ!」
「み、みんな散開してっ!」
「え?」
気が付いたら蝶の魔物の大群に囲まれていた。
木々の間や枝葉の影。そして頭上にも黒い姿が現れた。
その数は私たちよりも遥かに多く、とても一目で数えきれる数ではなかった。
そんな予想外の襲撃に、みんなはバラバラに森の中に散り、ここには私とマヤメと事態を把握しきれていない、ジーアだけが取り残された。
「く、最悪だっ! 元々聞いてたのに忘れてたよっ!」
失念していた。
村で聞いた説明で、蝶の魔物は村の結界の中に、いきなり現れた事を。
なら、一気にこちらの懐に攻め込んでくる、未知な能力の事も予想できたはず。
「んっ! 澄香、どうする?」
「ス、スミカしゃんっ!」
「………………」
正直かなりマズい状況だ。
みんながバラバラになった事もそうだが、ジーアに聞いた話だと、あの蝶の魔物は、羽根の数を活かした機動力ではなく、物理法則を無視した『軌道力』が武器らしい。
目の前で直角や垂直に曲がり、急停止から一気に急加速し、獲物に急接近する。
遠距離に特化したジーアたち魔法使いとしては、最も相性の悪い相手だろう。
しかも足場の悪い地面に、障害物の多い森の中で視界も悪い。
地の利も数もこちら側が圧倒的に負けている。
「…………せめて、みんなに指示が届けばどうにかするんだけど」
「し、指示でしゅか?」
思わず出た独り言に、ジーアがいの一番に反応する。
「うん。さすがにみんなが戦えるって言っても、森の中の戦闘は、こっちに不利だってわかってたから、みんなが戦いやすい環境を用意する作戦を考えてたんだけど、でも今のこの状況じゃ、味方も巻き込んじゃうんだよね」
何も無策でここまで連れてきたわけではない。
相手がジェムの魔物だと、話を聞いてわかっていたから。
「あ、あのぉ、何を指示するのかわからないでしゅが、わたしならみんなに伝える事が出来ますよ?」
「…………え? 本当?」
おずおずと進言したジーアをマジマジと眺める。
「は、はいでしゅっ! わたしは風の精霊魔法が使えますから、風に声を乗せてみんなに届かせることが出来るんでしゅっ!」
「マジでっ! それなら――――」
渡りに船とはこのことだ。
このまま悩んでいるだけでは、何も解決できなかったから。
「だったらみんなにこう伝えて、『5からカウントダウンを数えるから、0になったら全力で地面に伏せて』って」
「は、はいでしゅっ!………… ご~,よん,さん……」
ジーアが目を瞑り、何かを呟き始めてすぐに、カウントダウンが始まる。
『に~』
「ん、澄香、なにする?」
やり取りを聞いていたマヤメが、心配そうに声を掛けて来る。
『いちぃ』
「なに、ちょっと見通しを良くするだけだよ。そうすれば――――」
「ん? 見通し?」
トンッ
マヤメに答えながら軽く跳躍し、スキルで作成した偽大剣をぎゅっと握る。
重さは最大の20t、長さは最長の100メートルの大剣だ。
『ぜろ~っ!』
「よっ!」
ズバ――――――――――ンッ!!
「んっ!?」
「わきゃっ!?」
カウントダウンが0になったところで、スキルを全力で振るう。
横薙ぎに払った偽大剣は、半径100メートルの範囲の木々を、軽々と切断した。
「んんーっ!」
「え、えええええ――――――っ!」
トン
「ふぅ、これで見通しが良くなったね? これならみんなも戦いやすいでしょ?」
地面に降りて周りの風景を眺める。
高さが100センチほどに刈り取られた木々と、地面に伏せている人影。
それと魔物の死骸が数体あったが、村のみんなは無事で安心した。
「あ、あわわわわわわ…………」
「ん、澄香、本当に凄い……」
「いや、凄いのはジーアとみんなでしょ? ジーアの魔法が無かったらできなかったし、みんなもあの魔物相手に、ここまで粘ってたんだから」
私の傍に寄ってきたマヤメとジーアと、恐る恐る立ち上がり、周囲を恐々と窺っているみんなを見てそう答えた。
さあ、仕切り直しだ。
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