第521話スミカの悩み




「ん~、これ以上近づくと、魔物たちに見つかるかもだから、一旦地上に降りて歩いて行こうか?」


「ん」


「「「………………」」」


 遠目に見える大きな森を眺めながら、後ろにいるみんなに声を掛けるが、返答が帰ってきたのはマヤメだけだった。


 

「ん、澄香、あそこが降りやすい」 

「お、中々良さそうだね。マヤメありがとう」

「ん」


「「「…………………」」」


 マヤメが指さす方向に、拓けた場所を見付けて着陸する。

 その先は林になっていて、アシの森まで続いていた。


 

 クロの村を出て四半刻。(約30分)

 目的地が見えてきた。


 ジーアを含んだ村人たち、総勢30人ほどを乗せた透明壁スキルは、魔物が潜むであろうアシの森まで、約1キロのところで、空から地上に降りた。


 相手は魔物。しかも創られたであろう、この世界では特異な存在。

 なので、気取られることを警戒して、遠くから歩いていくことにした。



 ザ、ザ、ザ、――――



『こんなんで大丈夫かな? はぁ』 


 ってのは建前で、魔物に奇襲されるよりも、村人たちが心配だった。

 私とマヤメを先頭に、無言で後ろを歩くみんなを見て、自然と溜息が出た。

  

 

 ザ、ザ、ザ、――――


「ん? 澄香どうした?」


 そんな不安が歩みに出てたのであろうか、マヤメが隣に並び、顔を覗き込んでくる。 


「うん、連れてきたのはいいんだけど、ちょっと早かったかなって」

「早い? なぜ?」

「だって、まさか村を出た事ないなんて、知らなかったんだもん」 


 能面のような顔で、黙々と付いてくるだけの村人たち。

 それは端から見れば、まるでゾンビのような集団だった。



「ん、でもあれは澄香も悪い」

「いやいや、だからあれは知らなかったんだってっ!」


 小声で答えながら、ブンブンと首を振る。


 そう、今の話の通りに、ジーアたちは村を出た事がなかった。

 いや正確には、クロの村に来てかららしいけど。


 なら食糧はどうしてたって話になるけど、村の中にある広大な土地で作物を育てて、長年自給自足してたらしい。


 しかもその種類が豊富で、一般的な野菜から果物。その他には、村の中にタマゴを産む鳥を飼っているらしく、肉やタマゴのタンパク源にも困ってないとの事。


 それと半年ごとに視察に訪れるナジメが、大量の食糧や薬、衣服も持ってくるらしい。


 そんな訳で村から出る必要はなかった。

 危険を冒してまで、わざわざ狩りに出る理由がなかった。

 全てに於いての生活が、村の中で完結していた。


 まるで箱庭みたいな村だと思ってたけど、本当にその通りだった。

 ならその中に住む人々は、箱入り娘ならぬ、箱入り村人だろう。


 

『それに、ナジメが造った外壁が頑丈で高いから、空を飛ぶ魔物ぐらいにしか襲われなかったんだよね。それも食糧源になるって言ってたけど。それにしても――――』


 本当に過保護すぎる。

 守るって意味を、大いにはき違えている。


『ま、それでも戦い方を教えてるんだから、ナジメは色々頑張ってるよ。ジーアにしても他の人も、魔法に関してはかなり使えるみたいだし。ロアジムはこの事知ってるのかな?』 


 貴族ながらに冒険者をしている、ロアジムの顔が思い浮かぶ。

 確か魔法使いの冒険者ばかりを、雇ってるって話だったし。



 ツンツン


「うん?」

「ん、違う違う」

「へ? 何が?」


 村の話から余計な事まで考えていると、マヤメが頬を突っつく。 


「ん、村を出た事のない話じゃない。いきなり空を飛んだこと」

「え?…… ああ、そっち?」

「ん、そっち。あれは澄香が悪い」 

「なるほど……」


 確かにそうだ。

 みんなをここまで透明壁スキルで運んできた。

 宙に浮いて、最短距離を移動してきた。 


 ただ、それがいけなかったんだろう。

 なんの説明もしなかったせいで、みんなが驚いてたから。


 因みにその時の、みんなの反応はと言うと、


 『た、たしゅけて~っ! クロ様~っ! うわ~んっ!』

 『う、うわ~、死ぬ、死ぬぅ~っ!』

 『む、村があんな小さくっ! クロ様、俺たちはこれで……』

 『う、あ、あ、こ、こんなとこから落ちたら……』

 『ク、クロ様っ! 最後にもう一度お会いしたかった……』

 『…………ガク』


 なんて、私たちの後ろでは、みんなが騒ぎ出して地獄絵図だったからね。

 恐怖で錯乱してる人もいたし、泡吹いて気絶した人もいた。


 そんな訳で、片道5分ほどの距離だったのが、30分くらいかかってしまった。

 それでも最後の方は少し落ち着いて、ちょっとだけ話を聞けたけど。



「はぁ~、やっぱりそうだよね。せめて透明じゃなく、色を付ければ、みんなもここまで怖がらなかったかも。本当に今更だけど……」


 慣れとは恐ろしいものだ。


 私も最初は少し抵抗があった。けど、今ではどちらでも大丈夫だったりする。

 スキルに全幅の信頼を寄せてるし、そもそも私には視えるからね。


 

 ツンツン


「んっ! 違う違う」

「って、今度はなに?」


 つつかれた頬を押さえながら、マヤメを横目で睨む。

 ツンツンがさっきよりも痛かった。



「んっ! 色がどうとかじゃない。飛んだのがいけなかった」

「あ、そっち?」 

「んっ! そっちも何も、マヤはさっきも同じ事言ったっ!」

「わ、わかってるって、ちょっとした冗談だよ」

「ん」

「……………」


 なんだかマヤメが怖い。

 悪ふざけしたのは私だけど、何もそこまで怒らなくても。

 

 私だって冗談を言いたかったわけじゃない。

 軽口を言いながら、内心ではかなり焦っている。


 ジーアを含めたみんなが、このまま戦う事なんて出来る訳がないって。


 初見だった魔物の強襲に、村一番の使い手ジーアの敗北。

 更に、崇拝しているナジメの大敗の知らせに、安全な村を出た事への恐怖感。


 そして極めつけは、空を飛んでここまで来た事。

 色々な心労が短時間で重なり過ぎて、とても戦える精神状態ではなかった。


 連れて来たのはいいが、このまま戦場に向かうのは得策ではない。

 戦意もやる気も失ったまま向かえば、何も出来ずに倒れるだけだろう。 


 

『はあ~、本当に慣れって怖いよ。当たり前に空を飛んで、ここまで連れて来た私もだけど、村の環境に慣れ過ぎたジーアたちも大概だよね。だからこのまま行っても意味はないし それどころか逆にトラウマになって、余計に村に引きこもりそうだよ』


 みんなが戦えなければ私が戦うだけ。って訳にはいかない。

 それでは本末転倒だ。


 私は今後を見据えて、みんなの意識を変えたいだけ。  

 用意された箱庭に籠っているだけでは、未来を守れないから。



 ザ、ザ、ザ、


「ふぅ~」

「ん、澄香。なにそれ?」

「え?」


 気分転換にと、ある物に顔をうずめていると、マヤメが不思議そうに覗き込んで来る。


「ああ、これは、ユーアが使ったタオルだよ」

「ん、ユーアのタオル? なんで使用後?」

「この匂いを嗅ぐと落ち着くんだよね。すは~」

「…………」


 タオルに頬ずりする私を、薄目で見つめるマヤメ。

 ちょっと視線が痛いけど、これは私にとって大事な事。

 

 誰しも縋るものや、信頼できるもの、心の拠り所を持っているだろう。

 私の場合はそれがユーアってだけ。

 マヤメだったらマスターがきっとそうだった筈だ。



『……って、事は、もしかして、これが上手くいくかも?』 


 とある作戦を思いつき、後ろに振り向く。

 これならば、どん底にあるみんなの士気を、一気に上げられるかもと。


 

 パンパン 


「はい、ちゅうもーくっ!」


 後ろを振り返り、みんなに向かって手を叩く。


「ふえ? 一体なんでしゅか?」

「「「………………」」」 


 村人の一番先頭にいたジーアが、一番に反応する。

 その後ろでは、ゆったりとした動きで、他のみんなも顔を上げる。



「あのさ、今まで言いそびれてたけど、あなたたちの領主のナジメ…… え~と、クロ様は、私のパーティーメンバーの一員なんだよね。しかも私はそのパーティーのリーダーなんだけど」


「へ? えええ――――――っ!」

「「「な、なんだってぇ――――っ!!!!」」」


「でさ、そんな訳だから、私はみんなと違って、クロ様と簡単に会う事が出来るんだよ。コムケの街では一緒に住んでるし、屋敷にも行った事あるし。本当だよね、マヤメ?」


 予想通りの食いつきに、信憑性をもっと高める意味で話を振る。


「ん、その話は本当。ナジメは澄香の建てた孤児院に行ったり来たりしてる。たまに泊まって、澄香とも一緒に寝てる。お風呂も一緒に入る」


「お、お風呂…… クロしゃまと……」

「「「クロ様………………」」」


「で、話の続きなんだけど、今回の戦いでみんなが頑張ったら、クロ様に報告して、何かご褒美を用意してもらおうかと思ってるんだ。だって私は簡単に会えるからね」


 簡単に会えるって事を更に強調する。

 因みにクロ様呼びなのは、その方がみんなの親近感を得られるから。



「ん、マヤはもっと、おやつの回数を――――」


「マヤメは黙っててっ! で、何か欲しいものとか、して欲しい事とかあったらお願いしてみるよ。勿論、みんなが頑張ったらって、話だけど」


「お、お風呂…… クロ様と……」

「「「………………」」」


 話を聞いて一瞬固まるが、脳内ではご褒美を考えてるのは一目瞭然だった。

 約一名、煩悩が口に出てるセーラー服がいるけど。


 ってか、なんでお風呂?

 お風呂ならレストエリアにあるけど。



『よし、今だっ!』


 パタパタ――――  


 みんなが考え込んだところを見計らって、装備の鱗粉を散布する。

 上手くいけばこれで、一気にみんなの士気が上がるはず。 



 ――――約300秒後。


 そこには……



「うお――――っ! あの虫どもを掃討するぞ、みんなっ!」

「「おうっ!」」


「また、村を襲うなんて思わないぐらいに、徹底的にやるわよっ!」

「「はいっ!」」


「魔物や村の外が何だっ! 俺たちを敵に回したことを後悔させてやるぜっ!」

「「うお――っ! やってやるぞっ!」」


 そこには、危ない宗教に洗脳されたような、テンション爆上がりの戦士が誕生した。


 それと、


「はぁ、はぁ、ク、クロ様、しょんなとこ~、むふふ」


 それとは逆に、おかしなテンションになった、セーラー魔法少女も生まれたけど、今は気にしないことにした。



『……よし、これならいけるかな? さっきとは目つきが違うし』


 『幻夢』の影響とは言え、見違えるほどに、やる気に満ちたみんなを見て、胸を撫で下ろした。




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