第520話領主の教えと理不尽な蝶の英雄




「あ、あのさ、なんで私じゃなくマヤメなの? 普通、ナジメをボコした私に挑んでこない? マヤメはその時の話をしてくれただけだよ? ちょっと言い方はあれだったけど」


 何故かナジメの件とは無関係の、マヤメに勝負を挑んだジーア。

 その真意を知りたく、ジーアの前に立って聞いてみる。



「ひ、ひぃっ! だ、だって、スミカしゃんは、クロ様を一方的にいじめて、泣いて謝っているクロ様を、更に痛めつけたんですよねっ! そんな人相手にわたしが敵うはずないじゃないですかぁっ!」


「いや、それちょっと盛り過ぎ?………… でもないか?」


 あの時の戦いを思い出し、否定したかったけど、無理だった。


「ほらっ! だからわたしが逆立ちしたって、勝てるわけないですよっ! きっとクロ様以上に酷いことをされりゅんですよっ!」


「ちょ、酷い事って、勝手に決めつけないでよっ! わたしはそんな極悪非道な人間じゃないよっ! 相手との実力差を考えて、さり気なく手を抜く聖母のような人格者だよっ!」  


 自分で言っておいてなんだけど、真剣と本気の違いぐらいわかる。

 やる気を認めて真剣にはやるけど、子供相手に本気を出すことはない。


 本気を出す=命の取り合い、になるからね。

 魔物やフーナぐらいの強さならともかく、子供相手に本気を出すことはない。

 それぐらいはわきまえてるつもりだ。



「ん? 澄香は極悪。あの時、双子姉妹をみんなの前でひん剥いた」


「ひ、ひぃ~っ! ひん剥かれる~っ!」


「マヤメは黙っててっ!」


 無表情で余計な茶々を入れてきた、マヤメを一喝する。

 お陰でジーアが更に騒ぎ出したし。



「「「………………」」」


 そして、そんな私をマジマジと見つめる村人たち。

 コソコソと何かを話しては、視線が合うと、スっと逸らされる。



「あ、あのですね、これはクロ様の教えなんですよ」

「教え? ナジメの? どういう事?」 


 若干、正気に戻ったジーアが、また不思議な事を言う。



「は、はいっ! 自分より圧倒的な強者には、絶対に立ち向かうなって教えでしゅっ! 弱者には己の実力を大仰に示し、対等の者なら、盛大に見栄を張れ。そんな教えですぅっ!」


「はあ? あ、れ? でも……」 


 意外と的を射ている?


 確かに、圧倒的な差がある相手に立ち向かうのは、勇敢ではなく無謀。

 今はまだでも、いつかは勝てる日が来るかもだからね。


 それで次の、弱者には実力を大仰に示すってのは、圧勝するみたいなこと。

 要は、二度と立ち向かってこれないような、差を見せつけるって事?


 最後の、対等な者なら見栄を張れってのは、心理的に優位に立つこと。

 実力に差がないのであれば、精神的に上回ればいいって事。


 だからナジメの教えは、あながち間違ってないし、寧ろ正しい。 

 生存率を上げるって意味では、理にかなった考え方だ。 


 もちろん私もそっち、の考え方なんだけど……



「そんなの口に出した時点で、効力無くなるじゃん」

「ふぇっ!?」

「それともっと大事なことあるでしょ?」

「だ、大事なこと?」

「気持ちっていうか、勝てない相手に立ち向かう気概って言うか、覚悟みたいなもの」

「か、かくご……」


 オドオドした様子で、私を見上げるジーア。


「そう。その教えだと、最初から気持ちで負けてるじゃない。勝とうっていう意思がなければ、いつまでたっても成長できないし、自分の限界を自分で決めてるみたいなものだし」


 ナジメの教えは間違ってはいない。

 ただ、正しくもない。


 恐らくナジメは、同じ境遇を持つ、ここの村人たちが大切なのだろう。

 冒険者から畑違いの領主になったのも、それが最たる理由だ。

 

 簡潔に言うと過保護すぎる。

 いつまでも与えられた箱庭の中にいる以上は、今以上の成長は望めない。



『まぁ、過保護って言うと、私にも耳が痛い話ではあるんだけど…… でも最近はユーアに色々と任せてるもんね。だからか、最初に会った印象は薄れてきてるし、それに逞しくもなってきたからね』


 劇的に変わった訳ではないが、ユーアは確実に成長している。

 実力的な意味でも、精神的な意味でも、出会った頃より強くなっている。


 【獅子は我が子を千尋の谷に落とす】って、有名なことわざ程ではないけど、それなりの場面を与えて、それを乗り越え、着々と成長している。


 そんなユーアの強さには、私だけではなく、シスターズのみんなも認めている。



「まぁ、そんな訳で、これからジーアは、私たちと魔物退治に行こうか。マヤメはここの人たちに場所聞いたんでしょ?」


 ジーアの前に歩み寄り、マヤメには行き先を確認する。 


「ふえっ!? ま、魔物退治? そんな訳って、どんな訳ですかぁっ!?」

「ん、ここから南南西の『アシの森』ってとこにいる」

「さすがマヤメ、抜かりないね。なら早速行こうか?」

 

 グイッ


「ひゃっ!?」

「ん、マヤは澄香の言う通りにする」


 ジーアの手を取りながら、マヤメには親指をグッと立てる。


「わ、わたしの意思は何処にっ! みんなたじゅけで~っ!」


 私に手を引かれて、逃げ出そうと、ジーアがジタバタと暴れ出す。

 涙を浮かべながら、必死に村人たちに助けを求める。

 

 これには、ここまで大人しく聞いていた村人たちも血相を変える。


「ジ、ジーアをどうするつもりだっ! なぜこちらから危険なところにっ!」

「そ、そうよっ! ジーアはこんなに嫌がってるじゃないっ!」

「無理矢理に連れて行くなんて、理不尽だっ! ジーアの意思を尊重しろっ!」

「「そうだっ! そうだっ!」」


 村人たちは私たちを囲み、口々に怒号を浴びせる。 

 そのどれもがジーアを心配する言葉で、本当に大事にされてるんだとわかる。


 それと、この幼い少女一人に、かなり依存しているって事も。



「ジーアの意思? そんなのあるわけないじゃん。ジーアもそうだけど、あなたたちも白旗上げたんだよ? 戦う前から教えを守って負けを認めたんだよ? そんな人たちに意思なんてあると思ってるの?」


「くっ! そ、それは…………」

「「………………」」


「私は勝った。だから私の好きなようにする。それが勝者の特権でしょ? 今までは弱い魔物ばかりと戦ってきてたみたいだけど、今後もそうだとは限らないから。それと私が魔物だったら、こんなもんじゃ済まなかったよ。それはあなたたちもわかっているでしょ?」


「だ、だけど――――」

「「………………」」


 私がそう言い放つと、目を逸らし、口ごもる村人たち。

 何かを言いたそうだが、今の話で薄々と感じ始めたのだろう。


 教えを守るだけでは、未来を守れないって。


 理不尽な事を言っているのは自覚している。  

 今まで通りの世界だったら、口を挟むこともなかった。 


 ただ現在この世界は、未知なる脅威に晒され始めている。

 各地に現れる強力なジェムの魔物と、それを操るエニグマの手によって。


 だから理不尽でも不条理でも、私は行動に移す。


「あ、それと言い忘れたけど……」


 ここまでして、ナジメが守りたいもの、だってそれは――――



「何もジーアだけ連れてく訳じゃないよ? あなたたちも連れて行くから。だから戦える人を全員ここに集めて」 


「「「な、なんだって――――――っ!!!」」」


 魔物の巣窟への突撃宣言を聞いて、一斉に叫びだすみんな。

 ワナワナと震えながら、怯えた目でこっちを見ている。



『だって、ナジメが守りたいものは私も守りたいからね。これも長女としての務めだよ』


 こうして、総勢30人弱の人数で、魔物が潜んでいるであろうアシの森に、強襲をかける事となった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る