第518話可憐で華麗な蝶の魔物




「そろそろどういう事か説明してくれる?」


 村人たちの情緒が落ち着いた頃、動ける全員を村の中央広場に集めた。

 

 人数的には20人くらい。見た目は小さな子から大人までいた。

 みなは農作業で着るような、簡素で動きやすい服装に身を包んでいた。


 ただ岩蛇の少女だけが、この世界では服装だったけど。



「で、なんで私たちを攻撃したの? それと、魔物はどうしたの?」

 

 そんな村人たちからは、さっきまで感じていた、殺気や敵意は感じない。

 岩蛇の少女が泣きだした時から、みんなの戦意が薄れたから。


 だけど、その代わりに、



「ひ、ひぃ~っ!?」

「「「う、うわ――っ!!」」」


 まるで化け物でも見るかのような、怯えた目で私を見ている。

 岩蛇の少女なんかは、腰が抜けたようで、ふらふらと石畳にへたり込んでしまった。 

 


「いやいやっ! 流石にその反応はなくないっ!? いくら温厚な私でも――――」


「ん、澄香」


「わきゃっ~っ!」

「「「も、もう一体増えたっ!」」」


「あ、マヤメ。なにやってたの? こんな時に」


 地上に降りた時から、今まで姿が見えなかったマヤメ。

 そしてその姿を見た村人たちが、また騒ぎ出す。


 そんなマヤメは、一軒の石造りの建物から出てきた。



「ん、マヤは隠れていた人たちを捕まえてた」


 グイと、黒い何かを引っ張ると、数名の村人が数珠じゅずつなぎになって出てきた。

 いずれの村人たちも、マヤメのテンタクルマフラーで拘束されていた。


 どうやらマヤメはマヤメで、地上で暗躍していたらしい。



「ん、それとそこの建物に、何人か倒れてる人いる」


 ここから数軒離れた、他よりも大きな建物を指差す。

 

「倒れてる? それって、ケガをしているって事?」

「ん、ケガはしてない。恐らくエナジーを奪われた」

「エナジー?…… ああ、ならこのアイテムを持って行って」

「ん」

 

 マヤメに近寄り、Rポーションを数本渡す。

 

「で、その捕まえた人たちは解放していいよ。だからマヤメは衰弱している人たちを治してあげて。あっちの小屋の中にも動けない人たちがいるみたいだから」


 索敵モードで位置を確認し、マヤメに指示を出す。


「ん、わかった。澄香の言う通りにする」


 渡したポーションを短パンに収納し、マヤメは治療をする為にここを離れていった。   



「な、治るの? そのお薬で?」


 その様子を見ていた岩蛇の少女が、恐る恐ると言った様子で聞いてくる。


「うん、大丈夫じゃない? その症状は他でも見たし、実際に治したから」

「ほ、ほか? じゃ、じゃあ、あなたは魔物じゃないんですね? ね?」


 何故か念を押すように、繰り返し聞いてくる少女。

 目を潤ませ、懇願するように、胸の前で手を合わせている。


 

「だからそんなの見てわかるでしょ? こんな可憐な魔物がいる? そもそも見た目は完璧に人間でしょう?」


 クルと後ろを振り向き、パタパタと羽根を動かして、無害な事をアピールする。 


「ひ、ひぃ~っ!」


 すると、また悲鳴を上げて怯えだす。

 空で戦った、さっきと同じ反応だ。



「もしかして、あなたたちを襲った魔物って、蝶に似た魔物だったりする?」


 恐らく、いいや、100パーセント間違いないけど、一応確認する。



「うひ~、は、はひ~っ!」


「だから落ち着いてって。そうだ、これ飲みなよ? 甘くて気分が落ち着くし、体力も回復するから」


「はひっ!?」


 ドリンクレーション(ハチミツ味)を岩蛇の少女に渡す。


「はひ? こ、これって、お姉さんが採った蜜? やっぱりまも――――」

「だから違うってっ! もう、いい加減に信じなよっ! ほらっ!」

「がぼっ!? ゴクゴク」


 いい加減、話が進まないので、無理やりに口に入れて飲ませた。



「あ、あみゃーいっ! そ、それと、ちょっと魔力が?……」


「他の人にもあげるから、みんなもそれ飲んで落ち着きなよ。じゃないと話も聞けないし、手助けも出来ないから」


 心配そうに岩蛇の少女を見ている、村人たちにもドリンクレーションを配った。




――――




「――――と、こういう事があったんでしゅ。だから……」


「なるほどね、やっぱり魔物が来たのは間違いないんだ」 


 ジーアと名乗った少女から話を聞くと、魔物が襲ってきたのは事実だった。

 村への侵入を知らせる、その結界の中に突如現れたらしい。


 その正体は、黒くて体長100センチほどで、8枚の羽根と6本の足を持っている、蝶に似た魔物だった。


 だから私だけじゃなく、マヤメの姿にも驚いてたって訳だ。

 マヤメも私も黒を基調とした衣装だし、マヤメのリュックには黒蝶の羽根が生えてるからね。


 それにしても、



「羽根の数はいいとして、手足まで見間違えるってどういう事っ! 私だって、マヤメだって、普通に人間の手をしてるでしょっ! その魔物みたいに、尖ったストローみたくなってないでしょっ!」


「ひ、うひぃ~っ! ご、ごめんなしゃいっ!」


「それで、そのストロー…… じゃなくて、手足がくだみたいなので攻撃されたら、みんなが倒れたんだよね?」


「うひ~、はひ~、そ、そうでしゅっ!」 



『…………はぁ~』 


 見間違えにも程がある。

 手足の数もそうだけど、そもそも顔でも判別できるはずなのに。


 それとその蝶の魔物は、口だけではなく、どうやら手足が管になってるらしい。

 口にある吸収管の他に、手足もそれと同じ役割と見て間違いないだろう。


 

『まぁ、いくらこの世界の住人が魔物を見慣れてると言っても、恐らくジェムの魔物だったんだから、混乱するのは仕方ないかな?』


 今までに遭遇した人たちもそうだった。

 ルーギルたちにしても、ナゴタやゴナタ、リブたちもそうだった。


 だから不本意ながらも、それで納得することにした。

 ただこの装備を、魔物と見間違えられたのはショックだけど。



「あ、あのぉ~、ちょっといいですか?」


 村の人たちを眺めながら、物思いに耽っていると、ジーアに呼ばれる。

 小さく手を挙げて、上目遣いでこっちを見ているが、視線は合わなかった。



「ん? なに?」

「あのぉ、け、結局、お姉さんはナニモノなんですか?」

「え? 私?」

 

 そう言えば何も説明してなかった。

 魔物疑惑を晴らすので、精一杯だった。


 最初から素性を明かせば、話が早かったんだと、今更ながらに後悔する。


   

「私はね…… あ、これ見た方が早いから、見てみて?」


 アイテムボックスから冒険者証を取り出し、ジーアに渡す。

 口で説明するより簡単だし、信用度も高いからね。



「やや、やっぱり冒険者の方だったんですねっ!」

「そうだよ。依頼の合間にやる事が出来て、たまたまここには立ち寄っただけ」


 冒険者証を見て少し驚いたようだが、ようやく納得してくれた。

 さすがこの世界のどこでも使える万能な身分証だ。

 

 そして、ジーアの後ろでは、冒険者証を覗き込んで、みな同じような反応をしていた。


 これでようやく落ち着いて話がきけそうだ。



「あ、スミカさんはまだ子供なのに、もうCランクだなんてしゅごいですっ!」


「そうかな? ん? 子供?」


「わたしの尊敬する人も冒険者だったんですよっ!」


「へ~、だったって事は、今はやってないの?」


「はいっ! 昔はAランクだったんですが、今は引退して、わたしたちの為に、この村を作って領主をしていますっ! わたしが一番尊敬してる人なんですっ! それとですね――――」


「お~、随分と変わった経歴だね」  


 今までとは打って変わり、パッと表情が明るくなったジーア。

 目を爛々と輝かせ、その領主の事を語りだす。


 それだけでも、かなりその領主が好かれてるんだとわかる。

 オドオドしていたさっきとは、まるで別人ように笑顔に変わったから。



『に、しても、この話って…………』


 どこかで聞いた事があるような?

 しかももの凄く知ってる人っぽいよね?


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