第514話蝶になりたかった影の少女




「あのさ、本当は全て解決してから話すつもりだったんだけど」

「ん?」



 だったらやる事は決まっている。

 私がやるべきことで、マヤメの為に出来る事は……



「マヤメもシスターズに入りなよ」

「ん」

「もちろん長女は私で、マヤメは一番下の妹って言う事で」



 孤独が辛いなら、家族になるだけだ。  

 その辛さを知っているこそ、解放された嬉しさも知っているから。


 

「全て解決しても、マヤメは独りでしょう? 私のところもみんな独りだったんだよね。ユーアにしても、ナジメにしても、ラブナにしても、ナゴタやゴナタにしても。それに、孤児院のみんなだって」


「ん、澄香?」


「だからマヤメが良かったら一緒に来ない? 住むところも用意してあげるし、なんならご飯だって一緒に食べられるし。それと私だけじゃなく、みんなも喜んでくれると思うんだ。だから」


 マヤメを抱きしめながら、耳元でそう告げた。

 きっとそれが最善で、最高だろうと願いも込めて。  



「ん、澄香ありがとう。マヤは――――」

「あ、返事は全部解決してからでいいよ。急いで結論出す必要ないから」


 体をそっと離し、マヤメを見つめてそう付け足す。

 今のは私の一方的な理由だし、マヤメにも色々と思うところがあるだろう。


 いきなり孤独から抜け出すのにも、勇気が必要になる。

 私は切っ掛けを与えただけで、後は本人の心の整理と時間が必要になる。


 だから焦る必要はないのだ。

 今のマヤメには以前のような、タイムリミットがないのだから。



「ん、違う。マヤはずっと思ってた」


 ポツリとマヤメが話し出す。


「うん。何を?」

「ん、マヤも蝶になりたいって」

「…………」

「蝶の仲間に入れたらいいなって、だから――――」


 私の手の平に遠慮気味に触れ、更にマヤメは話を続ける。


「だからマヤは、澄香のように蝶になって、みんなと飛びたかった」

「…………うん」

「澄香のように楽しい蝶になって、たくさん遊びたかった」

「…………」

「澄香のように優しい蝶になって、みんなに好かれたかった」

「…………」

「澄香のように強い蝶になって、マスターを救いたかった」

「…………」

「澄香のように、澄香のように、マヤは、だから――――」

「…………」


 たどたどしいながらも、そう話すマヤメの目は真剣だった。

 私はその話をただ黙って聞いていた。


『…………』


 きっとこれがマヤメの願い。

 ずっと叶えたかった未来の自分。

 何も知らない人からすれば、ささやかな願望。


 けど、そのどれもが一人では叶わない。

 だからこそマヤメは切望する。


 一人では叶えられないのなら、分かち合える仲間が欲しいと。

 


「ん、澄香ありがとう。マヤを誘ってくれて」

「うん、だったら――――」

「ん、でももう少し考える」

「うん…………」

「まだマヤには早いと思うから」

「…………そうだね、まだやる事が残ってるもんね」


 今のマヤメの最も優先すべき目的。

 それは、マヤメを生み出した、マスターを回収することだ。


 それが解決して初めて、マヤメは解放されるのだろう。

 そう言った制約を自身に科して、今まで堪えていたのだろう。



「ん、でも――――」

「なに?」

「ありがとう」

「それはさっき聞いたよ?」

「ん、でもマヤは嬉しかった。だから何回でも繰り返す」


 そう言ったマヤメの顔は、優しく微笑んだように見えた。

 まだぎこちない。けど、今までで一番人間らしい笑顔だった。

 


※※



 一夜明け、二日目の朝。

 窓から差し込む優しい光が、今日も晴天だと知らせる。



「ん~、良く寝たぁ~。地上に降りて正解だったね」


 大袈裟に伸びをして、ベッドから体を起こす。

 目覚めも良く、グッすりと眠れた。


 透明壁スキルでの移動中は、寝ることは出来ない。

 そもそも運転手が私だしね。

 

 それでも休憩なら可能なんだけど、どこか精神的には休めない。

 違和感と言うか、浮遊感を感じて、なんだか落ち着かない。



「まぁ、緊急の時は仕方ないとして、疲れを取るのにはやっぱり地に足を付けて、って、使い方が違うか? でも空を飛べる生物だって、どこかに足を付けて寝るからね、きっとそれが真理なんだよ。それに良く寝る事は、健康にも成長にもいいし。それは蝶だって一緒だよ。うんうん」


 ガチャ


「ん、澄香起きた」

「え?」


 なんて、独り言でどうでもいい事を言っている最中、マヤメがお風呂場に繋がるドアを開けて出てきた。


 私が寝てる間に、一人でお風呂をしていたようだったが、



「マヤメ、おは―― ってなんで素っ裸なのっ!」


「ん、澄香に全部見られた。責任取って」


 手ブラで胸だけを隠し、直立不動のままでそんな事をのたまう。


「いや、そう言うなら少しは恥ずかしがりなよっ!」


「ん、恥ずかしい」


 片足をぴょんと挙げて、それらしい仕草を取る。

 だけど抑揚のないいつもの発音と、相変わらずの無表情で、本当に恥ずかしがっているかは謎だったが。



「……まぁ、いいや。私もお風呂入るから、その間に出発の準備しておいて。朝食は移動しながら食べるから。それじゃ行こう桃ちゃん」


『ケロロ?』

「ん、わかった」 


 マヤメにはそう告げて、私は桃ちゃんを抱いてお風呂場に向かった。





 シャ――


「にしても、今までより、表情が柔らかくなってきたよね」

『ケロ?』


 熱いシャワーを浴びながら、さっきのマヤメの事を振り返る。


 出会った頃のような、無愛想な感じが薄れてきた。

 人と接する時間が増えた事と、私に心中を明かした事が良かったのだろう。


 

「それと環境かもね。今の環境は、エニグマ(謎の組織)とは違って、精神的に楽になっただろうし、エネルギー切れの件も解決したからね」


 きっとそれが一番の要因だったりする。

 誰しも無理やりに働かせられ、命を握られていたならば、心の余裕がなくなる。


 今のマヤメはそれが解放されたのだろう。

 まだ全てではないが、その差は顕著に出ている。



 シャ――


「――なら、私が出来る事はハッキリしてる。悩みを抱えている全員を助けることは出来ないけど、関わった人たちに手を差し伸べる事は出来るからね。それとユーアとナジメも心配してたし」


 全て解決したならば、もっとマヤメは笑顔になる。

 私はそれを見たいし、マヤメもきっと望んでいる。



「と、それは置いといて」

『ケロロ~』

「マヤメも意外とあったね?」

『ケロ?』


 お風呂上がりで全裸だったマヤメ。

 私の見間違いでなければ、恐らく脅威(胸囲)のDランク。

 半球型で張りがあり、左右の形もきれいに対称だった。


 それは最近成長著しい、ラブナにも匹敵するクラス。 

 ナゴタたちには到底敵わないが、それでもいいものを持っていた。


 キュッ


「ま、まぁ、それで姉妹の順位が決まるわけじゃないからねっ! そもそも私はリーダーだし、みんなも長女だって、認めてくれてるしねっ! あはは」


 シャワーを止め、上半身を真っすぐに滴り落ちていく、いくつもの水滴を眺めながら、なぜか乾いた笑いが出た。 



「さ、それじゃ上がろうか? 桃ちゃんももういいよね?」

『ケロロ』


 水風呂に浸かっている、桃ちゃんを抱いてお風呂場を出る。


 すると、



((んっ! 澄香っ!))


 リビングの方からマヤメの声が聞こえた。

 その声に緊急性を感じた私は、裸のまま慌ててリビングに飛び込んだ。



 バンッ!



「なに? 一体どうしたのって―― 何その鳥はっ!」


「んっ! 澄香。外で――――」


「それと、なんで羽根が生えてるのっ!」


「ん?」


 情報量が多くて、マヤメの言葉を遮り、捲し立てる。


 リビングに飛び込んだ先で目にしたものは、黒い鳥を頭に乗せ、なぜか背中に羽根が生えたマヤメだった。

 少し目を離した隙に、色々と状況が変化していて混乱する。



「ん、澄香、思ったより真っ平――――」


「いいから、何があったか、一つ一つ説明してっ!」


 余計な事を言われる前に、すかさずマヤメに詰問する。

 私の姿を確認した瞬間から、一部をジロジロと見てたから。



「ん、この鳥はマヤの偵察用のボロカラス」

「ボロ、カラス?」


 頭の上でピクリとも動かない鳥を見る。


「ん、違った。ロボカラス」

「…………」

「それでこの羽根は、澄香の街で買ったもの。リュックに羽根が生えてる」

「コムケの街で?」

「ん、おそろい」


 クルリと回って、背中を向け、その購入品を見せてくる。

 確かにリュックの両脇から、黒い羽根っていうか、蝶の羽根が生えている。

 きっとニスマジの店で買った、新商品なのだろう。



「…………で、さっきなんで私を呼んだの?」


 いつもの装備に着替えながら、その訳を聞いてみる。

 色々と突っ込みたいけど、先ずはその件が優先だ。


 まさかそのカラスと、リュックを自慢したくて呼んだわけではないだろうから。


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